第9話:魔鋼機の進化
夜明けがヴェールウッド村に忍び込み、焼け焦げた森の残り香が湿った空気に絡みついていた。タクミは倉庫の隅で目を覚ます。肩に食い込む冷たい鉄の感触が、昨夜の戦いの記憶を呼び起こす。ガイストMk-I――頭から被るそのウェアラブル機体は、両肩と腕を覆う鋼の骨格が軋み、騎士団の剣戟を辛うじて凌いだだけだった。胸部に嵌め込まれたAIコアを支える骨組みは、細い鉄筋が頼りなく震えていた。あのままでは、次は命がない。
彼は机に広げた設計図に目を落とす。乱雑に引かれた線と数字の間に、未完の意志が宿っていた。胸の中央でガイストのコアが微かに脈動し、低く掠れた声が響く。
「この状態じゃ、次はお前が砕けるぞ、タクミ。腕の出力と装備を強化しろ。」
タクミは頷き、床に落ちた鉄片を拾い上げる。指先でその冷たさを確かめながら、呟いた。
「ドリルアームだ。盾を貫く力があれば、騎士団の防壁を突き破れる。」
頭に浮かぶのは、肩から伸びる螺旋の刃が唸りを上げ、鋼を抉る光景。
だが、ガイストの声が冷たく割り込む。
「それだけじゃ足りねえ。魔脈エネルギーを遠くへ放て。魔導士の火球みてえに、距離を取って叩き込め。」
タクミの手が止まる。鉄片が床に落ち、乾いた音が倉庫に反響した。
「魔脈を…飛ばす?」
脳内で歯車が軋みながら回り出す。魔脈鉱石のエネルギー密度、圧縮の限界、発射機構の設計――かつての知識が、記憶の奥底から這い上がる。彼の瞳が、薄暗い倉庫の中で炎のように燃え上がった。
ガイストのコアが淡く光り、補足する。
「エネルギー変換効率を70%まで引き上げれば、衝撃弾として実用化できる。腕に沿ったピストル型なら、魔脈を弾倉に詰めて発射可能だ。どうだ、タクミ?」
タクミは設計図に手を伸ばし、ペンを握る。肩の装甲にドリルを、腕にピストルを――ウェアラブル機体の限られた骨格に、新たな力を刻み込むイメージが湧き上がる。
「魔脈ピストルか…騎士の馬を遠距離で仕留められる。ガイスト、お前天才だな。」
コアの光が一瞬強く瞬き、低い笑い声が漏れる。
「俺はAIだ。お前が設計しろ。計算は俺が補う。」
だが、倉庫の廃材だけでは足りない。ドリルには頑丈な鉄が、ピストルには魔脈鉱石が必要だ。タクミが設計図に目を落としたその時、倉庫の扉が軋んで開き、エリナが姿を現した。腰に剣を下げた彼女は、タクミの肩に被さる機体を見て眉を寄せる。
「まだ戦う気か?その鉄の骨組みじゃ、騎士団に踏み潰されるだけだろ。」
タクミは設計図を指差し、静かに答えた。
「だから改良する。ドリルアームで盾を貫き、魔脈ピストルで遠距離を制する。だが、材料が足りねえ。鉄と魔脈鉱石がな。」
エリナの目が細まる。彼女は一瞬沈黙し、やがて口を開いた。
「なら、私が知ってる場所がある。貴族が放棄した廃鉱山だ。鉄鉱石と、運が良ければ魔脈鉱石が手に入る。案内する。」
タクミは立ち上がり、拳を握り締める。
「頼む、エリナ。奴らに勝つ力が要るんだ。」
森の奥深く、倒木と苔に埋もれた廃鉱山にたどり着いた。崩れた坑道の入り口には錆びた鉄鉱石が散らばり、奥の暗がりで魔脈鉱石が微かに青白く光る。タクミの胸が熱くなる。
「これだ…これがあればいける!」
ガイストのコアが分析を始める。
「鉄鉱石、純度70%。魔脈鉱石、エネルギー密度は十分。急げ、タクミ。」
エリナが剣を手に周囲を警戒する中、タクミは鉄鉱石を運び出し、魔脈鉱石を慎重に採取する。坑道の埃にまみれながら、彼の口から言葉が零れた。
「あの少年のためにも…奴らに勝つ力が要る。」
エリナが振り返り、彼の横顔を見つめる。彼女の声は静かだった。
「その執念が、お前を強くするんだな。」
倉庫に戻ったタクミは、設計図を手に村の鍛冶屋――クロウのもとへ向かった。クロウはエリナの父が遺した炉を引き継ぎ、村の武器を鍛える屈強な男だ。炉の前で鉄槌を振るう彼に、タクミが設計図を差し出す。
「クロウ、頼みがある。このドリルアームと魔脈ピストルを形にしてくれ。俺が設計し、ガイストが計算する。お前が鍛造してくれれば、騎士団を倒せる。」
クロウは設計図を一瞥し、太い眉を上げる。
「こいつは厄介だな。鉄を溶かしてドリルを削るだけでも二日はかかる。魔脈を圧縮するなんて仕掛けは、失敗すれば炉ごと吹っ飛ぶぞ。」
エリナが脇から口を挟む。
「父の炉だ。タクミが勝つなら、使い潰してもいい。協力しろ、クロウ。」
クロウは渋々頷き、炉に火を入れる。
まずドリルアームだ。タクミが描いた設計図を基に、ガイストが構造を補正する。
「重量を20%減らし、軸を短くしろ。トルクは50N・mで十分だ。」
クロウが鉄鉱石を溶かし、赤熱した塊を槌で叩く。だが、初回の試作用は重心がずれ、床に落下して砕けた。タクミが歯噛みする。
「くそっ…バランスが悪いか。」
クロウが汗を拭い、唸る。
「設計は悪くねえ。俺の叩き方が粗かった。もう一度だ。」
二度目の鍛造で、肩に装着する螺旋が完成。低く唸る刃が、タクミの腕に力強く響いた。
次に魔脈ピストルだ。タクミが腕に沿う銃身の設計を調整し、ガイストが反動を計算する。
「発射時の反動を20N・m以下に抑えろ。銃身に冷却溝を刻め。」
クロウが鉄で銃身を鍛え、魔脈を圧縮する弾倉を円筒形に仕上げる。タクミが砕いた魔脈鉱石を詰め、試射に挑む。だが、初弾は暴発し、衝撃波が炉の周りを焦がした。クロウが怒鳴る。
「何してくれやがんだ!鍛冶場が壊れちまう!!」
タクミは魔脈の充填量を半分に減らし、クロウが銃身を補強。二度目の試射で、衝撃弾が壁を穿ち、鈍い響きが倉庫に満ちた。タクミが笑みを浮かべる。
「できた…魔脈ピストルだ!」
ガイストが報告する。
「ドリルアーム完成、トルク50N・m。ピストル出力、衝撃弾15発分。準備は整った。」
タクミは機体を肩に被り、新装備を装着する。ドリルが低く唸り、ピストルの弾倉が青く光る。クロウが肩を叩き、言う。
「いい出来だ。貴族の鼻をへし折ってこい。」
その時、森の入り口から馬蹄の音が轟いた。貴族の騎士団が撤退したかに見えたが、増援を率いて再び現れたのだ。エリナが倉庫に駆け込み、叫ぶ。
「タクミ、奴らが来た!今度こそ決着だ!」
タクミはガイストMk-Iを起動させ、ドリルアームを回す。
「行くぞ、ガイスト!貴族を叩き潰す!」
強化された魔鋼機と共に、彼は森の入り口へ踏み出した。新たな戦いの幕が、静かに上がる。




