さあ、あなたから家族を返してもらいます!
沈みゆく中で私は必死に手を伸ばした。
上へ上へと伸ばす手は、ただ冷たい水を触るだけでどんどんと落ちてゆく──。
私の紫色の髪が水をゆらゆらと揺らめいている。
『誰か助けて』
そんな救いを求める言葉も、水の中ではうまく声にならずに口に水がどんどん浸食していく。
息が苦しくて、どうしようもなくて、もがいてジタバタするうちに、私の体から力が抜けていった。
ごめんなさい、お父様、お母様、そして大好きなお姉様……。
そう心の中で呟いて目を閉じたその時、私の手が何か強く引っ張られていく。
大きな水音と共に周りの音が一気に届いた。
「大丈夫かっ!?」
必死に肺に酸素を送り込むように、私は肩を揺らしながら息をした。
眩い日差しが私に当たっていて、ようやく自分が水から抜け出したことを知った。
「はあ……はあ……」
そんな私の様子を見て、目の前の彼は安心したように声を漏らした。
「よかった、無事で」
呼吸を落ち着かせながら、私は今起こっていることを少しずつ把握していく。
森にある河川敷に私と彼はいて、二人ともずぶ濡れになっている。
綺麗な金色の髪に白いシャツをきたこの彼がきっと川で溺れた私を救ってくれた恩人なのだろう。
川に体力を奪われてしまった10歳の私はそこまで必死に考えを巡らせるも、めまいがして倒れてしまいそうになる。
そんな私を目の前の彼が支えてくれた。
私よりもがっしりとした体つきの少年は、水が滴る髪の奥から蒼い瞳を覗かせて心配そうにする。
「あなた、は?」
「怪しいものじゃない。ジル、俺の名前」
「ジル……」
命の恩人の名を呟いたところで、私の耳に聞き覚えのある声が聞こえた。
「リリアぁーーーーーーーー!!」
川べりに座り込んでいる私を見つけたお父様は、こちらに向かって走ってきている。
「お父様……」
お父様の姿を見た私は、安心したのかそこで意識を手放した。
これがジルと名乗った少年に助けられた私の大事な大事な記憶だ──。
◆◇◆
家族で避暑地にある別邸で過ごしたあの夏の日から6年が経った今、私はジルに助けられた命を大事にして生きている。
朝食の席では、家族全員が揃って食事をしている。
私がベーコンにナイフを入れた時、お父様がお姉様に話しかけた。
「フィーネ、そういえばライト君とかうまくいっているのか?」
「ええ、王宮でも頑張っているそうよ」
「そういえば、先日殿下からもライト君の働きぶりを聞いたよ」
「まあ、殿下も仰せなの!?」
「ああ、そろそろうちの婿に考えたいところだな」
お父様がそういうとお姉様は目を丸くして、その後少し照れたように髪をいじった。
「よかったですね、お姉様!」
「リリア、ありがとう。いざってなるとちょっと緊張するわね」
私の家であるメールン侯爵家には、私と私より3歳年上のフィーネお姉様の二人しか子どもがいない。
そこでお父様が王国に相談をした結果、婿をとってその人をメールン家の次期当主とすることが決まった。
兼ねてからお姉様の婚約者だったベリトス伯爵家の三男、ライト様が婿入りする、という話みたい。
「よかったわね、フィーネ」
「お母様も、ありがとう」
お姉様の嬉しい話に耳を傾けていると、お母様が私に話しかける。
「リリア、あなたもそろそろ婚約者を探したらどうかしら?」
「わ、私はまだ……いい」
目を逸らしながら、そっとこの話は終わりにしたいな、なんて思ってオレンジジュースを飲む。
しかし、今日のお母様は話を終わらせてくれなかった。
「ねえ、まだあの助けてくれた人のことが好きなの?」
「ぶはぁっ!!!」
突然の直球恋愛質問に、私はジュースを噴き出してしまう。
「あのね、夢を見るのもいいけど、あの日あった誰かも知らない人に再会するなんて無理じゃない?」
「お母様、リリアはそういう可愛らしい乙女なとこが可愛いのよ!」
「でも、母親としては心配で……」
私の恋愛について語っていた二人だったが、どうやら埒が明かないと思ったのか、お母様がお父様に助けを求めた。
「ねえ、あなたもいってちょうだい」
愛妻家で母にベタ惚れしているお父様は、てっきり今回もお母様の味方をするだろうと思ったのだが、今回は違った。
「いいんじゃないか」
「え?」
思わず私はきょとんとしてお父様に聞き返してしまう。
隣にいるお姉様に視線を向けると、お姉様も意外だったようで目を大きく開いている。
「リリアの好きにしたらいいんじゃないか。命の恩人を想い続けるのも一つだ。その者と運命の糸で繋がっているならば、いずれまた会えるだろう」
「お父様……」
比較的寡黙なお父様がここまで話すのは久しぶりな気がした。
お母様もお姉様も、そして私も驚く中、お父様は何食わぬ顔で食事を再開する。
「よかったわね、リリア」
お姉様が私の耳元で嬉しそうにそう伝えてくれた──。
それから数ヶ月が経った頃、お姉様はライト様と結婚した。
ライト様は正式にメールン家の婿として迎え入れられ、一緒に暮らす事になった。
「不束者ですが、これからよろしくお願いいたします」
「ええ、これからよろしくね」
嬉しそうに挨拶をするお母様の横に立っていた私は、ライト様にお辞儀をする。
「リリア、これからよろしく」
「はい、ライト様」
黒髪の奥に覗かせたエメラルドのような瞳が印象的なライト様は、爽やかで優しくてまさに紳士そのもの。
そんな彼が義理の兄になるなんて、嬉しい。
「リリア、今日はゆっくり休んでね」
「ありがとう、お姉様」
私はお姉様たちに挨拶をした後、自室に戻った。
ベッドに寝転がって月を見ながら私は呟く。
「お姉様、綺麗だったな」
きっと愛する人ができるってああいうことなんだな、と思う。
キラキラしていて楽しそうで……。
「私も、私もあなたにもう一度会えますか?」
あの日助けてくれたジルを想って、私は目を閉じた。
ライト様がうちに来て一ヶ月が経った。
私はいつものように朝食を食べようとダイニングに向かう。
今日は確かお茶会があったはずだから、その支度をしなくちゃ……なんて考えていたら、お父様に廊下でばったりと会う。
「おはようございます、お父様」
「……ああ」
なんとなく声が震えていてじんわりと額に汗を滲ませている。
「どうしたの、お父様」
顔色が悪いお父様に手を伸ばした時、お父様の体がぐらりと傾いて大きな音と共にその場に倒れてしまう。
「お父様っ!?」
私は駆け寄って必死に体をゆするが、お父様は顔を歪めて唸るばかり。
次第に体は大きく震えてきて、そこでようやく私は声をあげた。
「誰かっ!! 誰か来てっ!! お父様が!!!!」
私の呼びかけのすぐ後にライト様が駆け寄ってくる。
「リリア? どうした……お父様っ!」
「ライト様! お父様が!! お父様がっ!!!」
「すぐに寝室に運ぼう! リリアは医師を手配してくれるか?」
「は、はい!」
私はすぐ近くに診療所を構えている医師を呼びに走る。
お父様の震え方や苦しそうな声から尋常じゃない様子が伝わってきて、怖さで私自身の手も足も震えてきていた。
「しっかりしなさい、私!」と心の中で叫びながら、両頬を叩いて目を覚まし、足も叩く。
そうしてようやく診療所にたどり着いた私は、扉を開けて大声をあげる。
「す、すみませんっ! ケイリー医師はいますか!?」
「ん? リリアお嬢様、どうなさいましたか?」
「お父様が、倒れて……」
息が乱れてうまく話せなかったが、私の表情で事態の深刻さに気づいてくれたケイリー医師はすぐに準備を整える。
「すぐにメールン家に向かいます! お嬢様は少し休憩してから……」
「いえっ! 私もすぐに一緒にいきます!」
お父様が心配なことが伝わったのか、ケイリー医師は頷いた。
家に着いてお父様の寝室に向かうと、ライト様とお姉様がいた。
ベッドに寝ているお父様の手をお姉様が祈るようにして握っている。
ケイリー医師はすぐに診察の準備を始め、お父様の様子を診ていく。
診察を待っている間も私の心臓はドクドクと大きな音を立てていた。
脈をはかり、顔色などを見ていくと、ケイリー医師は私たちに静かに話し始める。
「かなり危険な状態です。診察した限り、心臓の機能が低下していると思われます」
あまりのショックな言葉の連続で喉の奥がツンとなる。
お父様がいなくなってしまうのではないかという恐怖心でいっぱいになり、声も出ない。
「お父様は!? いつ目を覚ますの!?」
取り乱しているお姉様の肩を抱きながら、ライト様もケイリー医師の言葉に耳を傾ける。
ケイリー医師は少し黙った後、低い声で言った。
「目を覚ます保証はありません。あとはメールン侯爵次第です」
「そんな……」
お姉様が顔を覆って涙を流し始める。
ケイリー医師も辛そうに目を伏せながら、また来ると言い残して去っていった。
──気づいた時には夕方だった。
どう受け止めていいのかわからない突然のことに、私は数時間の意識を失っていた。
この数時間何をしていたのかわからないほどに……。
そこであることに気づいて顔をあげる。
「お母様はっ!?」
今まで目の前のことしか見えておらず、お母様がいないことに気づかなかった。
私は屋敷中を探して回ってみながら、お母様の部屋に向かうと、部屋の中には呆然と立ち尽くすお姉様とその横にライト様がいた。
「リリア……」
「ライト様、お母様をご存じありませんか?」
そう尋ねる私にライト様は一枚の手紙を渡した。
手紙を受け取った私はその手紙に目を移す。
『お父様は毒を盛られた。毒を盛ったのは、リリア
あの子は不幸を呼び寄せる毒姫だわ
エリザベート』
手紙には震えたような字でそう書かれていた。
「お母様……?」
「リリア、お母様の手紙に書かれていることは真実か?」
私は声が出ずに首を左右に何度も何度も振る。
「毒なんて持ってない! そんなことしてない!!」
必死に否定する私は助けを求めるようにお姉様のほうを向く。
しかし、お姉様の涙で濡れた瞳は大きくて重い恨みで私を見ている。
「お姉様……」
「あなたがやったの!?」
「やってない!! お姉様っ!! 信じて!!!」
「だって!!! ライトがあなたの寝室から毒の入った瓶が出てきたって!!」
「え……?」
ライト様に視線を向けると、彼は胸ポケットから小瓶を取り出して私に見せる。
「リリア、この瓶が君の部屋の引き出しから出てきた」
小瓶には何かの液体が入っており、その瓶は紫色に光っている。
「リリア、こんなことを言いたくはないが、これ以上君を自由にさせておくわけにはいかない」
そう言うと、ライト様は私の腕を強く掴んで廊下に連れ出そうとする。
「やってません! 私は!」
「現に証拠が揃っているんだ。毒で親を殺そうとするなんて……そんな者がいると知れたら、メールン家の名に傷がつく」
「お姉様っ!! 私はやってません!!」
ライト様に連れ出されて扉が閉まる瞬間に見たお姉様の顔は、涙で濡れていて私を軽蔑するような目で見ていた──。
どれくらいの時間が経ったのか、私にはわからない。
裏庭にある物置小屋に入れられた私は軟禁されているんだろうと思う。
鍵も開かないし、小窓も格子がついていて開かない。
開いたところで私の体で抜け出られるほどの大きさはない。
「またこれだけ……」
腐る寸前の硬いパンの欠片と野菜のくずが投げ入れられたようなスープが私の食事で、一日一回これがライト様によって運ばれてくる。
すると、鍵が開く音と共にライト様がやってくる。
「惨めだな、リリア」
「ライト様……」
「毒のような気味の悪い髪、今のお前に相応しいな」
私はきっと睨みつけるような目でライト様を見つめながら言う。
「あなたですね、お父様に毒を盛ったのは」
「なんのことかな?」
「あなたの言葉を思い出したんです。あなたは私の部屋の引き出しで毒の瓶を見つけたといった」
「ああ、そうだ。引き出しに瓶が入っていた」
「それはあり得ません」
私の言葉を聞いてライト様が怪訝そうな顔を見せる。
「だって、私の部屋の引き出しには鍵がかかっているから」
その言葉を聞いて、鬱陶しそうな表情を一瞬見せたライト様だったが、また笑みを浮かべる。
「ああ、そうだったよ。鍵がかかっていたから壊したんだ。明らかに不審で怪しかったからね」
ライト様が得意げに高らかにそう告げたことを聞いた私はふふっと笑った。
「何がおかしい」
「いいえ、あなたはわりと迂闊なんですね」
「あ?」
「引き出しに鍵なんてありませんよ」
「なに?」
「それに、私の部屋の引き出しは先日壊れたばかりで、今度直してもらう予定だったんです」
そうだ、経年劣化と私が強く押したことが重なって先日引き出しは壊れていた。
だから、引き出しに物が入っているなんてありえないはず。
そのことを知らなかったライト様は私にきっと罪を被せようとしてお母様の字を真似て手紙を書き、毒の瓶を私の部屋で見つけたと言ってお姉様を信じ込ませた。
「最低な男だったんですね、あなたは」
「姉と違って頭がよかったんだな、お前は」
お姉様を侮辱されて頭に血が上った私は叫ぶ。
「お姉様から離れて! この家から出ていって!!! お母様をどうしたの!?」
「お前の母親も納屋に閉じ込めている。お前以上に衰弱しているから、もうじき死ぬだろうな」
「な……!」
「侯爵もまもなく死ぬ。そうしたら、この家は全て俺のものだ。俺を信じて家族を不幸にしたフィーネも馬鹿だな」
高らかに笑い声をあげるライト様のことを睨みつけるが、今の私になすすべはない。
悔しさで唇を噛みしめていた私の手をライト様が強引に引っ張る。
「予定が変わった。お前と母親にはここで死ぬまでいてもらう予定だったが、もういい」
そう言いながら私の腕を縄で縛りあげると、話せないように布を私に噛ませる。
「んんんーーーーー!!!」
「うるさい、黙れ」
首の後ろを強く叩かれて、目の前が暗くなっていく──。
大きな衝撃が体に響いて目が覚めた。
目の前にはライト様が座っており、私は横たわっている。
「もう目が覚めたか。もう少し眠っていれば苦しまずに死ねたものを」
布を噛まされているため声が出ない。
周りを確認するとどうやら馬車の中に私とライト様はいるようだったが、そう認識した時に静かに馬車が停まった。
ライト様が扉を開けると、そこは橋の上だった。
「ここから落ちれば生きては戻れないだろう」
その言葉を聞いて背中がぞくりとした。
『殺される』
そう思った瞬間には、私は橋の上からライト様の手によって川に落とされていた。
水に叩きつけられた後、私はどんどんと水の奥底へと沈んでいく。
息苦しさから解放されようと必死に手足を動かすが、手は縛られていて泳げもしない。
その瞬間、あの夏の日の恐怖がよみがえってきた。
『誰か助けて』
そう心の中で叫んだ瞬間、誰かに腕を掴まれた。
一気に引き上げられた私の体は水の中を脱出して川べりへと倒れ込む。
すぐさま私の口に入れられた布が取り外されて、呼吸ができるようになった。
「はあ……はあ……はあ……」
「大丈夫か!?」
その声に聞き覚えがあった──。
ふっと顔をあげると、そこにはあの日助けてくれた金色の髪と蒼い瞳の彼がいた。
「ジル……」
「え……まさか。あの日の子……?」
どうやらこの国でも珍しい紫の髪をした私のことを覚えていたようで、その反応を見て私もジル本人で間違いないのだと悟った。
「橋で停まった馬車を不思議に思って見ていたら、君が川に落とされるのを見た」
「すみません、ありがとうございます」
「誰に落とされた?」
「それは……」
私はどう説明して良いものかわからずに迷った。
そうしてしばらく考え込んでいると、彼の胸元に光るネックレスが目についた。
「それ……」
私の視線に気づいたようで、彼はさっとそのネックレスを手で隠した。
ネックレスの紋章を見て私は彼の「正体」に気づいてしまった。
「ジル……ではなかったのですね。ヴァージル殿下」
バツが悪そうに下を向くと、殿下は私に謝った。
「嘘をついてごめん」
「いいえ、私こそ殿下だと気づくことができず、大変ご無礼をいたしました」
「なんとなく、君には王子としてではなく俺として接してみたかった。俺を知ってほしいと思った」
殿下は星を一瞬見上げた後、私に語り始めた。
「あの日、メールン侯爵が君を見つけた後、侯爵は俺に気づいて礼を言ってくれた。その後も君の様子が気になって侯爵にたびたび聞いていたんだ」
「殿下とお父様が……」
「それで……いや、この話はあとだな。君を落とした犯人を追うほうが先だ。警備隊に連絡をして……」
「殿下」
私は勇気を出して殿下に告げる。
「私を突き落としたのはライト様です」
「婿殿か?」
「はい、彼は私の父に毒を盛り、そして母を納屋に閉じ込め、私に罪を被せて小屋へ閉じ込めて、姉を騙してメールン家を意のままにしようとしています」
私の言葉を聞いた殿下は何か納得がいくことがあったのか、大きなため息をついて頷いた。
「実は侯爵がライト殿の数々の不祥事を暴き始めていて、それを俺に伝えていたところだったんだ」
「お父様が?」
「ああ、ライト殿はメールン家の金に手を付けているだけでなく、他の令嬢にも手を出していて訴えがきていた」
あの紳士そうな顔の裏にとんでもない素性を隠していたということで、彼の悪事は仕事から恋愛関係まで様々で、それを理由にお父様は近々家から追放しようとしていたらしい。
「リリア嬢、君は王宮で体を休めてくれ。その間に俺が……」
「いえ」
これはきっと私がやらなければならないこと。
お父様、お母様、そしてお姉様を助けなければならない。
「殿下、私がライト様の悪事の証拠書類を見つけてみせます」
「だが、その体で……」
「お願いします! やらせてください!!」
私はずぶ濡れの体を折り曲げて深々と頭を下げた。
すると、頭にそっと優しく手が置かれる。
「殿下……?」
「一緒にメールン家を救おう。私は王宮に戻って侯爵の提出した書類を持ってメールン邸へ向かう」
「ありがとうございます! それまでに私が必ず証拠を探し出します」
殿下とわかれた後、私は必死にメールン邸へと走っていた。
ここから家まではそう遠くはない、走り続ければ30分ほどで着くはず。
「見えたっ!」
薄暗くなってきた頃、私はメールン邸へと到着した。
ライト様に見つからないように細心の注意を払いながら、家の中へと足を運ぶ。
ライト様の部屋には運よく誰もいない。
私はそっと忍び込んでいくつかの引き出しを見て回るが、不正の証拠となるような書類は見つからなかった。
過ぎていく時間に焦りを感じる中、本棚の奥の棚に違和感を覚える。
なんとなく棚に不自然なズレを感じた私はその棚を押してみた。
すると、棚が奥へと入り、中に空間が現れた。
「隠し空間……!」
「そうだ」
声がした方を振り返ると、そこには壁に手をついて目を細めてこちらを睨んでいるライト様がいた。
「魔女のように不死身だな、お前は」
ライト様がにじり寄ってくる瞬間を見計らって隠し空間にあったものを取り出す。
「さあ、それを渡してもらおうか」
「嫌です」
「お前も馬鹿だったんだな。この状況でそんなことがいえるのか?」
「あなたこそ、気づいていないんですね。あなたの今の状況に」
「なに?」
その瞬間、ライト様の後ろにいた兵士がライト様に捕えた。
「なっ! なんだと!?」
「ライト殿、君はやりすぎちゃったね」
「で、殿下…!?」
兵士たちの後ろに控えていた殿下が捕らえられたライト様の横を通り過ぎ、私の元へと向かってくる。
「怪我はないか?」
「はい、大丈夫です。これが不正の証拠になります」
私は殿下に資料を手渡すと殿下は私に微笑みかけた。
「リリア、君に会いたい人たちが待ってる」
殿下の言葉を合図に遠慮がちに外から見守っていたお姉様が私に駆け寄ってきて、私に包み込んだ。
「リリアっ! ごめんなさい、私、私……どうやって謝ったらいいのか。閉じ込められていたお母様や殿下から聞いたの、ライト様のこと、リリアのこと」
「お姉様……」
「信じてあげられなかった、あなたを疑ってしまった。姉失格よ」
私はその言葉を聞いて姉の頭に頭突きした。
「いたっ!」
「お姉様が私を信じてくれなかったこと、一生恨みます。でも、信じてた人に裏切られてお姉様も苦しんでるでしょ。だから、もう一度、一緒に……家族でこの家を立て直したいの」
「リリア……」
この日の翌日にお父様は目を覚ました。
納屋に閉じ込められていたお母様も無事に助け出されて今は休養されている。
お姉様はしばらくはお父様の仕事の手伝いをして、心の傷が癒えたら婿を探そうと思っているみたい。
一方、ライト様は若い頃から隠れて家のお金に手をつけたり、女性と浮気を繰り返したり、うちに来てからは不正をして国に申請書を提出していたりと様々な悪事が明るみに出て、牢に入れられている。
裁判はもう少し先になるけれど、もしかしたらもう彼が外の世界を自由に歩き回れることはないのかもしれない。
そんな忙しい日々を過ごして少し家が落ち着いてきた頃、私は王宮へと招待されていた。
「殿下、これは一体なにをしているのでしょうか?」
「ん? 私が君の口元にケーキを持っている。ただし、君は食べてくれないらしい」
「当然です!! あ~んなんて恥ずかしくて……」
そう言いながら顔を逸らすと、それを許さないと言わんばかりに顔をぐいっと殿下のほうへと向けられる。
吐息が重なるほどに近づいていて、殿下の瞳が私を捕えて離さない。
「リリア、好き」
「わ、私も……」
照れてしまってそれ以上言えない私を楽しそうに、そして意地悪そうに見つめる殿下。
「ふふ、俺のこと、好き?」
ああ、これは逃げられないやつだ。
私は覚悟を決めて口を開いた。
「好き、です」
私の言葉を聞いた殿下は私の頬に唇をちょんとつけた。
「俺と結婚して」
私は大変な人に捕まってしまったのかもしれない──。