9.日向の道
ララミーティアが落ち着くのを待って、とりあえず応接セットのソファーに向かい合うように座った。
「喋り方さ、自然でいいよ。俺とティアしか居ないし、自然体の方が疲れないよ。」
「あんな風に喋れば人を寄せ付けないかなと思ってやってたの。ありがとう、あまり意識せずに喋るわ。じゃあ改めてよろしくね、イツキ。」
「うん、よろしくね、ティア。」
「本当にありがとうね。…でも急に泣き出したからびっくりしたでしょ。ごめんね…。」
ララミーティアは顔が熱くなるのを感じながらモジモジとし始める。
ダークエルフの自分が知り合って間もない人族のイツキにすがりついてわんわん泣いてしまったのだ。
魔物だと言われる自分がそんな事をしてしまったから、きっとイツキに嫌われてしまったと思うと、急にしゅんとうなだれてしまうララミーティアだった。
何とも知れない悲しい気持ちが心の中に満ち満ちてきたララミーティアは、テーブルを挟んで向かい合って座る形から、クルッと90度回ってそっぽを向いて座る形になった。
俯いていると涙がこぼれてしまいそうな気がしたが、もはや堪える気も湧かない。
するとイツキはサッとララミーティアの前まで来て片膝をついた。ララミーティアの膝の上でぐっと握られていた手を取ると、目を合わせた。
「これまでどんな辛い目に合ってきたのか、どれほど日陰を歩んできたのか、オレには分からないけどさ、泣くほど苦しくて辛かったんだろうなって思う。これからは良かったらオレと面白おかしくのんびり上を向いて過ごそうよ。」
イツキの真剣な目を見て、ララミーティアは不安な気持ちが全て吹き飛んだ気がした。
イツキはしどろもどろになりながらも必死で言葉をつなげる。
「それにさ、えーと…。笑っているティアの顔の方がさ、その、…俺は良いと思うぜっ…なんつって。はは…。気の利いたセリフが全然思い浮かばないな…。」
ララミーティアはこれまで感じたことのない高揚感が全身を駆け巡るのを感じた。
嬉しいのに目から静かに一筋の涙が出てくる。
「イツキったら何それ。…へんね、嬉しいのに涙が出てくる。私嬉しいのにね。」
「あぁ、嬉しくたって泣くもんだ。泣いたらすっきりするでしょ。」
「…うんっ!」
イツキの屈託のない笑顔につられて笑顔になるララミーティア。
ララミーティアは再び落ち着いてから、この小屋が改めて外が透けて見える様子に気がついて忙しなくキョロキョロとしている。
「外が見えている。私達、外からも丸見えだったの…?」
「いや、これ外からは白い壁にしか見えないんだよ。だから大丈夫。入口で顔だけ行ったり来たりしてバッチリ確認済みだよ。」
イツキは顔を右へ左へと動かしておどけてみせる。その姿にララミーティアは吹き出してしまう。
「ふふ、本当に不思議ね。しかも外観と中の大きさが本当に全然違うわ。ここだって外は丸いしそんなに大きくないのに、中は普通に四角い広い部屋だなんて…。」
「うーん、こっちの世界では平凡で目立たないはずだって神様から聞いてたんだけどね…、この格好も。」
「凄く目立つ!この地に落ち着くまであちこち見てきてけど、こんな家どこにもないと思うわ。そんな格好の人も初めて見たしね。」
イツキはこの世界にきた理由を丁寧に説明してゆく。
その間、終始考え込むように話を聞いているララミーティア。
一通り説明が終わると、ララミーティアが腕を組んで「うーん」と唸る。やがて口を開いた。
「まず、ガルノルト機構帝国なんて国はこの大陸では聞いたことがないわ。ひょっとすると海の向こうにも大陸があって、そこにあるのかもしれないけれど。もちろんここは辺境の町アインスなんてところじゃないわ、ここはどの国にも属さない魔境の森よ。魔力溢れる大森林で、平和どころか魔物がウジャウジャ。私みたいな訳ありで、ある程度実力があって、ある程度魔力を持っていないと住む事なんて出来ないし、しないわ。魔力が少ない種族は魔力にあてられちゃって、長期間滞在は無理よ。見たこともない物の数々に魔法?の技術。お風呂なんてよっぽど裕福な豪商や貴族や王家じゃないと家には無いと思うわ。普通水浴びか濡らした布で身体を拭く感じよ。」
ゴクリとつばを飲み込むイツキをじっと見たままララミーティアが続ける。
「何よりね。魔力が枯渇するほどの世界大戦なんて起きたと思う?自然が回復しないレベルの世界に、こんな鬱蒼として魔物がウジャウジャ居る森なんてあると思う?私があちこち見て回ったのはこの大陸だけだけど、そんな魔力が枯渇している場所は無かったわ。魔力を外からわざわざ補充する必要なんてなさそうだけど。」
イツキは困った表情で頬をポリポリとかき始める。
「神様、新米だって言ってたからさ、送る世界間違っちゃったのかも…。」
「さっきイツキが言ってたみたいに、魔力が滞留すると魔物は確かに活性化するわ。魔力が少ない種族は適応出来ずに数を減らしてゆくでしょうね…。ひょっとして凄く不味いことになっているんじゃない?」
「神様は人1人が使う魔力くらいじゃ何ともならないって言ってたな…。」
イツキとララミーティアが深刻な顔で見つめ合う。
自分達ではどうしようもない事態になっている気がしている2人だが、とりあえず思考を放棄することにした。
「んー!考えても仕方ないな!まぁ、神様の方で何とかするよ!きっと!」
「…うん、まぁそうね。」
「そんな事よりさ、俺が間違ってこの世界に来たことでティアの役に立てたんだと思うとさ、これで良かったんだなぁって思うよ。なんつって。」
イツキが照れ臭そうに頬をポリポリかきながらそっぽを向いて言う。
ララミーティアは先程と同じ、これまでに感じたことのなかった胸の高鳴りを覚える。
しかし好かれたことも愛されたことも殆ど経験したことがないララミーティアは、そのむずがゆさを甘んじて受け入れるしかなかった。
「私も、まさかこんな日が来るなんて夢にも思わなかった。イツキに出逢えて、私幸せ。」
微笑みを浮かべるララミーティアは神秘的で美しかった。
イツキは誤魔化すように疑問を口にする。
「そ、そういえばさ。魔力とMPって別物だと思うんだけど、魔力が減っただ回復しただとかは言うけど、MPが回復したとかって言わないもんなの?魔力って魔法を操る力の強さを表すステータスでしょ?魔力が回復って言葉は何か違和感があったんだけど…。」
「ああ、それね。えーとね、みんながみんな自分のステータスが見れるわけじゃなくて、だから魔力に関しては認識がゴチャゴチャになっているの。大抵の種族は詠唱魔法を使うんだけれどね、詠唱魔法の威力って一定だから、魔力が高いから魔法の威力が高いとか低いって意識が凄く少ないの。」
「へぇ!そうなんだ。」
ララミーティアは得意気な表情で続ける。
耳が少しだけピコピコしている様が可愛くて、イツキはバレないようにチラチラ耳を見る。
「だからね、大半の人の中で魔力って言葉は、魔法の威力を表す言葉ってよりは魔法が使える回数の方で認識されちゃっている感じかしら。まぁMPってよく分からない馴染みのない言葉だし、魔力のほうが言葉として馴染みがあるのかしらね。」
「なるほどなぁ。確かに自然な言葉じゃないもんね、MPって。大人しく魔力って一括りにして呼んだ方がこの世界では楽なんだね…。」
その時イツキの頭上に急に大型のウインドウ魔法の画面の様なものが出てきた。
「うわ!なんだこれ!」
「ウインドウ魔法?それにしてはデカいわ。特に何かした覚えはないんだけどね…。」
『天啓が受理されました。接続先エラー、最適な管理者に接続します。』
大型ウインドウがメッセージを喋り出す。さっき連打してた天啓の回答ただ。
「天啓スキルだ!神様と交信出来るぞ!」
「さっき広場で何度も叫んでたあれ?本当に神様と話せるのね…。色々聞きたいことはあるわね…。」
「う、聞いてたのか…。恥ずかしいなぁ。とは言え、これでやっと状況がはっきりするぞー!」
喜ぶイツキに対し、複雑な表情を浮かべるララミーティア。
イツキが元の形に戻るようにこの世界から消えたらと思うと、胸の中がかき乱されるようにゾワゾワとした感じがする。
その後すぐに画面が切り替わった。しかし特に何も映っていない白い空間が映っていた。
2人とも何が始まるのかと息をのんで見守る。
やがて画面の向こう側で遠くから人が来たような物音がしてくる。
遠くから会話も聞こえてきたので、2人は耳を澄ませる。
『……テーヌ様の………している…の……星から…天啓……』
『…天啓?もう……と天啓は付与……ないわ。』
『いや、でもさっきから物凄い通知が来ていてうるさいんですぅ。何かと思いましたぁ。』
『変ねぇ、人違いじゃない?私天啓を付与するほど困ってないわ。』
『合ってますよぉ!でもでもぉ!管理者:不明なユーザーってなってましたぁ。私でもデーメ・テーヌ様でもないんですぅ。あっ!ちなみにもう繋がってますぅ。』
『え!ちょっと繋がってるの!?もう!先に言いなさい!世間話が聞こえたかもしれないわ!…おほん!えーと、私この世界を管理しているデーメ・テーヌ。あー、ええと、あなたたち…誰?』
エラいことになってきた。





