1章 替わる日常 ②
「こんな感じだったかな」
「なるほど」
どうやら俺と同じ状況なようだ。朝目覚めてから同時に入れ替わっている。昨日の夜までは別段なにも問題なかったということか。
「今日、学校休んでくれますか?」
「わたし学生じゃないんだけど」
「は?」
「これでも二四歳、保育士として二年、保育園に勤めています。パートだけどね」
やたらと胸は発育している以外は全然まだ高校生って感じなのに社会人。話し方もそうだが、どうにも子供ぽさが抜けてない人だ。
「ねぇねぇ入間君は高校生なんだよね」
「はい」
「そうか、やっぱ高校生か。それにしては冷静だし大人ぽいね」
「新道さんは子供ぽいですよね」
「そこは若いって言わないともてないぞ」
「別にもてるとかそういう興味ないんで」
「お、いうね。まぁでもその気持ちは解らなくもないかな。それよりもさっき休んでほしいっていってたけど、学生なら学校いかないと。貴重な時間だよ、本当に」
「やめてもらえませんか、そういうの」
「え?」
とっさに語気を強めて反応してしまった。しまったな変に思われそうだ。
「あ~と、まだ色々知りたいことがあるし、この状況でいくのは得策ではありません。だいたい通学路とか、今いる場所がどこだとか知らないでしょ」
「それが入間君の事少しだけ解るみたい。古守市でしょここは」
「「その通りです」
なぜ俺の住んでる場所が解る。すべてが入れ替わっているんじゃないのか。
「入間君のこと解るなんて不思議だね」
「なぜ解るのか気になりますが、今はその話はおいておきましょう。新道さんのお母さんは…………衛さんと二人暮らしなんですよね」
新道の母親の名前を聞こうとしたら、突然記憶が蘇り名前がわかった。
「うん、そうだけど」
俺にも同じことが起こった。その疑問を追求したいがまずはおちつくことが先決か。
「お母さんである衛さんと職場の上司に体調不良だと連絡しておきます。上司のお名前教えていただけませんか」
母親の名前はでてきたが、上司の名前はでてこない。記憶を引き出さない時もあるようだ。
「大谷主任に直接スマホで連絡、休むように伝えてください」
「解りました」
「わたしも入間君の両親に休むように伝えておきますので」
「そんなことしなくていい。部屋からでなければ、いくきがないって解ってもらえるんで」
「それはよくない考え方だと思うよ。休む時の連絡は大事。わたしの母さんと職場に連絡してくれるってすぐに判断した。君は解ってると思うんだけど違う?」
この人そこまで馬鹿じゃないし、思ったよりもしっかりしてる。正直親にはなにも言ってほしくないのだが、これ以上強く反論すれば逆に不審に思われる。ここはしたがっておこう。
「母さんはみつえ、父さんは厳重郎っていいます。お互い休むことを伝えてから今後のことを話しあいましょう。話を再開するときは僕から連絡します」
「わかった。一旦切るね」
新道さんが通話を切り、スマホを耳から離した。
正直言うと人づきあいはしたくないし、話すのもめんどくさい。だけどこの状況をより理解するために彼女の協力が必要不可欠だ。
この状況がわめけばどうにかなるのものではないと悟り、しかたなく部屋の扉を開け廊下にでた。
階段があるってことはここはどうやら二階のようだ。とりあえず一階にいけば会えるだろう。
見知らぬ家なのに記憶に残っている階段と廊下を歩き、ダイニングルームに入る。
大きなテーブルにテレビ、観葉植物がいたる所にあり、べランダの窓からは朝陽が射しこんでいる。テーブルの椅子にいるのは新道衛さん。新道さんのお母さんだ。
今、そうだと直感で解った。この人とはいつも会っているような感覚になる。不思議なことのだが意識の片隅ではこの人は見知らぬ人と自覚している。でもこの身体はしっかりとこの人のことを覚えている、そういう感覚だ。
「あ、やっときた。ちょっと今日遅かったね。てゆうかまだパジャマじゃない」
「少し身体の調子が悪くて……」
できうる限り弱々しく言っておく。仮病するにしてもそれらしいことはしておかないとな。
「体調不良って、またどっか悪いの、診察しとく。すぐみるけど」
新道さんは良く体調を崩すのか。確かに少し虚弱そうな感じだもんな。つねったときの力なんて少し弱すぎたくらいだったし。そのせいで少しだけ子供ぽい顔立ちなのかも。と、今はそんなこと考えてる場合じゃない。病院につれて行かれるようなことだけは避けないと。
「あ、ぜんぜんそういうのじゃないんで」
「なんか口調おかしくない」
「ちょっと体調悪いからかなぁ」
「それならいいいけど」
「じゃ、じゃあ、今日はお休みするね」
いろいろボロがでるのはやばいかなと思い、逃げるようにしてその場を去った。
人になりきるなんて普通難しいよな。ましてや心配してる親が相手だ。かと言って入れ替わってますなんていったら確実に病院送りだぞ……あ、よく考えればそれも悪くないのか。しかるべき場所で観てもらえるならその方がいい。
それを含めて、新道さんと話さないとな。新道さんも休むことを伝えてるはず。とりあえずは頃合いをみて連絡をするか。
* * *
入間君、両親と話したがらない雰囲気って感じだったな。
冷静に話を進め、高校生にしては大人びている彼が初めてみせた高校生らしい部分。それは親に対する拒絶。どういった経緯があるとかは解らないけれど、この身体を借りている以上は責任をもたないといけない。
「これが原因なのかな…………」
手首に近い部分に傷ついている跡があるのを通話している時に目に入ってしまっていた。
この子は“リストカット”している。身体にめだった打撲跡はないが親と話すのを嫌がっていた。
他にもなにかありそうだが、考える前にまずはどんな両親か会ってみないと。
部屋から出た見知らぬ廊下には絵画やきらびやかな装飾がある。お金に困っていることはなさそうだ。裕福な家。そんな入間君のお家の廊下を通り、手すりを掴んで螺旋階段を降りた。
一階だと思われる場所には複数の部屋と扉につながっている。
朝はキッチンや、ダイニングルームにだれかがいるものだ。そこにつながる部屋はどれか、驚くべきことだけど瞬時にそれが解った。
(わたしの記憶にはないけど、君の記憶にはあるんだ)
そう自覚しつつも、ダイニングルームに入った。両親が二人そろって食事を食べている。
テーブルには両親意外にも、入間君の朝食も用意はされているみたいだった。
「生心、あいさつもなし」
「おはようございます」
「おはよう」
一言で解る。この父親である厳重郎さんはその名前のように厳格な威厳を放っている。年ごろの子は苦手そうだな。
「おはよう、生心。今日は早いのね」
反対にみつえさんはやさしい感じがする。
保育園でたくさんの母親と会ってきて感じてきたことから解ることは、この両親が息子を放っておくようなことをしなさそうだということだ。だとしたらなぜ両親と会いたがらないのか、腕の傷がどんな意味を持っているのかは疑問に残るのだけどね。
「今日は体調が悪いのでそれを伝えたくて」
「明日は学校にいけるのか?」
学校行ってないんだ。それがどのくらいの期間か解らないけどいろいろ事情を聞いたりしたほうがいいなぁ。しっかりしてるように見えて、入間君はいろいろ抱えてるのかもしれない。
「明日からはいきます」
「それならいい」
厳重郎さんが静かにうなずくのをみつつ、自室に戻る。
正直色々なことが起きすぎて、頭がこんがらがっている。今だに夢じゃないなんて信じられいくらいだ。でも夢じゃないと早い段階で信じられたのは、冷静に話を運ぶ入間君のおかげだ。感謝しておこないとな。
む、なんか入間君って呼び方嫌だな。両親のことは名前で呼ばせて頂いてるし、生心君って読んだほうが解りやすい。
慣れなれしいとか言いそうな子だけど、その時はその時。なんとか意見を押し通さないとな。




