36 天への梯子
世界には空を飛ぶ都市がある――
誰がそう言い出したのかは定かではない。だが、神話の時代から「天より下された裁きの光」や、「雲に浮かぶ神の宮殿」は人々の信仰と恐怖の対象であり続けた。
そして今、ローランドたちの目の前に広がるのは、まさにそんな神話の一端だった。
「……あれが、《セレスティア》?」
山々の峰を越えた遥か上空。雲を裂くように、巨大な空中建造物が浮かんでいる。光に満ち、純白の塔がいくつも突き出ており、その外周を金属光沢のある環状構造がゆっくりと回っている。空の彼方で煌めくその姿は、まさに“天の都市”という表現がふさわしかった。
「確かに……あの高さなら、誰も手出しはできませんわね」
クローネ=フロストが風に髪をなびかせながら、双眼鏡でその姿を確認する。
「風が常に逆巻いていて、魔法すら届かない……と記録にあります」
サンクトシリア=フレンスは、持ち歩く聖典の端を指でなぞりながら呟いた。
「問題は、“どうやって行くか”だな」
ローランドは背に聖炎刀を携え、目を細めて上空を睨んだ。
一歩踏み出せば、そのまま奈落に落ちてしまいそうなほど高地にある山の端。そこからさらに見上げなければならない“天空の都市”――それが、核晶No.7《セヴンス》が眠る聖域だった。
「我、風を裂きて通ずる道を知るぞ」
一歩前に出たのは、百鬼夜行の“風”を司る妖――風神だった。
その体は薄羽のごとく透き通っており、手には常に赤団扇。今は珍しく、真面目な声で言葉を紡ぐ。
「主よ、この地には“神の階梯”と呼ばれる術式の痕跡が残っております」
「神の……階梯?」
風神は一つ頷くと、近くの岩を蹴り、その下に隠された魔法陣の刻印を露わにした。古びた文字と幾何学的な線が絡み合い、淡く光り始める。
「ここは、“かつて天に昇った者”が使った場所。《セヴンス》を守る都市へは、この転位陣を用いて昇るのです」
「ということは、この場所は意図的に伏せられていた……?」
「さよう。地上にいる者が神域に至らぬよう、古代の封印が施されていた。……が、主が持つ核晶により、封印の認証がすでに解除されている」
風神の視線が、ローランドの手の甲へと向く。
そこには、ナインス戦で発現した黄金の紋章が淡く輝いていた。
「……なら、行こう」
ローランドは頷き、手をかざした。
転位陣が共鳴し、地を包む風が旋回を始める。天を裂くように光の柱が立ち昇り、空の遥か彼方を目指して、その身を投げ出す準備が整う。
「ローランド様!」
振り返ると、フローレンスが剣を握りしめて立っていた。その表情には不安と決意、そして――焦燥が混ざっている。
「この先にいるのは、“神の審問官”とまで言われる存在なんです。話し合いが通じるといいですけど……」
「通じなければ、力で通すしかない」
ローランドは淡々と言った。「けど、まずは言葉を選ぶよ。彼の名は――《セヴンス》。おそらく、神に最も近い存在」
「主よ、くれぐれもお気をつけて。あの者は“問いかけ”によって相手の真意を暴き、心を裁く者。覚悟のない者には、その階すら踏ませてくれません」
「覚悟なら、とうに決まってる」
そう言って、ローランドは光の中へと歩み出した。
彼の背に、仲間たちの影が続く。
次に目を開けた時、彼らは――
世界の理すら拒絶する“審問の都”へと、到達していた。




