死んでも逃がさない、異世界に転生しても
「なんで……」
気付いた時には絶望するしかなかった。
思い出した記憶。
その中にいる者が、いまここにいる。
目には見えない所に。
「どうして……」
精根尽き果てた声で嘆くしかない。
前世の記憶。
生まれてきたこの世界とは別の場所での人生。
その時の記憶がある。
地球の日本という世界での暮らしの思い出が。
その時の事を、幼児の頃には思い出していた。
その記憶にあった異世界転生という言葉。
自分にそれが起こったのだと分かった。
なぜこうなったのかは不明のままだが。
それでも転生した女は、自分が別の世界にいる事を受け入れた。
確かめようもない事だが、浮かんでくる記憶を説明するならこう考えるしかない。
それこそただの妄想なのかもしれないが。
成長するにつれてそうではないだろうと考えるようになる。
物心つかない子供がなんでこんな事を思い付くのか?
本当に前世を思い出してるとしか言いようがないと。
だからこそ絶望的になっていった。
生まれてくる前の世界での出来事。
それは決してよいものではない。
悲惨な境遇にあったからではない。
悲惨な境遇に陥れていたからだ。
自分が目を付けた者達を。
前世の女はどうしようもないクズだった。
気の向くままに人をいたぶっていた。
それを悪いとも思わなかった。
そもそも善悪が分かってなかった。
誰かを痛め付けるのが楽しい。
誰かが自分より優れてるのが許せない。
自分を向上させて相手を上回る、その為に努力するなんて考えない。
相手を貶し、おとしめ、自分より下に置く。
優れた者を引きずり落とす、それが最高に楽しかった。
そんな欲求を満たすためにあの手この手で他人を攻撃した。
表に出ないように気をつけながら。
一見それと分からないように追い込みながら。
様々な人間を責めさいなんでいった。
そんな事を続けたから仕返しされた。
標的になった者達が協力して転生者を攻撃してきた。
社会的な制裁や、法に基づく対処などというものではない。
転生者はそうならないように立ち回っていたので、合法的な手段では取り締まれない。
だから報復は実力行使で行われた。
方法は意外なものだった。
白昼堂々、人のいる場所での襲撃。
仕事中のオフィス街を歩いてる時に襲われた。
それも一人ではない、何人もの人間に。
周りを囲まれ叩きのめされ、全身を刺し貫かれた。
まさかこんな事をするとは思ってなかったので対処しようがなかった。
これしか方法がなかった。
人のいない所では転生者は警戒する。
また、人目がないなら何でも行う。
思い付く限りの手段を使う。
そうさせない為には、人のいる所で襲うしかない。
そんな事をすれば確実に捕まるが。
だから、そういう状況を転生者は利用していた。
捕まる事までして表だって襲ってくる事はないだろうと。
転生者は侮ってたというしかない。
反撃に出た者の覚悟を。
開き直りといってもよい。
もうどうなってもいいと思った者は、人目もその後も気にしないという事を。
社会的な地位や立場など全く気にしないと。
自分のもってるものなど何一つ頓着しないと。
目標達成以外は考えないと。
転生者の限界でもある。
転生者は社会的な立場を重視している。
だからこそ上手く立ち回る。
自分が有利になるように動く。
それくらい立ち位置を重視していた。
ある意味、人を徹底的に利用していた。
だから、人目のある所ではやらないだろうと思い込んだ。
やるなら、人目の無い所、人目を欺ける状況でやるだろうと。
これが無敵の手段だと思っていた。
だから、攻撃してくる者も同じ手段でやってくるだろうと思い込んだ。
それがただの思い込みに過ぎない事を、転生者は死ぬときまで気付かなかった。
他に大勢の人間がいるところで凶行に及ぶまいと。
何かしても、それならそれで、周りの人間を言いくるめてしまえばどうにかなると。
そもそも、仕返ししてくるとは思わなかった。
自分は相手をおとしめるゲームに勝ったのだからと。
勝者は絶対的に安全な場所にいるものだと。
そう考えていた。
格付けは終わってるのだ。
なんで格下の者が反撃してくるのか?
そんな事あるわけがないと思っていた。
もちろん、ただの思い込みだ。
そんな決まりなど存在しない。
あったとしても、それを相手が守る理由は無い。
やらかした者を処分する効果的な方法があるならそれを実行する。
それによってあらゆるものを失おうと。
やられた事の清算を求める人間の心を理解してなかった。
これもまた理解出来ないことだった。
復讐や報復、仕返しをして捕まったらどうするのだと。
そんなことするなら、やられた事など忘れて成功を目指した方が利益になる。
なぜそれをしないのか?
全く理解が出来なかった。
大きな見落としがある事に転生者は気付いてない。
人に危害を加えるような危険な存在を放置できないという事を。
そのような人間を野放しにしていれば被害者が拡大する。
だから見つけ次第排除する。
どれほどの犠牲をはらっても。
そうする事で、種全体の利益になるのだ。
個人の幸せや利益の段階ではない。
放置していたら種全体が自滅しかねないのだ。
やらかす存在を処分しようという動きも出て来る。
もちろん転生者を処分した者達にそんな意識はない。
恨みを晴らすためだけの為に転生者を処分したのだ。
そこに人類という種のためなどという高尚な意思や考えは無い。
ただ、もっとも単純な事。
危害を加える者は危険だから処分する。
そんな身を守るために必要な思いや考えを抱いただけだ。
結果としてそれが人類全体のためになるというだけである。
何よりだ。
何かをしようとすると邪魔をする輩がいる。
そんなもの生かしておいたら、何も達成できない。
無駄な労力を割いて、時間を費やしてしまう。
簡単に成功する事も、途端に難しくなる。
転成者のような存在はただただ邪魔でしかないのだ。
生かしておけないほどに。
転成者が殺されたのは、ある意味当然の結果だった。
誰にとっても利益にならない。
被害を受けた個人も。
社会全体にとっても。
死んで、殺されて当然な人間だ。
それがようやく殺された。
まともな裁きが降された。
ただそれだけの事でしかない。
もちろん法律は転成者を成敗した善人達を裁く。
だが、これは法律が間違ってる。
加害者である転生者を裁くことも出来ない。
被害者が自力で自らを救済しないといけない。
そんな不備な状態を作り出してる法律が悪い。
ともあれ、転生者は無事に殺された。
なのだが。
それで終わりとはならなかった。
転生しても続いていた。
思い出した前世の事。
そこで自分を殺した者達。
それらは決して転生者を逃がしはしなかった。
霊魂になっても追いかけてきていた。
今、彼らは転生者の霊魂に巣くっている。
取り憑いてるとかいう生やさしいものではない。
一つにかたまって融合し、しかし自意識をしっかりと保ってる。
そうして転生者の霊魂を貪っている。
「なんで……」
転生者は恐怖も忘れて呆然としてしまう。
自分は死んだ。
復讐者達に殺された。
なのにどうしてまだ襲われてるのか?
それが分からなかった。
既に死んでるのだ。
復讐なら済んでる。
もう終わっただろうと。
転生者からすればそう言いたくなる。
なんでまだ襲いかかってくるんだと。
しつこい。
そう思えてならない。
死んだ後までつきまとうなんてと。
「どういうつもりよ……」
前世から引き続き、転生後も、しかも異世界でも攻撃されている。
「なんでここまで……」
もう終わりじゃなかったのか?
なんで続いてるのか?
転生者には理解が出来なかった。
思い違いもはなはだしいと言うしかない。
問題があるのは転生者そのものだ。
放置しておけばまたどこかで問題を繰り返す。
そうならないように始末をつけるしかない。
たとえ死んだ後でもだ。
死んで肉体が滅びても、霊魂は残る。
残った霊魂は転生する可能性がある。
そうして生まれ変われば、またどこかで問題を起こす。
その可能性を残しておくわけにはいかない。
事が霊魂にもなると、人類だけの問題ではなくなる。
様々な生命の、それこそ宇宙そのものにも影響をもたらす。
一人一人の霊魂は宇宙全体からすれば小さい。
しかし、問題のある存在が生きながらえていけば、周囲に被害をもたらす。
止めなければやがて宇宙全体の滅亡につながる。
時間はかかるだろう。
すぐに滅亡になるわけではない。
だが、確実に滅びへと向かう。
野放しには出来ない。
転生者の存在は放置できない問題なのだ。
宇宙そのものが見逃す事は無い。
そこにいる生命体全てが放置しないし容赦もしない。
大事になる前に消滅させようとする。
だからなのかもしれない。
異世界に転生した霊魂へと恨みを持つ者達が導かれた。
決して逃さない、絶対に許さないという強い意志を持つ者達が。
それらは肉体を離れてもなお、転生者を追いかけていった。
それを他の生命体や宇宙が助けた。
復讐者達は転生者に追いつき、その霊魂にくらいついた。
そのまま転生者は異世界に転生。
再び生まれ落ちる事になる。
肉体という牢獄に放り込むために。
霊魂だけの状態だと、他の霊魂と混じり合う可能性がある。
肉体のように明確に区別されてるわけではないのだ。
肉体は他の者達と区別するための器でもある。
境界線でもあるのだ、肉体というのは。
自分と他者との。
地上において、他の者との確実な違いとなる。
それなのに、同じ肉体の中に入ったのだ。転生者と追いかけてる復讐者が。
その肉体の中で、転生者は貪られていく。
霊魂が一緒に入ってきた復讐者達に吸収されていく。
それと共に転生者の意識も薄れていく。
存在そのものが消滅していってるのだから当然だろう。
そうなれば思考も動作も鈍くなる。
肉体を制御する霊魂が消えるのだから。
普通の人間だったら、このような状態になった場合、まともに動けず倒れるだろう。
意識も薄れていき、やがて完全な死を迎える。
生命力の源である霊魂が消えるのだ。
普通に生きていられるわけがない。
しかし、今回の場合そうはならない。
転生者の霊魂が入れ替わっていく。
一緒に肉体に入った復讐者達の霊魂。
そのうちの一つが表の人格として行動していく。
復讐者が人生を代行する事が出来る。
さすがに問題なく交代する事はできない。
転生者の霊魂が弱まり、支配権は低下していく。
それでも復讐者が完全に主導権を握ってるわけでもない。
両者が拮抗する時もある。
その時はさすがに肉体は寝込むことになる。
だが、霊魂の侵食が進み、転生者がまともに動けなくなれば解決する。
そうなれば別の霊魂が体を動かせば良い。
中身が入れ代わる形で転生した人間(の肉体)は生きていける。
主導権を失った転生者は、霊魂の残りを人知れず貪られていくだけだ。
それで転生者の霊魂が消滅すれば、復讐者達の仕事は終わる。
牢獄の役目として生まれた肉体にこだわる必要もない。
自殺して肉体から解放されても良し。
その気があるなら、その後も人生を続けてもよい。
あとは復讐者達の自由に、好きに出来る。
転生者にはどうする事もできない。
同じ肉体の中に入り込んでる複数の霊魂によって消滅させられていくしかない。
前世を思い出した幼児の頃。
3歳か4歳くらいだっただろうか。
その時からずっと霊魂は食いちぎられているのだ。
延々と滅びへと向かっていくのを朧気に察知していた。
もうどうする事もできないのだという事実と共に。
7歳くらいになると、意識が途切れる瞬間が発生した。
霊魂がそこまで貪られてきたのだ。
10歳になる頃には、意識のない時間がかなり多くなった。
しかし、その間も体は日常生活を問題なく過ごしていた。
他の霊魂が転生者の代わりに肉体を操ってるのだ。
周囲の話などから転生者も察していた。
12歳になる頃には、もうだいぶ意識が薄れてきていた。
かろうじて肉体の主導権を握ってはいる。
しかし、それもやがて手放す事になると確信していた。
13歳になると、もう転生者が活動する時間はほとんどなくなっていた。
代わりに同じ体に入ってる他の者が表に出ていた。
主導権はほぼ交代していた。
そうなる直前、体調不良で倒れた時がある。
転生者と復讐者の主導権が交代したのはその時だ。
その後は入れ代わった復讐者達の霊魂が肉体を動かしていく。
転生者は肉体の中で朦朧としているしかなかった。
主導権を取り返す事など出来ない。
そもそも、それだけの力がない。
霊魂の大半が食いちぎられて消滅してる。
己という意識を保つ事すら難しくなっていた。
この頃には、「人が変わったみたいだ」と言われるようになった。
倒れこむ前と後では、霊魂そのものが別人になってるのだから間違いではない。
だが、変わった事に文句を言う者はいない。
変わる前は人間性の悪さを誰もが口にするような人間だった。
しかし、変わった後はまともな人格になっている。
周りの人間にとって、どちらが良いかは言うまでもない。
15歳になる頃には、転生者は跡形もなくなっていた。
肉体の中でほぼ完全に消滅していた。
思考すらもほとんど無くなっている。
残りわずかな欠片が復讐者達の霊魂に吸収されれば完全に消え去る。
その最後の欠片が消える瞬間。
(嫌だ……)
ほんのかすかな意思表示を残ったわずかな霊魂が示した。
はっきりとした意思にはならない、極めて小さな身震いのような動き。
このまま消えていく事への恐怖と拒絶。
それをそうと分からぬほど小さく示して、転生者は存在そのものを失った。
その最後の瞬間まで転生者は理解しなかった。
自分が何をしてしまったのか。
どうしてこうなったのかの理由を。
何が悪かったのかを。
だから彼女は反省などしなかった。
善悪が分からないからだ。
何が良くて何が悪いのかが分からない。
分からないから、自分の何が悪かったのかに思い至らない。
ただただ自分が消えていく恐怖を。
自分を消す者達への怒りを。
それだけを抱いて消滅した。
そうして転生者が消えたあとの肉体は、別の霊魂が引き継いでいった。
特に大きな問題を起こす事もなく。
特別大きな功績を打ち立てるでもなく。
ごく普通の人生を、受け継いだ者はこなしていった。
ごく普通に結婚し、子供を産んで育てて、平凡という幸せを作っていった。
そして寿命を向かえて死んでいく。
転生者の始末という役目を終えたので、自殺しても良かったのだが。
そういう事はせず、人生を全うしていった。
同じ体にいた他の霊魂は、奪い取った肉体の子供としてこの世界に生まれていった。
一つの体にいくつもの霊魂があるのは、やはり無理がある。
なので、結婚相手との子供として生まれることになった。
新たに生まれた彼らは、ようやく人間らしく生きる事が出来るようになった。
前世において転生者によって人生を踏みにじられていた。
生まれ変わってそんな人生を取り戻していく。
そんな子供として生まれた者達も、やはりありきたりな日常の中で死んでいった。
もめ事に巻き込まれず、功績になるような事も特に残さず。
人が人として得られる幸せを得ながら生きていった。
転生者がいなければ、前世で得られたはずの事だ。
それを彼らはようやく取り戻した。
彼らは寿命によって肉体から解放されると、霊魂として再び宇宙に戻っていく。
以前よりもより大きな存在となって。
悪しき存在を滅した彼らは、より高次元の存在へと成長していた。
高次元の存在となった彼らは、よりよい影響を宇宙に与えていく。
他の多くの生命と共鳴し、更なる発展を遂げていく。
それを邪魔する悪意を消しながら。
宇宙と生命は、邪魔する者が消えた事で更に前進していく。
そこには純粋な喜びが満ちあふれていた。
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