第83話:雷鳴の裏切りと秘めたる影
雷の神殿「試練の間」を抜けたタクミ一行は、傷だらけの体を引きずりながら次の通路へと進んだ。狭い回廊は雷の魔脈がうねり、壁に刻まれた雷神トーラスの彫刻が青白い光に照らされ、時折バチッと火花が弾ける。ひび割れた床は足音に合わせて軋み、空気は湿気と硫黄の重い匂いに満ちていた。背後からはゼノスの足音——ドォン、ドォン——が地を震わせ、近づくたびに心臓を締め付けるような圧迫感が広がる。
回廊を進む一行の耳に、ガイストの声が鋭く響いた。「魔脈反応、距離50メートル! 魔獣接近中!」
「次から次へと…!」タクミが操縦桿を握り締めると、回廊の先で雷光がチカチカと揺らめき、低い地響きが迫ってきた。闇から姿を現したのは貴族の魔導技術で強化された「テンペスタ改」——全高4メートルの雷を纏う魔獣だ。鱗に覆われた体は雷が走り、両腕の爪がビリビリと空気を焦がす。背後には小型の「サンダー・ドローン」2体が浮かび、雷球が鈍く脈動していた。
「ゼノスにたどり着く前に叩く!」タクミが声を張り上げ、ストームライダーを構えた。額の汗が目に入り、視界が一瞬滲む。
テンペスタ改が喉を震わせ、爪を振り下ろす。雷が回廊を切り裂き、壁に当たってバチン!と爆音を立てた。ストームライダーの装甲が黒く焦げ、電流がコックピットを軋ませる。「耐えろ!」タクミが歯を食いしばり、ドリルアームを起動。高速回転の唸りが響き、テンペスタ改の肩に突き刺さった。鱗が砕け、雷が跳ねるが、魔獣は咆哮を上げて反撃。サンダー・ドローンが雷球を放ち、回廊が白熱の光に包まれる。焦げた空気が鼻を刺し、タクミの喉が締まった。
「タクミ、無理しないで!」リアが叫び、エーテル・ノヴァを握る手に力を込める。
「まだ終わらねえよ!」タクミが応じ、息を整えて敵を見据えた。
だがその瞬間、後方で不穏な気配が広がった。セリカが短剣を手にサンダー・ドローンに切りかかっていたが、回廊の側面から現れた貴族の魔導兵に囲まれた。「情報屋、ここまでだ!」兵が哄笑し、魔術で編んだ鎖がセリカの腕を絡め取る。鎖がガチャンと締まり、冷たい感触が彼女の骨に響いた。
「放せ!」セリカが猫耳を震わせ、もがくが、短剣が床に落ち、カランと乾いた音を立てる。貴族兵が「ゼノス様への供物だ!」と叫び、彼女を雷光が奔る壁際へと引きずっていく。鎖が擦れる音と彼女の息が混じり、タクミの耳に突き刺さった。
「セリカが!?」タクミが振り返るが、テンペスタ改の雷爪がストームライダーを襲い、コックピットがガタンと揺れる。
貴族兵の一人が嘲るように声を上げた。「こいつが貴様らの動きを我々に売っていたスパイだ! お前らがここまで来たのは我々の掌の上だ!」
その言葉が回廊に響き、一行の時間が止まった。バルドが剣を地面に突き立て、「ふざけるな…!」と低く唸る。リアが杖を握る手を震わせ、「嘘でしょ…?」と呟く。カザンが熔雷槌を振り上げ、「てめえ、何を!?」と怒鳴り、壁に叩きつける音が反響した。
セリカは鎖に縛られたまま顔を伏せ、唇から血が滴る。「…ごめん。私、裏切ってた。でも、それだけじゃない…!」
タクミはコックピットで拳を握り、爪が掌に食い込むほど力を込めた。「セリカ…お前、まさか…!」
「どうして!?」リアの声が割れ、涙が頬を濡らす。セリカは目を閉じ、かすれた声で語り始めた。
「私の故郷、獣人の里は、エアリスが栄える前から5神殿の秘密を守ってきた。神殿は大陸の調和を保つ柱で、私の一族は『雷の記録者』として、雷の神殿に刻まれた真実——魔脈が次元を繋ぐ力だってことを守り続けてた。2000年前の歴史だよ。でも、貴族が神殿を奪い、真実を穢した。私が8歳の時、里は貴族に焼き尽くされた。炎の中で家族が叫び、父が私を隠して死んだ。一族は皆殺しで、私だけが生き残った…」
彼女の声が震え、涙が床に落ちて小さく跳ねる。「貴族に捕まって、雷の神殿の秘密を渡さない代わりに、彼らの手先になるしかなかった。一族が命懸けで守った石碑——歴史の欠片を残すって約束だったから。でも、タクミたちと戦ううちに気づいたんだ。貴族は約束なんて守らない。神殿を壊して、次元を歪めて支配する気なんだ。私、騙されてた…!」
セリカの声が途切れ、貴族兵が「黙れ!」と鎖を締め上げる。彼女がうめき、膝をつく。鎖の軋む音が回廊に響き、タクミの胸を抉った。
「バルド、やれ!」タクミが叫ぶと、バルドが息を整え、嵐の双剣を振り上げ、風と雷が渦巻き、一体のサンダー・ドローンを切り裂く。ドローンが爆発し、破片が回廊に散らばり、焦げた金属の匂いが漂った。だが、テンペスタ改が雷光を放ち、壁が震える。バルドが膝をつき、「まだだ…!」と剣を支えに立ち上がる。
「リア、力を貸してくれ!」タクミが声を張り上げる。
「タクミと一緒なら!」リアが涙を拭い、エーテル・ノヴァを掲げる。「アイシクル・ブリザード!」
氷の嵐が残るサンダー・ドローンを包み、雷を帯びた体を凍りつかせた。氷がカチカチと音を立て、リアが続ける。「タクミ、剣に込めるよ! サンダー・ウェーブ!」
雷撃波が杖から迸り、魔鋼剣に流れ込む。タクミが息を合わせ、「行くぞ!」と振り下ろす。凍ったドローンが砕け散り、破片が床に落ちてキンと冷たい音を立てた。
だが、テンペスタ改は立ちはだかる。魔獣が喉を震わせ、雷爪を振り回す。回廊の壁が崩れ、雷神トーラスの彫刻がガラガラと落ちる。タクミはドリルアームを突き出し、回転がテンペスタ改の胸を削る。鱗が飛び散り、焦げた臭いが広がった。「セリカ…お前がそんな過去を…!」
彼女の涙と告白がタクミの心を揺さぶる。裏切りの痛みが怒りを呼び、だがその裏にあった一族への想いが、タクミの拳を緩ませた。
ゼノスの足音が近づき、ドォン、ドォン、という振動が回廊を震わせる。ガイストが叫ぶ。「ゼノス、距離60メートル! 急速接近中!」
タクミはセリカを見つめる。貴族兵に引きずられる彼女の瞳に、涙と後悔が溢れていた。裏切りの傷と、彼女が守ろうとした歴史の重さが交錯する中、タクミの心は決断を迫られていた——。




