75.飛翔と好み
壁の上に柵を作るという新たな仕事に目を輝かせてああでもないこうでもないと代表のシモンを引っ張ってきて色々試しているガレスとルーチェ。
一通り食料などは渡してしまったので、これ以上は邪魔になるなと思い、壁の上で奮闘している2人に声をかけて魔境の森へ帰ることにしたイツキ達一向。
聖フィルデスもララハイディの説明に参加したいというので、本邸まで連れて行くことになった。
「帰るときは空を飛ぶから、ちょっと見ててね。」
イツキはララハイディにそう言うと、重力魔法を自らにかけて風魔法で空をスイスイ飛び始めた。
その様子を見ていたララハイディは耳を激しくピコピコさせながら興奮していた。
「是非やりたい。是非やりたい。早く私にもかけて欲しい。」
「ふふ、じゃあ私が代わりにかけるわ。かけたら本当にそよ風くらいの風魔法で調節してみてね。」
ララミミーティアがそう告げて、アイテムボックスから魔剣オットー・ジュールマフを取り出し、ララハイディと自身に重力魔法をかける。
ララハイディは最初こそ風魔法の調節に戸惑っていたけれど、さすがに魔法に長けているだけあり、あっと言う間に使いこなしてしまった。
「それにしても残念。重力魔法はイツキしか使えない上、ティアが使った重力魔法はミスリルのレイピアに付与されているものだとは。そもそもミスリルに魔法付与という話自体も初耳。情報がワッと押し寄せて来て混乱しそう。」
結局帰りはイツキがいつも通りララミーティアを横抱きにし、ララハイディが聖フィルデスをおんぶして空を飛ぶことになった。
いつものようにイツキにだっこされるララミーティアを見てララハイディが「私もイツキに抱きかかえて貰いたい」と無表情で言い出し、必死な形相でララミーティアが「絶対ダメ!」と言ってイツキの首が絞まるかと思うくらいしがみつくというハプニングがあった。
「もう!ハイジがイツキに抱っこされたいって言うから、私はそっちの方が混乱したわ!もう!」
「私の一番の旅の目的は私より圧倒的に強い男に出逢う事。でもティアからイツキを奪い取ろうとは思っていない。安心して欲しい。」
本気か冗談か分からないララハイディに苦笑いを浮かべるイツキ。
ララミーティアは頬をぷーっと膨らませてプンスカ怒っている。
「はは、俺はティアしか見ていないから安心して。」
「安心するといい。私も略奪しようとは思っていない。他意はないけれど、この世界にある一夫多妻という仕組みについて紹介したいと思う。リャムロシカの里でも普通に居た。一妻多夫も…」
「ダメ!絶対ダメ!イヤー!」
相変わらず無表情で本気とも冗談ともつかない事をケロッとして喋るララハイディ。
ララミーティアは涙ぐみながら必死でイツキにしがみつく。
イツキは困り果ててしまう。
「ハイジ、悪いけど俺は一度に大勢を愛せるほど器用な男ではないよ。俺にはララミーティアという何よりも愛しい人が居るから、申し訳ないけど一夫多妻も略奪も無理だ。」
「残念。2人の間に入り込む余地はない。私の旅は続く。」
ララハイディが諦めた様子を見て、漸くホッとするララミーティア。
「私、嫉妬で狂ってしまうわ。イツキがモテるのは悪い気はしないけれど、私以外の人とあれやこれや…。ダメ!イヤ!」
「夜の相手は1対1という決まりはない。3人で仲良くという手がある。」
「そんな手は無いわ!ダメー!」
ララミーティアが再び首が締まる程に強くイツキの首にしがみつく。
「苦しい…、死んじゃう…。ハイジ…、もう勘弁してくれ…。」
「ティアが可愛くてつい。可愛い子には意地悪したくなってしまう。」
ララハイディは相変わらず無表情でケロッと悪びれもせず明後日の方向を見ながらそう言ってのける。
聖フィルデスはおんぶされたまま苦笑いを浮かべて「まぁまぁ」とララハイディを適当に宥めている。
ララミーティアは本邸に着くまでずっとイツキに抱きついて譫言のように「私だけのイツキよ」と呟いていた。
そんな様子を見て聖フィルデスはララミーティアが激情してララハイディを攻撃し、空の上から落とされてはたまらないと思い、ララハイディにララミーティアをあまり刺激しすぎないよう小声でやんわりと本気で窘めていた。
しかし嫉妬に狂うララミーティアの愛を感じられて、悪い気はしない呑気なイツキだった。
やがて本邸に着きララミーティアと聖フィルデスが降ろされると、ララハイディはララミーティアに近寄ってきて、警戒するララミーティアをそのまま抱きしめた。
まさか抱き締められるとは思わなかったララミーティアは驚いて「ひゃっ…」と思わず声を漏らした。
「私はティアも大好き。もうイツキは諦める。だから安心して。ティアの反応が可愛らしくてついつい。お姉さんちょっとやりすぎた。」
「…本当に?ハイジは可愛いから心配よ…。」
ララミーティアが小声でボソッと弱音を吐くが、ララハイディは平坦な口調のままララミーティアに告げる。
「森エルフは確かにモテる。でもイツキは私を全然見ようとしない。ティアの圧勝。深く愛し合っている2人を引き裂く程外道ではないし、そこまで器用ではない。」
「本当…?」
ララハイディは手を回したまま少しだけ身体を後ろに離し、ララミーティアの頬に唇を一つ落とす。
「本当。それにティアの方が全然可愛い。恋する乙女は可愛い。私は恋をした事が殆どない。ティアが持っている可愛さは恋をしないと手には入らない。」
「そうですね。ティアちゃん可愛いですよ。イツキくんを見れば簡単に分かるではないですか。イツキくん、驚くほどティアちゃんに夢中ですよ。」
聖フィルデスがララミーティアにウインクを送るとイツキの方を見やる。
イツキは困ったような表情を浮かべたまま少し離れたところに立っている。
頬をポリポリとかきながらララミーティアに声をかける。
「んー、そんなに心配する必要ないんだけどなぁ。」
「イツキ!」
ララミーティアがパッとイツキに駆け寄って抱きつく。
「まぁ嫉妬したティアにこうされるのも悪くないかな。」
「もう、意地悪ね!」
その後ララミーティアは暫くイツキから離れず、終始イツキの腕に抱き付いていた。
イツキがトイレに行こうとしても離れなかったため、さすがに聖フィルデスがララミーティアを諭して漸く離れた。
本邸に辿り着いたのが既に夕方前だった為、とりあえず鍛練は明日からと言うことで今日のところはララハイディの話を本邸のソファーに腰を下ろして色々と聞くことになった。
「そもそもさ、何で里を飛び出したの?強くなる為とか言ってたけどさ、別に里の中でも強い人はゴロゴロいるでしょ?」
「そういえば強い殿方に出逢いたいなんて言ってましたが、それも理由の一つですか?」
イツキと聖フィルデスがララハイディに質問をする。
ララハイディは無表情のまま平坦な口調でしゃべり始める。
「私は成人する前からララアルディフルーと同じく魔力がやたら高かった。このまま成人して、自分より魔力が低い同じ森エルフの男と家庭を持つのが凄く嫌だった。私は吟遊詩人が語るような守られるお姫様になりたかった。」
ララハイディはイツキが召喚した冷たい麦茶を一口呷る。
「…。」
「えっ、終わり!?」
思わずララミーティアがつっこみを入れると、表情を変えずにララハイディがコクッと頷く。
「終わり。自分より強い男に守られたい。私が男を守るなんてそんな逞しいお姫様は嫌。か弱いお姫様になりたい。」
「でも森エルフに強い男は居ないの?超長命種なんだからいくらでも居たんじゃないの?」
イツキが質問すると、無表情のままイツキを一瞥にキッパリと「いない」と言って麦茶を飲む。
「それに、森エルフの男はいくら若くてもみんな老人のように心が既に枯れていてつまらない。ひょろひょろして肌もツルツル。まるでみんな女のよう。下手すると他の種族の女より綺麗。それではダメ、絶対。蝶や花よりも酒や欲望が似合う男がいい。獣のように熱く激しく私の肉体を雑に求めてくるようなギラギラした野獣のような男がいい。迸る欲望に身を任せ、私の服を強引に引きちぎるくらい余裕のない男がいい。そうでないとダメ、絶対。考えただけで胸がときめく。」
無表情のままとんでもない歪んだ欲望を淡々と喋るララハイディに暫く呆然とする一堂。
「だから人族なのに今まで想像もしたことが無い程圧倒的に強いイツキは最高の優良物件だった。そんなに魔力を纏っていたら、下手すると私より長生きする。森エルフの老人のような枯れた男と違って情熱的に亜人と蔑まれるティアを愛している実績もある。それにダークエルフの聖女を守る黒髪の死神の噂もしっかりこの耳で聞いている。」
「へぇ…。えっ?それ俺の渾名?俺そんな風に囁かれてるの…?」
思わぬキーワードが登場してイツキは唖然とする。
ララミーティアはクスクス笑って「死神ですって」とイツキの腕をパシパシ叩いて笑う。
「冒険者組合では黒髪の死神。市中では黒髪の守護者。いずれも共通している認識は、聖女を護っている者、という事。」
「守護者の方がいいなぁ。」
「ん。冒険者の間では聖女を貶める発言を耳にした瞬間、命ではなく精神を刈り取りにやってくる、と。実際廃人になった冒険者が何人も存在している。」
「死神と陰で言われるわけですね…。」
聖フィルデスが微妙な顔でイツキを見る。
イツキは頬をポリポリとかく。
「さらに肉や野菜のように細かくバラバラになっている武器や防具を見たという冒険者も多数居る。手を出されずに済んだ者がどのパーティーにも一人は居た事から、紛れもない事実として急速に広まっている。だから最近はわざわざ聖女の名前を出してまで悪口を言う命知らずなんて居ない。どうしてもネガティブな事を言いたければ比喩表現などを用いて聖女を呼ぶけれど、余程の不満や敵意が無い限りは聖女の悪口は言わない。というか言えない。」
ララミーティアは疑いの目でイツキをジッと見るが、イツキの視線は泳いでいる。
「精神を刈り取る死神って…。イツキは一体何をしていたの…?」
「いやー、はは。命を取るのは抵抗があるからさ…。切るのと同時に治癒魔法で元通りみたいなね。それなら命は取らないでしょ?アホみたいな奴でも流石に懲りるだろうしさ…。」
聖フィルデスがひきつっている笑顔で賺さずイツキの発言に余計な補足をする。
「俗に言う拷問、というやつですね…。」
「私が言いたかった事はイツキは酷い拷問官であるという事ではない。愛する妻を蔑まれ、愛する妻を守るために圧倒的な力で破落戸をねじ伏せる。差別意識が酷いこの世界で、生きにくいティアを守るために、自分が悪になってまでティアの噂を中和させる。私もそんな強い男に守られたいと思ったら居ても立っても居られなくなった。私も守られたい。そしてその力で乱暴して欲しい。服くらいなら破られてもいいと思った。ゾクゾクする。ゾクゾクする。」
「イツキは乱暴なんてしないし、服も破かないわ!私のイツキで妙な妄想はしないで!勝手にゾクゾクしないで!」
ララハイディは耳を激しくピコピコさせつつあくまで無表情で己の欲にまみれた妄想を再び口にする。
いくら頭の中とは言えイツキがララハイディに乱暴を働いている姿を想像して矢も楯もたまらずイツキの腕を抓るララミーティア。
「いたたたたっ!いてて!もげるもげる!現実の俺は何もしてないよ…!ハイジの妄想だよ妄想!抓る相手間違ってますけど!」
「うう…、そうね。ごめんなさい…。」
シュンとするララミーティアを見ていると、段々と身体の奥底からグツグツと何かが沸き上がってくる気がするイツキ。
ララミーティアの肩を抱き寄せて頭に唇を落とす。
「でもティアが嫉妬してくれるのは嬉しいよ。こんなに大好きなティアがね、まともな判断が出来なくなる程俺にそんな夢中になってくれているんだと感じると、愛しくて愛しくて堪らないよ。」
「ティアはもっと胸を張れば良い。ティアはイツキの正妻にして第一夫人。たった一人イツキの妻の座を掴み取った女。私のように羨む者が他にも居るかもしれない。けれど、2人の間には隙間がない。入り込めるわけがない。それに妻を何人も娶るような男だったら、一人の女を守るためだけに世間から死神と呼ばれる程の事はしない。なぜならモテなくなると困るから。」
ララミーティアは嬉しそうな表情で耳をピコピコさせる。
「そうね、そうよね。イツキ、嬉しいわ。大好き!」
イツキの腕にギュッとしがみつくララミーティア。
ララハイディが麦茶をお代わりして話を続ける。
「話が逸れてしまった。とにかく私は自身が強くなる為、自分より強い男に巡り合うために大陸中あちこちを旅している。今回は残念と言う事で男の方はキッパリ諦めて、鍛練に集中したい。」
「でも、それだと自分が強くなっちゃったら益々ハイジのお眼鏡にかなう相手なんて居なくなってしまうじゃないの。」
ララミーティアが不思議そうに尋ねるが、ララハイディはキッパリと断言する。
「そんなギリギリの差で勝てそうとか勝てなそうなんて男はダメ。お話にならない。男から乱暴されたときに私が抵抗出来てしまっては全くの無意味。厳つい男なのに私より腕っ節がないなんてダメ。ゾクゾクしない。シナシナする。」
「一貫していると言うか何というか、ハイジは凄いな…。」
「そ、そうね…。」
イツキとララミーティアは引くのを通り越して、寧ろ徹底して一貫しているララハイディが凄いなと感心してしまうのだった。
聖フィルデスはにこやかな笑みを浮かべたままララハイディに質問する。
「でもハイジちゃんは少なくとも200歳以上でしたよね。森エルフとはそもそも何歳で成人して、出産の適齢期は何歳なんですか?」
「私は今230歳。他の里がどうなのかは分からないけれど、リャムロシカの里では成人は50歳。出産適齢期は人によるけれど、老化が始まる前だから普通の森エルフだと700歳とかそのへんまでは出産出来ると思う。私みたいな魔力が凄く高ければ800歳くらいまで子作りは頑張れるかもしれない。」
ララハイディの言葉にララミーティアは驚く。
「私、今43歳だけれども、リャムロシカの里だとまだ成人していないのね!未成年じゃないの!何でアリーは教えてくれなかったのかしら…。」
「知らなかったとは言え俺、未成年相手に結婚してあれやこれや色々と…。やばい奴だな俺…。」
驚愕の表情を浮かべるイツキに向かってララハイディは無表情のまま平坦な声で「ははは」と笑った。
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