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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

すき間ふさぎ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おー、つぶらやじゃねえか。どうやら、まだ生きているようだな。

 いや〜、ここんところ死線をくぐっていると聞いて、ちこっと心配だったが俺もなかなか手が離せなくてな。ようやっと、こうして様子が見られたってわけよ。


 ……ん〜、えらく不機嫌だな。『話しかけてくんな』オーラがむんむんだぜ?

 でも、本当は話が聞きたくて仕方ないんだよな〜、お前の場合。

 会話はしたくないが、誰かの声を聞きたい、話を頭に入れたい。なんつ〜か、ラジオとかASMRとか垂れ流していたい気分よな、わかるわかる。

 公私のどっちに参ってんのか知らねえが、まあ俺は何か話したい気分だからな。俺がガラにもなくおしゃべりなのは、お前も知ってんだろ?

 じゃあまあ、この時間は適当にひとり言するわ。聞くなり、相づち打ちなり好きにしな。


 うちのいとこが、もう電車通学するくらいの歳になってな。ひとりじゃ電車に乗ることのできないガキのころから知っているから、ちょっと感慨深いもんがある。

 いとこが乗るのは、沿線の始発駅。

 必然的にガラガラだから、運が悪くない限りは座席に座るのは難しくない。

 複数人掛けの座席の一番手に座れるなら、断然端っこ。片方が手すりによってカバーされ、他人との接触少なめ。いざとなれば寄っかかって、気兼ねなく居眠りこくこともできる。


 そこを占拠されると、次はそこからひとつは離した席を狙う。

 あまり近づきたくないが、露骨に離れると、離された側からしたら「何か不快を感じさせる要素が、自分にあったのか?」と、機嫌を損ねられるかもしれない。

 そうなると、近くも遠くもないポジをおさえるのがグッドということになる。自分以外にも、そのような動きを見せる人は多いと、いとこは見ていたようだ。


 けれども、その日は違った。

 普段通りに端っこの座席を確保したいとこは、通学かばんをひざに、早くも居眠りの構えをとる。夜更かしを覚えた身としては、すきま時間を眠りにあてたいものだ。

 まだ席はがらがらだし、この路線はマイナー寄りで、通勤通学時間帯でもぎゅうぎゅう押し込まれるほどの乗車率はない。

 今日もゆとりをもって、うたた寝をむさぼれる……と思っていたんだが。


 どさりと、すぐ隣に腰を下ろされる揺れ。

 ほんとかよ、とつい薄目を開けて確認してしまう。

 ブレザー姿の男で、自分と同じくらいの背丈。これもまた、いとこの通っている学校のものと同じだから、ちょっと肩身が狭い気もした。

 知っている人なら自分に声を掛けてきそうなものだけど、それがない。知らない奴か……と、もう少し目を開きかけたところで。


 唐突に、目つぶしされた。

 みかんの皮の汁を思わせる、刺激を帯びた液体に、眼球を強襲されたんだ。

 この不意打ちに無反応でいられるなら、人間卒業検定でも受けた方がよかろう。実際、いとこも直撃ほどなく、ぎゅっと目を閉じて、のたうちまわりたいところを必死にこらえた。

 ぱちぱちと、まばたきしながらたっぷり涙を流し、ハンカチで目元を拭ったときにはもう、そのブレザーの人影は座っていなかったという。

「嫌がらせかよ」と、登校してから、自分を知っている連中に、それとなく探りを入れてみた。が、それらしい証拠を得るに至らず。

 気分をおおいに害したいとこは、降車駅に階段近くだからと、長く使っていた乗り場を離れて、そいつとかち合わないことを願ったらしい。


 だが、乗り場を変えても、車両を変えても、そいつはたびたびいとこの隣へ腰を下ろしてきたという。

 どのような奴かは、うかがい知れない。なにせ、いとこが睡魔に襲われるときにしか、現れないようだしな。それも目をつむれば必ず現れるというものでもなく、まばらなタイミングなんだ。

 まれに、本当に自分の隣へ腰を下ろす奴もいるが、目をしゃっきり開いているときにくる連中は、あのブレザーを身に着けていない。そして、例の目つぶしをしてくることもない。


 犯人を知りたいのはやまやまだったが、いとことしては、うっとおしさのほうが勝る。

 そしてとうとう禁断の、席取りをしてしまう。

 通学カバンを隣の席へ置く。反対のドア近くには寄りかかれる手すり。

 みずからサンドイッチのハムになることで、余計なパンズの介入を禁じる、強硬手段だ。

 その席を必要とされる人のために……と非難されるかもしれないが、いとことて通学車内の平穏こそが欲しいものなんだ。


 最寄りまでの、せいぜい5つ。そのあとは自分の席もろとも、好きにしていいからご容赦くださいといった心持ちだ。

 このはた迷惑な方法も、効果はあった。いとこの隣に座ろうとする人は、現れなくなったんだよ。

 昨今の、何がきっかけでキレ散らかすか分からない人が、ちらほら混ざりこむ社会。正義感から来るうかつな注意が恨みを呼び、あとあとまで尾を引く被害が出る恐れもある。

 保身のための無視、だんまり、泣き寝入り……隠された暴力への可能性が、それらの行動をすすめる根拠となる。

 安全重視で、自分の無法をとがめずにいる車内の人たちを何日にも渡って確かめたのち、いとこはまた目をつむる。

 例の奴をおびき寄せてやるためだ。この席の占拠に奴はどう出るか。

 

 計画を続けて、数日が経つ。

 その朝も自分の隣へどさりとかばんを置き、手すりに寄りかかりながら、いとこは静かに目を閉じる。

 厳密には半開き、いや四分の一開きくらいで、様子をうかがっていたんだ。

 やがて、電車発進一分前を迎えて。


 すっと、いとこの目の前に立つ影があった。

 いまだ座席にゆとりの残る車内。わざわざ立つにしても、ドア横あたりに陣取るのがほぼ定石となっている中。そいつは手すりに身体を預けぎみないとこの真ん前に、立ったんだ。

 低めにおさえた視野にも、ローファーと灰と茶色のチェック柄の入った長ズボン。そして紺色のブレザーの裾が入ってくる。おそらくは、お目当ての奴だ。


 少しでも足を伸ばせば、ぶつかってしまうだろう至近距離。向かいの座席の人など、身体に隠されてほとんど確かめることができなかった。

 声をかけてくることはしない。ただ靴のつま先が、「とんとん」と音を立てそうな動きでもって、車両の床へしきりに離着陸を繰り返していた。


 ――ふふ、じれてる、じれてる。


 これまで不快な思いをさせられてきただけに、いとこは心のうちで「いい気味だ」とほくそ笑んでいた。

 さすがの奴も、置かれている荷物をどかしてまで、このポジションをおさえる度胸はないらしい。

 少し気味悪かったが、こいつも常識にとらわれる範疇にいた。そう思うと、安心からかますますあざけりたく思ってしまう。

 このまま、学校の最寄り駅まで居座ってやろうと考えつつも、置き引きにかんしては警戒。

 いよいよドアの閉まるアナウンスが流れ、正面の奴の足踏みもなおせわしなくなる。

 それをなお、面白くうかがっていたいとこだったのだけど。


 ドアが閉まる直前。

 すぐそばで甲高い音がするとともに、ぴぴっと頬やうなじなどを冷たい何かがかすめた。

 遅れて、車内にいる人のざわつきと、先ほどかすめたところへ、にわかににじむ暖かさ。

「なんだ?」と、ついいとこが目を開きかけたところで。

 通学カバンが、完全に下敷きになった。思いきり下ろされた尻を受けて、おおいに図体をへこませる。もはや工作中の粘土と大差ない崩れ具合。

 潰した尻は、チェックのズボンを履いている。視界の端からの現れ方といい、自分の真正面にいた奴に相違ない。

 この騒ぎになにを……と、いとこの思考が混乱する中、またも瞳にしみる一撃に襲われる。

 何度食らっても、慣れきることはできない。数秒間、悶えるいとこはハンカチ片手に、どうにか復帰する。


 そこに、カバンを潰した犯人の姿はなかった。けれども、カバンが杵でつかれた餅のごとき姿になっているのは確か。

 そればかりか、座席背後の窓には大穴が空いている。大石でもぶち当てたかという派手な割れようは、点検のために電車の足を止めてしまうほどだった。

 割った石らしきものは、車内外にない。乗っている人も、ガラスがひとりでに割れたと口をそろえて証言した。

 内外の温度差こそあれ、これほどガラスがもろさを見せることなど、これまでにはない。

 

 そしていとこが感じ続ける肌の痛みは、そのガラス片たちがこさえたもの。

 大小に口を開いた傷たちは、そこかしこで赤く花開いて、制服やその下のワイシャツにも少しずつしみ込んでいく。

 いとこもまた足止めを食うまま、手持ちのばんそうこうをやりくりして、どうにか傷を隠すのに躍起になったとか。


 以来、いとこは通学で席に座ることはほぼなくなり、代わりに車両の各座席を観察しているのだそうな。

 つり革を掴んだまま、いかにも眠っているような半開きのまなこでもって。

 すると、誰も座っていないはずの席の背もたれなどが、急に音を発することがあるらしいんだ。周囲の人が寝入っているような、タイミングでばかり。

 それはひょっとして、あのときのような電車の窓を割ろうとしている輩から、代わりになって被害をおさえようと、身を呈している何者かの仕業なんじゃないかと、いとこは思うようになったとか。


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