29 修行 続
静かな湖での修行を終えたローランドは、さらに自らを鍛え上げるべく、クローネの指導のもと、身体強化の修行に取り組むこととなった。
ブライアント領の北には険しい山岳地帯が広がっており、岩場や崖が連なる危険な地形だ。クローネはそこを修行の場に選んだ。冷たい風が吹き荒れる中、ローランドは険しい山道を全力で駆け上がっていた。
「はぁ……はぁ……くそ……思ったより……キツい……」
「ローランド様、足元に気をつけてくださいませ。ここは落石も多いですから」
クローネは優雅に岩を飛び越えながら、彼を振り返って微笑む。その余裕のある表情に、ローランドは少し悔しさを感じた。
「クローネ、お前は……本当に何でもできるんだな……」
「ふふ、百芸簡単習得ですから。それに、剣を極めるには体も鍛えなければなりません」
彼女の言葉を背に、ローランドはさらにペースを上げた。だが、その足元で岩が崩れ、彼はバランスを崩してしまう。
「しまった!」
足を踏み外し、急斜面を転げ落ちそうになったその瞬間――
「……甘いですわ」
クローネが素早く跳び、彼の腕を掴んだ。その華奢な体からは想像もつかない力で、彼を引き上げた。
「うわっ……す、すごい力だな……」
「鍛錬を続ければ、これくらいは当然ですわ」
彼女は軽く微笑み、再び岩場を駆け上がり始めた。ローランドも必死に彼女に続く。息を切らしながらも、視界の先で彼女の背中が揺れ、まるで彼を導くように見える。
「追いつくんだ……クローネに……そして、あの魔族たちにも……!」
その決意を胸に、彼は再び全力で駆け上がった。
⸻
やがて、二人は山の頂にたどり着いた。冷たい風が吹き付ける中、クローネは満足そうに笑みを浮かべた。
「お疲れ様です、ローランド様。ここまでついてこられるとは流石ですわ」
「はぁ……はぁ……まだまだだよ……これじゃあ……」
「ええ、これからが本番ですから」
クローネは剣を抜き、静かに構えた。その動きは無駄がなく、凛とした姿が風に揺れる。
「次は実戦ですわ。私と手合わせをしましょう」
「手合わせ……?」
「はい。あなたの炎をただ強くするだけでは意味がありません。それをどう使うか、どう活かすか。それが重要なのです」
ローランドは息を整え、聖炎刀を構えた。彼の中で炎が熱く燃え上がるが、それを暴走させることなく、しっかりと刃に宿した。
「いくぞ、クローネ!」
「いつでもどうぞ、ローランド様!」
彼が一気に踏み込み、聖炎刀を振り下ろす。灼熱の刃が唸りを上げ、クローネへと迫る。しかし――
「甘いですわ!」
クローネは軽やかにその一撃をかわし、逆に彼の懐へと踏み込んだ。剣の柄で彼の腹部に一撃を叩き込む。
「ぐっ……!」
「炎の力に頼りすぎです。もっと剣を信じてください!」
「くそ……なら、これならどうだ!」
ローランドは炎を纏わせた斬撃を連続で繰り出した。火の刃が空を切り裂き、クローネに襲いかかる。
だが、彼女はその全てを冷静に見極め、最小限の動きでかわし続けた。そして――
「ここですわ!」
クローネの剣が閃き、ローランドの聖炎刀に打ち付けられる。その瞬間、炎が消え、ただの鋼同士が響き合う音が響いた。
「な、なんで……!」
「力を込めすぎです。攻撃に炎を全て注いでしまうから、隙が大きくなるのです」
彼女は剣を収め、優雅に微笑んだ。
「ローランド様。炎は力を振るうだけではなく、守りにも使えます。燃え上がるだけではなく、暖かく灯ることもできる」
「……暖かく、灯る……?」
「そう。あなたの炎は命を燃やすものではなく、命を守るものにもなれるのです」
その言葉に、ローランドははっと息を呑んだ。これまで彼は炎をただ強い力として使うことしか考えていなかった。しかし、クローネの言葉はその固定観念を打ち砕いた。
「……分かった。もう一度……教えてくれ」
「ふふ、喜んで」
二人は再び向かい合い、剣を構えた。だが、ローランドの瞳には先ほどまでの焦りはなく、静かで確かな決意が宿っていた。
〜〜〜
翌朝、クローネはローランドをブライアント領の教会へと連れて行った。大きなステンドグラスから柔らかな光が差し込み、静寂が満ちている。
「ここで、精神を研ぎ澄ませてください」
「精神……?」
「はい。力は心に宿ります。心が乱れれば、炎も乱れます」
クローネはローランドに座るよう促し、自分も彼の隣に座った。手を合わせ、静かに目を閉じる。
「まずは呼吸を整え、心を静かにしましょう。余計な雑念を全て払い、ただ自分自身と向き合うのです」
ローランドも目を閉じ、深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。焦りや恐怖、不安……それら全てを心の中から追い出していく。
「……炎はただ燃え上がるだけではなく、命を暖め、守る力……」
クローネの言葉が静かに心に染み込んでいく。彼の中で炎が優しく灯り、心の中で静かに揺れていた。
「そう……その炎をいつでも感じてください。そして、その温もりを守るために剣を振るうのです」
「守るため……」
その言葉に、ローランドは力強く頷いた。
次第に彼の周囲に淡い炎が揺らめき、だがそれは決して暴走することなく、静かで暖かな光を放っていた。
「……これなら……」
「ええ、その炎こそが、ローランド様の本当の力です」
クローネは満足そうに微笑んだ。その表情は優しく、彼の成長を見守るような温もりがあった。




