ネクサリアでのキラ・ダスクヴェイルの追跡 #フラッシュバック
ネクサリア・セクター・センター
キラは事件の黒幕を暴くため、東部地区へと密かに向かった。ルナとルネルを鍛えるという約束を破り、自身の問題解決を優先したのだ。
グラヴェリンチ襲撃の三日前……
ネクサリアの街は、いつもと変わらない日常が流れていた。反重力車両が道路を行き交い、人々はそれぞれの活動に勤しんでいる。クリスタルを基盤としたAIシステムが、この都市の技術的発展を急速に後押ししていた。
カフェの店内。
「おい……ダスクヴェール!」
ロボットのような外見の男が、元気よく声をかけてきた。キラを苗字で呼んだのだ。
キラは、もったいぶった前置きを嫌うタイプの女だ。肩まで伸びたウェーブのかかったミッドナイトブルーの髪は、風に乱れると自分で払いのける。それは見た目を気にしているからではなく、ただ視界の邪魔になるからだ。琥珀色がかったオレンジの瞳は鋭く、まるでいつでも弟子を審判するかのように突き刺さる。ダークマルーンのロングコートを羽織り、その前は開かれている。下には軽装のアーマーと、くすんだ金色のアクセントが入ったタイトなコンバットパンツ。手の甲にルーンが焼き付けられた革手袋は、熱を扱うことに慣れた戦士であることを示していた。
その時のキラは、一人でアルコール入りのコーヒーを嗜んでいた。その表情が険しいのは、アルコールのせいではなく、未だに心を苛む重荷のせいだった。呼びかけに、彼女は気だるそうに顔を向けた。
「何よ、クール。」
ロボットの男は途端に陽気な顔になったが、その声色はどこか人を食ったような響きがあった。
「よぉ! なんだいダスクヴェール、今日はまた随分と不機嫌そうな顔じゃないか?」
キラは目を細める。
「私をからかいに来ただけなら、さっさと目の前から消えなさい、このポンコツロボット!」
クールは反射的に両手を前に突き出し、手のひらを外に向けてキラをなだめるような仕草を見せた。
「まあまあ、落ち着けって……」
キラは小さく舌打ちする。表情は変わらない。彼女は回りくどいのが嫌いなのだ。
「本題に入りなさい。今日はどんな情報を持ってきたの!?」
クールは隣の椅子を引き、キラと並んで腰を下ろした。その声は、常よりも落ち着いている。
「お前にとって重要な情報があるんだ、キラ。聞く気があるなら、今すぐ教えてやる。」
もはや問答無用とばかりに、キラは片手でクールの襟首を掴んだ。合成複合繊維でできた布地が軋む。ぐいと引き寄せ、その鋭い眼光で相手に圧をかけた。
「いいこと、クール……。私は前置きが嫌いなの。その情報を教える気があるなら、今すぐ言いなさい。本気で怒る前にね!」
クールはキラの手を少し乱暴に振りほどくと、自身の襟元を直した。そして、より真剣な口調で話し始める。
「中枢タワーで働いてる友人から聞いたんだ。そこで、古代モンスターの大量駆除が行われるらしい。」
キラは眉をひそめ、驚きに声が上ずる。
「古代モンスターの……大量駆除ですって!?」
クールは静かに頷いた。
「ああ。」
彼は少し俯き、言葉を選んでから続ける。
「そのリスクとして、古代モンスターの一体が制御不能に陥る可能性がある。」
キラはテーブルに肘をつき、口元で手を組んだ。視線は目の前のコーヒーカップに固定されている。指が固く絡み合った。
「グラヴェリンチ。」
クールは素早く頷く。
「その通り! そいつが、今回の問題の元凶である可能性が高い。」
突如、キラが立ち上がった。両の手のひらが、激しい音を立ててテーブルを叩く。
「クール、中枢タワーまで案内しなさい。手遅れになる前に、これを止めないと!」
クールは静かに首を横に振った。
「すまない、ダスクヴェール。」
そのか細い声は、心からの謝罪のように聞こえた。
「そこまで案内することはできない。俺の役目は、あくまで情報伝達だけだ。」
彼はそれ以上の反応を待たず、立ち上がるとゆっくりとキラを一人残して去っていった。
キラは苛立ち交じりに舌打ちする。握りしめた拳が、再びテーブルに叩きつけられた。
「この……役立たずのガラクタロボが!」
クールが去って間もなく、赤い髪の女性が現れた。彼女は近代的な魔女といった風の装いで、実用的なスーツの随所に魔法的なシンボルとテクノロジーが融合している。
「キラ……」
囁くような、柔らかな声だった。
キラが素早く振り返る。その顔には、まだ怒りの色がはっきりと残っていた。
「何!?」
女性は少し身じろぎすると、面白そうに唇を尖らせた。
「うわぁ……ひどい顔してるわよ、キラ!」
彼女は足を止め、楽しそうに微笑んでいる。
「うるさいっ!!」
キラは苛立ちを隠さずに言い放った。
女性はくすくすと笑いながら、降参するように片手を上げる。
「ごめん、ごめん。さ、拠点に戻りましょう。」
立ち上がる前、キラは小さく呟いた。
「イレリア。」
女性は眉を上げる。その声は囁きのようだ。
「ん……?」
キラはイレリアに歩み寄る。そして、背中合わせになるようにすれ違いざま、仲間の肩を叩いて囁いた。
「みんなに伝えて。ネクサリアが危険に晒されている。手遅れになる前に、この災害を止めないと。」
イレリアがわずかに振り返る。
「あなたは一緒じゃ――」
その言葉は、途中で遮られた。
「私に説明を求めないで!!」
キラの声は、鋭く断定的だった。
「あんたのパッシブスキル、『インナースレッド』が発動してるんでしょ。心を読むやつが。」
イレリアはにやりと笑う。面白そうに目を細めた。
「あら、バレちゃったか。」
キラは真剣な眼差しを向ける。
「遊んでいる時間はない。今すぐ動くわよ!」
イレリアは答えなかった。ただ、理解したという合図に小さく頷く。その直後、キラは歩き去り、カフェにはイレリア一人が残された。
キラは追加情報を求めて、ネクサリア中央部の隅々まで中枢タワーへの侵入経路を探った。しかし、答えはまだ見つからない。
一方、中枢タワーでは。
「アーシェン議長閣下……」
中枢タワーの衛兵が、丁寧かつ敬意のこもった声で呼びかけた。彼は議長の前に跪き、優雅に頭を垂れている。
「全ての準備が整いました。閣下、次のご指示をお待ちしております。」
アーシェンはゆっくりと体を反転させた。その視線は、分厚いガラス窓の向こうに広がるネクサリアの地平線を真っ直ぐに見据えている。
「よろしい!」
低く、有無を言わせぬ威厳に満ちた声だった。冷たい表情に、歪んだ笑みが浮かぶ。
「では……駆除を開始せよ。」
「はっ!」
衛兵は力強く応えた。その声は張り詰め、状況の緊迫感を反映している。彼はすぐに身を翻し、一度も振り返ることなく足早に部屋を去っていった。
衛兵が去った後、闇の中から一人の人物が姿を現した。その足取りは静かで、一言も発さずにアーシェンに近づく。視線は鋭く、空気を貫いた。
短く、冷たく、威圧的な笑い声が響く。
「フッ……見事だ、アーシェン。これで、私の計画も滞りなく進む……」
その冷笑が、息詰まるような緊張感で部屋を満たした。
アーシェンはゆっくりと振り返る。表情は変わらず、両手は後ろで組まれたままだった。
「約束は守ってもらおう、カエレス。」
その声は穏やかだったが、底知れぬ圧力を秘めている。
カエレスはまだ、冷ややかに笑っていた。
「無論だ……」
彼は半歩前に出て、止まる。その視線はアーシェンに突き刺さり、薄い笑みが唇に浮かんでいた。
「お前との約束は、必ず果たしてやろう……アーシェン!」
その声は重々しく、絶対的な確信と、どこか不気味な表情を伴っていた。
カエレスは背を向け、ゆっくりとアーシェンの視界から遠ざかっていく。彼の言葉が、その場に吊り下げられたままだった。
「間もなく駆除が始まる。お前はさっさと行き、私から与えた任務を遂行するがいい。」
アーシェンは、ただ俯くことしかできなかった。カエレスの前では、彼は計画の駒の一つに過ぎないのだ。
第6.B章:キラ、クールを監視する
グラヴェリンチ暴走の二日前……
キラはネクサリアの高層ビル群の合間に佇み、その鋭い視線で遠くの中枢タワーを見据えていた。身じろぎ一つせず、タワーで起こる不審な動きの一切を見逃すまいと、意識を集中させている。
眼下では、ルネルとエイリンが穏やかな街の雰囲気を楽しむように歩いているのが見えた。
キラの意識がわずかに逸れたその時、中枢タワーの衛兵の一人が不審な動きを見せた。その手には、青緑色に淡く輝くデジタルの巻物が握られている。半透明の表面には、データグリフが絶えず流れていた。
『あのデジタル巻物……どこへ運ぶ気だ?』
キラは上空から監視を続ける。当初から怪しいと睨んでいた衛兵の動きから、片時も目が離せない。合流地点にたどり着くと、衛兵は待ち受けていた人物に青緑に光る巻物を手渡した。その人物こそ、クールだった。
キラは驚きと困惑に眉をひそめる。
「クール!?」
その声には怒りがこもっていた。続く言葉は、思考の渦に飲み込まれて出てこない。
「あのクソロボットが……!!」
一方、中枢タワーの内部では、カエレスがキラの立つ方向を眺めていた。その視線は鋭く、計算高い。口の端が吊り上がり、歪んだ笑みを形作る。
「ほう……」
その声は冷たく、隠された脅威を匂わせる。
「可愛いお嬢ちゃん……私の邪魔をするつもりかい?」
その直後、彼の姿はアーシェンの部屋から掻き消えた。
受け渡しを終えると、クールと衛兵は別々の方向へ分かれた。クールは南へ向かい、カルセリオンへと続く道を進む。衛兵は何事もなかったかのように中枢タワーへ戻っていった。二人の動きは、遠くからキラに鋭く監視され続けている。
「くそっ!! どっちを追えばいい!?」
苛立ちが思考をかき乱す。
だが、キラの思考が分散した、まさにその瞬間。彼女の背後に、漆黒の影が音もなく現れた。
ほぼ無音の動きで、カエレスが迫る。一瞬のうちに手を振り上げ、キラの死角から奇襲を仕掛けようとしていた。
そのエネルギーが背中に触れる寸前、キラは突如として体を震わせた。濃密な負の魔力が、彼女の魔法的な直感を刺激したのだ。素早く振り返り、憤然と叫ぶ。
「しまっ……!」
突如、別の方向から静かで明瞭な声が響いた。男が制御された集中力のある声で、呪文を唱える。
「クラウサ・マナ、フラクトゥム・ネクサス!」
瞬時にして、カエレスの魔法は標的に届く前に砕け散った。
「無効化の封印ッ!!!」
カエレスは魔法的な干渉を打ち消そうと、軽く頭を振る。その表情は苛立ちで硬くなった。
「チッ! 鬱陶しい!」
男の声が、今度は緊迫感を帯びる。
「早く行け、キラ! あのロボットを追って、手遅れになる前に巻物の中身を確かめるんだ!」
キラは時間を無駄にしたくない。開かれた好機を利用し、即座に飛び出した。
しかし、カエレスも黙ってはいない。キラが数歩も進まないうちに、再び闇のオーラが周囲を覆い尽くす。体勢を立て直したカエレスがキラの進路上に現れ、即座に手を振り上げた。
「テネブリス・スペクトラ……ブラック・サーモン!!」
呪文が響き渡り、瞬く間に闇の魔法が四方八方からキラの立つ地点へと殺到する。
彼女は鋭い視線で周囲を射抜いた。
「ドレイヴン!! 私を護衛しなさい。」
手首に埋め込まれたクリスタルデバイスから、機械的な音声が響く。
「了解しました、キラ様。」
一瞬で、クリスタルから円形の盾の形をした魔法障壁が展開された。
「無効化の封印……」
男は半ばパニックになったように、キラを指差した。
「おい!……おい!!……おい!!! それ……俺の魔法じゃないか! なんでコピーできてるんだ!?」
「レベルツー……起動!!」
カエレスの魔法の奔流は、標的に触れる前に砕け散り、ドレイヴンの自動防御システムが展開した反魔力フィールドに吸収されていった。
男は呆然とする。
「はぁ!? しかもレベルツーだと!? 俺なんてまだレベルワンすら安定してないのに!!」
彼は苛立ちに任せて自分の髪をかきむしる。
「ずるいぞ、キラ! ずるい! チーターだ、チーター!!」
キラは目を閉じ、小さく笑いをこらえながら肩をすくめた。自分が一線を越えたことは自覚している。
「ごめんなさいね、ライリス。」
普段の緊迫した状況で見せる真剣な顔とは裏腹に、その表情はどこか楽しげで、この小さな混乱を味わっているかのようだった。
ライリスはちらりと視線を送り、深く息を吸ってから、ゆっくりと吐き出した。
「まったく……」
まだ不満そうな表情は消えていない。
「さっさとあのロボットを追え。こいつは俺が引き受ける。」
キラは素早く頷く。
「ええ……!」
彼女は二本の指をこめかみに当て、ライリスに向かって優雅に振ってみせた。まるで、スタイリッシュな別れの挨拶をするかのように。
「そいつは任せたわよ、アンチマジックの魔術師さん。」
去り際に、彼女は左目をウインクし、口元にはいたずらっぽい笑みが浮かんでいた。
キラが去った後、カエレスは準備運動を始めた。首を左右に回すと、「ゴキッ!」と大きな音が鳴る。
「ほう……なかなか度胸があるじゃないか。」
その口調は、皮肉めいた称賛のようだった。彼は両腕を前に伸ばし、手のひらを外側に向け、指を素早く一度に鳴らした。
バキッ!!
「さあ、ゲームの続きをしようじゃないか……アンチマジックの旦那!!」
緊張が爆発するのを楽しむかのように、鋭い笑みがゆっくりと彼の顔に広がった。
ライリスは両手を前に上げ、手のひらを外に向ける。彼はゆっくりと手を振り、カエレスに少し待つよう合図した。
「待った……戦いを始める前に、まずは交渉と洒落込もうじゃないか。」
カエレスは眉をひそめる。
「交渉、だと?」
そして、ライリスの考えそのものを嘲笑うかのように、高らかな笑い声が爆発した。
「ハハハ!! ふざけるな、愚かな人間め!! 交渉から始まる戦いがどこにある!?」
ライリスはただ溜め息をつく。
「本気だ。話を聞いてくれれば、後悔はさせないと誓う。」
カエレスは一瞬、黙り込んだ。その眼光が和らぎ、周囲の闇のオーラがゆっくりと引いていく。
「よかろう……さっさと話せ。何を交渉するというのだ?」
ライリスは片眉を上げ、人差し指を額に当てて、真剣に考えるふりをした。
「うーん……何だったかなぁ!?」
表情は真剣だが、その仕草は本気で忘れてしまったかのようだ。
カエレスは拳を握りしめ、顔がこわばる。闇のオーラが再び彼の周りで渦巻き始めた。
「てめぇ!! まさか俺をからかっているのか!?」
その視線は鋭く、感情の爆発をかろうじて抑えている。
ライリスは指をパチンと鳴らし、おどけた表情になった。
「あ、そうだ!」
カエレスはさらに強い圧力で怒鳴りつけた。
「さっさと――言え! 俺が完全にキレる前に!」
その声が響き、周囲の魔力の圧力が揺らぎ始める。
ライリスは姿勢を正し、その眼差しは再び真剣なものに戻っていた。
「第一に、この戦いの舞台をノクスハーレムに移す。もし俺が負けたら、あんたのすることには二度と干渉しない。」
彼は薄く微笑む。
「どうだ? 乗るかい?」
カエレスは腕を組み、片手を顎に当てて深く考え込む。
「ふむ……?」
そして、にやりと大きく笑った。
「面白い提案だ! 何を待つことがある? 今すぐノクスハーレムへ行こうじゃないか!」
「待った……」
ライリスは素早く片手を前に突き出し、手のひらをカエレスに向け、歩みを止めるよう合図した。両目は閉じられ、表情は平坦だが真剣そのものだ。
「まだ話は終わっていない。」
カエレスは少し苛立ち、眉をひそめた。
「まだ何を待つというのだ!?」
魔力の圧力が、再び空気を満たしていく。
「最後の条件だ……」
「ま、まだあるのか!?」
カエレスは忍耐の限界に近づいていた。
ライリスは同じポーズのまま、静かに頷く。
「お前が計画している古代モンスターの駆除を中止しろ! この提案を受け入れるなら……あんたの勝ちだ! ……もし断るなら、この場で俺に殺される覚悟をしろ!!」
一瞬、その場を静寂が包んだ。
しかし、それも長くは続かなかった……。
「ハハハッ!!!」
カエレスの笑い声が空気を満たした。その声は甲高く、冷たく、嘲りに満ちている。彼は腹を抱えて少し身をかがめ、ライリスの言葉が心底から面白いとでもいうように笑い続けた。
やがて笑うのをやめ、体を起こす。その黄色の瞳が、荒れ狂う闇のオーラと共に燃え上がり、ライリスをまっすぐに見据えた。
「俺を殺せるだと!?」
ライリスは口の端で不敵に笑った。戦うことに高い野心を持つ相手との交渉が、一筋縄ではいかないことなど承知の上だ。
「ならば……始めようか。」
カエレスとライリスは、鋭く互いを射抜く視線を交わしたまま、同時に転移のゲートを開いた。