恵理子の夜更かし
5年11月のマンスリーテストを終えて、恵理子はあるサイトを何度もリロードしていた。
それは偏差値予想サイト。
保護者は子供の持ってきた解答と、サイトにアップロードされた回答を照らし合わせて、自己採点をし、予想サイトに登録すると、偏差値を予想してくれるというものだ。
2024というように各学年は4桁の数字でカテゴライズされ、恵理子の子どもは2026で現在小5である。
今回の算数は、図形の比と速さだったので、夏休みが終わった直後からこのために対策をしてきた。ネットで無料で手に入れることのできる原田式のプリントをせっせとプリントアウトして、早めに対策をしてきた・・・にも関わらず結果は悲惨なもの。直前まで解きなおしをさせた、テキストの間違い直しは完璧ではなかったのか。すでに寝てしまった子供を起こして理由を問いただすことはできない。
そもそも、起きている間に自己採点してしまうと、そんなに悪くはない時でも、あともう1問出来たのではというお小言が止まらなくなってしまうため、必ず寝静まってから自己採点をするようにしている。起きている間には自己採点をしたい素振りすら見せないのは、いつの頃からか親子の間での暗黙の了解になった。
「サンタさんって本当はいないの?」
去年、毎年恒例のサンタクロースへの手紙を書いた時、息子が放ったひと言が思い出された。恵理子自身は小2の時点でサンタさんはいないと悟ったものなのに、今どきの子どもは小4になってもサンタさんを疑わないのだなと、その純粋さに驚いたが、サンタクロースの存在は否定しなかった。肩を抱いてそう伝えた恵理子に、真一郎は少し怪訝な顔をしたが、自分を納得させるかのようにうなずいた。
テストの自己採点を子供が寝るまでしないこと、子供も朝起きたら机の上に嬉しくはないプレゼントが置いてあると分かっていながら、ドア一枚隔てたリビングの母親の気配に耳を澄ませて、寝付けない夜を寝たふりをして静かにやり過ごす。
恵理子の方も恵理子の方で、完全に子供が寝てしまったと分かる頃までSNSや掲示板をめぐってやり過ごし、寝静まった頃にそっと答案をプリントアウトして、自己採点し、またそこから眠れぬ夜を過ごすのだ。
点数が悪かった時の不安の解消法は2つある。
1つは自分より悪い点数の人を見つけたり、平均点が低いことを確かめること。しかしスプレッドシートに並んだ数字は、どれも真一郎の点数より遥かに高かった。わざわざアンケートに答えるくらいなので、本当の平均点よりは高い。正規分布の偏差値60は上位15%だが、ここでは偏差値60に該当する点数は偏差値50のボリュゾなのだ。今回はいつも目にする点数よりとても高い印象を受けた。
もう1つの不安解消法は、問題を見て、何を間違えたか分析することだ。真一郎が間違っていた問題は、すべて直前にコピーしてやらせた問題だった。出来るようになったはずの問題をことごとく間違えている。数えてみたら、9問あった。アレンジの2問と最後の方の問題は解けなくて当たり前なので、あと45点ほど取れた計算になる。半分でも取れていたらなあとため息が漏れる。
今回の偏差値予想は55を切って、53.6だった。男子でこの数字は結構絶望的な数字である。偏差値60が及第点なのだ。真一郎は一応α竹クラスなのだ。4年まではずっとα松にいたが、この大規模校舎ではα竹でも御三家を目指せる。LINEの閉じたコミュニティでは、各校舎のコース基準が交換されていて、そこではα竹でも、半分以上の校舎でα1である。しかし、今回の見立てではα梅に引っ掛かるかどうかという予想だった。
入力者が増えれば増えるほど、数値は正確さを増すため、恵理子は何度もリロードしてしまう。偏差値が0.1上がるたびに一喜一憂まではしなくとも、少し気分が楽になる。
右上に表示された匿名アカウントの動物のアイコン。10名ほどの親が、同じく眠れない夜を過ごしているか、もしくは寝落ちしてしまったかだ。
もう深夜の2時だ。明日の朝は少しだけゆっくり起きて、真一郎が答案や予想偏差値を確認してしばらく経った頃にリビングに顔を出そう。朝お小言は言わないようにしよう。10時半に寝て、6時に起きて勉強する子供には頭が下がる。
明日の下校後、気持ちよくお直しをしてもらうために、学校には絶対に気持ちよく送り出そう。今まで何度も失敗してしまったその誓いを、今度こそ守ろうと念じながら、恵理子はベッドへ向かった。
リビングでは、出したばかりのツリーのライトと、スプレッドシートが開きっぱなしのノートパソコンが光っていた。