73.居候
ガレスやルーチェ達が集落の発展に一層尽力するようになってから、イツキとララミーティアは久しぶりに2人暮らしの状況に戻った。
当初は翌日の大まかな予定についてあれやこれや計画を立てる2人だったが、いざ当日を迎えると目の前で自分を求めている最愛の人を前にして、計画なんてどうでも良いと言わんばかりに一日の計画は全て崩れ去り、赴くままに求め合うばかりなってしまった。
そんな状況にかかる歯止めはなく、やがて予定すら立てることはなくなり、しばらくは本邸から出ることがない日も珍しくなくなっていた。
『城塞の守護者』でたまに外から集落へ人が入ってくるのは把握していたが、そんな事は気にもとめず、ただただひたすらに最愛の人に夢中になっていた。
そんな中、一週間ほど経ち漸く集落に顔を出す日になって、イツキとララミーティアは久しぶりにしっかりとした服を身にまとって朝から本邸の外に立っていた。
久し振りに朝の凛とした空気を目一杯吸い込み、新鮮な気分になる2人。
「なんかこうさ、新鮮な朝の空気を胸一杯吸い込むと、やっぱりメリハリのある生活を送らないとダメだなって反省するね…。」
「ふふ、久し振りだったから仕方がないわ。とは言えあの子達は勘が鋭いから、もうちょっと健全に過ごさないとダメかもしれないわね。」
悪戯っぽく妖艶に微笑むララミーティア。
心奥底からグツグツと何かが沸き上がってくるのをぐっと堪えたイツキは、気持ちを切り替える為にも自身の頬を両手でパチンと叩き、声を上げる。
「よし!気持ちを切り替えてバシッと行こうか!」
「ふふ、イツキは真面目ね。それじゃあ行きましょう。」
イツキは子猫のように甘えてくるララミーティアを勢いよく横抱きにし、表情をキリッとさせて遙か上空へと舞い上がった。
ララミーティアはイツキの首を手を回し、熱っぽくじっと絡みつくような視線を送っている。
そんなララミーティアを見るとキリッとした表情もふにゃっとしてしまうイツキだった。
「全くティアは煽ってくるなぁ…。」
「ふふ、中々強情ね。そんな凛々しい顔をしてても、精一杯我慢しているのがバレバレよ。顔がふにゃふにゃしてるわ。」
イツキより重力魔法が付与された魔剣オットー・ジュールマフを貰ってから、飛んでいる時に多少のちょっかいは出しても平気だと重力魔法を学んでしまったララミーティアは、遠慮なしにイツキをどんどん挑発する。
結局その後も小一時間は浮いたりすぐ着地したりで中々出発出来ずにいた。
「くそー、俺の愛しの奥様はとんだ魔性の女だなー。後で覚えてろよー?」
「後でどんな素敵な目に遭うのか楽しみにしてるわ。今からちょっとだけでも良いからどんな目に遭うのか教えてちょうだい。ねぇ…。」
「ティア…、もう我慢出来そうもない…。」
「お願い。ねえ…。」
ついには「じゃあ少しだけ…」と言って本邸の中に入り、折角着込んだ服も適当に放り投げて本格的にじゃれ合ってしまう、まさに堕落しきった2人だった。
集落に到着すると、ガレスとルーチェは壁づくりに勤しんでいるようだった。
イツキとララミーティアが壁づくりの現場に近付くと、後ろの方で見守っていた聖フィルデスがニッコリと視線で挨拶をする。
ふと聖フィルデスの横に目をやると見覚えのない人物が立っている事にイツキとララミーティアは気がついた。
聖フィルデスの横に立っていた人物は所謂エルフの女性だった。
スラッとした出で立ちで、肌は日焼けとは無縁と言わんばかりに透き通った白、髪は薄い色のブロンドで目は青く、耳はララミーティアのように長くてピンと尖っている。
イツキが視線をララミーティアへ向けるが、ララミーティアも肩をすくめて「わからない」といった風に肩をすくめる。
「こんにちは、えーと…、そちらの方は初めましてですかね?」
イツキが恐る恐る尋ねると、聖フィルデスが先に口を開いた。
「こちらの方はつい先日この集落に立ち寄った方でして、ララアルディフルーさんの遠い親戚との事です。既に亡くなっていた事も知らず、久し振りにララアルディフルーさんに会いに来たそうですが、お二人の話をしたら是非会ってみたいとの事でして、しばらく私と小屋に泊まっていたんです。」
エルフの女性は一歩前に出て静かに口を開いた。
「初めまして。私の名は森エルフのララハイディ・サリ・リャムロシカ。リャムロシカの里出身。よろしく。」
ララハイディは人形のような表情を一つも崩さずに挨拶をする。
ララミーティアは驚いた様子でしばらく呆然としていたが、イツキに肘で促されて、はっとして挨拶を返す。
「初めまして。私はララアルディフルーに拾われて育てられたダークエルフ族のララミーティア・イル・リャムロシカ。今はこの人と結婚して、ララミーティア・モグサ・リャムロシカと名乗っているわ。」
「ララミーティアの旦那で人族のイツキ・モグサです。ララハイディさん、よろしくお願いします。」
ララハイディは何を考えているのか悟らせないような無表情のまま聖フィルデスの横に突っ立っている。
聖フィルデスがその場の緊張感を和らげるように口を開く。
「ほらほら、こんなところでは何ですから、一旦小屋の中ででもお話ししませんか?」
「そ、そうですね。そうしましょうか?」
イツキがララハイディに促すと、ララハイディは首を縦に一度振って同意した。
ガレスとルーチェは作業に集中していたので、声をかけるのは後にして一行は聖フィルデスが寝泊まりしているララミーティアの小屋のコピーのうちの一棟へと向かった。
ララミーティアは終始不安そうな表情を浮かべていたので、イツキはララミーティアの腰に手を回して寄り添いながら「大丈夫だよ」と声をかけた。
小屋につくと聖フィルデスがテーブルの周りに切り株のスツールを二脚程追加で用意し、座るよう促して来たので、イツキとララミーティアはぴったりと並んで座った。
向かい合うように元からおいてある椅子に聖フィルデスとララハイディが座る。
座って間もなく、意外な事にララハイディが口を開いた。
「私の曾祖母の姉がララアルディフルーだった。強さを追い求めていた私はリャムロシカの里を出て遠い親戚のララアルディフルーを頼った。それが今から二百年前の出来事。」
聖フィルデスが用意した水が入った木のカップを一口呷るララハイディ。
「それから何十年に一回は顔を出していたんだけれど、ララアルディフルーは亡くなってしまっていたのは初めて知った。あなたはリャムロシカの里の名前を名乗る人物。私は歓迎したい。」
ララハイディは少しだけ表情を緩めて椅子から立ち上がり、ララミーティアに近寄る。
ララミーティアも立ち上がって怖ず怖ずと口を開く。
「私みたいなダークエルフが同じ里の名前を名乗ってしまって、何というかごめんなさい…。」
「あなたはララアルディフルーの娘。誰も文句は言わない。私達と同じララの冠を付けた名前。リャムロシカの里では母が娘に渡す最初の贈り物がララ。」
ララハイディの言葉に一瞬ぽかんとしてしまうララミーティア。
そんなララミーティアを自然な仕草で抱きしめるララハイディ。
「だから私達は遠い親戚。仲良くして欲しい。2人とも、ハイジと呼んで欲しい。」
「…こちらこそよろしくねハイジ。私はティアって呼んでちょうだい。身内が増えて嬉しいわ。」
安心したのかララミーティアは目を潤ませてララハイディと抱き合っていた。
ララハイディはララミーティアから手を離すと、ふとエルフ同士のやりとりに見とれていたイツキの方を急に見つめる。
「あなたは人族と言っていた。人族はエルフよりずっと先に死んでしまう。エルフと人族みたいな魔力が低い種族は例え見てくれが似ていてもあまり夫婦にはならない。」
「あー、その点はご心配ないと言いますか…、なんと言いますか、はは。ねえ?」
どう言って伝えたらいいか分からないイツキは困ってしまってララミーティアに視線を送る。
「イツキは別なの。ハイジは魔力視は出来る?」
「敵対していない者にはやたら魔力視しないのが礼儀。視てもいい?」
ララハイディがイツキに同意を促す。
その辺の礼儀がさっぱり分からないイツキとララミーティアはお互い顔を見合わせる。
「そのあたりの礼儀に疎くて恐縮なのですが、俺は別にいいですよ?」
「そういう作法はアリーから教わらなかったわね。いいんじゃないかしら?」
聖フィルデスが口を開く。
「ララハイディさん。魔力視するなら椅子に座って視ることをオススメしますよ。ティアちゃんもララハイディさんの手を握ってあげてね。ほら、あれですから…、ね。」
「あれだなんて酷いなぁ…。」
イツキが頬をポリポリしながら困ったような表情を浮かべる。
ララハイディはイマイチ状況が理解出来ないまま、あくまで無表情のままで促されるままに椅子に腰掛ける。
ララミーティアは座ったララハイディの後ろに立ってララハイディの両肩に手を乗せる。
「大丈夫だから、視てみてもいいわよ。」
「…わかった。」
そう言ってララハイディがじっとイツキを見つめる。
無表情だったララハイディの表情が突然豹変し、まるでのしかかる重圧にじわじわとその身が押しつぶされているかのような表情に変わった。
額には汗が浮かんでおり、息も荒くなっている。
「…とてつもない…、一つの生命が、…こんなに魔力を、纏えるの…?」
「はは、やっぱそんなに禍々しいのか。何だか恥ずかしいというか、何というか…。」
イツキは困ってしまってララミーティアに視線を送る。
「ハイジ。大丈夫。イツキの魔力は敵対しない者には決して牙を剥かないわ。」
「椅子に座ったり、手を乗せられたり、理由がよく理解できた…。下手するとエルフより長生きかもしれない…。」
ララハイディが椅子から立ち上がろうとするとそのまま床にへたり込んでしまう。
「…腰が抜けた…。」
ララハイディは照れ臭そうにして俯いてしまったが、耳が少しピコピコ動いていて、イツキとララミーティアはクスクス笑ってしまった。
暫くしてララハイディが落ち着いてからイツキが何気なく里を飛び出した理由について尋ねると、ララハイディはイツキとララミーティアに唐突に頭を下げた。
「私は強くなる為にあちこち旅をしている。イツキ、暫く私に稽古を付けて欲しい。お願いする。」
イツキとララミーティアは顔を見合わせる。
「私は別に構わないと思うけど…。」
「俺もティアがいいなら別に…。」
ララハイディは顔を上げたかと思うと再び頭を下げる。
「ありがとう。私はもっと強くなりたい。よろしくお願いする。」
こうして唐突に新たな居候が増えた。
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ララハイディ初登場の回でした。
森エルフ族はイメージ的にはハイエルフとなりましてダークエルフ族より魔力量は劣りますが、器用さや敏捷性に優れている種族となります。
ダークエルフ族同様に超長命種で、時間の感覚が相当にマイペースな種族でもあります。
ララハイディはその無表情さから無口で冷たいイメージを与えるキャラクターですが、実はお喋りで冗談も好きで人懐っこい性格をしています。
ただ早いうちから里の中でずば抜けて強く、すぐに手合わせをせがんでいたせいで他人から避けられ、人との関わりが少なくなった影響もあり、独特な口調や乏しい表情になっています。
数十年ぶりにララアルディフルーの顔を見に来た時に魔境の森の近くで偶然見つけたミーティア集落にふらりと立ち寄り、あれこれ話を聞いているうちに、ララアルディフルーの死やララミーティアやイツキの存在を知り、2人を待つために聖フィルデスの元に転がり込んだ形になります。
案外ペラペラ喋ったり天性の人たらしな性格であっと言う間にミーティア集落に馴染んでしまいました。
森エルフという滅多にお目にかかれない稀少な種族且つ無表情で気難しそうな印象と裏腹に、実はお喋りで妙に人懐っこい性格とのギャップというかアンバランスさが人々を惹きつけるようです。
中々好きなキャラクターで、今後も結構物語に絡んできます。





