王国の処刑人
趣味趣向を好き勝手に詰め込みました。
お楽しみください。
『怪物!怪物!怪物!怪物!』
鳴っているのは歓声。
勝者がその身に浴び敗者が血涙を流して羨む機構。
舞っていたのは怪物。
勝者として君臨して敗者を絶望させる単純な役目。
『決まったぁぁぁぁぁぁ!!!挑戦者の奮闘虚しく!!勝利したのはっ!!』
首が折れたことで生を手放した”挑戦者”を、自身の持ち上げた爪先からたっぷりと付いた血を滴らせて蔑む怪物。
周りの声などまったく聞こえていないかのように、その目は冷たい狂気を纏っている。
その視線に恐怖する者もいれば、その軽蔑を自身も受けたいと願う物好きな者もいる。
しかしその両者はこの歓声の中のほんの一部の界隈に過ぎず、大半の声は”挑戦者”の無様な姿を嘲笑うためにこの場に集っている。
つまるところ、誰も怪物の敗北など期待していない。
『全戦全勝っ!!全員殺害っ!!故に無敗っ!!!』
期待しようがしまいが、怪物は敗北などしないから。
それならば始めから怪物が勝ち、挑戦者が負ける試合だと割り切った方が得だ。
もはやそれは試合ではなく処刑であることに、歓声の主達は気づかない。
あるいは気づいた者もいるが、しかし誰も口にすることはない。
誰も次の”挑戦者”になどなりたくないのだから。
人間の醜悪さを煮詰めたといっても過言ではないその歓声を受けた怪物は、ようやく”挑戦者”より視線を外して目を伏せる。
血に濡れた右脚をべチャリと地面に降ろす。
『その名はっ!”金鉱女帝”ミネラールっ!!!』
『オオオオォォォ―――――!!!』
今では誰一人として呼ばなくなったかつての二つ名を余計に掻き消すように、観客が声を張り上げて怪物を賞賛する。
次も殺せ、その次も殺せ、その次も殺せ、その次もその次も次も次も次も……
いつの間にか巻かれていた負の螺旋は、闘技場に君臨せし『無敵の怪物』の妥協を許さない。
その声に足を引かれるように、それとも自身の運命を呪うように、あるいはその身に刻み込まれているかのように――
「ウオオオォオォォォォォォォァ!!!!」
怪物が、叫声を上げた。
◆◇◆
「――ッがぁ……アぁッ……」
それは痛みだった。
見えたのは赤い色、匂ったのは鉄の香り、聞こえたのは裁断の音、感じたのは粉砕の味。
理解できないし理解されない。理解できないと理解されない。
永遠に続く闇に安らぎの匂い、無限の不快感で確かな舌触り。
運命を変えるは悲哀。
現実は厳しいが証明は容易い。
誕生に添える花なし。
水底に触れるためには水面に触れよ。
まるで狼狽える兎のよう。
「この――どう―――――?」
堂々巡る思考の隅に、確かな声が姿を現す。
あってほしくなければいてほしくもない。
何故、何故、何故何故何故――
「―――貰って――」
「はい」
狂ってるのは私じゃない。狂ってるのは私じゃない。狂ってるのは私じゃない。狂ってるのは私じゃない。狂ってるのは私じゃ――
「――がッ……ぐ……」
頭の横で行動が起こる。
赤い視界越しに、鉄の匂いを添えて、千切れる音がして。
それが嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で……
耐えるために、砕けた何かを、食いしばった。
◇◆◇
「――――っ!」
「ひぃ!?ゴメンなさいっ!!?」
夢を見ていた。これで何度目になるか分からない悪夢を。
故に目覚めた。来ると分かってる痛みから逃げるために。
起きた時、すぐ隣には少女がいた。
聞き慣れた声で、未だに慣れないような顔をしてそこにいる。
「なんで……謝るんだ?」
「……わ、私……ミネラール様の顔、じっと見てた……ミネラール様起きた、ので……から、ゴメンなさい……」
私に責める気などないしそもそも責める資格もない。
なのに少女の卑下の姿勢は留まらず、その目は「自分は罪を被るべくして生まれたのだ」とでも言いたげだ。
「私が起きたのは……お前のせいではない……気にするな」
それは事実であると同時に、少女の正方向の肯定だ。
だが……いや、故に正しく伝わらないことが分かりきった返答だった。
「ゴメンなさい……」
正しい意味など端から理解する気がないかのように少女が涙を溜めて俯く。
その目には―この部屋や周囲に窓や光源がないのとは別の理由で―光が無く、何らかの出来事が原因で既に心を折られているのが伺える。
その出来事を少女の口から語らせるのは酷であり、それを度外視しても語れるほどに芯の通ったものを少女は持ち得ていなかった。
これ以上の会話は不可能、以後口から漏れるのは謝罪だけだ。
告げるべき言葉もない、そもそも少女は関係ないのだ。
「もういい……下がれ」
「ゴメンなさい……」
少女がその痩せ細った足を引きずりながら後ろに下がり、恐怖と悲愴の入り交じった表情を顔に貼り付けて部屋の隅で丸くなる。
そうやって絶望したかと思えば、忘れた頃にまた首を突っ込む。
そうして関係ないはずの自分を卑下し、謝罪して絶望する。
少女はそれ以上の行動をしない。
それ以外の生き方を知らないからだ。
少女は”この場所”で生まれ、”この場所”で生きてきたのだ。
時に命をかけて戦わされ、時にその身を捧げられ、時に死とは別の理由で姿を消す――罪人を嘲笑う地獄の様なこの監獄で。
「ゴメンなさい……ゴメンなさい……」
静かな部屋に、もはや誰も止めない呟きが反響し続けた。
◆◇◆
「――ぐァ……」
それは痛み。
見えたのは赤、匂ったのは鉄、聞こえたのは断、感じたのは砕。
理解できないされないできないされない。
永遠に闇に安らぎ、無限の確かな舌触り。
運命は悲哀。
現実は容易い。
誕生に花。
水底に触れよ。
まるで兎。
「この―はどう――しょう?」
堂々巡る確かな声。
あってほしくもない。
何故何故何故――
「それも貰って――」
「はい」
狂ってるのは私。私じゃない。狂ってない。狂ってる。のは私――
「――あッ…………」
行動が起こる。
赤い鉄の千切れる音。
それが嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で……
砕けた何かを、食った。
◇◆◇
「――――っ!」
「やっと起きたか……飯行こうぜ?」
夢を見ていた。これで何度目になるか分からない悪夢を。
故に目覚めた。来ると分かってる痛みから逃げるために。
起きた時、扉の前には男がいた。
聞き慣れた声で、当たり前のような顔をしてそこにいる。
「もうそんな時間なのか……」
「相変わらずお前の時間感覚は分かんねーな……前回の試合から5日、試合当日だぜ」
私は食が細いらしいためにあまり食事を必要としない。
故に特定の日を除いて部屋に篭もり、一切外に出ないことを条件に点呼すら無視しての睡眠を許されている。
「たった5日……最近の試合間隔は少し短すぎないか……?」
特定の日とは試合の日のことであり、当日に食事も済ませる。
それが私にとっての日常であり、唯一許された私だけの措置だった。
「俺に言われてもな……上に言えよ。それより飯だろ?」
正論を容赦無く振るって私を撃ち落としながらも男は固い意志を曲げない。
その男は何事にも怯まぬ強き精神を持っており、本来なら恐れられる立場のはずの私にさえ決して怖気付くことはないのだ。
しかし私にも胃袋の限界量があるため、それを度外視して共に食事ができるほどの余裕は残念ながら持ち合わせていない。
これ以上の会話は不必要、男には悪いがもう少し寝る。
どうせ時間になれば看守が呼びに来るのだ。
「次にしろ……満腹だ」
「んだよ……付き合いワリーなぁ!」
男が軽く地団駄を踏みながら扉の外へ消えていき、誰もいなくなった部屋では未だその地団駄の音が響くような錯覚を受ける。
それほどまでに鮮烈であり、記憶から外しがたいのだ。
故にこうして眠りにつくことができず思案を繰り返している。
私はそのような人間にはなれない。
そのような生き方は許されないからだ。
観客は”私”ではなく、”怪物”を望んでいるのだ。
時に命をかけて戦わされ、時にその身を捧げられ、時に死とは別の理由で姿を消す――罪人を嘲笑う地獄の様なこの監獄で。
「何時になったら……救われんのかな……」
静かな廊下に、もはや誰にも届かない呟きが木霊した。
◆◇◆
「――……」
痛み。
赤、鉄、断、砕。
理解できないされない。
永遠に安らぎ、無限の舌触り。
運命は容易い花。
水底に兎。
「この尾はどうしましょう?」
確かな声。
あってない。
何故――
「それも貰っておけ」
「はい」
狂って。狂って。狂って。私――
「――ッ…………」
行動。
赤鉄の音。
それが嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で……
何かを、食った。
◇◆◇
「――――っ!」
「おやおや……お目覚めかね?」
夢を見ていた。これで何度目になるか分からない悪夢を。
故に目覚めた。来ると分かってる痛みから逃げるために。
『怪物!怪物!怪物!怪物!』
起きた時、目の前には老婆がいた。
聞き慣れない声で、心配するような顔をしてそこにいる。
「いつの間に試合が……」
「とっくの昔に始まっとるよ?……その様子じゃとちゃんと眠れてないようじゃな」
老婆はやはり私の心配をしているようで気に入らない。
何故なら私は挑戦者に心配されるいわれもなければ嘲笑されるいわれもない、されるべきは挑戦者の方だ。
『怪物!怪物!怪物!怪物!』
「お前……見たことない奴だな」
「ほう……全ての囚人を把握しておると?ずっと部屋に籠っとるクセに随分と傲慢だのう」
心配顔のまま発せられるその言葉は、私にとっては煽りと同義だ。
傲慢だと?ここに囚われ続け、言われるがまま日々を繰り返しもはや生きる気力もないこの私が?
「本当は……自由な世界で伸び伸びと生きたいのではないか?」
『怪物!怪物!怪物!怪物!』
聞きたくもない言葉を私に投げかけ、照明が光り輝く天井を見上げる老婆。
その未来はとっくの昔に失われたというのに、余りにも無遠慮で不躾、慮るという言葉の意味を知らないのだろうか。
この老婆には無性に腹が立つ、何も知らないくせに、何も知れないくせに、何故この場に立っている。
これ以上の会話は不相応、これより処刑を開始する。
それが許され、同時に求められるのが私という存在だ。
「悔いろ……その生を」
「御主にも必ず、光が――」
『オオオオォォォ―――――!!!』
老婆の首がゴロンと音を立てて転がり落ち、もはや何も紡ぐことのできなくなったその口を震わせながら目を瞬かせる。
もはや生存は絶望的であり、何も語れず生を終える。
それが私の前に立った者の常でありこの闘技場の掟だ。
『怪物!怪物!怪物!怪物!』
私はあのような死体にはならない。
あのような醜態を晒したくないのだ。
私には私なりの”尊厳”があり、故に”叛逆”は許さない。
『怪物!怪物!怪物!怪物!』
時に命をかけて戦わされ、時にその身を捧げられ、時に死とは別の理由で姿を消す――罪人を嘲笑う地獄の様なこの監獄で。
『怪物!怪物!怪物!怪物!』
「何人たりとも……生かしはしない……」
『怪物!怪物!怪物!怪物!』
止まぬ歓声に、もはや誰に宛てるでもない呟きが融和した。
◆◇◆
「……」
痛 理解されない。
永遠に無限。
運命は水底に。
「この目はどうしましょう?」
確か――
「……もう言わなくてもわかるだろう」
「……はい」
狂って。私――
「…………」
行動。
それが嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で……
食った。
◇◆◇
◆◇◆
◇◆◇
◆◇◆
◇◆◇
◆◇◆
◇◆◇
とある王国のとある場所にて、ある日怪物が生まれる。
その怪物は監獄の地下深くへと幽閉される。
暫くして、怪物に知能があると分かる。
怪物は人間の言葉を巧みに使ったため、人類文明を脅かしかねない存在として国民に認識される。
しかし王はその怪物を”人類の可能性”の一つだと認識し、その強靭な肉体を得られるのならと怪物を利用することに決める。
怪物はその肉体を少しずつ奪われ、生存のために組み替えられる。
それに比例して、怪物の精神も少しずつ狂っていく。
観察の結果狂気に一定の周期が生まれたことが分かり、その周期は肉体を組み替えるごとに短くなる。
怪物は民意により度々地上近くの闘技場へと連れられ、罪人はその怪物と自由を賭けて戦うこととなる。
罪人は王国にとって不利益な存在であると同時に不都合な存在でもある。
中には勇猛果敢と言えないこともない者も混じっている。
しかし怪物は傷一つ負わない。
怪物を狩りに来た戦士も、自らの手で育てた少女も、魔獣使いと呼ばれた男も、未来を見通すと言われた老婆も、狂気に飲まれることで等しく死体へと変える。
もはや歪に継ぎ接がれたその怪物を”文明を脅かす存在”として認識する者はいない。
それは王国にとっては”都合の良い処刑人”でしかなく、王にとっては”古き可能性”でしかない。
怪物が生まれると同時に名乗った”金鉱女帝”の面影は既に無い。
自らの全てを王国に奪われるまで、自らの全てを狂気に染めるまで。
怪物は―今も監獄の地下深くで―眠る。