8.小屋
その後、イツキは先程試しに出した食料を全てアイテムボックスへ戻した。
どうせいくらでもアイテムボックスから出てくるとはいえ、放置しておいて動物などに漁りに来られても困るからだ。
ララミーティアは地面に山積みになっているよく分からない四角いクッキーを「それはなんだ?お菓子か?」と言ってイツキの後ろから物珍しそうに眺めていた。
「これ俺もよく分かんないんだけどなかなか美味しお菓子ですよ。いくらでも出てくるし、良かったら是非食べてみて下さい。」
そう言って地面に接地していない綺麗な四角いクッキーをララミーティアに渡す。
ララミーティアは恐る恐る受け取って、ジッと手元の四角いクッキーを凝視する。
「…こんなメチャクチャな鑑定結果は初めて見た…。全然読めない。よ、よく食べたな…。」
「はは、…まぁ出所が安心なものではあったんで。」
ララミーティアは恐る恐る四角いクッキーを口に運ぶ。モグモグと咀嚼すると、バターの芳醇な香りが鼻から抜けて、ララミーティアの表情が思わず緩んでしまう。
「どう、意外と美味しいでしょ?」
「驚いた、こんなに美味しいお菓子は食べたことがない…。」
美味しそうにもぐもぐと四角いクッキーを頬張る姿がまるでリスみたいだと思い、笑みがこぼれてしまうイツキ。
「こっちは多分水。穴はないけど口を付けて呷ると中身が出てきましたよ。」
「へぇ、見たことがない容器だ。触った感じガラスという訳でもなさそうだ…、何だ?精巧な作りだな…。」
イツキから容器を受け取って不思議そうに手元でクルクルと回しながら先程と同じく凝視するララミーティア。
鑑定結果は先程と同じだったようで、しばらくして考えることをやめて飲んでみる。
「冷たい!この容器は全然冷たくないのに中の水は冷たくて美味しいな。」
「あぁ、言われてみればそうかもしれないですね。」
日頃から冷たい飲み物を飲むのが当たり前だったイツキは気がつかなかったが、冷蔵庫が無かった時代は地球でも水は常温が当たり前なのだ。
しばらくするとララミーティアの顔色が変わった。
「驚いた…。魔力が回復している!魔力が回復する食べ物や飲み物なんて聞いたことがない。そんな事が出来るのは精々森エルフが作る秘薬くらいだと思う…。」
「へぇ、魔力を回復させるポーション的なものは無いんですね。案外不便なんだなぁ。」
「そんな事言ってる場合ではない。これが大量に出せるとなるとどうなるかわかるか?」
「どこぞのえらい人に取り込まれて、この食料を出す毎日。早々にスローライフが終わりますね。これは内密!内密で!2人で楽しむだけにしましょう…。」
「2人で、内密…ふふ。」
そんなこんなで一通り収納が終わる。
小声でララミーティアがふふっと笑った姿がとても可愛くて、イツキはドキドキするのを誤魔化すように今度は散らばっていた杖を寄せ集めた。
杖に関しては薪として使えそうなので、そのまま乱雑に放置しておく事にした。
その杖の山を見てララミーティアが首を傾げる。
「ん、そういえば随分と杖があるようだが、杖の店でも開くつもりなのか?」
「いやー、アイテムボックスに入ってた武器がそれしかなかったみたいで、まぁ乾燥してるし薪にでもしようかなーって。欲しかったらあげますよ。いくらでも出てくるし。」
そう言って適当に一本拾い上げてララミーティアに差し出す。
ララミーティアは「ありがとう」といって杖を受け取る。魔力を流すと赤黒い水晶がぼんやりと光り出した。
「なんというか、ララミーティアさんがそうやって杖を構えていると、様になるっていうか、似合ってるっていうか、神秘的っていうか…。」
口を半開きにしてララミーティアの神秘的な姿を見入るイツキ。
ララミーティアは恥ずかしくなって魔力を送るのを止めてしまう。咳払いをしながら早口で喋り出した。
「…は、恥ずかしいからあまりからかわないで…!んんっ!あと、私の呼び方はララとかティアとかでいい。ララミーティアなんて長くて呼びにくいだろう。喋り方も砕けた感じでいい。まぁティアか…。」
「分かったよ。それじゃあ改めてよろしくね、ティア。」
「よろしく、イツキ。」
イツキがその場の空気を切り替えるようにパンと手を叩く。
「よし、大したもてなしは出来ないけど、小屋の中を案内するよ。何だか凄いんだこの小屋!俺もさっき初めて入ったんだけど、ビックリしちゃって。」
「へえ、しかしこんな半円だったら中は窮屈ではないのか?それとも中は地下なのか?」
小屋の入り口の前に来ると、再び両手を扉に添える。
「いやこれね、中は普通に広い部屋なんだよ。俺も仕組みは全然知らないんだけどさ。あ、これ入り口で、開けるときはこう。両手を添えると…ほら。」
扉が静かに上にスライドしていき、また入り口に緑色のレーザーが張り巡らされる。
「これ通るのに抵抗があるのは分かるけれど、通っても害はないやつだから安心してね。」
「驚くことばかりだ…。わかった。」
イツキがデモンストレーションがてら入り口を通る。
すると先程と同じように、どこからともなくシステムメッセージが流れてくる。
『身体のスキャンを開始します。オールグリーン。治療の必要はありません。』
ララミーティアがその声に驚いて咄嗟に腰のベルトに差していたナイフを構える。
「俺もよくわかんないんだけど、この小屋は入るときに治療してくれる魔法みたいなのがかかっているみたいだよ。とりあえず俺は大丈夫だったし…多分平気。今のはこの小屋の声だね。」
「…そうなのか。こんな魔法見たこと無い…。まぁ、私も入ってみる。」
「風呂とかトイレもあるし、ティアさえ良ければ本当いつでも好きに使って良いからね。」
ララミーティアがそう言うと自信の両頬を軽くぺちんと叩き、気合いを入れてレーザーの中へ飛び込んでいく。
そんな姿を見ていたイツキは「いちいち可愛いんだよなぁ」と、心の中にその光景を焼き付けたい想いだった。
『身体のスキャンを開始します。システムイエロー。バッドステータス要素を検知。除去を試みます。除去中、除去中、除去中、成功。』
「えっ、あれ?イエロー?」
イツキが想定外のアナウンスに驚いていると、ララミーティアの足元にマンガやアニメに出てくるような魔法陣が浮かび上がり、身体の下から上に向かってレーザーで全身をスキャンするような動作を始めた。
魔法陣に捕らわれている間、ララミーティアはどうやら動けないのか、終始焦りの表情を浮かべる。
イツキも想定外の挙動をする入り口に狼狽する。
声をかけようと近寄るが、その前に再びシステムメッセージが続ける。
「ティア!大丈夫?ティア!」
『身体のスキャンを再度開始します。オールグリーン。治療の必要はありません。治療結果、種族特性『呪われた血族』はバッドステータス要素と判断。完全除去。パーソナル特性『血塗られた道』からバッドステータス要素、MP消費倍増、をバッドステータス要素と判断。除去。MP回復減速、をバッドステータス要素と判断。除去。パーソナル特性『血塗られた道』は魔法威力倍増、のみになりました。』
魔法陣が消えて無事解放されたララミーティア。
そのまま床にぺたりと座り込んでしまった。
あわてて駆け寄るイツキ。
「ティア!大丈夫!?」
「…う、うん…。怪我とかはないみたい…。」
ララミーティアはへたり込んだまま呆然としている。口調が違う。
イツキは立ったまま屈んでララミーティアに話し掛ける。
「ちょっと自分のステータスがどうなったか見れる?バッドステータスがどうとか除去だとか、何か如何にも 治療されたっぽいような事を小屋が言ってたけど…。」
「うん…。そ…うね。」
ララミーティアは見たくもない自分のステータスを確認する。
「種族がダークエルフ、特に変わってない。」
「ほら」といって後ろに立っているイツキへ振り向く。
思っていたよりも相手の顔が近くて2人ともしどろもどろになる。
イツキが咳払いをし続ける。
「んんっ!ほら特性がどうとか言ってたけど、そっちはどう?」
「あれ…、えっ…。えっ!?『呪われた血族』が無い…、本当に…?無い!無いわ……。」
ララミーティアが小刻みに震え始める、そんな様子が心配になってララミーティアに近付いて右手をララミーティアの肩にそっと置く。
ララミーティアはすっと立ち上がり、その場でくるっと回転してイツキに抱きついてきた。
ララミーティアは泣いていた。
「おっと、よしよし。良かったの?かな。さてはそれがあるせいで辛かったのかな。これでもう大丈夫かな?ほら大丈夫大丈夫。よしよし。」
イツキの胸でずっと泣きじゃくるララミーティアを優しく抱きしめ、背中をさすってポンポンと叩く。
他人を拒絶していたり、自分を見て何ともないのかとか言っていたり、この人はろくでもないバッドステータスのせいできっと、爪弾き者にされて何度も命の危険に晒されていたに違いない。
他人に傷つけられるのが怖くて自ら他人を拒絶するしかない、誰も居ない日陰を隠れるように歩く人生はきっと、さぞ辛く寂しかったろうなと思うイツキだった。
「ほら、もう大丈夫。よしよし。大丈夫。」
背中を丸めてイツキと胸でわんわん泣きじゃくるララミーティアが脆く儚い少女のように思えた。





