25 新たな門出にて
ローランド、サンクトシリア、そしてフローレンスは、馬車に揺られながらブライアント領へと向かっていた。薄雲が広がり、秋の風が冷たく頬を撫でる。馬車の中でフローレンスは明るく話し続けていたが、ローランドは窓の外に視線を向けたまま、どこか考え込んでいた。
「ローランド様、どうかしましたの?さっきからずっと外を見つめて……」
「いや……なんだか、妙な気配を感じるんだ」
その言葉にサンクトシリアも顔を上げ、窓の外に目をやった。次第に木々がまばらになり、平原が広がっていく。その風景の中、草木が焦げ付いたような黒い痕跡がちらほらと目に入った。
「……あれは……?」
「ただの火災にしては跡が不自然ですわね」
フローレンスは馬車を止めるよう命じ、三人は外に降り立った。焦げた草の跡はまるで何かが這いずり回ったかのような形をしており、場所によっては地面が抉られていた。
「これは……明らかに異常です。自然火災ではなく……」
サンクトシリアが手を翳し、聖光の力でその痕跡を照らす。すると、その焦げ跡から微かに妖気が立ち上っていた。
「魔族の……瘴気?」
「間違いない。しかも、この瘴気……並の魔族じゃない」
ローランドはその場に膝をつき、指で焦げ跡をなぞる。瘴気は彼の指にまとわりつき、指先から冷たい感覚が伝わった。
「魔王の眷属か……いや、それ以上か」
「これを無視してブライアント領へ向かうのは危険ですわ。ローランド様、どうなさいますか?」
フローレンスはやや不安げな表情でローランドを見つめたが、彼はゆっくりと立ち上がり、深い息をついた。
「この痕跡を追う。もし魔族がブライアント領を狙っているなら、無視はできない」
「はい!お供いたしますわ!」
サンクトシリアも頷き、静かに祈りの言葉を唱え始めた。彼女の周囲に淡い光が広がり、その光は三人を優しく包み込んだ。
「……これで少しは瘴気を防げます。行きましょう」
三人は焦げ跡をたどりながら進んだ。痕跡は曲がりくねり、時には木々を薙ぎ倒し、時には地面を抉っている。しかし、ある地点でその痕跡は唐突に途絶えていた。
「え?ここで終わり……?」
フローレンスが戸惑いの声を上げる。ローランドも周囲を見回したが、瘴気はここで消えていた。
「まるで……消えたみたいだな」
「いえ、消えたのではなく……転移したのかもしれません」
サンクトシリアが静かに呟き、周囲を見渡す。その瞳は冷静だが、僅かに焦りが見えた。
「魔王クラスの存在であれば、空間を歪めて転移することも可能でしょう。この瘴気の消え方はその証拠です」
「なら、ここでの追跡は無駄か……」
ローランドは歯を食いしばった。彼は戦いには自信があったが、このような手の届かない力には苛立ちを隠せない。
「ローランド様、まずはブライアント領へ急ぎましょう。もし本当に魔族が向かっているなら、私たちが守らねば」
「……ああ、分かった」
三人は再び馬車に乗り込み、急いでブライアント領を目指した。その道中、ローランドの心には不安が渦巻いていた。
やがて三人はブライアント領の門に到着した。荘厳な城壁が広がり、衛兵たちが整然と並んでいる。彼らは三人の姿を認めると、すぐさま門を開けた。
「ようこそ、ローランド様、サンクトシリア様、フローレンス様!我が主もお待ちかねです!」
三人は馬車を降り、笑顔で迎えられながら城内へと通された。領内は華やかで、盛大な歓迎が準備されていた。大広間には豪華な飾り付けが施され、食事と音楽が用意されている。
「ここまで歓迎されるとは……少し照れくさいな」
ローランドは苦笑しながらも、フローレンスは満面の笑みで手を振り、サンクトシリアも穏やかに微笑んでいた。
「どうやら領主様はとても優しいお方のようですわね」
「ええ、領主様とは以前、私たち聖堂でも支援を受けたことがありました」
サンクトシリアがそう説明した瞬間、会場の奥から穏やかな声が響いた。
「これはこれは!ようこそ、ブライアント領へ!」
笑顔で現れたのはブライアント領の領主――堂々とした中年の男性で、白髪混じりの髪を後ろで束ね、豪華なローブを纏っていた。その表情は優しく、心からの歓迎を表している。
「皆様のご到着を心待ちにしておりました。どうぞ、存分にお楽しみください!」
彼は自ら三人をテーブルへと案内し、給仕たちが美味しそうな料理を並べていく。ワインの香りが漂い、音楽が華やかに奏でられた。
「なんだか少し緊張しちゃいますわね」
フローレンスは微笑みながらも、少し落ち着かない様子で席に着いた。一方、サンクトシリアは静かに手を合わせ、祈りを捧げる。
「この平穏が長く続きますように……」
だが、その祈りはすぐに打ち砕かれることになる。
「領主様!急報です!」
扉を開け、駆け込んできた兵士は汗だくで息を切らしていた。
「魔族の襲撃が……領主様が……お亡くなりになりました!」
その言葉に、会場は凍りついた。祝賀の雰囲気は一瞬で消え去り、全員が恐怖と動揺に包まれる。
「領主様が……亡くなった……?」
フローレンスは信じられないという表情で兵士を見つめ、サンクトシリアは静かに目を閉じ、唇を噛んでいた。
「……奴らか」
ローランドは立ち上がり、剣に手をかけた。だが、その刹那――
「奴らは……二体。魔王八宝の守り手、ナインス=クルシューゲンとエイス=バルトロメオです!」
「ナインス……エイス……!」
ローランドは歯を食いしばり、全身に力が漲った。これが本当の戦いの始まりを告げる鐘音だった。
かの有名な指名手配されているやつと相対する事になるなんてきっとローランドはつい一週間前までは思っていなかっただろうが今は違うのだろう。
一度手配書に乗るほど有名な暗殺者と戦ったことがあるとの意見は消し去る物とする。




