中学受験と不動産
「含み益ってなぁに?」
まだ喋り方のあどけない1年生の清良の質問に、両親は目を合わせて固まった。
戸惑いながら母親である沙良は何故?と尋ねる。
「だってねー、隣の席の開くんが、含み益いっぱいあるって言ってたのー」
父裕一郎は、丁寧に、小学1年生でもわかるように、説明した。
「でも、学校で含み益の話をしちゃいけませんよ」という沙良の言葉に、
「うん、わかってるよー」
清良は頬を膨らませる。
沙良夫婦は、自宅マンション以外に投資用物件をいくつか持っている。
10年前からこの地域に居を構えていたこともあり、婚前の貯金、もしくは裕一郎の投資用ローンで購入したものだ。
その分結婚式や新居は随分地味なものになったが、この広くて古いマンションは立地がよく、中々気に入っている。ローンも短めにしか組めない築年数だったため、清良が小学校を卒業するまでにローンを完済できる予定だ。
娘は保育園に通う頃から、貸しに出しているマンションの住人が入れ替わる度に、
がらんどうになったワンルームマンションを見に行って、
ぶ厚い床材や壁材のサンプル帳とにらめっこしている母の横で絵本を読んでいた。
また、電動自転車の後ろに乗せられて、川の向こうまで両親が新しく購入を検討している、
投資用物件の見学に連れ出された。
そのため、清良は小学1年生の割には不動産に詳しい。
いつしかこの地域には、普通の一部上場企業のサラリーマンでは手が出ないようなマンションがタケノコのように立ち、職場にほど近い立地、大手塾の大規模校舎目当てで教育熱心な共働き夫婦が大勢引っ越してきた。
その度に夫婦はポスティングされたマンションのチラシを見ては、あの物件がこんなに高くなった!と大騒ぎしている。
今では80平米で2億以上するマンションに10倍近い申し込みが殺到しているらしい。
ーすごい人たちと戦わなきゃいけないんだなぁ・・・
一千万未満で買った1ルームマンションのリフォームプランを検討しながら、沙良はため息をついた。
沙良のバイオリンのレッスンに隣の区まで電車で送って行ったとき、ポルシェのカイエンから同級生で同じ塾に通う”開くん”の家族が降りて来たのを思い出した。ピアノを習っているらしい。
最近あまり見ない、白いジーパンを履いた、まっすぐなロングヘアが眩しい美しい母親だった。
紙袋を持つかのように気軽な感じで、トープカラーのバーキンを持っているのを目ざとく見つけてしまった。
同じ学区に住んでいて、一番上が小学生で子供が3人、車を停められる駐車場付きのマンション。おそらくグランドピアノを置ける防音室も持っているのだろう。我が家もピアノを習わせたかったが、住宅事情的にバイオリンが精々だった。
同じ土俵に立とうなんて全く思わないけれど、カルチャーが全く違う。
保育園に通う時も、区立幼稚園に通う母親たちのライフスタイルには驚いたが、彼女たちが逆立ちしても敵わないような人種がこの地域に流入しているらしい。
恐る恐る、沙良は清良に尋ねる。
「・・・開くんって塾のクラスどこなの?」
「えー?・・・んー?知らない、けど、Lにもいないし、Mにもいなかったよ。近くの教室ではみないよー」
意地が悪いと思いつつも、沙良はほっと胸をなでおろした。