奏空と咲良。
フローライト第五十二話
久しぶりに来た仕事は、すぐに殺されて死ぬ役だった。
(もうどうでもいいや)と思って引き受けた。契約が満期になればもうやめるつもりだ。
あっという間に終わった仕事を終えて、テレビ局近くの喫茶店でコーヒーを飲んでいるとラインがきた。
<咲良さん、元気?今日空いてる?>
奏空からだった。あれから毎日のようにラインをしてくる。
<空いてるけど?>
<夜時間あるからどっか行こう>
<やだ、面倒>
最近は外に出るのもだんだん億劫になっていた。
<じゃあ、俺が咲良さんの家に行くよ>
(は?やっぱ手が早いのは親子共々ってわけね)と思う。
<来たって何もしないよ>
<何もしないって?>
<セックスはしないし、キスもしない>
露骨に書いてやった。利成の子供となんてする気はなかった。
<しなくていいよ。会いたいだけだから>
(あーもしかして童貞かもね)と急に思う。部屋に来るって意味わかってないとか?
<じゃあ、いいよ>と返事をした。
(どうせろくな仕事もないんだし・・・さっさと田舎に帰ろうかな・・・)
貯金も底をつきそうだった。咲良はコーヒー代を支払うと表に出て家に向かった。
夕方五時頃奏空は来た。今日は仕事がぽっかりと急に空いたという。
「仕事、順調でしょ?」と聞いた。
「そうだね」と奏空が珍しそうに部屋の中を見回していた。
「狭いでしょ?何もないよ」
「一人なんだから十分じゃない?」と笑顔で言われる。奏空の笑顔はほんとに一瞬ドロドロした自分の心が綺麗になるかのような笑顔だった。
コーヒーを入れて奏空の前のローテーブルの上に置くと「ありがと」とまた笑顔を返される。
「奏空くんさ、何で私なんかとつきあうの?利成の元女っていう興味?」
「利成さんの元女だからじゃなくて、咲良に興味があるよ」
(あーはいはい、親子して口はうまいわ)
「そう。私は利成の子供には興味ないよ」
「うん、咲良は明希に興味があるでしょ?」
「別に、あーそうか、私が奏空君のお母さんに何かするかと思ってるんだ。残念でした。もうそんな気持ちなんてこれっぽっちもないから」
「そう?」
「そうだよ。そうか、それで付き合おうって言ったんだ。じゃあ、もう大丈夫だから気にしないで帰って!」
ついまた声を荒げてしまった。利成もこの子もみんなその”明希”だかを守るのに必死ってわけね。
奏空が切なそうな表情を作って立ち上がった。咲良は顔を背けていた。冗談じゃない、そんなんで付き合おうって・・・。
いきなり奏空がそばに来たかと思ったらキスをされた。咲良は驚いて奏空の顔を見た。
「約束破っちゃった。ごめんね」と奏空が言う。
「でも、何か切なくなっちゃったよ」と続けて言うと、奏空が咲良の顔を見つめてきた。
「ねえ、次のオフの日、俺と一緒にどこか行こうよ。あ、泊まりがいいかな?」
無邪気な表情の奏空。
「泊りがけ?だから私はあなたとそんな関係になる気は・・・」
「じゃあ、日帰り」
「・・・・・・」
「それならいいでしょ?」
何なのだろう・・・ほんとに邪気がないってこういうことを言うんじゃないだろうか・・・。咲良は何だかそれ以上は何も言えなくなった。
テレビで奏空の姿を見た。グループの中ではすごく目立つというわけでもない。ごく普通に見えた。
「では今日は○○のみんなに好きな女性のタイプを教えてもらいたいな」と司会者がわざとらしく言う。
四番目に奏空が当てられる。
「天城君は?」
「僕はタイプはないかな・・・」
「そうなの?どうして?」
「好きになるのに理由なんてないから」
「ハハ・・・そうだね~いいこというね」と司会者が笑顔になっている。
(まあ・・・他の子とは全然違うってことはわかるな・・・)
咲良はテレビの中の奏空を見つめた。
奏空と出かける約束をしていた前日、事務所から連絡が来た。
「え?どういうことですか?」と咲良は聞き直した。
「つまり○○の天城君とお付き合いのようなことはやめて欲しいってことなんだよ。向こうはアイドルだからね、色々厳しいですよ」
「付き合ってなんかないです」
思わずそう言っていた。
「そうなの?それなら良いけどね。あと、今月で契約も満期だし・・・更新はなしということでいいんだよね?」
「はい」
もちろんそのつもりだった。
事務所からの電話を切ってから奏空にラインをした。
<何かつきあうなって言われたから奏空くんとはもう別れるよ。明日も中止ってことで>
そして寝ようとしていた夜中にいきなりスマホが鳴った。案の定、奏空からだった。
「もしもし?」
「何で?誰に言われた?」といきなり聞かれる。
「事務所だよ。奏空君の方のね」
「あー・・・そうか・・・そんなの気にしないでよ」
「奏空君?いくら今絶好調でもね、新人であるわけだし、事務所の意向にはちゃんと従わないと、いくら天城利成の子供でもね」
「ふうん・・・まあ、いざとなったらアイドルやめたらいいじゃん?」
「は?何それ。本気でやってるんじゃないの?」
「本気だよ。もちろん」
「じゃあ、何でそんな簡単に言うの?」
何だか腹が立った。二世だから?余裕ってわけ?
「簡単には言ってないよ。本気でやってるし・・・。でもね、アイドルも咲良さんみたいな女優にしたって一般の仕事だって、いつどんな風になくなるかわからないでしょ?それまでは精一杯やるけど、そのために自分自身ていうか・・・そういう本質の部分まで売り払う気はないよ」
「本質?」
「簡単にいうと”やりたいこと”かな?」
「ふうん・・・それも親の力ありきだよね?」
「利成さんも基本的にはそういうスタイルだよ。俺には干渉してこないから、咲良さんのことも何も言ってきてないし・・・。”親の力”とはどんな力だろう?」
「芸能界に顔がきくってことだよ。アイドルがダメでも何とか他のことで滑り込めるでしょ?」
「顔がきくかぁ・・・そうなのかな?」
「奏空君はまだ何もわからないだろうけど、利成はそういう人だよ。ある程度ていうか、かなりな影響力を持ってる」
「ふうん・・・まあ、でもそれはそれだよ」
「・・・まあ、奏空君にはわからないか・・・。とにかく、付き合いはもうやめる。明日も当然やめるから」
「じゃあ、また俺が咲良さんの家に行くよ。それならいいでしょ?」
「は?聞いてた?今の話し」
「聞いてたよ。大丈夫。見つからないから」
「・・・もう勝手にして。私はもう今月で事務所辞める身だから関係ないから」
「え?やめちゃうの?」
「そう。前から言ってるでしょ?」
「うん・・・そうか。とにかく明日朝から行くよ」
「朝から?」
「うん、だって十時集合だったでしょ?」
「そうだけど・・・」
「じゃあ、明日ね」と通話を切られた。
(もう・・・お子様なんだから)と思う。きっと仕事に関しても何にもわかってしないのだ。天城利成と言う大きなコネがあるんだから、ま、仕方ないかとも思う。
次の日、ほんとに朝十時にインターホンが鳴った。咲良はまだ起きたばかりで寝ぼけ眼で玄関に出た。
「あれ?まだ寝てたの?」と言いながらさっさと部屋の中に入ってくる奏空。
「いや、起きてたけど・・・」
「そう?」
「でもちょっと待ってて。化粧くらいはしないとね」
「いいよ。化粧なんて。そのままで咲良さんは可愛いんだから」と言われる。
(あーお子様でも利成の子供だな・・・)
口がうまいところにうっかりハマらないようにしないとと思う。
「いや、でもしてくるよ」
咲良はそういうと洗面所に行った。化粧を済ませてリビングに戻ると奏空が自分のスマホを見ていた。
「奏空君、あなたはアイドルなんだからやっぱり行動には気をつけた方がいいよ。ほんとはここに来るのもダメだよ」
「俺は俺だし・・・やりたいことやるよ」
急に覚めたような目をした。その目は利成そっくりだ。それから「ね?そうでしょ?今日は何する?」といつもの笑顔になる奏空。
あーやっぱりこの子には気をつけないと・・・と思う。
パソコンを開いていつもやってるゲームだかを見せられて、午前中はゲームを指導されて終わる。昼は咲良があるもので適当に作った料理で済ます。奏空が「美味しい」と喜んでくれたので少し嬉しい気持ちになった。
芸能界の話や、学校での話し、奏空は次から次へと話し、午後からもまったく退屈しらずだった。それでもさすがに夜六時を過ぎると、奏空も黙りがちになったので、咲良はテレビをつけた。
ぼんやりとそれを眺めているうちに、奏空が欠伸をした。
「ねえ、もう帰ったら?疲れたでしょ?」と咲良は言った。
「疲れてなんてないよ。あ、夕飯どうするの?」
「んー・・・もう材料ないし・・・買い物行くか外食かな」
「そう。じゃあ、外食する?」
「ううん、しない。奏空君とは会うなって言われてるのに・・・もしバレたらたいへ・・・」とそこまで言うといきなりキスをされた。でも今度は驚かなかった。正直咲良も人肌が恋しかった。
そのまま深く口づけた。奏空のキスにぎこちなさはない。
(あーやっぱり・・・利成の息子だもんね・・・)
「咲良さん、まだ利成さんが好き?」唇を離すと奏空が言った。
「・・・好きじゃないよ」
「そう?」と髪を撫でられる。あーもうそういうところが利成とそっくりなんだ。
咲良は奏空の身体を押し戻した。
「私、奏空君とそういうことする気はないから。そういうつもりなら帰って」
「ん・・・わかった。しないからいていいでしょ?」
「・・・・・・」
夕飯は外に買いものに一人で行った。もうすぐやめるのに、最後にとやかく言われたくなかった。部屋に戻ってからキッチンに行くと奏空が「手伝うよ」と言う。
「いいよ。キッチン狭いでしょ?奏空君の家とは違うんだから」
「狭くても二人くらいは立てるでしょ」と奏空はいい、買い物してきた袋の中から野菜や何かを出し始めた。
意外にも包丁を器用に使っている。「料理するの?」と聞いたら「たまに」と言って奏空が笑顔になる。
二人で合作の野菜炒めとオムレツで夕飯を済ませて、汚れた茶碗を片付けようと咲良は腕まくりをした。奏空がまた一緒にやろうと言ってくる。ああそうかと咲良は思った。
「家ではお母さんのことお父さんもよく手伝ってるんだ」
「まあ、そうだね。利成さんも手伝うっていうか、よく一緒にやってるよ」
「ふうん・・・」
急にズキリと胸が痛んだ。やだな、もうどうでもいいはずなのに・・・。家庭の中での利成は、自分に見せていた顔とはまるで違う顔を見せているのだろう。自分とは会ってただセックスするだけだった。どこかに一緒に行ったこともないし、こうやって一緒に料理をしたり、片付けを手伝ってくれたりなんてこともない。そもそもこの部屋に来たことなどないのだ。
(バカみたい・・・)
咲良は急に片付ける気持ちがなくなってしまって、汚れた茶碗をそのままで水道の蛇口を下げた。
「咲良さん?」と訝し気に奏空に言われたが無視してリビングに行って床に座った。もう早く田舎に帰ろう・・・疲れた・・・。
こっちに来て知った唯一の恋は、恋でも何でもなかったのだ。ただ性欲の処理に使われただけだった。
小さなソファを背床に座って脱力していると、奏空が隣に座って来た。
「どうかした?」
優しい声だった。確かに何だか年上みたいだね。
「どうもしないよ。疲れただけ」
「そう・・・」と奏空が手を握ってきた。何だかどうでも良くなった。奏空が利成の子供だということも、利成が自分をただいいように使っただけで、家庭をすごく大切にしていたことも・・・。女優業も恋も失敗に終わって後は田舎に帰るだけ・・・。この業界、美人なら腐るほどいる。自分がいくら地元で綺麗だと言われようと、こっちにくればそんなもの大したことではない。
顔を上げると奏空と目が合った。そのまま自分から咲良は口づけた。奏空が受け止めて深く口づけてくる。ひとしきり口づけると、奏空がそのまま床に押し倒してきた。
(もう、いいよね・・・どうせ帰るんだもの・・・)
寂しさを埋めるのに抱き合うなんてよくあることだ。一度くらいいいだろう・・・。
奏空の手が胸のあたりに移動する。ああ、何だかじれったい。もっと思いっきりやっていいのにと思う。利成は初めての時からもっと激しかった。
奏空がぎこちない手つきで背中に手を回してブラジャーを外そうとしてきたが、どうやらうまくホックを外せないようだ。
「いいよ」と言って自分で外した。奏空がブラジャーを押し上げてきた。けれどそこで動きが止まる。
「何?」と咲良は奏空の顔を見た。
「いや、ちょっと感動しちゃった」
「何に?」
「ん・・・女性の身体、こんなに間近で見るの初めてだから」
「え?もしかして初めて?」
「ん・・・まあ」
「ほんとに?」
「ほんと」と少し照れくさそうな顔をする奏空。
(利成の子供なのに?)とその言葉は声にはしなかった。キスがうまいからてっきりと思っていた。
「そうなんだ・・・」
「うん・・・」と言いながら胸に口づけてきた。
しばらく胸を愛撫されてから奏空の手が咲良のジーパンのボタンを外しにかかる。その手もぎこちない。
「待って」と咲良は言った。それから「ベッドに行こう」と言って立ち上がり隣の寝室に入った。そしてベッドの前で咲良は自分でジーパンを下ろした。
「奏空君も脱ぎなよ」
「ん・・・」と奏空がシャツを脱ぎ始めた。咲良は下着一枚に自分が鳴ると奏空が脱ぐのを手伝った。
奏空のジーパンにも手をかける。どうやらもうすっかり反応している様子だ。先にベッドに入って「どうぞ」と言う。奏空もいきなり上に乗りかかり今度は余裕なさそうに胸を愛撫してきた。
(親子と寝ちゃうなんて・・・)と抱かれながら思う。
(おまけに子供の方は初めてだとは・・・)
「咲良さん、いいの?」と聞かれる。子供の方はどうやら利成よりはずっと奥手っぽい。
「いいよ」と奏空を引き寄せて口づけた。それから「でも中には出さないでよ」と言う。
奏空がわりとすぐに咲良のお腹の上に射精した。さすがに利成のように余裕はない様子だ。
(やっぱり若いもんね・・・)
咲良はベッドの棚にあるティッシュペーパーに手を伸ばした。奏空がそれを受け取って咲良の身体を拭いてきた。
後始末が終わると額に口づけられた。これは利成にはなかった。利成は終わればすぐにシャワーを浴びて帰るだけだ。不意に涙が出た。自分はまったく愛されてなかったのだ。でもそのことには目をつぶっていた。本当はどこかで気が付いていたというのに・・・。
「咲良さん?大丈夫?」
顔を枕に埋めて涙を見せないようにしていたら奏空に髪を撫でられた。利成も自分の妻にはセックスの後にこんな風に優しくしてるのではないだろうか?
「うっ・・・」と嗚咽が漏れた。奏空が抱きしめてくる。
「咲良さん・・・」と名前を呼ばれて余計に悲しくなった。
奏空に抱きしめられながらひとしきり泣いた。自分でも不思議だった。まだ自分は利成が好きだったのだ。恨みより憎しみより、愛して欲しかった。
「咲良さん、田舎に行かないで」と泣いた後に鼻をかんでいると言われる。
「どうして?」
「一緒にいたいから」
「んー・・・奏空君は私のこと好きでも何でもないんだよ。ただそんな気になってるだけ」
「好きかどうかじゃないよ。一緒にいたいんだ」
「好きだから一緒にいたいんじゃない?」
「一緒にいたい・・・それに理由いる?好きかどうかなんて愚門でしょ?」
「愚門だなんて、難しい言葉使うんだね」
「そうかな?でもそうでしょ?」
「嫌いな人と一緒にいたいなんて思わないでしょ?でも奏空君はね、まだ若いから性欲を”好き”だと勘違いして一緒にいたいなんて思うんだよ」
「性欲?そうかもね。だけど一緒にいたいし、咲良さんもそうでしょ?」
「私?私は違うよ。一緒になんかいたくない」
「・・・利成さんのこと忘れてないんだね」
「利成は関係ないよ。もう忘れてる」
「そう・・・?」
「そうだよ」
「でもさ、一緒にいようよ。仕事、こっちで探してさ」
「簡単にいうけどね、私ってバカだからあんまりできる仕事もないんだよ」
「バカなんかじゃないよ。咲良さんが自分でそう思っちゃってるだけで」
「バカなのよ。じゃあ、私が路頭に迷ったら奏空君が助けてくれるの?」
「うん、もちろん」
(あー・・・ほんとに・・・)
「何にも奏空君はわかってないよ。そんな簡単じゃないよ」
「簡単なんだよ?この世界なんて。難しくしてるのは咲良さん自身」
「は?意味わからない」
「意味わかって」と奏空が笑った。
でも結局事務所との契約が切れた後も、咲良はこっちに残った。奏空に対して興味が湧いていたのと、奏空の言う通りもう少しこっちでやってみてもいいかもしれないと思ったからだ。
とりあえずカフェでアルバイトしながら、通販カタログのモデルの仕事を契約した。奏空とはもっぱら自宅デートだった。咲良の方はもうどうでも良かったが、やはり奏空の方の事務所にわかるとまずいことになる。
最初はぎこちなかった奏空のセックスも、回を重ねてかなりさまになってきた。
「奏空君、うまくなったね」とある日ベッドの中で褒めると、「そう?」と少し嬉しそうな笑顔で見つめてきた。それから「ねえ、咲良って呼び捨てにしてもいい?」と聞いてきた。
「別にいいよ。じゃあ、私も奏空って言うね」
「うん」と無邪気な笑顔・・・。ハマらないようにと思っているのに、このままではハマってしまいそうだ。いや、もう田舎に帰らなかった時点でハマってしまっていたのかもしれない。




