第5話:ヴェールウッドの休息
森の闇は深く、木々の間を縫うようにタクミはエリナに支えられていた。血と泥にまみれた体は重く、左腕には未完成の魔鋼機の腕が握られている。右腕をエリナの肩に預け、崖下から僅かな距離を這うように進む。リアがその後ろをよろめきながらついてくる。彼女の小さな体も傷だらけで、泥に汚れた顔に疲労が刻まれている。タクミの息は荒く、掠れた声で呟く。
「ここは…何だ?」
エリナが足を止めず、静かに答える。
「貴族の手から逃れた森だ。もう少し進めば、安全な場所に着く。」
タクミの唇が微かに歪み、苦笑が漏れる。
「安全か…死にかけただけだろ。」
エリナが木々の奥を指差すと、隠された荷車が姿を現す。彼女はタクミを支えながら車に近づき、リアに手招きする。
「歩ける距離じゃない。乗れ。」
タクミとリアが荷車に乗り込むと、エリナが手綱を握り、馬を静かに進ませた。森の奥深く、鉱山から馬で半日ほど離れたヴェールウッド村を目指す。タクミの視線が揺れる荷車から森の奥に伸び、掠れた声で問う。
「どこまで行くんだ?」
「ヴェールウッド村だ。貴族の魔導士が嗅ぎつけられん距離にある隠れ里さ。私は時折鉱山を見に来るが、村は安全に守られてる。」
エリナの言葉に、タクミが小さく頷く。
タクミはポケットに手を伸ばし、ガイストのコアを取り出した。泥と血に汚れた小さな球体が、微かに青く光る。彼はそれを握り、呟く。
「こいつが生きてるのが…唯一の救いだ。」
リアがタクミの背に近づき、弱々しく、少し躊躇いがちに言う。
「ガイスト…元気?」
タクミがコアを見せ、軽く笑う。
「こいつは喋る道具だ。お前も知ってるだろ? 俺よりタフだよ。」
リアの目が丸くなり、微かに笑って頷く。「うん…不思議だけど、すごいね。」
エリナが二人を一瞥し、低く言う。
「喋る元気があるなら、まだ死なないな。もう少しだ、着くぞ。」
タクミはポケットに手を伸ばし、ガイストのコアを取り出した。泥と血に汚れた小さな球体が、微かに青く光る。彼はそれを握り、呟く。
「こいつが生きてるのが…唯一の救いだ。」
リアがタクミの背に近づき、弱々しく、少し躊躇いがちに言う。
「ガイスト…元気?」
タクミがコアを見せ、軽く笑う。
「こいつは喋る道具だ。お前も知ってるだろ? 俺よりタフだよ。」
リアの目が丸くなり、微かに笑って頷く。「うん…不思議だけど、すごいね。」
エリナが二人を一瞥し、低く言う。
「喋る元気があるなら、まだ死なないな。もう少しだ、着くぞ。」
森の奥、馬が荷車を引いて進むと、木々の間に隠された集落が姿を現した。ヴェールウッド村――ヴェルディア大陸の貴族の支配から逃れた反乱の拠点だ。粗末な木造の小屋が密生する木立に溶け込み、蔦や葉で巧みに隠されている。村人たちが物陰から顔を覗かせ、タクミとリアを警戒の目で見つめる。鋭い視線の中には、疲れと猜疑心が混じっていた。
エリナが荷車を止め、一歩前に出て、力強い声で宣言する。
「この男と少女を助ける。異邦人だが、貴族の仲間ではない。私が保証する。」
(こいつ…光る石と会話してる。見たこともない道具を手に持つ。不思議な奴だ。貴族を倒す力になるかもしれん…私が賭ける価値はある。)
エリナの心の中で声が響く。彼女はタクミが崖下でコアと話す姿を見て、只者ではないと感じていた。ヴェールウッドの反乱を率いる旗手として、貴族に抗う可能性を持つ者を見逃すつもりはない。村人たちの間にざわめきが広がるが、エリナの言葉に逆らう者はいない。その瞳に宿る決意が、村人たちを黙らせた。
タクミは荷車から降ろされ、エリナに支えられながら、一人の村人に目を向ける。やせ細った男が槍を握り、タクミを睨んでいる。タクミが小さく笑う。
「随分な歓迎だな…まあ、俺でもこんな不審なやつを信用しねえよな。」
エリナが鼻を鳴らし、タクミを小屋の一つに導く。
「お前が喋るたび、死に近づいてる気がする。黙ってろ。」
リアが小さく笑い、タクミの背に手を添えてついてくる。
小屋の中は簡素で、木の床に藁が敷かれ、粗末なベッドが置かれている。エリナがタクミをベッドに下ろすと、彼の体が重く沈み込んだ。傷だらけの体から力が抜け、息が荒いまま目を閉じる。リアが隣に座り、タクミの手を握る。
「タクミ…大丈夫?」
「ああ…死なねえよ。お前も休め。」
タクミの声は弱々しかったが、リアに微笑みかける。彼女の瞳が潤み、頷く。
エリナが小屋の入り口に立ち、腕を組んで二人を見下ろす。
「ここは安全だ。貴族の魔導士も簡単には近づけん。だが、傷が癒えるまでは動くな。ヴェールウッドは隠れ里だが、油断はできん。」
(この異邦人…疲れ果てても諦めない目だ。あの光る石と道具…反乱に使える。貴族を倒す日が近づくなら、こいつを生かす意味がある。)
エリナの心の中で声が響く。タクミの瞳に宿る不屈の意志と、ガイストのコアが放つ光が、彼女の計算に新たな可能性を刻んでいた。
タクミが目を開け、エリナを見つめる。
「隠れ里か…お前、何者だ?」
「貴族に抗う者さ。お前と同じだろ、異邦人。」
エリナの口元に微かな笑みが浮かび、タクミが苦笑を返す。
彼はガイストのコアを手に持ち、微かに光る球体を見つめる。
「お前と俺で…まだやれるな、ガイスト。」
コアが一瞬強く光り、低い声が響く。
「ああ、タクミ。ここからが本番だ。」
タクミの瞳に力が戻り、ベッドに横たわりながら呟く。
「そうだ…俺はまだ終わってねえ。」
リアがタクミの手を握り締め、エリナが静かに頷く。小屋の外では、木々のざわめきが続き、ヴェールウッド村が新たな希望を静かに育んでいた。




