61.春の始まり
それから一月ほどは野営の練習としてガレスとルーチェを連れて森の中で行動することが増えた。
実際にララミーティアのアイテムボックスに入っていた、以前に亡くなった冒険者から拝借したテントを使ってテントの設営したり、魔法を駆使した水の確保や火起こしの仕方、ルーチェは料理をしたり、ガレスは料理に使える食材の確保など、それぞれにざっくり役割を与えて任せてみたりもした。
後は常設型の結界の魔法の掛け方など、普段見ることのない大きめの魔核を地面に突き刺して魔力を流していたのはイツキも初めて見る光景で少し興奮してしまっていた。
そしてようやく森の中の雪もおおむね溶けて、熊やリスなど冬眠していた動物や虫たちの息遣いがチラホラ森の中で見受けられるようになってきた。
まだ冬の残り香のように朝晩は寒さがあるが、同時に新芽や花の匂いが神聖な雰囲気の森の中にちらりと漂っていた。
最近足に浮腫があるとかお腹にはりがあると言っていたララミーティアは、当初の宣言通りそんな春の始まりの季節に月の物が来て、それにより体調が優れないようだった。
日常のルーティーンに関しては全てイツキが中心となり回していった。
ガレスとルーチェもいつの間にかララミーティアから教育を受けていたようで、特にいつもと変わらず淡々と日々をこなしていた。
普通の人族とは違ってエルフ系などの長命種の痛みのピークは1日2日で終わるわけではないようだったが、毎年そうだと言っていたので、とにかく身体を暖めてじっとして貰うことにした。
ララミーティアは「今回はイツキの手厚いフォローがあるから楽よ」と微笑んでいた。
魔法の鍛錬についてはガレスもルーチェもなんと中級のウィンドウ魔法を習得する事ができ、時間経過するとは言えやっと使えるようになったアイテムボックスに大喜びで、森で拾ってきた木や石や大量に作成した砥石を収納していた。
魔力やMPも最初の頃とは比べ物にならないほどに成長していたので、攻撃を受けても全くダメージがないイツキが進んで的となり動き回って、ガレスとルーチェの初級魔法や中級魔法を当てる為の的となっていた。
当のイツキは思考加速と身体強化を施しており、魔法が掠る気配すらなく、2人をますますやる気にさせていた。
ララミーティアはそんな様子をイツキが召喚したキャンプ用の折り畳みチェアに座ってブランケットを被って眺めるのが日課になっていた。
さらに一月ほど経って若い新緑が暖かい春風に揺られていた春まっただ中のとある朝、朝食を食べていた4人の元に、何の前触れもなしで広場に突然2人の人影が現れた。
最初に気がついたのはガレスだった。
「…突然誰か来た。侵入者?本当に突然だった。凄い手練れかもしれない…。」
「あの人たち布みたいなの着てるよ?奴隷?」
冷静なガレスの横でルーチェがスープを口にしながら呑気に見た目の感想を述べる。
「奴隷?…あっ…!」
「春にくるって言ってたものね。」
イツキとララミーティアは顔を見合わせて頷き合う。
「2人とも大丈夫よ。とりあえず行きましょう。」
「ティアたちの知り合いか。通りで手練れな訳だ。ルーチェ、行こう!」
「うん!」
そういうと4人は本邸から飛び出して人影の元へと急いだ。
「お久しぶりー!春になったから来たよー!」
「イツキくん、ティアちゃん、お久しぶりです。」
ベルヴィアと聖フィルデスが広場で手を振っていた。
4人は駆け寄り、ララミーティアは聖フィルデスにそのまま抱き付いた。
「聖フィルデス様!会いたかったわ。」
「ふふ、ちゃんと聖女の力を使っているようですね。」
「そうなの。最近範囲がすごい広がっている気がするわ。」
ララミーティアと聖フィルデスは聖女の加護の一件依頼非常に仲が良く、そのまま2人で話し込んでしまう。
イツキは右手で拳を作ってベルヴィアの前にスッと差し出す。
ベルヴィアを微笑んでから同じ様に拳を作ってコツンとあてる。
「元気してた?」
「元気も元気、もう早く春にならないかなーってソワソワしてたの!」
「こりゃ暫くはベルヴィアのリクエスト料理だなー。」
ルーチェがララミーティアの服の裾を摘まんでクイクイと引っ張る。
「2人の知り合い…?」
「あ、そうだったわね。2人は初めてだもんね。紹介するわ。」
そういうとまずは聖フィルデスの方を手でさす。
「こちらは聖フィルデス様。私に『聖女の力』を授けて下さった神様よ。」
「あなた達の事は天界から見ていました。私は聖フィルデスと言います。ガレスくん、ルーチェちゃん、よろしくね。」
次にベルヴィアの方を手でさす。
「次はベルヴィア。召喚の加護の方。」
「えーっ、ちょっとーお約束みたいなのやめてよー!私の紹介だけ雑じゃない!?私ベルヴィアクローネって言って神様やってます。2人ともよろしくね?」
ガレスとルーチェを除いた4人が笑い出す。
ガレスとルーチェはぽかんとしたまま固まってしまう。
「…そ、それって、この人、いや、この方たちは神様だって事?…どうすればいいの?」
「ルーチェ、神様と会ったこと無いから、挨拶とかわかんないよ…?」
オロオロしてしまう2人にベルヴィアがぬっと近寄る。
「どうすればいいのか?簡単よ?それはね……こうするのよーっ!!」
ベルヴィアが2人をガバッと抱きしめて頬をぐりぐりと押し付ける。
ガレスとルーチェとはベルヴィアからついでに脇をくすぐられて、ケラケラと笑って悶える。
聖フィルデスがガレスとルーチェの頭を優しく撫でる。
「私達は2人のお父さんとお母さんのお友達だと思ってね。しばらくよろしくお願いします。」
「ガレス・モグサです。よろしくお願いします。」
「ルーチェ・モグサです。よろしくね!」
魔境の森の広場に賑やかな季節が始まった。
「空を自由に飛びたい?んもー、イツキも欲しがりねぇ。はいっ、タケ…」
「ネタ振った訳じゃないよ!秘密道具的な事じゃなくて、空を飛ぶ魔法が使えたらなぁと思ってるんだよ!そもそもベルヴィアは秘密道具だせるのかよ、どっちかというと出してるの俺の方じゃない?」
「いやだ、冗談よ冗談、女神ジョーク!本当にもうっ!だって、そうやって言われたら、つい言いたくなるじゃないの。」
聖フィルデスがガレスとルーチェの為に治癒魔法の鍛錬につき合ってくれるとの事でララミーティアも一緒に本邸から少し離れた位置で鍛錬をしている。
イツキとベルヴィアは暇になって、地面に敷いたレジャーシートの上で座り込んで雑談をしていた。
「風魔法で何とかなんないかなって色々試しているんだけどさ、風が凄すぎてとてもじゃないけど自由に飛べるなんて代物じゃないんだよ…。あれ風が凄すぎてね、下手すると服脱げるよ。」
「んー、この世界のバージョンだと、種族固有のスキルしかないわねー。ほらテッシンとかキキョウみたいな。あれよあれ。」
ベルヴィアはポップコーンをモシャモシャと頬張りながらぶっきらぼうに言う。
「うーん、あくまで人族の俺には難しいかぁ。飛べれば行動範囲が広がるかなーなんて思ってたんだけどなぁ。」
「ほあ、いふひはら、…へひるわよ。」
「食べ終わってから言ってくれないと、翻訳スキルを駆使しても何言ってるかわかんないよ…。」
ベルヴィアがペットボトルのオレンジジュースをぐぐっと飲んでから改めて喋る。
「イツキなら出来るわよ。」
「えっ、なにそれ。なんで俺だけ出来るの?」
「ほら、イツキだけこの世界のバージョンと違うじゃないの。イツキのバージョンだったら重力魔法が使えるはずだから、練習すれば出来るわよ。ステータスも桁違いに高いからすごーく長時間飛べたり、物凄い広範囲に影響とかも与えられるかも!」
手元をキョロキョロと見て今度はスナック菓子をヒョイヒョイ口へと運ぶベルヴィア。
イツキはベルヴィアに食ってかかる。
「そうか!俺だけバージョン違うのか!なにそれズルっ!重力魔法?通りでティアが知らないわけだよ。それどんな感じの魔法?教えて教えて!」
「ふるはいはねぇ…。んんっ、うるさいわねー。あれよ、イツキはどこに引っ張られて何の力によってこの丸い星に立っているのよ?この星は空洞でぼけーっとして宇宙空間に浮かんでるの?ね?…後はほら、あれよ。妄想を爆発させればパパッとチャチャっとビューンよ!ね!」
途中から芸術家のような抽象的な事を言い出すベルヴィアだが、イツキはベルヴィアの適当な言葉を何度も心の中で反芻する。
(俺達はこの星の引力と重力に捕らわれて地面に立てている…。その干渉を調整出来ればどうだ?月面でNASAの乗組員はどんな動きをしていた…?考えろ、考えろ百草一樹…)
やがてイツキはその場でジャンプをしてみると、スローモーションのようにゆっくりと3メートル程の高さまで飛び上がった。
「ベルヴィア!多分出来たよ!」
「さすが地球人!スーパームッツリな妄想力は桁違いね!スキル見てみなさいよ、多分重力魔法が増えてると思うわ。」
ベルヴィアがチョコドーナツを片手にイツキに指示を出す。
イツキはその場でゆっくりと跳びながらステータスを確認する。
「どれどれ…。お!本当だ!重力魔法って出てるな。これは初級とかないのな。」
「あーそうだっけ?んー、そうだったかも。まぁそれに風魔法とか組み合わせればいいんじゃない?あ、飛ぶ前にもうちょっとドーナツ出してよ!あと、空高く飛んでるときに魔法解除しちゃだめよ!下手すると死ぬからね!」
「わーすげーぞこれ!わかってるわかってる!召喚、ドーナツ!」
そういうと空からベルヴィアめがけてドーナツが大量に降ってくる。
ベルヴィアの抗議などまるで耳に入らないイツキはそのまま風魔法を駆使してあちこち自由に飛び回ってしまった。
そんなイツキの姿を治癒魔法の鍛錬をしていたララミーティアたちは唖然と見ていた。
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森エルフやダークエルフなどの超長命種の月の物のサイクルは11ヶ月です。そのうちひと月ほど月経期が来ます。
超長命種は全く鍛えていなくても800歳まで生き、ララミーティアのように鍛えまくっている者は1000歳程度まで生きます。
ララアルディフルーのような元々素質のあった者についてはそれを越します。





