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白いハコの真一郎

土曜日の夜、LEDライトの眩しいこの教室には、自分と同じような子供が25人ほどいて、それぞれ軽食をとっている。真一郎はいつものお気に入りの駅前のパン屋で、5分の休憩で食べられるようなパンを飲み込むように食べている。カサカサと音のするビニールに落ちたパン粉を集めて丸め、リュックの横に押し込んだ。以前はスープジャーを持たせてくれたが、いつからかもうパン代を渡されて終わりだ。教室は暑いが、外はもう寒い。


あと2か月と少しでこんな生活も終わる。最難関には届きそうもない真一郎は、もう少しでこの算数塾を「卒業」する予定だ。この塾に6年生も通うことは、オーバーワークだかららしい。授業も楽しく、2年生からの仲間も多くて居心地も良いこの塾に通えなくなるのはちょっと寂しい。でも、土曜日の夜に晩御飯を家で食べられる生活は嬉しい。どうせ2月からの土曜日は、2時から7時までの5時間拘束される日々が待っている。


コロナ禍になったばかりの2020年4月に真一郎は小学校に入学した。それまでは保育園で毎日18時半まで過ごしていたが、コロナ禍で退職することになった母と家で過ごすうちに、母親の教育ママ心に火がついてしまい、そこからすっかり勉強ばかりの5年間を過ごしてきた。


それまでこどもチャレンジしか勉強らしい勉強をしたことがなかった真一郎だったが、コロナ禍の退屈な時間で「佐藤ママ」や「桜〇戦記」に影響された母が急に教育ママになり、勉強漬けの日々を送る羽目になった。外から聞こえる子供の声の方に視線を送る。コロナなので外に出てはいけないから家で勉強しようという母。では、あの子たちはなんで外にいるのだろう?


一緒に縄跳びがしたい。買ってもらった自転車の練習がしたい。保育園の友達に会いたい。小学校はいつから通えるの?


密封性の高い新築のマンション。母親の趣味のインテリアは全体的に白い。まるで白いハコだ。梁は所々あるものの、リビングは正方形に近い。昼は明るいが、夜は白くぼやけた部屋のLEDライト。玄関へと続くリビングのドアを見つめながら、小学生になると同時に急に変わってしまったドアの向こうの外の世界を想像した。


6月になり、学校に通い始めた後、まだ慣れぬうちに全国統一小学生テストというものを受けさせられた。偏差値は70を超えていた。両親は大層喜び、更に勉強させられる日々が始まった。母の目標は全統小決勝進出になった。


「4年生の6月に決勝に出られれば、アメリカの大学の見学ツアーに行けるのよ。」


真一郎は、じぃじとばぁばの家に行く以外の旅行をしたことがなかった。アメリカの旗を描くことはできたが、どんなところかよく知らなかった。でもここではないどこかへ行けるのなら、両親が喜んでくれるならと目の前の課題をこなした。


その後も色々な塾のテストを受け、母親が喜ぶ成績を取り続けた真一郎だったが、1年生の11月になり、ある塾のテストを受けることになった。その塾は初めて自分に不合格を突きつけた。1問足りなかったと、母が何度も繰り返していた。


初めてみるガッカリした母の横顔。その後、母はどこからか見つけて来た算数の塾の入塾テストを予約し、そこには問題なく合格し、入塾することになった。


小3の夏休みからは2つ目の塾にも通い、もうすぐ新小6の2月を迎える。ずっと勉強してきたが、いよいよ受験生というものになるらしい。


この5年間、本当に自分でもよく頑張ったと思う。塾2つというと驚かれることが多いが、実際は同じようなクラスにいる子は、塾や個別指導、家庭教師を2つ以上こなしている子が多数派だ。算数塾で同じクラスの王三人衆(王くん×2、王さん×1)もみんな塾に2つ以上通っている。2つ以上というのは、そのうちの一人はスカラシップのある塾にも通っているらしいからだ。


結局、全統小決勝には当然のように行くことはできなかった。キッズBEEも算数オリンピックも、予選通過することはできなかった。


先取りはしたものの、結局大規模校のα1には届いたことがない。多分自分は算数が得意ではなく、理科と社会が好きだ。今では理社の配点が大きい学校のいくつかを目指している。でもここまでやってきたからには、勿体ないからあと1年頑張ろうとは思う。


全てが真っ白で、光で角がボヤけたこのハコの壁と天井の境目を見ながら、去年の秋に文化祭に行った、茶色っぽい教室の学校の地理部のことが頭に浮かんだ。

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