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38 幻想試練の間



「ようこそ、魂、そして剣の審問へ。今より、あなた方の“真実”を暴く」


その声は柔らかくも、全てを貫く重みを持っていた。

無数の光輪が浮かび上がると同時に、聖域の床がまるで水面のように揺れ始める。


「な、なにこれ……!」


フローレンスが一歩引き下がる。クローネは構えを取るが、剣の先が揺らいでいるようで定まらない。


セヴンスが静かに首を振った。


「これは戦いではありません。これは“心の審問”です。あなた方一人一人に、“自らの影”と向き合っていただきます」


「影……?」


ローランドが問いかける間もなく、彼らの視界が一斉に白く染まった。


そして、次の瞬間――仲間たちはそれぞれ、自らの記憶の深層に、落ちていく。



〜〜〜



そこは、かつてのフロスト家の庭園だった。

咲き誇る白薔薇。鳥籠の中のような静寂。金の髪を編み上げた彼女は、無垢な微笑を浮かべていた。


「お嬢様、今日は剣の稽古を中止なさっては?」


家令の声が聞こえる。

だが、少女は首を横に振った。


「……あの人に、笑われたくないのです」


それは、十年前の記憶。

“ローランド”という名の少年騎士と、彼女が初めて出会った日の残響だった。


彼女はすでに“力”を持っていた。魔力制御、剣の才、そして誇り高き爵位。

だが――それでも足りなかった。


彼の背中は、自分の世界の外にあった。

その遠さが、痛いほど愛しかった。


「貴女は“強さ”を得たつもりでいる。だが、貴女が望んだのは“称賛”ではなく、“愛されたい”という飢えではないですか?」


セヴンスの声が空から降り注いだ。


「貴女は、剣を振るう“理由”を持たぬ。貴女の刃は、ただの感情の投影でしかない」


その言葉に、クローネの背筋が凍る。


「……そうかもしれませんわ」


彼女は、手の中にある銀の細剣を見つめる。


「けれども、私は信じていますの。この剣が私の想いであるなら、何度でも彼の隣に立てますわ」


彼女の身体が光に包まれ、夢が崩壊を始める。


「ローランド様。貴方が進む道が、どんな地獄であっても……私の刃は、貴方と共にあります」


光が一筋の剣閃となって天へ走った。



〜〜〜



彼女が目を覚ましたのは、燃え盛る戦場の只中だった。

ペレチア王国の第七戦区。陥落寸前の最前線。


目の前で、ローランドが膝をついている。


「……やめて。もう戦わないで……!」


彼女の手が震える。魔力の奔流が抑えきれず暴走し、あたり一帯を灼き尽くす。


「貴女は“想い”を言い訳にしている。恋を口実に、力を振るっているだけではありませんか?」


セヴンスの声が彼女の耳元を刺した。


「貴女が愛しているのは、“ローランド”ではなく――“彼に寄り添う自分”ではないのか?」


「……ちがっ、ちがう!」


彼女は叫ぶ。


「私はあの人の強さに憧れて、あの人の炎に焼かれたいとさえ思った!恋が、未熟でなにが悪いのよ!!」


その瞬間、灼熱の竜巻が戦場を吹き抜けた。


彼女の両手に宿った魔炎が純化し、“戦場”ではなく“祈り”のような優しさを灯す。


「私がこの炎で救いたいのは――あの人の、孤独!」


火の中から彼女は歩き出す。自分の意思で。



〜〜〜



静寂――それは、祈りと絶望の境界にしか存在しない。


サンクトシリアが目を覚ましたのは、純白の大聖堂だった。

天蓋の高い天井から光が射し、無数の信徒たちが沈黙のまま跪いている。


だが、彼らの顔は――空白だった。

瞳も、口元も、何一つ存在していない。ただ、祈りだけが形を成していた。


「……ここは、私の心?」


彼女は息を呑む。手にした祈祷書は重く、そして冷たい。

そのページには、かつて彼女が語った“正しい言葉”が書き記されていた。


「貴女は、聖女であることに縋っている。

 貴女が信じている“神”は、本当に“救い”をもたらしたのか?」


その問いは、彼女の心の奥を深々と刺した。


「……私は、救いたいと願っていました。

 でも、気づいてしまったんです。祈りでは、救えない命があると……」


聖堂の壁が崩れ始める。

空白の信徒たちが呻き声を上げ、彼女に手を伸ばしてくる。


「貴女は偽善者ではない。ただ、“迷っている”のです」


彼女は祈祷書を閉じ、その場に置いた。


「そう、私は迷っている聖女。完全ではない。だからこそ――」


静かに両手を組み、瞼を閉じる。


「誰かの信仰になれる。迷う人間の、導きになれる」


その瞬間、白き聖堂が金色の光に包まれ、虚無の信徒たちは微笑みとともに昇華していった。



〜〜〜



静か……いや、音を遮断した世界に居る。

ローランドは転生前の記憶を少しながら思い出していた。

何を為しても親からの愛情は無い。

両親も忙しかったのだろう。

両親はシェフだった。

とある食べ物が大流行りした。

連日その店に並ぶ人が絶えない。

そんな状況を見て、「これはもっと稼げる」と、忙しい中イタリアンレストランを作り新しく事業を立ち上げた。

しかし、ことがそう簡単にうまく行くこともない。

流行った食べ物はまだ良かったものの、その他の食べ物は酷評でレビューサイトには流言飛語が飛び交った。

そのレッテルを貼られたが最後、どんな新商品を出してもまともに売れずに潰れていったのだ。

そして、そのファンの行先はどこになったか、勿論俺である。

普通だと許されることではない。

それでもこんなことが起こっているという事実があるのだ。


「俺は、ヒーローになりたい人生だった」


「ただ、そんな都合のいい事はなかった」


「いくら努力したって無駄だった」


「でもそんな世界に生きていても俺は生まれ変わった」


努力したら救える世界に、ヒーローになれる世界に生まれ変わった。


そこで思ったのだ。


領主が死んだ時、手から溢れ落ちた命は何だったのか。


「……それでも、俺は前に進むしかなかった」


「ならば、英雄を名乗ることに、後ろめたさはなかったのですか?」


「あるさ。後悔も、迷いも、いっぱいある。

 でもな、それでも背負って進まなきゃ、何も守れねえ。

 俺はたくさん背負ってるもんがあるからよ。」


剣を振り抜いた先、彫像の一つが砕けた。


「だからよ、英雄なんて称号、俺は要らねえ。ただ、“俺自身”で在りたい」


こうして舞い戻ってきた。

現実へと。

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