62.空の散歩
「前に色々やってたあれ、成功したのね!一体どうやって飛んだの!?」
初めての空の散歩を満喫もとい検証したイツキはようやく本邸の前に戻ってきた。
ララミーティアが弾け飛ぶようにイツキに駆け寄り、そのままギュッと抱き付く。
その表情はとても驚きに満ちており、いつも綺麗な紫色の瞳は一層キラキラと輝いていた。
ガレスとルーチェも後から駆け寄ってきて目を輝かせている。
「いやー、ほら。俺違う世界から来てるからさ、よく分かんないんだけど、何か俺だけ使える魔法みたいなズルい事が出来るらしい…ってベルヴィアが言ってたよ?な!ベルヴィア?」
急に話を振られて咽せるベルヴィア。
ガレスとルーチェはパッとベルヴィアの元まで行ってベルヴィアにあれやこれや質問を繰り返している。
「えーいいなぁ。ズルいなぁ。どんな魔法なの?」
「ルーチェも飛びたい!飛びたい!ねえねえ!」
ベルヴィアはジト目でイツキを見つつ子ども達の質問をのらりくらりとかわしている。
イツキはその辺の石ころを軽くしたり重くしたりして魔法を楽しんでいる。
ララミーティアはそんなイツキに抱き付いたままキラキラした上目遣いでイツキに迫る。
「私も後で飛んでみたいわ!」
「とりあえず大丈夫そうな事も確認出来たし、試しに飛ぶ?」
「うんっ!」
そうしてララミーティアを横抱きにしてイツキはそのまま魔境の森の遙か上空まで舞い上がっていった。
地上ではガレスやルーチェが次は自分もと叫んでいる。
横抱きの体制のままイツキは上空を風魔法を操って飛んでいる。
「怖くない?テッシンさんとかと違って俺が抱いているだけだから、ちょっと安定感がね…。」
「あら、ちっとも怖くないわ。こうしてイツキに抱っこされながら空の散歩なんて素敵。夢みたいよ。」
ララミーティアはイツキの肩に回した手に力を入れてぎゅっと抱き付く。
イツキはそのまま口づけをしようとするが、魔法が途切れたら無事では済まないのでグッと我慢する。
「ほらほら、あんまり煽らないでよ、俺の可愛い奥様。ティアに夢中になったら魔法が途切れちゃうかも。」
「ふふ、やっぱり怖いわ!でももうちょっと森の向こう側まで行ってみて、本邸に戻る前にちょっと降りたいわ。」
2人は見つめ合ってクスクスと笑う。
しばらくすると森を抜け、遠くにいつぞやに行った辺境の町ミールが見えてくる。
スピードはそこまで感じないが、テッシンたちに連れてきて貰った時より大分早く森を抜ける事ができた。
「空の上で俺達夫婦になったんだよね。何かこうしていると思い出すな。」
「私達が本当の夫婦になった場所ね。今思い出しても胸が暖かくなるわ。これからもずっと一緒よ。」
ララミーティアがイツキの肩に頭を乗せて、幸せそうに目を閉じた。
やがてイツキは森を抜けた先に集落のようなものが出来ているのを見つける。
いつぞやにミールの町へ行ったときには全然気がつかなかった集落だ。
「ありゃ、魔境の森を抜けてすぐにあんな村、いや集落かな…、あんなのあったっけ?」
「うーん、今まで全然気がつかなかったわね。一体何かしら。」
2人が空中で止まったまましばらく様子を伺っていると、地面を掘り返していた人達がこちらに気がついたようでガヤガヤと騒ぎ出す。
「うわ、ヤバ!見つかった!逃げる…?」
「ちょっと待って、何か言ってるわ。得体の知れない物を見つけて騒いでる感じとは違うんじゃないかしら。訴えかけているように見えるわね…。もうちょっと近寄ってみましょう。」
ララミーティアに促されるままにイツキが少しずつ下降してゆく。
下から聞こえる声が段々と聞き取れるようになってきたので、一旦止まる。
「聖女様ーっ!聖女様とイツキ様ですよねーっ!おーい!聖女様ーっ!」
下から大声で呼びかける声がはっきりと聞こえてきた。
「あ、正体バレてるなこれ。」
「そ、そうね…。このまま逃げるのも感じが悪いし、とりあえず降りてみましょうか?」
そう言って2人は集落の囲いの入り口付近で着陸した。
集落からワッと人々が出てくる。
イツキはララミーティアを横抱きの姿勢のまま抱きかかえて、一瞬人々を警戒するが、害を成すと言うよりは、感動に打ち震えているような表情を見てポカンとしてしまう。
イツキはとりあえずララミーティアを地面に下ろし、手をつないだまま様子を窺った。
「聖女様!お初にお目にかかります!私達は去年の秋頃にここに集落を作った者共でございます!私はここの代表を務めておりますシモンと申します。」
シモンと名乗った代表の男が深々と頭を下げると、後ろにいた人々も全員頭を深々と下げた。
全部で百人近くは居て、集落にしてはなかなかの規模かもしれない。
しかしシモンと言う男は代表にしては随分若く、見た感じ20代になったばかりか?と疑いたくなるような金髪で碧眼のひょろひょろした若者だった。
とはいえ所作はかなりしっかりしており、イツキは『まぁ良い教育でも受けたんだろうな』という印象だった。
ララミーティアは慌てて代表と思しき男に声をかける。
「待って待って!みんな揃って頭を下げないでちょうだい!私達は別にどこに町を作ろうと気にしないわ!」
「多大なる御慈悲、ありがとうございます!私達は過去に聖女様に救われた者、信仰する者だったりが集まってミールの町から出てきた者達です!ミールの町長やアーデマン辺境伯の許可もしっかりと得ております。」
シモンがそういうと、後ろにいた人々が順番に自分がして貰った事やいかに月夜の聖女様を信仰しているかなどを説明し出した。
初めは照れ臭そうに「大袈裟よ」などと耳をピコピコさせながら否定するララミーティアだったが、次第に嬉しいのかニコニコとしながら話を聞いていた。
「それで有志で集まって町長に直談判し、アーデマン辺境伯の許可を得て、晴れてこのミーティア集落を作った、というわけです。ここは魔物も一切出ないし、何より聖女様の加護が得られるということで…。」
「えっ?待って待って!ここミーティア集落って言うの!?さすがに恥ずかしいわ…!変えてっ!」
それまでニコニコしていたララミーティアがシモンの言葉に思わず噴き出して慌てて食ってかかる。
しかしシモンはそんなララミーティアなどお構いなしで話を続ける。
「いえいえ、既にミーティア集落と届け出ておりますし、何より私達はこの名前に誇りを持っております!いつまでも感謝の念を忘れぬよう!身近に聖女様を感じられるよう!集落の名前として残したかったのです。毎晩聖女様の御業を集落の者全員で祈りながら見守っております。」
ララミーティアかハッとして集落の面々を見つめる。
「そうだったのね…。通りで最近聖女の力が増していると思ったわ…。」
「聖女の力って信仰心とか関係してくるの?」
イツキがララミーティアに思わず質問する。
ララミーティアは微笑みながら集落の面々を見て口を開く。
「勿論信仰心は関係してくるわ。威力ではなくて、力の影響範囲に関わってくるの。みんな、…いつもありがとう。みんなの暖かい祈りや願いはちゃんと私の聖女の加護にも届いていたわ。毎晩『聖女の力』を使う時、心がね、とても暖かい気持ちになるの。本当にありがとうね。」
「…聖女様っ!!」
感極まってその紫の綺麗な瞳をウルウルとさせて感謝の弁を述べるララミーティア。
同じく両手を胸の前で組み、感涙している集落の面々。
イツキは宗教が誕生する瞬間を目撃してしまったと心の中で思ったが、ララミーティアの嬉しそうな表情を見るていると、イツキまでつられて感動してしまうのだった。
「…よしティア。この集落も『城塞の守護者』の範囲に入れちゃおう。今までは魔境の森の程々まででいいかなって思って加減してたんだけどさ、折角だしいいよね?」
「いいの?聖フィルデス様の加護がね、信仰してくれる人達の祈りを届けてくれるの。とても暖かくて、幸せな気分になるの。そうして貰えると私も安心出来るわ。」
ララミーティアがイツキに抱きつく。
イツキはララミーティアの頭を優しく撫でながら『城塞の守護者』ウィンドウを操作して範囲選択を変更する。
「皆さん、私の妻ララミーティアを暖かく迎えてくれて本当に感謝します。私も夫としてとても嬉しく思っております。誠に勝手ながら、今からこの集落は私の結界の範囲内に入れます。魔物は勿論、私達を害そうとする者を一切寄せ付けません。だから、どうかこれからも私の妻ララミーティアを何卒よろしくお願いします!」
「イツキ様!ありがとうございます!我々はミールの町でイツキ様の魂の訴えかけを聞いておりました。あの時、愛する妻を必死で守ろうとするそのお姿に胸を打たれました。我々はお二人が仲睦まじく暮らせる世の中になるようにと!後世まで語り継がれる話になるようにと!吟遊詩人や行商人に伝え広げております。」
「「えっっ!!」」
まさか自分たちの話が大陸中のあちこちに拡散しているとはつゆ知らず、イツキとララミーティアは思わず声を揃えて驚いてしまった。
慌てて抗議しようと思ったが後の祭、しかも集落の面々は純粋に役に立ちたいという切なる願いからイツキ様と聖女ララミーティア様の町での出来事を広めている。
あの時の光景を思い出したのか、やけにキラキラしている集落の人々の瞳を見ていると、抗議するのはなんだか悪いなと思い、苦笑いで誤魔化す2人だった。
その後イツキとララミーティアは集落の開拓の手伝いという事で2人で手分けして土魔法でちゃっちゃと畑を広げ、ララミーティアが最後に仕上げとして『豊穣の大地』で一帯を活性化させた。
その後ララミーティアはどうしても放っておけないと言って集落の人々を周り歩き、『聖女の力』を駆使してけが人や病人の治療を無償で行った。
集落はまだまだ潤っているとは言えず、集落で暮らす人々の痩せている様を見ていると、辛うじて冬を乗り越えたと言ったギリギリ感が容易に見て取れた。
畑から収穫が出来るようになるまでの繋ぎだと言うことで、ララミーティアはアイテムボックスから出すフリをして小声でジャガイモやキュウリやピーマンなど地球産で比較的栽培しやすい物と、赤トマリスの実や細瓜などのララミーティアが森で集めていた野菜類やキノコ類、ウルフの肉など、そこまで違和感のない物を次々と召喚しては集落中に配って回った。
地球産の野菜に関しては森で見つけたと言い張って、育て方や食べるときの注意点をイツキが集落中に周知していった。
集落の人々も「そんなのがあったのか」と関心する程度で、特に詮索されることもなかった。
終始感謝されっぱなしのイツキとララミーティアは、そろそろ晩御飯の支度があるからと言って逃げるように空を飛んで帰って行った。
お土産だといって集落の人々から渡された物は、なけなしの取れたての野菜や木彫りのララミーティア人形が入っていた。
自分の人形を手に複雑な表情のララミーティアだったが、イツキに横抱きにされて空を飛んでいる最中は終始機嫌が良さそうにしていた。
「私、あんな風にされたのなんて初めてよ。何だか凄く嬉しかったわ。それにみんな苦しいのに野菜もこんなにいっぱい。心が温かくなるわ。」
「少しずつでもティアが暮らしやすい世界になるといいな。ティアの嬉しそうな顔を見てると俺も泣きそうになるほど嬉しかったよ。」
ララミーティアはイツキの頬に軽く口付けをする。
「イツキと出逢ってから私ずっと幸せよ。本当にありがとう。」
「それはこっちのセリフだよ。ありがとうね、ティア。」
辺りは夕暮れ時で、2人はオレンジ色に染まった森の上空を仲睦まじく飛んでいった。
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聖フィルデスの加護でもある『聖女の力』は元々弱い人族向けに用意された物だった為、付与する人族のステータスに左右されにくいようにするために魔物除けの結界の影響範囲については聖女に対する信仰心を活用する形になりました。
聖フィルデスがかつて管理していた世界では魔物討伐により儚くも散っていった者が多すぎて徐々に信仰心が減少し、やがて結界の範囲が狭まっていった形になります。
そのまま結界の中にいれば良いと思いがちですが、聖女1人で賄える範囲はいくら信仰心を集めようと大陸全土を賄えるほどではない為、結果ジリ貧になったという訳です。





