第81話:雷神の咆哮と幻の鎖
雷の神殿の門が軋みながら開くと、湿った風がタクミの顔を叩いた。王都大陸の中心に屹立するこの神殿は、黒雲を突き刺す尖塔から絶え間なく魔脈炉の低いうねりを響かせていた。内部に足を踏み入れると、石畳の冷たい感触がブーツ越しに伝わり、薄暗い通路の両壁には色褪せた壁画が広がる。そこに描かれた雷神トーラスは、雷を纏った巨躯で立ち尽くし、深く沈んだ瞳でタクミたちを静かに見下ろしていた。埃と湿気が混じった空気が鼻腔を刺し、遠くで雷鳴が唸る。
ジンが竪琴を手に、煤けた指で弦を軽く爪弾く。低く響く音色が石壁に反響し、神殿の重苦しい空気を震わせた。
「2000年前、エアリスは5つの神殿で調和を紡いだ。雷の神殿はその心臓だった。魔脈を束ね、大陸に命を吹き込んだ…だが貴族が裏切り、ゼノスを創り上げた。雷は怒りに変わり、調和は砕けた——」
彼の歌声は重く、まるで壁画の雷神がその歴史を呟いているかのようだった。タクミは一瞬立ち止まり、壁画を見上げる。2000年の時を超えたその姿に、現代の技術者としての自分が重なり、胸の奥で何か熱いものが疼いた。
「魔脈波動、異常検知! 距離20メートル、急速接近中!」ガイストの警告がストームライダーのコックピットに鋭く響き、タクミの意識を現実に引き戻す。センサー画面に赤い点が点滅し、通路の奥から不気味な光が揺らめき始めた。埃っぽい空気が急に重くなり、石畳が微かに震え出す。
「20メートルだと!?」タクミが叫んだ瞬間、闇の中から姿を現したのは貴族の魔導技術と禁忌魔法で強化された敵——幻影魔導士「ミラージュ」と、その周囲を漂う3体の「シエルフィス」だった。
ミラージュは黒いローブに身を包み、顔は影に隠れている。だがその掌から放たれる魔脈波が空気を歪ませ、ゆらゆらと揺れる幻影を生み出していた。シエルフィスは鱗に覆われた魔獣で、全長3メートル。鋭い爪が石畳を引っ掻き、ガリガリと耳障りな音を立て、雷光を帯びた尾がビリビリと火花を散らす。3体が低く唸り、タクミたちを囲むように動き始めた。
「幻術だ、気をつけろ!」セシルがエアリスウィスパーを握り締め、鋭く叫ぶ。だがその声が届く前に、ミラージュの魔脈波がタクミの視界を飲み込んだ。
——薄汚れたカーテンの隙間から夕陽が差し込む、日本の小さなアパート。畳の上で少年がプラモデルを組み立てている。あれは…子供時代の自分だ。工具の金属臭とプラスチックの感触が鼻と指先に蘇る。
「お母さん、いつか僕、こんなロボット作るんだ!」少年タクミが笑顔で言うと、台所から優しい声が返ってくる。「すごいね、タクミ。頑張ってね」
少年がこちらを振り返り、タクミを見つめた。「ねえ、お兄ちゃん。いつ帰ってくるの?」
タクミの胸が締め付けられる。あの頃の夢。母の声。安全で単純だった世界への未練が、鋭い針のように心を刺した。喉が詰まり、手が震える。「くそっ…幻だ、わかってる…!」タクミは操縦桿を握り直し、歯を食いしばる。だが視界の端で少年が寂しそうに手を振る姿が消えず、心が軋んだ。
「タクミ、しっかりしろ!」バルドの声が現実を引き戻す。彼は嵐の双剣を構え、一体のシエルフィスに飛びかかった。「嵐雷斬!」
双剣が風と雷を纏い、弧を描いてシエルフィスの首を狙う。刃が鱗を切り裂き、雷光が炸裂して魔獣の体を貫いた。シエルフィスは断末魔の咆哮を上げ、石畳に倒れ込む。だがその瞬間、切り口から紫色の瘴気が噴き出し、バルドを包んだ。
「ぐっ…家族が…!」バルドが膝をつき、剣を支えに喘ぐ。瘴気が彼の心に侵入し、幻を見せていた。燃えるシンダーリーヴス。貴族の兵に引きずられる妹の姿。「お前らに…復讐を…!」
彼の声は震え、瘴気の毒に耐えきれず双剣が床に擦れる音が響いた。タクミはコックピットからその苦悶する姿を見て、拳を握り潰すほど力を込めた。
「貴族を許すな!」影脈会のガレンが叫び、剣を手にミラージュへ突進する。ザインが素早く短剣を投げ、刃に塗られた毒がミラージュのローブをかすめた。ミラが「ヒール・ルミナス」と唱え、淡い光でバルドの傷を癒す。カイルとダインが槍を手にシエルフィスに挑み、双子の息の合った動きで槍が脇腹を突き刺す。魔獣がよろめき、爪が石畳を引っ掻く音が響いた。だが貴族軍も反撃に出る。
「ゼノス様のために死ね!」魔導兵が雷の魔術を放ち、通路に稲妻が走る。石壁が焦げ、焼けた匂いが鼻をつき、タクミの髪が静電気で逆立った。
タクミは深呼吸し、幻影を振り払う。「ガイスト、状況は?」
「ドリルアーム稼働率84%、ピストルエネルギー残量76%、トルク300N・m。戦闘準備は万全だ、タクミ!」ガイストの声が冷静に響く。
「よし…リア、トリニティ・ヴォルテクスの準備を頼む!」
「うん、タクミ! 任せて!」リアが目を輝かせ、両手でエーテル・ノヴァを掲げる。
「全精霊よ、我が声に応え、絆を束ねよ——オール・エレメント・ユニゾン!」
彼女の足元に巨大な魔法陣が広がり、砂塵を吹き飛ばす。赤い炎がうねり、青い氷が鋭く輝き、黄金の雷が迸り、緑の風が唸り、茶色の土が隆起し、白い光が天を貫く。戦場の熱と焦げ臭さが一瞬薄れ、仲間たちの顔に希望が灯った。その力が魔鋼剣に流れ込み、刃が眩い六色の光を放つ。
戦闘が本格化した。タクミはストームライダーを前進させ、残る2体のシエルフィスに狙いを定める。「まずはお前らだ!」
ドリルアームが唸りを上げ、回転数が一気に跳ね上がる。シエルフィスの一体が飛びかかってきた瞬間、タクミは操縦桿を押し込み、ドリルを突き出した。金属が軋む音とともに、ドリルがシエルフィスの胸を貫き、鱗が飛び散る。魔獣は悲鳴を上げ、雷光を帯びた尾を振り回すが、タクミは冷静に機体を傾けて回避。続けてガンランチャーを発射し、エネルギー弾がシエルフィスの頭部を直撃した。爆発音が神殿に響き、魔獣が石畳に崩れ落ちる。
だがミラージュが動いた。幻影魔導士の手が再び魔脈波を放ち、今度は全員の視界を歪ませる。リアの前には兄レオンが現れ、血まみれの手を伸ばして囁いた。「リア、なぜ僕を救えなかった?」
セシルの前には影脈会の仲間が立ち、血塗れの顔で呪う。「お前が裏切ったせいだ!」
仲間たちが次々と幻に囚われ、動きが止まる。リアが杖を落とし、「レオン、ごめん…」と呟き、セシルが膝をついて「違う、私じゃない…」と喘ぐ。
「くそっ、全員を…!」タクミは歯を食いしばり、ストームライダーの出力を上げる。「ガイスト、全魔術融合モードだ!」
「了解、魔鋼剣へのエネルギー転送開始!」ガイストが応じ、剣がさらに輝きを増す。
タクミはミラージュへ突進する。幻の中で少年タクミが「お兄ちゃん、帰ってきて」と手を伸ばすが、タクミは目を閉じ、心の中で呟いた。帰りたい…でも、ここが俺の居場所だ。仲間がいる。未来がある!
目を開けた瞬間、彼は叫んだ。「貴族だろうが幻だろうが、俺たちの未来を邪魔するならぶっ壊す! トリニティ・ヴォルテクス!」
ストームライダーの魔鋼剣が振り下ろされ、炎と氷と雷が渦を巻いてミラージュを飲み込んだ。幻影が砕け散り、ローブが燃え上がり、断末魔の叫びが神殿に響く。シエルフィスの最後の一体も衝撃波に巻き込まれ、石畳に叩きつけられた。
戦闘が収まると、タクミはコックピットで息を整える。仲間たちは瘴気から解放され、互いに顔を見合わせた。バルドが立ち上がり、剣を握り直す。「まだ終わってねえ…ゼノスが待ってる」
タクミは頷き、雷の神殿の奥を見据えた。魔脈炉の轟音がさらに激しくなり、壁画の雷神トーラスが静かに見下ろす中、彼らは次なる戦いへと歩を進める——。




