第2話:廃材の計画図
鉱山の朝は、赤黒い雲の下で冷たく始まった。鎖の軋む音と奴隷たちの呻きが、切り立った岩壁に反響する。タクミは鎖に繋がれたまま、坑道の奥へと足を進めた。指先は血と泥にまみれ、頬の鞭痕がまだ疼いている。それでも、彼の目は鋭く光り、周囲を観察していた。科学者の習慣――どんな状況でも、使える資源を見逃さない。
坑道の隅に、折れたツルハシの柄や錆びた鉄片が散乱しているのを見つける。タクミは膝をつき、それらを一つ一つ拾い上げた。鉄片の重さを手に感じながら、彼の頭の中で何かが形になり始めていた。
「廃材か……でも、これならいける。構造さえ組めれば……」
呟きながら、彼はジャケットの内側に鉄片を隠す。鎖がジャラリと鳴り、周囲の奴隷が怪訝な目を向けるが、タクミは意に介さない。
その時、背後から野太い声が響いた。
「おい、新入り! 何をしてる?」
振り向けば、革鎧の監視員が鞭を手に近づいてくる。赤いローブの魔導士がその後ろに立ち、杖を握った手が不気味に光っている。タクミの心臓が一瞬跳ねたが、顔には出さず、冷静に立ち上がる。拾ったツルハシの柄を手に持ったまま、彼は口元に薄い笑みを浮かべた。
「効率を上げる道具だよ。これで岩を砕く速度が上がる。文句あるか?」
監視員が目を細め、タクミの顔を睨みつける。だが、タクミの声には揺るぎない自信があった。科学者としての計算が、彼の言葉を裏打ちしている。監視員は一瞬黙り、やがて鼻を鳴らして背を向けた。
「好きにしろ。成果が上がらなきゃお前が痛い目を見るだけだ。」
その背を見送りながら、タクミは小さく息を吐く。
「想像力の欠けた奴らだ……その方が都合がいい。」
昼の短い休息時間、タクミは坑道の隅に座り、隠した廃材を手に持つ。折れたツルハシの柄を指でなぞり、鉄片の錆びた表面を見つめる。彼の頭の中では、すでに計画が浮かんでいた。現代でのロボット工学の知識と、この異世界の魔脈鉱石が交錯し、脱走への道筋が描かれる。
「動力源にこの鉱石を使えば、小型でも十分な出力が出せる。フレームは鉄片で補強して……いや、軽量化が必要だ。関節部分は……」
タクミの目が輝き、疲れた顔に一瞬の興奮が走る。頭に浮かんだのは、「魔鋼機」と名付けた機械の姿――廃材と魔脈鉱石で作る、脱走のための武器だった。瓦礫を砕き、人を救うはずだったガイストの設計が、この鉱山で新たな目的に生まれ変わろうとしている。
「こいつらにゃ想像もつかねえだろうが……俺ならできる。」
その言葉に、タクミの胸に小さな火が灯る。現代での夢が、この異世界で別の意味を持つ瞬間だった。
夜が訪れ、奴隷たちは粗末な小屋に押し込まれた。板張りの床は湿り、隙間風が冷たく吹き込む。薄暗い灯りの下、タクミは小屋の片隅に座り、隠していた廃材と魔脈鉱石を取り出す。近くで眠るリアの寝息が聞こえるが、タクミの目はそれに気を取られず、地面に集中していた。
折れたツルハシの柄を手に持つと、彼は鉄片の先で地面に線を引いた。粗い土の上に、細かな計画図が描かれ始める。直線と曲線が交錯し、魔鋼機の骨格が形を成していく。動力源として魔脈鉱石を組み込む位置、鉄片で補強したフレーム、簡易な関節構造――タクミの頭の中の計画が、徐々に現実の形を取る。
「鉱石のエネルギーを安定化させるには、小さな回路が必要だ。廃材じゃ限界があるが……いや、工夫次第だ。」
呟きながら、彼は計画図に手を加える。指先が震え、汗が額を伝うが、タクミの目は燃えていた。
その時、手元のガイストのコアが青く光り、声が響いた。
「タクミ、その設計、成功率32%だぞ。無謀すぎるだろ。」
タクミの手が一瞬止まり、ガイストの人間らしい口調に再び違和感を覚える。転移前なら「エラー確率68%」と機械的に報告するだけだったはずなのに、今はまるで友人のように警告してくる。
「お前……またその喋り方だ。成功率32%でも十分だろ。俺とお前ならやれる。」
タクミがニヤリと笑うと、ガイストが軽く返す。
「十分かどうかはお前が決めることだ。失敗しても俺のせいにするなよ。」
「失敗する気はない。見てろ、これが完成形だ。」
タクミは地面に最後の線を引き、計画図を完成させる。小型の人型構造――高さ2メートルほどの「魔鋼機」の原型が、そこに描かれていた。廃材と魔脈鉱石で作られた、簡素だが可能性を秘めた計画図。タクミはそれをガイストのコアに近づけ、確認させる。
「どうだ、ガイスト? お前ならこれを動かせるだろ?」
コアの光が一瞬強まり、ガイストの声が響く。
「動かせるかどうかは作ってみなきゃ分からん。だが、お前の頭の中が少し見えてきたよ。面白い奴だな、タクミ。」
タクミの目が細まり、笑みが深くなる。
「面白いのはこれからだ。お前と俺で、この鉱山をひっくり返す。」
計画図を見つめるタクミの瞳には、科学者としての情熱と、異世界での新たな目的が宿っていた。地面に刻まれた計画図は、彼の脱走計画の第一歩であり、未来への希望の証だった。