28 修行
ブライアント領での激戦と敗北を経て、ローランドは自らの力不足を痛感した。魔王八宝の守り手ナインス=クルシューゲンとエイス=バルトロメオは、圧倒的な力で彼らを圧倒し、ただ好きなように領を蹂躙し、消え去った。
その悔しさは、彼の心に深く突き刺さり続けていた。
「強くならなきゃ……もっと……」
ローランドは夜も眠れず、城の中庭で一人剣を振っていた。夜風が彼の汗を冷やし、月明かりが影を落とす。だが、その剣は虚ろで、無駄な動きが多く、力に任せたものになっていた。
「こんなものじゃ……あいつらには勝てない……!」
振り下ろした剣が石畳を打ち、火花を散らす。その手にはいつもの確信がなく、ただ焦りが空回りしていた。
「ローランド様……」
柔らかな声が闇の中から響いた。振り向くと、クローネ=フロストが立っていた。ドレスを夜風に揺らし、優雅に歩み寄る。
「また一人でこんなところで修行を? 無理は体に毒ですわ」
「無理しなきゃ……強くなれない。あいつらみたいな化け物を相手にするには、俺はまだ……」
「それは焦りです。無理に剣を振っても、心が乱れては技も鈍ります」
クローネは優しく微笑みながらも、その言葉は鋭かった。彼女は剣の才を持ち、百芸を簡単に習得する天才。だからこそ、彼女は本質を見抜いていた。
「……でも、どうすればいいんだ。俺は強くなりたい。でも……何をどうすれば……」
「一人で悩まないでください。私があなたを導きます」
クローネはそう言うと、ローランドの手を取り、そっと握った。
「まずは基本から。剣を振るのではなく、その意識を整えましょう。無駄な力を削り、精神を研ぎ澄ませることからです」
「精神を……?」
「はい。剣は力で振るものではなく、心で振るものです」
クローネは自らの腰に差した聖剣を抜き、その剣先を月明かりに翳した。その動きは無駄がなく、美しく、まるで舞を踊るかのようだった。
「剣は流れるように。力を込めるのではなく、力を導く。あなたの炎の力も同じですわ」
「炎を……導く?」
「そうです。力は荒々しく燃え盛るだけでなく、静かに灯し続けることもできる。それを制御するのが本当の強さ」
クローネは剣を構え、優雅に一太刀を放った。その動きは静かで、風をも切り裂かず、ただ空間に清涼な音を残した。
「ローランド様もどうぞ。まずは、力を抜いて、精神を集中させて」
ローランドは彼女の指示通り、深い息を吸い込み、そして吐き出した。焦りを鎮め、心を落ち着ける。その上で聖炎刀を構えた。
「ふぅ……」
「そのまま、無理に力を入れず、流れるように剣を振ってみてください」
ローランドは剣をゆっくりと振り下ろした。最初はぎこちなかったが、次第にその動きが滑らかになり、月明かりの中で静かな炎が彼の剣先に揺れた。
「……これでいいのか?」
「ええ、とても良い動きです。これが基本。焦らず、一つ一つ確実に積み重ねていきましょう」
クローネは優しく微笑みながら、彼の剣の動きを見守った。その表情にはどこか誇らしげな色が浮かんでいた。
「ありがとう、クローネ……俺、もう少し頑張れそうだ」
「ふふ、いつでもお手伝いしますわ」
その夜、ローランドは焦りから解放され、静かに剣を振り続けた。クローネの指導で彼は己を見つめ直し、剣の本質を理解し始める。
だが、それは修行の第一歩に過ぎなかった。
翌朝、ローランドはクローネの案内で、ブライアント領の外れにある静かな湖へと連れて行かれた。湖面は鏡のように澄んでおり、周囲の木々が風に揺れてさざ波が広がっている。
「ここで何を?」
「この湖で、炎の制御を学びましょう。ローランド様の炎は強力ですが、力任せに放つだけでは限界があります」
「制御か……」
「はい。この水面に炎を浮かべ、消えずに保つことができれば、制御が身に付きます」
「水の上で……炎を?」
「はい。挑戦してみましょう」
ローランドは聖炎刀を構え、湖面に向けて炎を発した。だが、その炎は水に触れるとすぐに消えてしまう。
「やっぱり……無理だ」
「いえ、落ち着いてください。強く燃やそうとせず、炎を穏やかに保つことを意識してください」
クローネの助言を胸に、ローランドは再び深呼吸をし、炎を手のひらに宿した。今回は勢いではなく、ゆっくりと優しく。その炎は小さく、淡く揺れている。
「この炎を……水の上に……」
彼はそっと手を前に差し出し、炎が湖面に触れる。だが、水は炎を飲み込まず、その表面で優雅に揺れた。
「できた……!」
「素晴らしいです、ローランド様。そのまま、穏やかに保ちましょう」
湖面に浮かぶ小さな炎。その光は静かで優しく、彼の心を落ち着かせる。そして、その炎を見つめる中で、彼は自らの力の本質を少しずつ理解し始めていた。
「クローネ……ありがとう」
「ふふ、お礼など不要ですわ。これからもっと厳しい修行が待っていますからね」
彼女は優雅に微笑みながらも、その瞳には確かな決意が宿っていた。ローランドもまた、その笑みに勇気を得て、さらに強くなることを誓う。
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