第25話:魔脈の鼓動
夜のヴェールウッド村は深い静寂に包まれていた。広場の焚き火が薪をパチパチと噛み砕き、オレンジ色の火花が冷たい空に舞い上がる。風が木々の間を抜け、かすかに葉擦れの音を運んでくる。タクミ、リア、バルド、エリナが火を囲み、それぞれが思い思いに腰を下ろしていた。火の明かりが彼らの顔を照らし、影が地面に揺らめく。
バルドが膝に置いた双剣を無意識に撫で、火を見つめたまま低く呟く。
「貴族はもっと来るだろうな。俺が剣を貸すって言った以上、覚悟はできてる。」
彼の声は乾いた風のようで、どこか遠くを彷徨うような響きがあった。
タクミが設計図を手に持ったまま、口の端を上げて笑う。
「お前が剣なら、俺は技術だ。リアの魔法も加えりゃ、貴族なんざ足元にも及ばねえよ。」
彼の指が設計図の端を軽く叩き、紙がカサリと音を立てる。
リアが風魔コアを手に弄びながら、火の揺らめきに目を落とす。小さな青い光がコアの中で脈打ち、彼女の掌に冷たい感触を残していた。
「このコア、触ってると落ち着くんだ…私、ちゃんと戦えるかな?」
タクミが彼女のために作った魔力増幅器だ。魔法を使えると知った日から、リアは少しでも力を高めようと握り続けていた。
タクミがリアをチラッと見て、軽く鼻で笑う。
「何だよ、急に弱気か? お前の風がなけりゃ、俺はバルドにやられてたぜ。」
彼の声には茶化すような軽さがあるが、目には仲間への信頼が宿っている。
リアがコアをぎゅっと握り、頬を膨らませて返す。「弱気じゃないよ! ただ…ちょっと怖いだけ。」
彼女の声が小さく震え、火の熱とは裏腹に冷えた風が首筋を撫でる。
エリナが剣を地面に立てかけ、火に太い薪を放り込む。薪が燃え上がり、赤い火の粉が一瞬空に飛び散った。
「怖いのは当たり前さ。私だって毎晩、貴族が村を焼く夢を見て目が覚める。でも、お前たちがいるからまた寝直せるよ。」
彼女の静かな声に、仲間への確かな温かさが滲む。
バルドが目を上げ、エリナを見やる。
「夢か…俺は家族が燃える夢しか見ねえ。貴族に村を焼かれて、10年だ。」
彼の瞳に映る炎が揺れ、過去の記憶を映し出すかのようだった。
タクミが設計図を地面に置き、バルドに顔を向ける。
「10年? お前、貴族に何されたんだ?」
彼の声に好奇心と僅かな怒りが混じる。
バルドが火を見つめたまま、静かに話し始めた。
「俺の村は魔脈鉱石を掘ってた小さなとこだった。貴族が鉱石を欲しがって、税を払えねえってだけで焼き払われた。母ちゃんが俺を庇って炎に呑まれ、妹の叫びが耳に残ったまま火に消えた。俺は逃げて、傭兵になった。生きるために剣を握ったが、結局貴族の金で動くしかなかった。皮肉なもんだ。」
彼の指が双剣の柄を強く握り、関節が白くなる。
リアが目を潤ませ、膝をついてバルドに近づく。
「私も…家族を貴族に殺されたよ。鉱山で働かされて、逃げようとしたら…父ちゃんが鞭で叩かれ続けて動かなくなった。」
彼女の声が詰まり、涙が一滴、風魔コアに落ちて光を歪ませる。
バルドがリアを見やり、低く言う。
「似た者同士だな。お前らが貴族を潰すなら、俺の剣もそこに賭ける。」
彼の目が鋭く光り、火の明かりに照らされた顔に決意が刻まれる。
タクミが設計図を再び手に取り、拳を握る。
「なら決まりだ。貴族も魔獣も、全部倒す。この村を俺たちの手で守る。」
彼の声に熱がこもり、火が一瞬大きく揺れた。
エリナが軽く笑い、薪をくべながら言う。
「いいね、タクミ。お前がそうやって燃えてると、こっちまで熱くなるよ。」
彼女の笑顔が火に映え、四人の間に笑い声が響き合う。その瞬間、絆が確かに深まった。
だが、森の奥で魔獣の目が赤く光り、低い咆哮が風に乗って届く。遠くの鉄都ガルザードでは、騎士団長が貴族長に膝をつき、冷たく報告する。
「ヴェールウッドが動き始めています。」
貴族長がワイングラスを傾け、唇を歪めて命じる。
「魔導士と魔獣をけしかけろ。ヴェールウッドを潰せ。」
影脈会の黒いローブの男が闇の隅で呟く。ローブが風に揺れ、指が魔術的な印を結ぶ。
「異邦人…どこまで耐える?」
その声は闇に溶け、不気味に響いた。
朝陽がヴェールウッド村を薄く照らし、霧が森の木々を白く染める。タクミは倉庫の中でガイストMk-I改の調整に没頭していた。風魔コアに新たな魔脈鉱石を嵌め込み、細い鑿で削りながら慎重に仕上げる。金属と鉱石が擦れる乾いた音が響き、汗が額から滴り落ちる。彼がリアに目をやり、軽く笑う。
「おい、リア。風を入れてくれ。魔脈感知を強化したから、ちゃんと動くか試したい。」
リアがコアのそばに立ち、首を振って笑みを返す。
「昨日は怖いって言ったけど、やるよ!」
彼女が目を閉じ、呪文を唱える。
「風を…コアに…!」
冷たい風が彼女の手から渦を巻き、風魔コアが青く脈打つ。風がダクトを流れ込み、炉の熱が静かに冷えていく。コアの光が一瞬強まり、倉庫に微かな振動が走った。
ガイストの合成音がコックピットから低く響く。
「半径100メートル、魔脈波動感知…異常なし。冷却効率115%、反応速度35%維持。準備は整った。」
タクミが魔脈感知機の針を確認し、満足げに頷く。
「これで敵が来る前に分かる。貴族も魔獣も、見逃さねえよ。」
彼の声に確信が宿り、設計図に目を落とす。
リアが風魔法で小さな渦を起こし、タクミに笑いかける。
「私、昨日より少しだけ自信ついたかも。」
彼女の手から風が軽く舞い、タクミの髪を揺らす。
倉庫の外では、バルドが双剣を手に持ち、刃を指で軽く弾いてバランスを確かめる。金属が澄んだ音を立て、彼が低く呟く。
「敵が来たら俺が斬る。貴族だろうが魔獣だろうが、まとめて始末してやる。」
彼の目が森の奥を睨み、鋭さが研ぎ澄まされる。
エリナが剣を手に近づき、霧に霞む森を見つめる。
「昨夜の咆哮、気になって仕方ないよ。魔獣が近づいてるなら、村が危ない。」
彼女の声に微かな緊張が混じる。
タクミがガイストMk-I改のコックピットに乗り込み、レバーを握る。
「なら試運転だ。こいつで迎え撃つ。バルド、前衛頼むぜ。」
機体が低い唸りを上げ、装甲が朝陽に鈍く光る。
バルドが双剣を構え、短く答える。
「ああ。お前が後ろからぶちかませ。」
彼の背筋が伸び、戦いの準備が整う。
ガイストが報告する。
「魔脈波動、微弱な反応あり。半径200メートル以内に異常接近の可能性。警戒しろ。」
モニターの針がわずかに揺れ、風魔コアが微かに光を放つ。
タクミが拳を握り、呟く。
「来やがったか。貴族か魔獣か、どっちでも叩き潰す。」
彼の目が鋭く光り、機体を広場へと動かす。
ガイストMk-I改が広場に立ち上がり、魔振剣とガンランチャーを構える。朝霧の中、機体のシルエットが不気味に浮かび上がる。ガイストが分析を続ける。
「エネルギー残量98%、冷却効率115%、トルク最大90N・m。戦闘準備完了。ストームライダーの基礎は安定している。」
タクミが森の奥を見やり、声に力を込める。
「貴族が魔導士と魔獣を送るなら、先にこっちが動く。試運転で奴らをぶっ潰すぜ。」
レバーを握る手に汗が滲む。
リアがタクミのそばに立ち、風を手に感じながら言う。
「私、ちょっと怖いけど…タクミとバルドさんがいるから大丈夫だよね?」
彼女の声が微かに震え、風が不安げに揺れる。
バルドがリアをチラッと見て、淡々と呟く。
「怖くても剣を握れ。それで俺は生きてきた。」
彼の双剣が朝陽に鈍く光り、静かな覚悟が漂う。
エリナが村人たちに軽く笑いかけ、言う。
「皆、少し落ち着いて。敵が来ても、私たちが守るよ。」
彼女の声に穏やかさと力が混じる。村人たちが不安げに見守る中、子供がリアに近づき、
「お姉ちゃん、強くなったね」
と笑う。リアが頷き返す。
「うん、少しだけね。」
彼女の目に微かな光が宿る。
森の奥から低く唸る魔獣の声が近づき、地面が微かに震え始める。空の不穏な雲がさらに濃くなり、風が冷たく頬を叩く。ヴェールウッドの戦士たちは、タクミ、リア、バルド、エリナの力と共に、新たな戦いへの決意を固めていた。鍛冶屋が魔脈ガンランチャーを手に握り、ウェアラブル型の装備を身につけた村人たちが広場に集う。
タクミが機体を一歩前進させ、森の闇を見据える。
「貴族と魔獣の脅威が、すぐそこまで迫ってる。俺たちが終わらせる。」
風魔コアの光が強まり、魔脈感知機の針が鋭く揺れる。戦いの火蓋が、今、切られようとしていた。




