ページ6「フリューゲル」
彼女は何方かと云えば外で遊ぶのが好きな人間だった。
友人と買い物に行くのが好きで、キャンプに出掛け数日帰らないこともよくある。
彼女は小生をもらってから、一度も使っていない。
大学卒業祝いに母から貰った……古臭い白い羽ペン。ペン先を差し込んで使う付けペンタイプで見た目と実用性に優れた羽ペンだと自負しているが……机の端に飾られてそのまま数年が過ぎている。
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遠くの国で戦争が起きたらしい。……彼女が看護師として志願したとき、彼女の母が泣き崩れていたのは今でも覚えている。
彼女が居なくなった部屋を掃除し終わる度にドアの前で泣いていた。
帰ってきた彼女は全くの別人のようだった。
あれほど活発的だったのに全く外に出なくなってしまった。
友人達が遊びに来ても上手く笑えず俯いてばかりで、誰も居なくなった後に一人で泣いている。
夜になれば大音量でラジオをならし、何かを遮るように声を上げる。
時折、クローゼットに仕舞い込んであった古い拳銃を眺めている。握りしめ自身の首に宛がう姿は許しを乞う姿に似ていた。
ある日母が一冊の白紙のノートを渡していた。「気が紛れれば」と言ってた。
その日から毎日ノートにあの国で見てきたものを書いていく。
最初こそ母が止めていたが……一人で抱え込むのは辛い、言葉にするのは難しい、だから本に書き記すのだ、と。
彼女は、帰ってきてから家族以外の人間と話すのが難しいようだった。それでも伝えたい事があるのなら、どんな手段でも伝えるべきだろう。
それから、泣くことは少なくなっていった。
少しずつ、笑うことが増えていった。
ほんの少し、外に出れるようになった。
友人達と、また遊びに行くようなった。
やがてノートを書き記すことがなくなっていき、拳銃を眺めることもなくなった。
彼女は自身の過去に怯え生きていく……唯一の著書は誰にも知られることはなく埃を被っていくことだろう。
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最近落ちてきたあの子、たくさんの願いが壊れて捨てられた末うまれたあの子。
小生と同じ気配を感じ仲良く出来そうな、気がしていた。
しかしこうなってしまっては、もう全てが手遅れだ。
塵溜の底では、彼らの”うた”は雑音になり果てる。