ページ7「黒丹」
「はじまり」は覚えていない。
いつからいたのか、何処から来たのか――淡彩な過去しかない。
屋敷の玄関ホールを俯瞰出来る階段の踊り場、屋敷の主を訪ねる客人は絶えることがない。
身なりの整ったメイド達、時間に煩い執事、人を呼ぶのが好きな屋敷の主。
ホールに飾られた絵画達の噂話は踊り場まで聞こえてくる。
いつから此処は騒がしくなったのだろう、それすら憶えていない。
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屋敷の主が帰らなくなり、彼の子供が新たに屋敷の主になった。
笑っているのに悲しく見えるのは、何故。
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略奪者が来ると絵画達が噂している。
まだ若い頭首を騙そうと略奪者が来ると噂している。
あぁ、そういえば先日胡散臭そうな天使が屋敷に訪れていた。
何故アレは人間の振りをしていたのだろうか。
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深夜弐時また絵画達が煩い。
アレは悪魔だ、いや天使だ、と彼の者に対する憶測と疑惑が白熱している。
心底どうでもいい話題だったが、私が天使だと助言するとまた煩くなってしまった。
……どうやったら彼らを黙らせることができるのだろうか。
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幼い頃の主は外で泥遊びをしてはホールを汚し、その度に執事が怒っていた。
先代の主は笑い飛ばしていたけれど……。
ホールは泥だらけになるしいつも以上に煩くなるから、好きじゃなかった。
今日は真っ赤な泥を被って帰ってきた。執事は怒らなかった。
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主の帰らない屋敷は今日も美しく保たれている、メイド達の顔に笑顔はない。
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あれだけ騒がしかった絵画達も、もう何も話さない。
年老いた執事が階段の埃を落としている。
軋み始めた玄関は、もう暫く開かれたことはない。
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久しぶりの客人が訪れた。
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ずっと誰かに謝り続けているあの子も誰か置いていったのだろうか。
屋敷に来た略奪者と同じ顔をしている綺麗なあの子……、あの子も誰かを殺したかったのか?