第71話:水神の杯と償いの旋律
水の神殿の試練の間は、青い魔脈が壁を這い、静かに流れる水音が響き渡っていた。タイタノスとの戦いを終えたタクミ一行が奥へ進むと、空間が揺らぎ、淡い光と共に水神アクエリアの幻が現れた。波のような衣を纏い、穏やかな声が神殿に響く。
「歌う者よ、故郷を捨てた過去を悔いるか?」
ジンが一歩前に出る。吟遊詩人の飄々とした表情が崩れ、竪琴を握る手が震えた。すると、神殿が歪み、一行全員が光に包まれる。次の瞬間、彼らはジンの故郷——貴族の炎に焼かれた小さな村に立っていた。だが、ジンだけは幼い姿、ボロボロの服を着た10歳の少年に戻り、目の前に広がるのは燃え盛る家々と逃げ惑う村人たちだった。
タクミが辺りを見回し、驚きを隠せない。
「ここは…ジンの故郷か!?」
リアがエーテル・ノヴァを握り締める。
「ジンが小さくなってる! 私たちのこと、忘れてるみたい…。」
水神の声が響く。
「これは試練だ。歌う者が過去を償う時。汝らは彼を支え、村を守れ。」
村は貴族の猛威に晒されていた。魔導兵が火炎弾を放ち、木造の家々が次々と崩れ落ちる。貴族の騎士が馬を駆り、逃げ遅れた村人を剣で切りつけ、血と叫び声が響き渡る。空は灰色の煙で覆われ、炎の熱が肌を焦がす。タクミがストームライダーのレバーを握り、叫ぶ。
「貴族だ! みんな、迎え撃つぞ!」
カザンが熔雷槌を振り上げ、魔導兵に突進する。
「熔鉄団の力でぶち抜いてやるぜ!」
雷を帯びたハンマーが魔導兵を吹き飛ばし、貴族の騎士が馬ごと倒れる。バルドが「嵐の双剣」を手に疾走し、兵を切り裂く。
「シンダーリーヴスと同じだ…貴族にはもう何も奪わせねえ!」
リアが杖を掲げ、氷の魔法で炎を抑える。
「ジンの村、私たちが守るよ!」
セシルが「エアリスウィスパー」を手に風を操り、村人たちを炎から遠ざける。
「エアリスの調和を、ここで取り戻す!」
幼いジンは恐怖で立ちすくみ、母と妹が炎の中で助けを求める姿を見つめる。30歳の記憶はなく、ただ10歳の少年として、足が震え、心が逃げと助けの間で揺れ動く。母が炎に囲まれ、掠れた声で叫ぶ。
「ジン、逃げて!」
妹が小さな体で咳き込みながら手を伸ばす。
「お兄ちゃん…助けて…。」
ジンの目から涙が溢れ、竪琴を持つ手が震える。
「怖い…逃げたい…でも…!」
かつての彼は母の言葉に従い、背を向けて走り出した。だが今、貴族の猛威とタクミたちの戦う姿が彼の心を揺さぶる。タクミが魔導兵をドリルアームで貫き、リアが炎を凍らせ、カザンが騎士を吹き飛ばす。その光景に、ジンが歯を食いしばる。
「逃げちゃだめだ…母さん、妹…!」
震える足で一歩踏み出し、竪琴の弦を弾く。ぎこちない音色が響き、故郷の川辺で母に歌った子守唄が流れ出す。貴族の猛威が静まり、仲間たちが一瞬息をつく中、ジンが叫ぶ。
「母さん! 俺が守るよ!」
その時、「水神の杯」が彼の前に浮かび上がる。青い結晶が縁取られた杯を手に持つと、ジンが涙声で叫ぶ。
「お母さん! お願い、目を閉じないで…俺が助けるから!」
杯から溢れ出した水が炎を鎮め、母と妹を包み込む。焼けた肌が癒え、咳が止まり、二人がゆっくり目を開ける。母が驚いたようにジンを見つめ、涙をこぼす。
「ジン…お前、戻ってきてくれたのね。」
妹が弱々しく笑い、小さな手を握り返す。
「お兄ちゃん…ありがとう。」
ジンが二人を抱きしめ、嗚咽を漏らす。
「ごめん…あの時逃げてごめん。もう絶対、離さないよ。」
仲間たちがその光景を見つめる。リアが涙を拭い、タクミに呟く。
「ジン、家族を救ったんだね…。」
タクミが静かに頷く。
「ああ。あいつ、過去と向き合ったんだ。」
カザンが鼻をすすりながら笑う。
「おいおい、泣かせやがるぜ…。」
バルドが目を細める。
「俺もシンダーリーヴスで、こうできてたらな…。」
セシルが穏やかに微笑む。
「ジンの優しさが、エアリスの調和を呼び戻したよ。」
水神の幻が現れ、柔らかく言う。
「歌う者よ、汝の本気と優しさ、受け取った。過去を償い、仲間と共に未来を築け。」
村の幻が光に溶け、ジンの体が元の姿に戻る。杯を手に持つ彼の瞳には涙と決意が宿っていた。
神殿に戻った一行の前で、石台が光り、「水神の杯」が正式に現れる。ガイストがコックピットから報告する。
「水の魔脈安定化。杯の効果でエネルギー効率3%向上、残量79%。次の戦いに備えられるぞ、タクミ。」
ジンが竪琴を背負い直し、杯を手に持つ。
「この杯で仲間を癒して、貴族に奪われたものを取り戻す。それが俺の償いだ。」
タクミがジンの肩に手を置く。
「お前は仲間だ。過去が何だろうと、今ここにいる。それで十分だよ。」
一行は再び結束を固め、水の魔脈が静かに流れる中、次の戦いへと歩を進める。神殿の奥から微かな波動が感じられ、新たな試練が彼らを待っていた。




