君を買いたいと言われましたが、私は売り物ではありません
「君を買いたい」
私のお店で、見目麗しきその人は当然のように言った。
いえ、私、売り物じゃありませんけど……!
「いくらだ?」
「あの、私は売り物では……」
慌てて両手を左右に振るも、彼は私を見下ろし怪訝な瞳をしたままで。
「さっき君は、この店の子なら誰を選んでも構わないと言っていたはずだ」
ひやぁ、お客様の圧っ!
うう、確かに私はそう言ったけれど。
私が育てているのは、子犬とか子猫とかひよことか子ドラゴンとか。お店に出している子たちの話をしてたのに。
どうして店主の私を買えると思ったのか。人を売買しちゃ、だめですよ!
「あの、お客様……」
「ライネル・ヴァルディスだ」
「え?」
私の口元は変に引き攣った。
その名前ってもしかして……
もしかしなくても、この国の軍事顧問!?
新聞で、なんかすごい人だって見たことがある。
先の戦争では、軍事作戦で勝利をおさめた立役者で超がつく切れ者だって。
それだけじゃなく、戦争後は復興計画の策定と実行や、治安回復と秩序の確立、外交交渉や和平の推進、難民や避難民の支援と再定住、戦後経済の再建、教育や社会制度の再構築などなどなどなど、ありとあらゆることに貢献しているすごい人。
今の平和があるのは、この人のおかげだってみんな言ってる。
背が高く、美形で高名な軍事顧問を、私はのけぞるように見上げた。
きりりとした眉。顔は余裕の笑みが伺える。深い森の樹皮のような落ち着いたダークブラウンの髪は、男性にしては長くてさらさらと揺れている。
新聞を読んでいた時は、おじさんだろうなって勝手に思い込んでたけど。
二十六歳の私より、ちょっと年上くらいにしか見えない。実際若いと思う。
「えーっと、お客様……」
「ライネル・ヴァルディスだ。ライネルでいい」
いえ、ライネルでいいと言われましても。
「お客様は──」
「ライネル」
「おきゃ」
「ライネルだ」
おきゃって言っちゃった……せめて最後まで言わせてください、恥ずかしいので!
「……ライネル様は──」
「まぁいいだろう」
諦めて名前で呼ぶと、ようやく頷いてくれたけどどこか不満げだった。
まさか、呼び捨てをご所望だった? む、無理ぃ!
「ライネル様は毎日のお仕事が忙しく、癒されるような子が欲しいとおっしゃいましたよね?」
「ああ」
首肯するライネル様。
これは、私のブリーダーあーんどトレーナーとしての矜持よ。
絶対に相性のいい子を、ライネル様と出会わせてみせる!
私はとっておきの子を抱き上げた。
「ライネル様、こちらのファレンテインキャットなんていかがでしょう?」
「いや、君がいい」
「ではこの子、アンゼルードレトリバーなんか、大きくなっても忠犬でかわいいですよ」
「君にする」
「じゃあハウアドルフクロウ!」
「君だ」
「リオレインウサギ!」
「君、名前は」
「シオーネ、人間です!」
っは、つい答えてしまった!
「シオーネか。いい名だ」
ライネル様の頬が、ほんの少し優しく緩んだ。
え、美形ずるくない……?
「また来る。必ず君を買う」
そう言って、ライネル様は去っていった……。
や、やめて……! 私は商品じゃないの!
それからライネル様はほとんど毎日、私の店にやってきた。
他の動物たちには目もくれず、店の端で私ばっかり見ているものだから、仕事がやりにくくて仕方ないんだけど……。
「よく働くな。これだけの動物の世話は大変だろう」
「そうですね。でも私が好きでやっていることですから」
お客様がいない時は、こうして時折話しかけてくれる。
たまーに目を細めて笑うのは、禁止にしたい。
私が慌てて顔を背けると、お客様が入ってきた。
「いらっしゃいま……あ、ゼノンさん!」
「………………」
「どうぞ、ゆっくり見ていってくださいね!」
私が笑顔を向けながらそう言うと、ゼノンさんは首肯してくれた。
彼はとっても無口な人だけど、昔からの常連のお客様。
でも動物は飼えないらしくて、いつも見ていくだけで悲しそうなのよね。
そして帰り際に、いつも気に入った子のためにお金を置いていってくれる優しい人。美味しいものを食べさせてあげてほしいんだって。
最初のうちは断ってたんだけど、動物たちのためにこれくらいしかできないって言うものだから、私はありがたくお金をちょうだいすることにしている。
本当に動物が好きな人なのよね。前にお気に入りの子が買われていなくなった時には、落ち込んでしばらく来なかったこともあったし。
いつか、ゼノンさんも動物が飼えるようになるといいけどな。
「…………こいつ…………」
「あ、この子は十日前に生まれたばかりなんですよ。ストレイアテイルって言って、ミニキツネとも呼ばれる品種なんです。抱っこしてみますか?」
ゼノンさんがコクンと頷いたので、私はそっとストレイアテイルを抱き上げた。
ミニキツネの赤ちゃんだから、本当に小さくて片方に手のひらに乗るくらいのサイズ。金色の毛並みは、赤ちゃんらしい柔らかさでふわふわになっていて、毛玉みたい。
出されたゼノンさんの両手の上に、私はストレイアテイルを乗せてあげた。
あまり表情の変わらない人だけど、喜んでいるのがわかる。
「……しっぽ…………」
「ああ、赤ちゃんなのに尻尾もちゃーんとふさふさで、かわいいですよね!」
「…………白…………」
「そう、先が白いのが、また愛らしいんです。癒されますよね!」
私の言葉に、こくこくとゼノンさんは頷いてくれる。ふふ、かわいい。
本当に動物が好きなんだなぁ。
「シオ……」
一通り堪能すると、ゼノンさんは私の名前を呼んでいつものようにお金を渡してくれた。
視線はストレイアテイルに向かってたから、きっとこの子のためにお金を使ってってことなんだろう。
「いつもありがとうございます。有意義に使わせてもらいますね!」
お金を受け取ると、ゼノンさんは名残惜しそうな顔をしながら、踵を返して。
そこにいた、ライネル様の存在に気づいた。
「……ライネル」
「ようやく気づいたか、ゼノン」
え、知り合い?
「ライネルが、どうしてここに……」
「お前にわざわざ伝える必要もないだろう」
「………………そうだな。プライベートは干渉しない……そういうルールだ」
ゼノンさん、意外に喋るんですね?
「用が済んだなら帰れ」
「……言われずとも」
ゼノンさんは出口に向かっていく。
「また、来てくださいね!」
後ろ姿に声を掛けたけど、ゼノンさんは振り向くことなく出ていってしまった。いつもなら、首だけでも振り向いてくれるのに。
「ゼノンのやつ……」
「お知り合いだったんですか?」
「俺の部下だ。有能なんだが、見ての通り愛想は皆無だからな」
あの、あなたも愛想がいい方ではありませんけど……?
「世話の焼ける男だ」
なんの話か、まるで見えてこない。
けどなんとなく、ライネル様は部下のゼノンさんのことを心配しているんだろうなっていうのはわかった。
「ふふ、部下思いなんですね。ライネル様は」
「当然だろう。俺のためにバリバリ働いてもらわねば困るからな」
……うん、多分、いい人……?
「シオーネ。俺にもゼノンが見ていた動物を見せてくれるか」
「ええ、もちろんです! かわいいですよ〜」
ストレイアテイルを抱き上げて、ライネル様の手の上に乗せてあげる。
するとストレイアテイルはつぶらな瞳でライネル様を見上げて「ンミッ」と鳴いた。
「………っ!」
あ、やられましたね?
ライネル様、今ストレイアテイルのかわいさにやられましたね!?
「こいつの、名前は……」
「ここにいる子たちに名前はないんですよ。嫁ぎ先が決まってから、その家の人に付けてもらうので」
「名無しか……しかしこいつならば、すぐに名前が決まりそうだな」
「そうですね。ストレイアテイルは人気ですし」
一匹八十万ジェイアもするから、庶民には手を出しづらい価格ではあるけど。
ライネル様が指を差し出すと、ストレイアテイルはその指にぴとっとくっついた。ライネル様、お鼻の下が少し伸びていますよ!
「ふふっ。ライネル様、この子をお嫁にもらってくれますか?」
「嫁になるのはシオーネだけでいい」
いえ、なりませんったら。唐突の甘い顔やめてください、心臓に悪いので。美形はこれだから困る……!
私が手を差し出すと、ライネル様は名残惜しそうにストレイアテイルを返してくれた。
やっぱり軍職の人が生き物を飼うって難しいのかな。今は平和だとはいえ、いつ何時家を空けるかわからないだろうし。
「シオーネは結婚に興味はないのか?」
不意に問われて、私は言葉を詰まらせた。
興味がない……わけじゃない。
私だっていつかはそういう人と出会って、結婚できればいいなと思ってる。
けど今は仕事が楽しくて仕方ないし、動物たちのお世話で手一杯だから現実的に不可能じゃないかなって思ってる。
なんて言おうか考えていると、ライネル様の瞳がまっすぐ私を貫いた。
「君を想っている者がいることを、忘れるな」
どくんと跳ねる心臓。
そんなこと言われるの、初めてなんですけど……!
どうしよう、私、射抜かれちゃったかもしれない……心臓を。
その日、ライネル様は私のハートを鷲掴みしたのにも気付かずに、すたすたと帰っていった。
それからもライネル様は毎日のように私のお店に現れた。
もちろん朝から晩までいるわけじゃないけど、仕事の合間にちょこちょこと。
どうせなら手伝うと言ってくれて、餌やりや動物たちの運動相手になってくれることもある。
いつの間にか私は、ライネル様が来るのを心待ちにしていた。
動物たちにすごく優しい顔をしてくれていることが、嬉しい。
いつか、こうして一緒に働けたらな……。
って、なに考えてるの!
ライネル様はこの国の大事な軍事顧問。
一緒に働けるわけがないじゃない。
……でも、一緒に働けなくても、一生こうしていられたら……
「どうした、シオーネ」
「い、いいえ。ライネル様も、動物のお世話が慣れてきたなと思いまして」
「シオーネの教えがいいからな」
頭にぽんっと触れられる。
ああ、もう、どうしよう。
すぐに手は離れてったっていうのに、ドキドキが止まらなくて顔を上げられない。
「シオーネ?」
「あの……っ、私、決めましたっ」
「なにをだ?」
「っけ、結婚しようと思います!」
一大決心をしてそう伝えると、ライネル様はほんの少し目を見開いた。
「そうか、わかった。俺も心を決めた」
心臓が胸から破り出てきそう。
わかったってことは……そういうことよね?
「明日、俺の嫁をもらいにくる。待っていてくれ」
「は、はいっ」
え、明日?
明日、早くない? もう明日には結婚しちゃうの!?
私があたふたしている間に、ライネル様は店から出ていっちゃって。
「きゃ、きゃーー〜〜っ」
どうしよう、私、明日結婚しちゃう!!
あんなすごい人と! あんなに素敵な人と!!
私が「んきゅーっ」と変な声を上げると、周りの動物たちは祝福するように騒がしくなった。
そして、翌日。
いつものように仕事終わりにやってきたライネル様に、私はお金の束を見せられる。なんのお金?
「八十万ジェイア、耳を揃えて持ってきた。嫁にもらっていく」
…………………………はい?
「ちゃんと大事にする。売ってほしい」
大事にしてくれるのは嬉しいけど、お金で買われるなんて!
って、八十万って数字はどこかで?
「あっ。もしかして、ストレイアテイル!?」
「他になにがある」
え、だって……私を口説いてましたよね!?
まさか私の勘違い!?
きゃーー、恥ずかしいっ!
私はあたふたしながらライネル様に必要な物を渡して、ストレイアテイルの飼い方を教えてあげた。
ここで手伝ってくれてたから、大体のことはわかってたけど。
「じゃあこの子、大切にしてあげてくださいね」
「わかっている。嫁は大事にする主義だ」
ストレイアテイルの頭をちょんちょんと撫でているライネル様。う、うらやましい……
うん? でもライネル様は最初、私を買うつもりだったよね?
私はストレイアテイルに負けたってこと?
「ンミッ」
「そうか、よしよし」
いや、うん、あのかわいさには負けるよね! 仕方ない!
仕方ない……けど。
私を買ってください……とか、言えない言えない。変な意味に思われそう!
「ではな、シオーネ。結婚おめでとう」
「はい?」
「付き纏って悪かった」
「……………………………………………………へ?」
私がたっぷり十秒固まっている間に、ライネル様の姿は消えていた。
どういうこと?
結婚おめでとう?
私はライネル様と結婚するつもりで……でもライネル様はストレイアテイルと結婚しちゃって……待って待って、混乱してる! 人間とミニキツネは結婚できないから!
私が誰かと結婚するって、勘違いしたってこと?
そんな人、どこを探してもいませんけど!!
私はお店を飛び出すと、ライネル様を追いかけようとした。
けど目の前から常連さんがやってきて、足を止める。
「シオ……」
「ゼノンさん!」
「……店は休みか………?」
「いえ、そういうわけじゃ……どうぞ」
お店を閉めてから追いかけよう……あ、でもライネル様のお家知らない!
ゼノンさんに聞けばわかるかな……。
ゼノンさんは心なしかうきうきしながら店の中に入り、きょろきょろしている。
「………………ストレイアテイルは」
「あの子はさっき、お嫁に行っちゃったんですよ」
「…………嫁に………………」
あ、がっくりしてる。ゼノンさんのお気に入りだったものね。
何度もこういう場面に遭遇してるゼノンさんだけど、今日はちょっといつもと様子が違う。
「…………遅かったのか……」
ゼノンさんがだらんと手を垂らした瞬間、お金が床に散らばった。
え、まさか、買うつもりだったの!?
今までなにも買わずに我慢してきたゼノンさんが、そこまでストレイアテイルのことを……!!
私はお金を拾うと、封筒に入れてゼノンさんの手へと返してあげる。
「タイミングもありますから……元気出してください」
「……すまない……」
フラフラしながら出て行こうとするゼノンさんに、申し訳ないなと思いながら話しかける。
「あの、ライネル様のお家がどこか、ご存知ですか?」
「……わかるが……」
「教えてもらえませんか?」
「………ついてこい」
私は慌ててお店を閉めると、ゼノンさんのあとをついていった。
「……ここだ」
ゼノンさんはそう言うと、家を開けて中に入っている。
「ちょ、勝手に入っていいんですか!?」
「…………」
返事ないんですけど?
私も恐る恐るゼノンさんについていく。
「ゼノンか? 勝手に入ってくるな」
不機嫌そうなライネル様の声がしたにも関わらず、勝手にその部屋の扉を開けるゼノンさん。
「……シオーネ?」
ライネル様が私の姿を見て、わずかに首を傾げながら、手はストレイアテイルをかわいがっている。
「……テイル……!!」
一瞬固まったかと思ったら、ゼノンさんは驚きの声を上げていた。そういえば、ストレイアテイルをお嫁にしたのはライネル様だったって、伝えてなかったわ。
「テイル──…………ッ」
ゼノンさんはライネル様に近づいたかと、ストレイアテイルを奪い取った。
「おい、ゼノン。お前、婚約者を放ってなにをしているんだ」
私とゼノンさんとストレイアテイルへ交互に視線を送るライネル様。
っていうか婚約者って誰……え、私?
「あの、ライネル様! 勘違いしていると思うのですが」
「大丈夫だ、振られた以上邪魔はしない。そもそも俺がシオーネの店に行ったのは、ゼノンの恋を叶えるためだったからな」
「………はい?」
ちょっとライネル様がなにを言っているのかわからない。
当のゼノンさんはストレイアテイルに夢中になっているし。どういうこと!?
「ライネル様が初めてお店に来た時、私を買うとか言ってましたよね?」
「ああ。本当にシオーネを買うつもりだった」
冗談じゃなかったんですか、あれ……軍人が人を買うのはまずいのでは? いえ、軍人じゃなくてもだめだけど!
「ゼノンがシオーネに夢中になり、無限に金を貢いでいると知ってな」
そこの情報からまず間違ってますが?
ゼノンさんが夢中になっていたのは、お店の動物たち!
そして貢いでいたのも動物たちなのに、まさかの私に貢いでいたと勘違いを……!
「金でどうにかなる女ならば、俺が買い取ってゼノンに与えようと思っていた」
そんな、おもちゃを買うみたいに私を買い与えようとしないでくださいぃ!
「どうしてそこまでしようと……」
「ゼノンは以前、シオーネに振られて一ヶ月ほど使い物にならなかったことがあったんだ」
あ、それ、きっとお気に入りの子がお嫁に行っていなくなった時だ。そもそも私は振るどころか、告白されてすらいない。
「なのに諦めずに、また貢ぎ始めた。これではキリがない。無理にでも結婚させて落ち着かせ、バリバリ働かせようと思っていた」
それで私を買い与えて結婚させようと……以前ライネル様が、ゼノンさんのことを世話の焼ける男だと言っていたのは、そういう意味!?
「じゃあ、ずっと私のお店に通っていたのは……」
「シオーネの弱みを握るか、どうにか懐柔して、さっさとゼノンと結婚させてやろうと思ってな」
そんな……理由で……毎日来てたんだ……。
なんだ。
私、好かれてるって勘違いして……勝手にライネル様のこと、好きになって……っ
結婚するつもりでいたなんて、バカみたい……っ
ライネル様は、私のこと全然そんな目で見てなかったのに……。
「まぁ、俺が策をめぐらさずとも上手くいったようだがな。結婚すると聞いた時、すぐに相手はゼノンだとわかった。他に親しい男も来なかったからな」
勘違いが過ぎる………!
本当に切れ者と言われる軍事顧問? 色恋に関しては疎いの? 恋愛偏差値どうなってるんですか!?
そもそも、部下の恋愛事情に深入りしてません?? プライベートは干渉しないルールだって言ってませんでしたっけ!
「お二人とも、無言で家に入ったり貢ぐ相手を調べたり、お互いに干渉し過ぎじゃ……」
「まぁ、ついな」
ルールを作っても、つい気になって干渉しちゃうんですね? 仲良し……!
勘違いしたのは、干渉し過ぎないようにと努力した結果なのかも。重要な箇所だけ共有されていないものね。
ゼノンさんは我関せずで、もう二度と会えないと思っていたストレイアテイルを愛で続けている。
「そろそろ名無しを返せ。俺の嫁だ」
「…………テイルは俺がもらう」
「お前にはシオーネがいるだろう。婚約者を前に浮気するんじゃない」
なんかすごい会話ですね?
「あの、ライネル様。私、ゼノンさんと結婚はしませんよ?」
「浮気が許せないのか?」
「いえいえ、そりゃ浮気は許せないですけど、そもそもゼノンさんとは付き合ってすらないので浮気もなにもないです」
「…………ん?」
ライネル様の眉間に皺が寄った。そんな顔でさえも美形で、つい魅入ってしまう。
「付き合って……ないのか? しかしシオーネは結婚すると言っただろう」
「それは……」
ああ、ライネル様の勘違いを笑えない。私もめちゃくちゃ勘違いしてたから!
でも、笑われてもいい。ちゃんと、自分の気持ちだけは伝えよう。
「私、ライネル様と結婚する気満々だったんです!」
「………………は?」
ですよね! でもぽかーんと開けた口も素敵。
あれ? でも急に顔が赤く……?
「……俺の気持ちを知っていたのか」
「ライネル様の……気持ち?」
私は首を傾げる。
「ゼノンさんのために、私を買おうと奮闘していたんですよね?」
「まぁ……最初はそうだった。シオーネは悪女だと思っていたからな」
ライネル様の中で、私はゼノンさんをたらしこむ悪女だったんですね!? だから買おうなんて発想に!
「私を嫁に欲しいって言ってたのも、自分の嫁ではなくてゼノンさんの嫁に欲しいって意味だったんですよね?」
「その時は、そうだったな」
「その時は?」
逆側に首を傾げると、ライネル様は少し頬を赤らめたまま目を伏せた。
「その、つもりだったんだが……いつしかゼノンに渡したくないと思うようになってしまっていた」
「それって……」
え? 待って。
鼓動がうるさくて、上手く考えがまとまらない……
それって、それって、つまり!?
「動物相手にいつも一生懸命なシオーネに、俺はいつの間にか惹かれていたようだ」
まっすぐ向けられた顔に、もう照れはなくって。
ほんの少し見せられた笑みに、私の顔は爆発してしまいそう!
「わ、私を好きってことですか?」
「そうなるな。正直、結婚すると言われた時はショックすぎて、癒しに手を出さずにはいられなかった」
それでこの子をお嫁にもらってくれてたんですか!
「シオーネ」
「は、はい」
優しい声で名前を呼ばれて、心臓が不規則に動きそうになる。
「俺と結婚するという気持ちは、今も変わっていないか?」
甘いのです……お顔が……!
「はいっ! どうか、私もお嫁にもらってください!」
「俺の嫁は一人で十分だ。ストレイアテイルは、傷心のゼノンに譲ろう。すまんな、ゼノン」
ストレイアテイルを譲るという言葉にだけ反応したゼノンさんは、顔をキラキラとさせている。
そんなお顔もできたんですね、ゼノンさん……!
「……いいのか」
「ああ。その代わり、シオーネは諦めろ」
「……? ……わかった」
そこの勘違いはされたまま……? わかったって言ってるゼノンさんもよくわかってなさそうですけど。
「これで心置きなく結婚できる」
軽く息を吐いたかと思うと、ライネル様の真剣な瞳は私に向けられた。
「シオーネ。俺にもらわれてくれ」
ひやぁ、プロポーズ……!
でもうちの子たちをもらっていくお客様たちと、同じ言葉で笑えてしまう。
「ふふっ。私、高いですよ?」
「一生かけて払っていくさ。まずは、手付金だ」
背中に手を回されたかと思うと、ぐいっと抱き寄せられて──
「ひゃっ!?」
おでこに……! キ、キスを……!!
「手、手が早過ぎますよ、ライネル様っ」
「心配するな。嫁は大事にする主義だ」
本当ですか? 本当ですね?
私が見上げると、ライネル様は優しく目を細めてくれて。
隣でストレイアテイルが「ンミッ」と鳴いていた。
今までたくさんの子をお嫁に出してきた私にも、ようやくもらってくれる人が現れたようです。
お読みくださりありがとうございました。
いつも★★★★★評価を本当にありがとうございます♪
『風変わり公爵令嬢は、溺愛王子とほのぼの王宮ライフを楽しむようです 〜大好きなお兄さんは婚約者!?〜』
https://ncode.syosetu.com/n0859jl/
下のリンクから飛べますので、こちらもぜひよろしくお願いします♪