60.冬の終わり
朝起きて外へ出た時の日差しが暖かく感じるようになってきた冬の終わり頃。
森に降り積もっていた雪は段々と雪解けで地面をベチャベチャとさせ、離れの屋根からは雪解けの雫がポタポタと忙しなく地面を叩く。
外で動き回ればいつの間にか身体中から蒸気が濛々と立ち上がり、冷えた空気をとても心地よい物に感じさせた。
ガレスとルーチェは本人たちも気がつかないうちに、いつの間にか歳を一つ重ねており、ガレスは7歳、ルーチェは6歳になっていた。
イツキがララミーティアに聞けば、大抵の者は自分の産まれた日がいつかなんて事は大雑把にしか把握していないらしく、精々「雪が溶けた頃」だとか「夏真っ盛りの頃」だとか、そんな程度の認識らしい。
ララミーティアを始め、ガレスやルーチェなど親をろくに憶えていない者は尚更で、ウィンドウ魔法が使える者のみ「大体これくらいで歳が変わったな」と認識するらしい。
今まで気にしたこともなかったが、カレンダーという存在はあるにはあるようだ。
国や貴族、教会やある程度潤っている商人などが所持しているが、一般の庶民は季節を肌で感じる以外に、節目節目で行われる行事などの存在によって今が一年の内のどの日なんだなと把握する程度で事足りているらしい。
ララミーティアから「カレンダーなんか欲しいの?」と聞かれたが、今の生活で日付を厳密に管理する必要性が全く感じられなかったので、「全然いらない」と答えるイツキだった。
ちなみにガレスとルーチェはコツコツと砥石を製造していたお陰で風魔法と土魔法のみ上級まで上がり、ガレスは短剣術を上級まで上げた。
この頃ルーチェはララミーティアと行動する事が多くなり、格闘術や弓術の初級を始め、治癒魔法の初級を習得していた。
ある日、イツキとララミーティアが一緒に湯船に浸かって寛いでいるときにイツキはふとララミーティアに現段階での2人の強さがどれくらいなのかと聞いてみた。
「そうねえ。イツキの加護以外で他の人の鑑定が出来る手法があるわけではないからよく分からないけれど、この辺まで私を討伐しようとやってきていた破落戸たちに比べれば強いと思うわ。後は経験ね。経験が圧倒的に不足しているから結局破落戸と良い勝負って所かしら。」
「なるほどなぁ…。搦め手に弱い…。そりゃそうだね。野営とか、こう…もっとそういう経験をさせてさ、次テッシンさんとキキョウさんが来たとき、一回連れて行ってくれないかって相談する?」
イツキが腕を組んだままゆっくりと言葉を選んで喋る。
ララミーティアが風呂の天井を仰ぐ。
「ここにいたら実戦経験なんて出来ないものね。2人の事を考えると、早いうちから一般の人としての町での過ごし方とか、魔物や盗賊とか山賊との戦い方とかは学んだ方がいいのかもしれないわ。私達は浮き世離れしているから、そこら辺は実践的に教えられないし…。私もいくらあちこち放浪したと言っても、コソコソ隠れながらだから教えたい物とは違うわ。」
「…テッシンさん達がいいって言って旅に出ちゃったらさ、何だか寂しくなりそうだね。」
イツキがポツリと零すとララミーティアはイツキにぴたりと寄り添う。
「そうね、でも子を持つ親の気持ちってこんな感じなのかしら…。」
「あの2人はこれからきっと苦労するだろうから、今のうちから色々経験させておきたいけれど、ずっと手元に置いて成長を見守りたい。難しいわ…。」
ララミーティアはイツキに寄りかかる。
「でもね、最近ルーチェが「ティアが1人であちこち行ってた頃はどうだったの?」って事細かにあれこれ質問してくるのよ。あの子なりに巣立つ準備を始めているのかもしれないわ。見た目より凄く賢い子だから。」
「ガレスも最近凄く冷静になってきたなー。とても7歳とか6歳の子供とは思えないよ。こっちが年齢を忘れてしまうくらいしっかりしてるんだ。」
イツキはララミーティアの肩に手を回す。
ララミーティアは目を伏せがちにして口を開く。
「テッシンとキキョウが来るのは何年後かしら、それまでに私達が出来る範囲で色々教えましょう。」
「そうだね。そもそもあの2人の意見も聞かないといけないしね。」
それからしばらくお互いに身を寄せ合ってじっと浸かっていたが、のぼせそうになって入浴の時間は終わるのだった。
その後みんなが寝静まった後、イツキはララミーティアが気がつかないようにそっと忍び足で外に出た。
久し振りに『天啓』を使ってみると、すぐにデーメ・テーヌが天啓ウィンドウに現れた。
『あらイツキ。どうしたの?』
「お久しぶりです、デーメ・テーヌ様。実はちょっと加護のことでベルヴィアに相談したいことが有りまして…。ベルヴィアを呼んでいただくことは出来ますか?」
『加護ね、いいわよ。少し待っててね。』
デーメ・テーヌがそう言うと視線を下に落として何やらパカパカと入力しているようだった。
ベルヴィアに替わるまでの間、イツキはデーメ・テーヌに近況を報告していた。
加護を授けた2人が順調に成長していると聞くとデーメ・テーヌは嬉しそうにうんうんと頷いていた。
やがてベルヴィアが天啓ウィンドウの中に現れる。
『久し振り!そっちはもう寒くない?春になったら行こうと思ってるんだけど。』
「おお、ベルヴィア久し振り。元気にしてた?こっちはそろそろ春ではあるんだけどさ、実は折り入って、ちょっとさ…、相談があって…。」
イツキが俯いてゴニョゴニョと喋る。
ベルヴィアがそんな事はお構いなしでズケズケと質問を続ける。
『え?ちょっと何?そういやティアちゃん居ないじゃん、どうしたの?おやぁ?喧嘩?ちょっとちょっとー、何があったのよー?』
「待って待って!そうじゃないんだ。…あのさ、実は…女性用の下着とかナプキンとかが欲しいんだけどさ…。」
ベルヴィアが天啓ウィンドウの向こう側で飲んでいたお茶を勢い良く噴き出す。
『へ、変態!だーからティアちゃんが居ないのね!変態だわ!いやーっ!』
「わーっ!!だーっ!!ちょ、ちょっと!みんな起きちゃうだろ!!シーッ!!待て待て!誤解だよ誤解!」
『日頃あれだけティアちゃんとイチャコラこいているのに!あーヤダ!ケダモノじゃない!なんだかそっち行く事に抵抗感が生まれたなぁー私!』
「こらバカ!違う!待ってよ!もっと静かに喋れよ!違うんだって!!」
イツキの後ろで本邸のドアが開く音が聞こえる。
慌てて振り向くと、寝ぼけ眼を擦りながらララミーティアがフラフラと本邸から出てきた。
「…こんな時間に何してるの?あら、ベルヴィアじゃないの。天啓が来たの?」
『違うのよティアちゃん!気をつけなさい?この男変態よ!私に下着を寄越せって詰め寄るの!!変態よ変態!!』
「おーい!コラ!勝手に話をねじ曲げるんじゃないよ!誤解だよ誤解!」
「………?」
その後地面に正座したイツキがポツリポツリと喋り出す。
ララミーティアはイツキの後ろで腕を組んで立っている。
雰囲気は出会った頃の謎の狩人だ。
「懐かしいなぁ」と、とてもではないが言える雰囲気ではない。
「あのさ、普段ティアはさ、その下着とかさ、穿かないじゃん。いつだったか、春頃に月の物が来るかもってさ、言ってたからさ、何かザラザラしたリネンとかじゃなくてさ、地球のちゃんとしたやつをさ、使って欲しいじゃん。でもさ、そんなの俺買ったこと無いからさ、俺の知識だけで召喚できそうか?とかどんなのがいいのか?ってさ、あと市販の痛み止めとかそういう薬はさ、召喚したこと無いけれど出来るか?ってさ、ベルヴィアに聞きたかっただけだよ…。」
『あぁ、そうだったのね…。はは、何て言うかゴメンネー…。あはは…。』
「召喚出来るかも分かんないのにさ、ティアを悪戯に期待させられないじゃん。だからこっそり相談しようとしたらさ、この慈悲深い偉大なる女神様が有ること無いこと大騒ぎし始めて、俺ははれて神様からの御墨付きの変態だよ…。」
『んー出来る出来る!出来るからさ、本当疑ってごめんね!おまけで普段使いのやつも付けるからさ、ね?』
ベルヴィアは流石に申し訳なかったのか慌てて手元の端末を慌ただしく操作し始める。
ララミーティアは正座しているイツキを後ろからぎゅっと抱きしめた。
「そんな事憶えててくれたのね…、嬉しい…。私のために色々考えてくれてたんだ。」
「そういう時って男は大したことしてあげられないじゃん。病気や怪我でもない痛みに治癒魔法が果たして効くのかなんて知らないしさ。何とかしてあげたかったんだよ。お騒がせしちゃってごめんね。」
「ううん、ありがとう。大好きよ。こっちこそごめんなさい。」
ベルヴィアがしきりに咳払いをする。
『あー、いいかしら!準備できたからいつでもやっちゃって!』
そうして無事お目当ての物をゲットしたイツキはララミーティアに「明日説明するよ」と言って一式を渡した。
ララミーティアは目頭を熱くしながら「うん」と頷いてアイテムボックスへと仕舞った。
『ふ、2人の親密度も爆上がりって事でめでたしめでたしね!あーなんか逆に良かったわぁ。うん、本当良かった。お、終わったけどいい感じでバッチグーっていにしえの言葉もあるしね…。』
「後でティアに渡しても好感度の上がり方は変わらなかったと思う。」
「そうね、私も全く持ってそう思うわ。」
ララミーティアが冷たい表情でベルヴィアに言い放つ。
イツキは更に畳みかける。
「それにその諺は『終わりよければ全て良し』だし、加害者側が言うのは違うと思う。そもそもことわざがどうかも怪しい新しめの言葉だけどね。」
『お、おかしいなぁ?縄文時代くらいにはそういうニュアンスのいにしえの言葉がブームになってた筈なんだけど…あっ…!あれだほら!なんだっけ、そう!忙しい!忙しくなったから切るね!じゃあもっと春になったらねー!ああ、忙…』
そういうとベルヴィアが映っている天啓ウィンドウはブツリと切れてしまった。
「分が悪くなって逃亡したな。」
「まぁベルヴィアらしいわね。」
「引っかき回されたけど、まぁ終わりよければ全て良しだな。」
「最後が良ければ全部良かったねって意味?」
ララミーティアがコテンと首を横に傾げる。
「その通り!まぁ無事丸く収まったしいいじゃんって意味。割と好きな言葉だよ。」
「良い言葉ね。でも確かにベルヴィアが言うセリフではないわ。」
イツキとララミーティアは見つめ合ったままクスクス笑いだし、それから2人はしばらく立ったまま抱き合って2人だけの世界に入っていた。
「…ねえねえ、こんな真夜中に外で大騒ぎして抱き合って…、本当に何をしているの?ルーチェたち騒がしくて何かあったのかって目が覚めちゃったよ。」
「いくら外に魔物が居ないからって…、イツキもティアも外じゃなくて中でやったら?」
本邸から目をこすりながら出てきたガレスとルーチェに見つかった。
今日の18時に本編とあまり関係ない閑話を挿入しました。
よろしければ是非見て下さい。
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召喚については使用者の持っている情報が詳細であったり召喚実績のある物であればベルヴィアの方で自動的に処理して対応するようになっています。
初めての物やあやふやな情報しかないものについてはベルヴィアが手動で処理するイメージです。
なので食べられない物のようなベルヴィアの興味がない分野の物については召喚にやたら時間がかかったり天啓を通じてクレームが入ったりします。





