37 審判の間
深い海の底に落ちたような静寂。
光も音も失われた空間で、ローランドは独り佇んでいた。
「ここは……?」
言葉を発すれば波紋のように響くだけで、反響はなく、答えもない。
ただ、足元に広がる鏡のような水面だけが、彼の存在を映していた。
「ここは、“審問の間”」
どこからともなく聞こえる声。
それは柔らかく、しかし否応なしに意識の内に染み込んでくる――セヴンスの声だった。
「魂の核を曝け出す鏡の世界。ここで問われるのは、貴方自身です」
声が止んだ瞬間、景色が揺らぎ、周囲に立ち上がるように空間が“構築”されていく。
風景は次第に形を取り――やがてローランドの前に現れたのは、かつての「村」だった。
幼き日の思い出の中にある場所。
だが、そこには“血の匂い”が漂っていた。
「……っ!」
突然、炎が立ち昇った。
遠くからは絶叫が聞こえる。焼け落ちる屋根。踏み砕かれた大地。
ローランドが“初めて救えなかった”人々の光景が、克明に再現されていた。
「やめろ……やめてくれ……!」
彼の声は空虚に響く。
走り出そうとするが、足が動かない。
まるで過去の自分のまま、時間に縛られているかのようだった。
「これは幻ではない。貴方の魂に刻まれた“罪”の記憶」
再びセヴンスの声。
「選ばなかった命。見捨てた未来。英雄の影に潜む、無数の死者たち」
空が裂ける。
次の瞬間、そこに現れたのは――もう一人のローランド。
だがその顔には、表情がなかった。
無垢とも、無関心とも取れる虚無の仮面。
彼は聖炎刀を構え、ローランドに向かって歩み寄ってくる。
「俺……?」
「これは“可能性の分岐”です。貴方が感情を捨て、効率と結果だけを追い求めた未来。その先に生きる貴方」
冷徹な視線。迷いなき足取り。
その姿はまさしく、機械的な正義の体現だった。
「その存在は、誰よりも正しい。そして、誰よりも“孤独”」
剣を構えるローランドの幻影が、静かに口を開いた。
「感情は選択を誤らせる。犠牲は最小にすべきだ。お前は弱い。ためらいがあるから、守れない」
「……黙れ」
「愛も友情も、ただの幻想だ。合理性のない情動は、判断を鈍らせる」
「黙れ!!」
怒声と共に、ローランドは剣を抜いた。
黄金の炎が咆哮し、幻影のローランドの剣と激突する。
打ち合いは苛烈で、互いの攻撃は寸分の狂いもなく拮抗した。
――だが、ローランドは気づいた。
“こちら”は攻撃のたびに焦り、反射的に反応し、疲弊していく。
だが“あちら”は一切の感情がないからこそ、ブレがない。
「……これが、“選ばなかった自分”……か」
「受け入れなさい。そして統合しなさい。これが“貴方の一部”」
セヴンスの声が、再び降りてくる。
ローランドは剣を下げた。
幻影のローランドは一瞬、眉をひそめ――
「俺は、正しさだけでは戦えない。誰かを想うことを、捨てられない。それが弱さでも、俺は――“それを捨てたら、俺じゃなくなる”!」
叫びと共に、幻影の剣を跳ね除け、突き刺した黄金の炎が幻を包み込み、焼き尽くした。
水面が崩れ、空間が歪む。
そして――
今度は仲間たちの幻影が、現れる。
「ローランド様、私たちは……貴方の盾でありたい。けれど、時には貴方に“頼ってほしい”と思うのです」(クローネ)
「私の炎は、貴方の背を温めたい。でも、貴方が遠くを見てばかりじゃ……私たちは、足元から崩れてしまう」(フローレンス)
「私は貴方の光になれますか? 貴方が、誰かを失って泣いた時、隣で泣いてもいいですか?」(サンクトシリア)
ローランドは、拳を握り締めた。
「……ありがとう。俺は、お前たちがいたから、ここに立ててるんだ」
幻影は微笑み、ひとつひとつ消えていった。
静寂。
そして、最後に――セヴンスが、姿を現した。
「貴方は、己の罪を直視し、己の選ばなかった可能性と向き合い、それでも“今の自分”を選び直した」
彼の顔に、初めて人間らしい微笑みが浮かぶ。
「ならば次は、“証明”の番です。貴方の意志が、“力”と共にあるのかを」
空が割れ、銀の環が出現する。
それは天界の聖域。
次なる舞台――セヴンスとの“剣による審問”が、今始まる。
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