グラヴェリンチ、暴走の兆し
「グルルルルォォォォォッ!!!」
もはやルネルの体は、自力で立ち上がることさえ叶わない。目の前では、グラヴェリンクが今にも彼女を喰らわんと牙を剥いていた。
「あ……うぅっ! ……私の実力も、ここまで、か。」
か細い声で呟く。その声は、途切れ途切れの呼吸音にかき消されそうだ。絶体絶命の状況にもかかわらず、彼女はグラヴェリンクを前にして、ふわりと可憐に微笑んでみせた。
「さようなら、私の叶わぬ恋。さようなら、一番厄介なルナ姉さん。」
最後の言葉を風に託すように、そっと囁いた。
その時、ルネルが倒れている建物の側面から、凛とした声が響き渡り、彼女の絶望を断ち切った。
「誰が厄介ですって!?」
怒りと苛立ちを滲ませながらも、その声には深い憂いが宿っていた。ルネルははっと息を飲む。残された僅かな力で、声のした方へと顔を向けようと試みた。
「ルナ姉……さん。」
声はほとんど音にならなかった。その表情に、再び諦観の笑みが浮かぶ。それから間もなく、彼女は意識を手放した。
ルナは深く息を吸い込み、右腕を真っ直ぐに伸ばしてグラヴェリンクに向ける。
「アンブラ・ノクス、ルーメン・エグジリス。」
集中力を高め、静かに詠唱する。その声は柔らかくも、力強い意志を秘めていた。
「血と天の囁きを以て、我が意思をこの魔力の奔流に注ぎ込む。」
腕を高く掲げ、叫んだ。
「レディアント・バインディング!!!」
フシュゥゥッ……。
グラヴェリンクの体から青白い閃光が迸り、その動きがみるみるうちに鈍くなる。ルナの魔法は見事に効果を発揮し、今や青い光の鎖がその巨体を固く縛り付けていた。
ルナは再び呪文を紡ぐ。
「エーテロン・ルミナリス、ヴォルテックス・アルカナム! 万象の力よ、我が血脈を巡り、星の光と常闇に融けよ。我はこの抑えがたき力を解き放ち、世界を揺るがし、次元を砕く!」
最後の一息でエネルギーを振り絞り、彼女は魔法の頂点を叫んだ。
「エクリプス・ブルーム!!!」
ドォォォン!!!
閃光がグラヴェリンクの体を包み込み、凄まじい爆発が周囲一帯を薙ぎ払った。ルナは切り札を放つ直前、ルネルを守るために『ステラー・ウォード』を展開していた。
戦場に静寂が訪れる。聞こえるのは、崩れた瓦礫が転がり落ちる音だけ。舞い上がった土煙がまだ濃く立ち込める中、ルナは息を切らしながらも警戒を解かなかった。
ルナがグラヴェリンクと死闘を繰り広げている間、当のルネルはぐっすりと眠りこけていた。妹のその様子に、ルナは思わず額に手をやる。呆れと、同時に妹が無事であることへの安堵が込み上げた。
「ンンンッ……グウウウッ!」
晴れていく土煙の向こうから、グラヴェリンクが再びその姿を現した。ルナの究極魔法を受けてもなお、倒れてはいなかったのだ。
グラヴェリンクの体に刻まれた傷が、徐々に再生していく。瓦礫を振り払い、体勢を立て直すと、戦略的に有利な場所へと跳躍し、再び戦闘態勢に入った。
グラヴェリンクが健在であることを悟ったルナは、舌打ちする。
「チッ……面倒な!」
次の攻撃に備え、身構えた。
予備動作もなく、グラヴェリンクが口から『フォグバインド』を放つ。
ヒュオッ!
黄金色の閃光が、ルナめがけて高速で飛来した。
カッ……ブォォォム!
咄嗟に避けることは叶わず、ルナは『ステラー・ウォード』で身を守る。爆発が収まった直後、詠唱なしで反撃に出た。
「エクリプス・ブルーム!!」
しかし、グラヴェリンクは首に巻かれた『エドチェイン』でそれを弾き返した。
ルナに手を貸す者は誰もいない。カルザリオンの魔術師団はとうに逃げ去り、政府は街がゆっくりと破壊されていくのをただ傍観しているだけだった。
「エクリプス・ブルーム!!」
再び攻撃は防がれる。放たれる魔法の爆発規模は、徐々に小さくなっていく。ルナの魔力は、もはや底を突きかけていた。
「くそっ!」
息が上がる。グラヴェリンクがゆっくりと歩みを進めるたび、足元の瓦礫が震えた。
ルナが追い詰められたその時、ルネルが目を覚ました。姉の姿を認めると、苦痛に耐えながら必死に立ち上がろうとする。痛みを堪え、震える手をグラヴェリンクへと向けた。
「ふ、ふろ……フロス・ルーキス……ファラーレ・ホステス・イン……」
声は途切れ途切れだったが、その瞳には固い決意が宿っていた。
「ノクテ・トゥア……ミ、ミラージュ・ブルーム!」
ヴンンンンンッ!
巨大な光の花が、グラヴェリンクの頭上で咲き誇る。幻影の光の粒子が撒き散らされ、その視界を一時的に奪った。
ルナは息をのんだ。目の前で繰り広げられる魔法の美しさに、目を見開く。
「母さん……」
感動に満ちた声で呟いた。それはかつて母に教わった魔法だったが、ついに習得できなかったものだ。
ヴウウウウウウン!
花弁が一枚、また一枚とグラヴェリンクの巨体に降り注ぐ。一瞬のうちに……。
ルナは、満身創痍で腕を掲げ続けるルネルの姿を見た。その背中に、亡き母の面影が重なる。
「かあ……さん……」
知らず、その瞳から涙がこぼれ落ちた。
ゴオオオオオオッ!!
「ンググググッ!!」
光の爆発と共に、耳を劈くような高周波の唸りが響き渡る。グラヴェリンクは苦痛に叫び、耳を押さえた。
ルネルは激しく咳き込み、その手は血に染まっていた。よろめきながら瓦礫に頭を打ちつけ、地面に倒れる。だが、その口元には、己の切り札が通じたことを確信した、薄い笑みが浮かんでいた。
「ルネルッ!!!」
ルナは崩れるように膝をついた。心配と悲しみに、声が張り裂けそうだった。
だが、すぐに立ち上がる。その拳を固く握りしめると、純白の光が体を包み始めた。
「よくもっ!!」
ほとんど唸り声に近い、鋭い声だった。
「よくも私の可愛い妹をこんな目に遭わせてくれたわねっ!!!」
その声は、荒々しく脈動し始めた魔力と混じり合い、辺り一帯に響き渡った。
腕を天に突き上げる。
「ステラエ・フラクタ、カエルム・ラケラーレ……ノヴァ・ルクス・エクスアウディ・ウォルンターテム・マエム!」
ヴヴヴヴンンンンッ!
星々の瞬きが、彼女の周りに無数に出現する。
バキィッ!!
凄まじい魔力が周囲の空間を砕く。その眼差しは、常とは比べ物にならないほど鋭く尖っていた。
「アストラル・カタクリズム!!!」
詠唱が完了すると同時に、数千の星の粒子が炸裂した。広大な範囲が、その爆発によって更地と化す。
「はぁぁぁぁぁっ!!!」
空気を切り裂くような雄叫び。大地が激しく震え、足元から砕けていく。
カッ……ブゥゥゥゥゥゥゥム!!!
光の粒子が拡散し、グラヴェリンクの体を跡形もなく吹き飛ばした。
刹那の後、血の雨が降り注ぐ。肉片と骨が、赤い雨となって大地を濡らした。
ルナはよろめいた。視界が霞み、顔は返り血でぐっしょりと濡れている。
パッシブスキル『ステラー・バーンアウト』が正常に機能しない。魔力は完全に枯渇し、もはや第二段階の治癒魔法を使うことすらできなかった。
「る、るね……る……!」
声がかすれる。膝から力が抜け、濡れた地面に前のめりに倒れ込んだ。
◇◇◇
オブシディアン・ヴェール本部、都市ルミナリスにて……
ルミナリスは、南部の高原地帯に位置する繁栄の都市として知られている。輝く白亜の塔、宙に浮かぶ庭園、そして発達した転移網がその象徴だ。エコテラで最も幸福度の高いこの都市は、政府主導の下、科学と快適な生活が見事に融合していた。
エイリンが本部に到着する。
「エイリン。その子はいったい誰だい?」
お茶を楽しんでいたルナの親類の一人、叔母が彼女に視線を向けた。エイリンはライヴェンの体を下ろし、反重力魔法を解除する。
「あたしもこの人が誰なのか知らない。ルナ姉さんに、この人を頼むって言われただけ」
エイリンは叔母の方へ歩み寄る。
「おばさん……エイリンもお茶、欲しいな。」
「ガキがお茶なんて生意気な。」
男の一人が、大声で彼女を笑った。エイリンはぐっと拳を握りしめ、怒りを堪える。
「子供じゃない!」
「ルナはどこだ? なぜ一緒じゃない? お前が使っているのはルナの魔法だろう?」
今度は男の声が真剣なものに変わる。その眉が訝しげに吊り上がった。答える前に、エイリンはお茶をかき混ぜている叔母にちらりと目をやった。スプーンがカップに当たる涼やかな音だけが、静寂に響く。
カラン……カラン……カラン……。
やがて彼女は口を開いた。
「ルナ姉さんは今、都心部に。グラヴェリンクが暴走して、ルナ姉さんとルネル姉さんが戦ってる」
三人の大人たちの声が重なった。
「何だと! グラヴェリンクが暴走!? ルナとルネルが戦っているだと?」
エイリンはこくりと頷いた。
「ルナ姉さんが着く前は、ルネル姉さんが一人で対応してた。でも――」
その言葉は、叔母によって遮られた。温かい笑顔と共に、お茶が差し出される。
「お待たせ!」
エイリンは両手でカップを受け取った。
「ありがとう、おばさん。」
そっとお茶の表面に息を吹きかける。
「おい、クソガキ! 話の続きはどうしたんだ?」
男の一人が、焦れたように隣の仲間を肘で小突いた。エイリンはむっとする。「ガキ」という言葉が、頭の中で反響した。彼女はゆっくりとカップを置き、深呼吸する。
そして素早く振り返ると、鋭い視線を男に向けた。片手をさっと掲げる。
「二度とガキなんて呼ばないでよね、貴様……! バインドラッシュ・グリップライン!!!」
地面が裂ける硬い音が響いた。
「グッ……!?」
岩を巻き込みながら伸びた蔓が、一瞬にして男を近くの大木に縛り付けた。
男の叫び声が響き渡ったが、誰も気にする者はいない。エイリンは再び席に戻ると、何事もなかったかのようにカップを持ち上げ、小さく微笑んだ。
「エイリン。何があったのか、全部話してくれ。ルネルはどうしたんだ?」
大柄な男が、静かだが真剣な声で尋ねた。その視線はエイリンの顔から外れない。
エイリンは少しの間それを無視し、ちょうど良い温かさになったお茶をゆっくりと味わった。目を閉じ、その温もりに浸る。
「ふぅ……美味しい!」
その足元で、ライヴェンが苦しげに呻いた。額から汗が流れ落ち、絶え間ない不安感が彼の体を蝕んでいた。
ライヴェンの夢の中……。
「ははっ! このゴミが。」
大学の同級生が、ライヴェンの顔にペットボトルを投げつける。
「陰キャのライヴェン! 陰キャのライヴェン!」
他の連中も、嘲笑しながら囃し立てた。
「お前みたいなゴミは生きてる価値ないんだよ!」
一人がライヴェンの足を強く蹴りつけた。
「この役立たず!」
「ライヴェンだっさ! ライヴェンきも!」
歌うようなその声が、耳障りに響く。
__
ライヴェンの夢の中……
「もうやめろ!」
不安が頂点に達する。両手で耳を塞いだ。
「やめてくれっ!!」
同級生たちの嘲笑はさらに大きくなり、頭の中に鳴り響く。そして、次の瞬間……。
「うわああああっ!!!」
ライヴェンは、荒い息と共に悪夢から飛び起きた。
エイリンと大柄な男は、思わず同時に彼の方を振り返る。あまりに大きな叫び声に、二人は困惑した表情を浮かべた。
「おい、そこの新人。どうしたんだ?」
男は眉をひそめ、場を落ち着かせようとするかのように、普段より少し低い声で尋ねた。
ライヴェンは顔を上げたが、まだ息が整わず、答えることができない。
エイリンは落ち着いた様子で近づくと、床に座り込むライヴェンと目線を合わせるように屈んだ。右手を伸ばし、彼の頭に触れる。目を閉じ、集中して低い声で呪文を唱えた。
「ヴェルティック・ガード。」
そして少しだけ声のトーンを上げ、静かに続ける。
「ヒーリング!」
ティンッ!
淡い緑色の光が、ライヴェンの頭上で灯った。
本部に再び静けさが戻り、ライヴェンの呼吸も正常になった。治療を終えたエイリンは、にこりと微笑んで尋ねた。
「お兄さん。どうして急に大声出したの? ……あのね。」
彼女の声は、普段よりも落ち着いていて穏やかだった。すっと立ち上がると、深く息を吸い込む。
「お兄さんの声、耳にキンキン響いて痛いんだけど!」
右手をライヴェンの顔に突きつけ、左手は腰に当てている。
「寝起きにそんな大声で叫ぶのやめてくれる? 他の人の迷惑も考えてよね。」
声のトーンは、すっかりいつも通りに戻っていた。
大柄な男は笑いを堪えた。ライヴェンや他の男の二の舞はごめんだ。そろり、と後ずさる。しかし不運にも、エイリンは反射的に振り返った。
「どこ行く気、おっさん!?」
その指が、真っ直ぐに男を指差した。
男はぴたりと動きを止める。その体は微かに震え、口がわなないた。
「お、おれは……」
必死に言い訳を探し、きょろきょろと辺りを見回す。
「し、市場に! そうだ、市場に行かないと……。妻に今日の買い物を頼まれてたのをすっかり忘れてた。じゃあ、俺はこれで。」
今度はすらすらと言葉が出てきた。その顔には、小さな笑みが浮かんでいる。
「失礼する!」
男は脱兎のごとく走り去った。遠ざかりながら、彼の声が聞こえてくる。
「またな、エイリン……! 良い一日を!」
その声は、やがてルミナリスの喧騒の中に消えていった。
この物語は、私が自分のアイデアを元に書き下ろし、翻訳ツールを使って作成したオリジナル作品です。おかしな表現がありましたら、深くお詫び申し上げます。インドネシア出身のアニメファンとして、あまり面白くない物語だとは思いますが、ぜひとも参加させていただきたいと思います。先輩方、ご指導、ご協力のほど、よろしくお願いいたします。