第176話:魂の響き
ヘブンズ・セプトの新鍛冶場は、魔鋼の炉が赤く燃え、超魔脈結晶の光が天井を照らす広大な空間だ。中央の作業台にガルザークの残骸が置かれ、胸の魔脈結晶の欠片が青く脈打つ。タクミは結晶の前に立ち、風神の眼でその光を見つめる。微かな振動が指先に伝わり、騎士の魂がまだそこにあると告げる。胸部に装着されたガイストが青い光を点滅させ、コンソールにデータを映し出す。
「結晶解析:意識断片、騎士の記憶85%残存。誇りと葛藤の痕跡が強い。クロノスの改造で魂が抑圧されている可能性95%。解放には魔脈の再調整が必要。」
タクミが頷き、作業台の横に広げた設計図に目を落とす。ガルザークの新ボディの青写真だ。機械化率を50%から20%に下げ、出力40MWを30MWに安定化。両手に持つ騎士の長剣は、鉄都の紋様を刻み、青白い魔脈エネルギーで輝く設計。タクミが呟く。
「クロノスはお前の魂を道具にした。だが、俺たちは違う。ガルザーク…お前の誇りを取り戻す。」
ゴルドが熔鉄団の鎧を鳴らし、炉の前に立つ。巨大なハンマーを手に、魔鋼の塊を指す。
「タクミ、設計図は見せてもらった。こいつを直すなら、魔鋼と超魔脈結晶が山ほど必要だ。炉をフル稼働させるぞ!」
カザンが熔雷槌を肩に担ぎ、結晶調整装置を点検する。装置のスクリーンに魔脈の波形が揺れ、ガルザークの意識が微かに反応する。カザンが目を細め、言う。
「こいつの結晶、ただのエネルギー源じゃねえな。まるで…まだ戦おうとしてるみたいだ。タクミ、本気でこいつを仲間にする気か?」
タクミが設計図にペンを走らせ、答える。
「鉄都の戦いでガルザークと剣を交えた時、俺は感じた。奴の剣には民を守る意志があった。クロノスに操られただけだ。俺たちがその呪縛を解く。」
鍛冶場の奥で、リアがルミナス・ネクサスを手に結晶を見つめる。指輪の魔力が青く光り、7属性の魔脈が微かに共鳴する。彼女がため息をつき、タクミに近づく。
「タクミ、ガルザークの魂が本物だってのは…わかるよ。でも、クロノスに操られた騎士の心、本当に信じていい?もし裏切られたら…。」
タクミがリアを見返し、静かに言う。
「リスクはある。だが、リア、お前も見てただろ。結晶の光…あれは嘘をつかない。ガルザークは自由を求めてる。俺たちが信じなきゃ、誰が奴を救う?」
リアが目を逸らし、ルミナス・ネクサスを握り締める。
「……わかった。タクミがそこまで言うなら、私も手伝うよ。けど、失敗したら許さないからね!」
ジンが竪琴を手に、鍛冶場の隅で弦を爪弾く。柔らかな旋律が炉の轟音に溶け、結晶の青い光が一瞬強まる。ジンが穏やかに微笑む。
「魂に嘘はないよ、リア。ガルザークの心は…剣の音のように真っ直ぐだ。クロノスの影は深いけど、タクミなら光を灯せる。」
バルドが双剣を腰に提げ、作業台の周りを歩く。ガルザークの残骸を見下ろし、呟く。
「剣士としては認めるぜ。あの鉄都での一騎打ち、忘れられねえ。だが、仲間にするなら…俺の剣で試させてもらうぜ、タクミ。」
エリナがそっとバルドの肩に触れ、優しく言う。
「バルド、ガルザークも私たちと同じだよ。クロノスに傷つけられた心…タクミなら、きっと癒せる。」
ゴルドが炉に魔鋼を投じ、炎が一気に燃え上がる。轟音が鍛冶場を震わせ、作業員たちがハンマーを振り下ろす。カザンが結晶調整装置を起動し、スクリーンにガルザークの魔脈波形が大きく揺れる。タクミが設計図に最後の線を引き、ゴルドに渡す。
「これでいける。ゴルド、カザン、長剣と装甲の製作を頼む。ガルザークの魂にふさわしい身体を…俺たちで作るぞ。」
ゴルドが設計図を手に、豪快に笑う。
「任せな!熔鉄団の誇りにかけて、クロノスの汚ねえ改造をぶっ壊してやるぜ!」
カザンが熔雷槌を握り、魔鋼の塊に目をやる。
「なら、早速始めよう。こいつの剣…民を守るって意志を、俺の手で形にしてやる。」
鍛冶場が一気に動き出す。炉の炎が天井を赤く染め、ハンマーの打音がリズムを刻む。タクミは結晶を手に持ち、そっと語りかける。
「ガルザーク、もう少しだ。俺たちはお前を道具にはしない。自由な騎士として…もう一度、剣を握れ。」
結晶の青い光が脈を強め、まるで応えるように輝く。ガイストが光を弱め、補足する。
「結晶反応、魔脈出力微増。意識断片の安定性向上。鍛冶場環境が魂に共鳴している可能性80%。作業継続を推奨。」
その頃、ヘブンズ・セプトの塔の影で、クロウが隠形術を発動。短剣を手に鍛冶場の外を偵察し、結晶の正確な位置を特定する。月光に刃が鈍く光り、クロウが心の中で呟く。
(結晶はあの作業台だ。タクミ、貴様の甘さが隙を生む。ゼルヴィス様の命…クロノスの技術を我が手に。)
クロウは暗号通信装置を取り出し、貴族へ短い信号を送る。「結晶確保計画進行。天空の鍵不要。近日実行。」信号が夜空に消え、鍛冶場の炎が一層強く燃える。
遠くの空で、次元の裂け目が不気味に揺らめく。クロノスの影が静かに忍び寄り、ガルザークの魂を巡る戦いは新たな局面へ向かう。タクミの設計図に刻まれた長剣の紋様が、炉の光に照らされ、騎士の誇りを静かに物語る。