76.不毛
ララミーティアがリャムロシカの里的にはまだ成人していない子供だと判明してアワアワしてしまうイツキとララミーティア。
ララハイディが無表情で平坦に「ははは」と笑った。
「確かにリャムロシカの里であればそんな若さで結婚して子供を作ろうなんて人はまず居ない。でもここはリャムロシカの里ではないから大丈夫。森エルフだって本当は20歳くらいになれば人族などと同じく大人の身体になっている。だから子供を作ることは可能ではあると思う。ただ、古くからの風習で50歳と言っているから、それまでは皆子供の気分だし、何となく風習に従っているだけ。」
「長命種ならではですかね…。じゃあハイジちゃんは子供の時に里を飛び出したのですね。」
聖フィルデスの質問に「ん」と言って頷くララハイディ。
ララハイディの見解を聞いて少しホッとするイツキとララミーティア。
「リャムロシカの里でララアルディフルーの名前を知らない者は居なかった。私は遠い親戚だったから、30歳になったある時、魔境の森を目指して里を飛び出した。稽古をつけて貰ってもっと強くなりたかった。」
「何というか、ハイジは破天荒だね…。」
ララハイディはイツキを一瞬見るが話を続ける。
「森エルフは高速詠唱が得意。だけどそんな戦い方に限界を感じていた。でも里ではみんな詠唱魔法しか使わない。だから殻を破るには伝説の森エルフであるララアルディフルーを頼るしかなかった。里の中でララアルディフルーが子どもだった当時のことを詳しく知っている者は居なかった。でも聞けばララアルディフルーも私と同じ様に詠唱魔法に限界を感じて子供のうちに里を飛び出したらしい。」
「そういう背景があったのね…。その頃から理想のタイプは自分より強い人だったの?子供の頃なら里にも強い人は居ると思うけど。」
ララミーティアの問いかけに首を横に振るララハイディ。
「その頃はまだ子供だったから理想のタイプなんて考えても居なかった。魔境の森にたどり着くまでに人族の町で路銀を稼ぐためにやった冒険者活動が問題。」
「へぇ、何か嫌なことでもされた?」
イツキが質問すると、ララハイディは少し首を傾げて言葉を選ぶようにして話し始める。
「嫌な事…、私にとっては結果的に嫌だった。と言ったところかもしれない。人族の町にいるような冒険者は総じて私より圧倒的に弱かった。考えてもみて欲しい。強い魔物と遭遇してパーティーが半壊しかけた時、まだ子供の私にすがりつく筋肉の塊のような男の情けない姿を。恐怖で涙や鼻水を流し、下手すれば失禁すらする者もいた。私が居るから壊滅こそしないけれど、子供だった私はこんな私より弱くて子供の私にすがりつく男は絶対に嫌だと思うようになった。」
「確かに子供だったら後々の趣味嗜好に影響するわね。自分より強い男の人に執着する気持ちがよくわかったわ…。」
「そうだね。いくら見た目が成人でも、里にいたから中身はまだ子供だもんね。そりゃ大男が総じて情けなくすがりついたら、今みたいな嗜好になるに決まってるよ…。」
「そうですね…。とても分かりやすい話でした…。」
ララハイディが極端でタダの変態かと思っていた面々はララハイディの過去を聞いて、それはこうなっても仕方がないなと妙に納得するのだった。
「だから私がイツキという存在に強い興味を示したのは理解して欲しい。今まで他人を魔力視をして腰が抜けるなんて事が起きるとは思いもしなかった。私はティアが羨ましい。でも確かに自分が興味を持った存在がいくつもの妻を娶るような節操なしであって欲しいとも思えない。とても難しい。残念としか言えない。腰が抜ける程に激しく…、も、もうこれ以上は言わない。」
ララハイディの無表情が少しだけシュンとした事が見て取れたが、また顔をのぞかせた余計な発言に、ララミーティアは負のオーラ全開のジト目でララハイディを見つめたので、ララハイディは再びシュンとしたような姿勢に戻る。
イツキもララミーティアもララハイディの無茶な要求に対して何とかしてあげたいとは思いつつも、お互いを見合わせると、流石に一夫多妻はないなと改めて認識するのだった。
「何とかしてあげたいところだけど…難しいわね。第一夫人だとか第二夫人だとか流石に考えられないわ…。」
「そうだなぁ。その件については何もしてあげられないけど、まぁとりあえずしばらくゆっくりしていくといいよ。」
イツキとララミーティアの言葉に眉を八の字にしてララハイディが「ありがとう」と少しだけ微笑みながら頭を下げた。
「私はララアルディフルーの小屋を使っていないのであればそちらを使いたい。それでもいい?」
「ええ、いいわよ。すぐにでも使えるわ。ご飯については三食、全てこっちで用意するけど、さっきも見たとおり何か元手がかかっているような物ではないから遠慮しないでちょうだい。」
「わかった。何から何までありがとう。」
そう言ってララハイディは離れに入っていった。
不安そうに見つめるララミーティアに聖フィルデスはこそっと耳打ちする。
「ライバルが出現したと言いたいところですが、お二人の仲を裂くのは不可能だと個人的には思いますよ。どーんと構えましょう。どーんと。」
「うん、そうね…。」
ララミーティアは苦笑いで聖フィルデスに返事をする。
その後聖フィルデスはミーティア集落に戻ると言うので、ララミーティアが聖フィルデスをおんぶして運ぶことになった。
当初イツキがさくっと運ぶつもりだったが、ララミーティアは「横抱きもおんぶも全部嫌!運ぶなら離れて運んでちょうだい!」と涙目でかなり無茶苦茶なゴネ方をした。
「そ、それじゃあティアちゃんに運んで貰いましょうか。あ、それだとイツキくんとハイジちゃんが…。」
聖フィルデスが提案仕掛けたが、イツキとララハイディが留守番するという提案は再びララミーティアをヤキモキさせると思い口ごもる。
ララハイディは肩をすくめながら無表情でララミーティアに告げる。
「大丈夫。私だってのんびりしたい。ティアの居ぬ間になんて卑怯なマネはしない。」
「本当?それじゃあ…、聖フィルデス様は私が運んでくるわ。大急ぎで!」
「俺だってそんな見境無い奴じゃないから大丈夫だよ。心配しないで、よろしく頼むね。」
イツキの言葉に少し安心したララミーティアが聖フィルデスをおぶる。
「安全に大急ぎで!ですね。安全に!安全に…。」
何度もララミーティアに念押しする聖フィルデス。
ふわりと宙に浮かんだララミーティアは聖フィルデスをしっかりとおぶり、あっと言う間にミーティア集落へ向けて飛び立ってしまった。
ミーティア集落についた頃にはすっかり夕暮れ時になっており、小屋の中ではガレスとルーチェが夕飯の支度を始めていた。
聖フィルデスとララミーティアが来たとこに気がついて、ルーチェがララミーティアに声をかける。
「おかえりなさい!あれ、ティアどうしたの?暗い顔してる気がするよ?」
「あー、確かにそうだな。分かったぞ、さてはハイジでしょ?」
「アハハ、ガレス正解!」
聖フィルデスをゆっくりと地面に降ろし、鋭い2人からの指摘にララミーティアは肩をすくめて「まぁそうね…」と観念して告白する。
ガレスとルーチェは顔を見合わせたかと思うとゲラゲラ笑い出したので、ララミーティアがムキになって2人に問い詰める。
「なになに?なんで笑うの!?」
ルーチェが笑いながら即座に答える。
「あはは、だって、イツキがハイジに靡くことなんてないよ!」
「はは、確かに。不毛だよ本当。短剣の鍛錬をしてたときとか、どれだけティアの事ばかり見てたと思ってるのさ。こっちの動きも見てよって怒ったこともあるんだよ。ハイジと2人きりにしたってイツキはきっとティアの話ばかりしてると思う。っていうか今『城塞の守護者』で見てるよきっと。」
「不毛不毛!あはは!見てる見てる!」
いつも勘の鋭い子供たちが不毛だ不毛だと笑う姿に何だか安心感を覚えるララミーティア。
聖フィルデスもララミーティアの肩に手を置き頷きながら話し掛ける。
「子供たちの言うとおりですよ。ティアちゃんは何よりも大切にされていますよ。夫婦になって毎日仲睦まじくしているにも関わらず、普段どれだけコソコソとティアちゃんを見ていると思っているんですか。」
「ふふ、みんなありがとう。何だか自信が湧いてきたわ。早くイツキに会いたく無っちゃった。」
ララミーティアは少女のようにあどけない表情をしてお礼をする。
ガレスはニコリと微笑むとララミーティアの腕をパシンと叩く。
「早く行ってきなよ。俺たちは大丈夫だからさ、イツキきっと首を長くしてソワソワしてるよ。」
「うん、ありがとうね。私帰るわ!」
そう言うとララミーティアは魔剣オットー・ジュールマフをアイテムボックスから取り出し、小屋の外へ駆け出して颯爽と空へと舞い上がった。
地上ではガレスとルーチェと聖フィルデスがその姿を見守っていた。
「これじゃあどっちが大人かわかんないねー。」
「そうだな。でも良いんだ。大人だってただの人ってことだよ。」
ガレスの発言にクスクス笑う聖フィルデス。
「ガレスくんの方が大人ですね。きっと素敵な大人になれますよ。」
「ルーチェは?ルーチェは?」
ルーチェが聖フィルデスの腕に絡みついて甘えるように答えをせがむ。
「もちろん素敵な大人の女性になれますよ。いつまでも笑顔を忘れないでね。ルーチェ。」
「うん!ガレスも笑顔が好きだって毎日言ってくれるし、ルーチェ忘れない!」
「あっ!またペラペラと!」
今度は慌てるガレスにくっつくルーチェ。
ミーティア集落は今日も平和だ。
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ララミーティアが聖フィルデスを送っていった後、一旦は離れに入ったララハイディだったが、暫くして見計らったように離れから出てきたかと思うと、ズンズンとイツキのところまでやってきた。
ミーティア集落の方角の空をぼんやり眺めていたイツキだったが、ララハイディの勢いに押されて若干後ずさる。
「ど、どうしたの?」
「ティアが居なくなってすぐにこんな事をしてはズルいと認識している。私は最低な女だと自覚している。でも、どうしても私ではダメだろうか?私は森エルフだから自分の見た目が良い事は自覚している。」
ララハイディは相変わらず無表情で平坦に喋っている。
何を考えているのか分からないが、少なくとも今は真剣である事は流石のイツキも理解出来た。
(ちゃんと向き合わないとダメだな…)
「俺はティアが好きだ。好きで好きで仕方ない。寝ても醒めても全部ティアなんだ。笑っちゃうくらい好きなんだ。ハイジは綺麗だと思う。すっげー美人だよ。こんな綺麗な人に好意を寄せられるなんて光栄の極みだとも思う。すげー嬉しいよ。でもね、俺ティアじゃないとダメなんだ。それにね、このステータスを見て欲しい。」
イツキが自身のステータスウィンドウを表示してララハイディに見せる。
ララハイディは無表情から驚いた表情に変わる。
「…こんなステータス見たことがない…。」
「そう。俺ね、転生者なんだ。元々この世界の人ではない。これは転生したときの恩恵で、数字が読めない部分は表しきれない程に数値が高いって事なんだ。でもね、これは俺の努力の賜物ではない。楽して手に入れた力なんだ。だからハイジが追い求める強い男とは少しズレていると思う。」
ララハイディが口を開く。
「そ、それでも強い事には変わりない…。」
「こんなズルして楽に手に入れた強さに惚れられても正直後ろめたさがあるよ。ハイジを騙しているようでさ。それにさ、ティアが悲しそうな顔をするんだ。私なんかより綺麗なハイジとでも思っているんだと思う。他人を恐怖状態にする呪いがかかっていたせいか、自分の容姿にどうしても後ろめたさのあるティアは、悲しそうな顔をして遠慮してしまうんだ。俺さ、ティアにそんな顔をして欲しくないんだよ。」
イツキはララハイディに深々と頭を下げる。
「だから本当ごめん!女の子にそこまで言わせて断るのは本当に申し訳ないし心苦しい。でも俺の生きる意味がティアなんだ。本当にごめん!ティアにはずっと笑っていて欲しいんだ。最後の瞬間に『捨てたもんじゃない人生だった』って言わせてみせるって約束したんだ。」
「2人がどれほど強い絆で結ばれているのか、思い知った。私もせっかく出来た親戚をこんな形で失いたくない。この件についてはもうおしまい。こちらこそ本当に申し訳なかった。」
ララハイディは頭を下げるとそのまま離れに引っ込んでしまった。
その後ろ姿が何だか悲しそうで、イツキは何も言えなくなってしまった。
(ティア、会いたいな…。)
それからイツキは本邸に入る気にもなれず、ぼんやりと地面に座って『城塞の守護者』でララミーティアのアイコンを眺めていた。
アイコンに触れれば出てくるのはララミーティアのステータス。愛しいララミーティアの名前を何度も読んではため息をつく。
不便はしていないか、悲しい思いはしていないか、つらい目にあっていないか、考えれば考えるほど頭の中はララミーティアでいっぱいだった。
ララミーティアのアイコンがやがてガレスやルーチェと近づき、しばらく小屋の中で止まった後に、ララミーティアが物凄い速さで移動を始めた。
(帰ってくる!)
居ても立っても居られず、自身も空に舞い上がる。
早くララミーティアに会いたい。早くララミーティアの笑顔が見たい。
会いたい一心でララミーティア目掛けて空を飛ぶ。
やがて向こうからララミーティアの姿が見えてきた。
イツキは目一杯両手を広げてじっとララミーティアが来るのを待つ。
ララミーティアがイツキを見つけ、イツキ目掛けて飛んでくる。
2人は抱き合ってはその場でクルクルと回る。
「ティア!会いたかった!」
「私も!イツキに会いたくて会いたくて仕方がなかったの!」
2人は唇を重ねたまましばらく抱き合っている。
やがてゆっくり顔を離すと、ララミーティアは嬉しそうな顔をしたまま泣いていた。
「私だけを見て!私に夢中になって!私を抱き締めて!何度も何度も愛してるって言って!どうか、私だけを選んで!」
「いつもティアを見ている、寝ても醒めてもティアの事で頭がいっぱいだ。もっともっと抱き締めたいし、何度愛してるって伝えても足りない。俺の生きる意味がティアなんだよ。」
ララミーティアはイツキにぎゅっと抱きついてゆっくり目を閉じる。
「ごめんね、イツキが私を一番に想ってくれてるって全部知ってたの。全部言ったらスッキリしたわ。」
「俺さ、ずっと『城塞の守護者』でティアを追っかけちゃってたよ。余裕ないな、俺も。」
イツキはいつも通りララミーティアを横抱きにして、本邸へとゆっくり帰っていった。
イツキは苦笑いをしながらララミーティアを見る。
ララミーティアは幸せそうにイツキを見つめ返した。
「私、いつもイツキに見守られているのね…。幸せよ、心が満たされるの…。あぁ…。好きよ、イツキ。私のイツキ…。愛してるわ。」
イツキもララミーティアも幸せで満たされたようにいつまでも優しい表情を浮かべていた。
面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。
ブックマーク登録&評価ありがとうございます。そしていつも読んでくれている皆々様、本当にありがとうございます。
森エルフでララハイディのように里の外を放浪する者はかなり稀な存在です。
森エルフを初めとする超長命種は人里離れた場所でひっそりとまとまって暮らすのが普通で、買い物などについてもたまにやってくるテッシンやキキョウのようなアチコチを放浪する身軽な行商人や、ハーフリング族の行商人などがやってきたときに物々交換をする形になります。
超長命種はララミーティアのようにサバイバル力と言いますか自活能力が非常に高いので、たまに必要な物さえ手には入れば後は自分達だけで生活が成り立ってしまうのです。大抵物々交換で事足りるし、下手すると数十年で変わってしまう人族の町の通貨は欲しがりません。
なので、ララハイディの存在はかなり珍しく、冒険者の間では有名です。たまに数年から数十年に一度、路銀が欲しくなっては高難易度の魔物討伐など塩漬け状態になっている依頼を片っ端からちゃっちゃとやっつけていくので、神出鬼没の森エルフの姉ちゃんとして知名度が高い存在となります。
本人曰わく「野生のパンや野生の服は山や森や、どこを捜しても無い。なので欲しいときに人族のお金を集めて、全部交換してしまう。もっとお金が欲しいと思わないのか?思わない。たった数十年やそこらで使えるお金がコロコロ変わってしまう。そんな不便な物はいらない。」と冒険者組合で言っていたという噂があります。





