閑話.観察ルーチェ
喋りが拙かった頃のルーチェが一生懸命奮闘する話です。
ガレスとルーチェがイツキたちの元へ転がり込んでしばらく経ったある日の事。
イツキとララミーティアとで夕食の支度を仲良くしていた時、ルーチェが二人の側でじっと何も言わずにその様子を眺めていた。
「相変わらずティアの作る料理は美味しそうだなぁ。見てるだけで口の中に涎が溜まってくるよ。」
「ふふ、そんな風に言って貰えると作り甲斐があるわ。誰かのために作れるって本当に幸せな事よ。」
「………。」
ルーチェが見ていることに気が付かず会話を続けるイツキとララミーティア。
ルーチェはその様子をじっと見つめて誰にも聞こえないような小声でボソボソと何かを喋っている。
「俺も愛する人が心を込めて作ってくれた物が食べれるなんて幸せだよ。どんな料理よりも美味しく感じるよ。」
「ふふ、そう?」
「ああ、ティアが心を込めて作ってくれたんだって思うときね、とても幸福感で満たされるんだ。この幸福感は召喚した料理では味わえないよ。間違いないね。絶対だ。」
「愛しいイツキがそんな風に言ってくれると、私も心が蕩けそうになっちゃう。ふふ、イツキが美味しそうに食べている姿を思いながら作っているの。だからきっと私の想いがいーっぱい込められているわ。」
「それを言うなら俺のジャーマンポテトだって相当込められてるよ!ティアが喜んでくれるかなぁってさ!ほら、見てよ。めっちゃこもってるでしょ?」
「ふふふ、ちょっと目では確認出来ないわ!後であーんして確認させて、ね?」
「………。」
ララミーティアは鍋をお玉でぐるぐるとかき混ぜながらイツキに絡みつくような視線を送る。
イツキもララミーティアの隣に立ってベーコンと玉ねぎやジャガイモのスライスが入っているフライパンを振りながら負けじと熱い視線をララミーティアへ送る。
ルーチェの視線にようやっと気が付いたララミーティアがルーチェに声をかける。
「あら、味見したいの?」
「ちがう、だいじょうぶよ!」
ルーチェはニコッと笑うとソファーの方へトテトテと走っていき、再びブツブツ言いながらお絵描きを始めてしまった。
「何かしら?」
「じっと何してたんだろ?」
イツキとララミーティアは首を傾げる。
また別の日、午前中のイツキの鍛練が終わって昼食を食べた後、いつも通り満腹で眠ってしまったガレスとルーチェ。
布団をそっとかけて、イツキとララミーティアは座ったままお喋りをしていた。
「…でね、ベルヴィアがイツキの召喚した肉まんを『美味しい美味しい』ってね、物凄い勢いでわーっと食べちゃったんだけどね、アテーナイユ様が『ベルヴィア、ところで紙はどこに捨てたんだ?』って聞いたらベルヴィアが真っ青になって『えっ…!紙なんてついてたの!?私食べちゃった…!』って!」
「ははは!そそっかしいな!でもベルヴィアらしいね。まぁあんな紙食べたところで死にはしないよ。」
「………。」
イツキとララミーティアは子供達を起こさないよう声を殺してクスクス笑う。
ルーチェが片目だけ開けてその様子をじっと見ている。
「そうなの。私も『別にそんなペラペラの紙くらい食べたって死にはしないわ』って言ったけど、ベルヴィアったら一生懸命口の中に手を入れてね、キキョウが『もう手遅れよお、今頃身体の中をフラフラ旅してるわあ』って!」
「キキョウさん言いそう!ティアのモノマネは上手だなぁ。アテーナイユ様の真似も喋る感じが浮かんでくるもん。」
「ふふ、ベルヴィアったら『私死んじゃう!』って半べそかきながら騒ぎ出しちゃって、本邸の入り口を何度も何度も通るのよ。そうしたら『身体の『身体の『身体の』』』って壊れたかと思うくらい何度もメッセージが流れて。『グリーンな訳ないわ!レッドよ!』ってその場で必死な顔で何度も行ったり来たりして騒ぎ出して、それを見てた聖フィルデス様が飲んでた麦茶で咽せちゃって。」
「あはは!本当にベルヴィアは大袈裟だなぁ。あー俺も見たかったなぁ、その時何してたんだっけー?」
「………。」
小さく口をパクパク動かすルーチェの視線に気が付いてイツキが慌てて謝罪する。
「お、すまんすまん。起こしちゃったかな?」
「ううん、だいじょうぶよ!」
そう言うとルーチェはガレスの方を向いて眠り込んでしまった。
「…?」
「…?」
イツキとララミーティアはお互い見合わせて肩をすくめるのだった。
風呂上がりにイツキとララミーティアは2人でソファーに背中を預けて、透けて見える天井に広がる冬の凛とした夜空を眺めていた。
辺りは満天の星空で、今にも星屑が落ちてきそうな程に星々が瞬いている。
「冬は一層綺麗だね。こんな綺麗に瞬く星空を見れるなんて、ちょっとこのレベルの満天の星空はこの世界に来ないと見れなかっただろうなぁ。元居た世界は空気が汚れていた上に夜でも街の明かりが凄くてなぁ、ここまでのは見れなかったわー。」
「ええ、本当に綺麗。イツキと出逢うまではこんなに綺麗なのにちゃんと見たことが無かったわ。見ても何にも思わなかったのねきっと。」
「まぁ、でも星空なんて序の口だな、序の口。アレに比べれば大したことないな。」
イツキがヤレヤレと言わんばかりにわざとらしく困ったような表情を浮かべる。
ララミーティアが首を傾げる。
「あら、そんなに凄いものなんてある?」
「こんな星空よりももっと綺麗に瞬くものがあるだろ?」
「うーん、何かしら。この世界では当たり前な物でもイツキにとってしてみたら凄く珍しい物って結構あるものね。そうねえ…。」
ララミーティアがなぞなぞを解くかのようにアレでもないコレでもないと考え込む。
「降参よ、星空より綺麗に瞬くものなんて思い浮かばないわ。だってこんなに綺麗なのよ?」
「こんなチンケな星空より、ララミーティア、君の方が比べものにならない程に綺麗に瞬いているさぁっ!星は君の美しさを引き立てる為の引き立て役でしかないよ!」
「ぶっ!あはは!イツキったら!もうバカ!」
あまりの臭さに噴き出したララミーティアがソファーに身体を投げ出したように座ってズボンのポケットに手を突っ込んでいるイツキのポケットに自身の手をえいと強引にねじ込む。
くすぐったくて笑っていたイツキだったが、その温もりに2人はやがて穏やかに微笑みあう。
「イツキの手温かい。今ここにちゃんと居るのね。」
「えー?俺いつも居るよ?幻じゃないよ?」
イツキが眉を八の字にして肩をすくめる。
ララミーティアはクスクス笑ってイツキの手をぎゅっぎゅっと握る。
「夢でも幻でもない、今ここにあなたが居る事が何より幸せよ、イツキ。」
「嬉しい事言ってくれるなぁ。そっくりそのまま返すよ。」
「………。」
ララミーティアがイツキのポケットから手を出し、少し離れた床でお絵描きをするふりをしてじっと聞き耳をたてていたルーチェに向かってすごい早さで近寄ってルーチェを抱き締める。
ガレスは風呂に入っていて近くには居ない。
「わぁ!な、なんでもないよ!」
「捕まえたー。何でもない事ないでしょ?ルーチェ最近私達の話を聞いてブツブツ何か言ってるけれど、何かあったら言ってほしいわ。」
「そうだなー、俺達に出来ることがあったらやってあげたいよ。ルーチェ、何かあるんじゃないかい?」
2人がルーチェに優しく話し掛けると、ルーチェはモジモジしながらたどたどしく話しはじめた。
「えーとね、るちぇね、しゃべるのへた。ガレスにね、ちゃんとね、るちぇのおもうことね、いいたいの。イツキとティアのしゃべるのきいてね、たんれん、してたの。」
ルーチェは盗み聞きしてた訳ではなく、単純に流暢に喋れるようになりたかっただけだった。
ルーチェの口からその思いを聞いてイツキとララミーティアは胸がじーんとする。
「そうかそうか、じゃあさ、ガレスが見てないときにお喋りの練習しようか?」
「そうね。私から料理を教わりたいとか何か自然な理由をつけて一緒に練習しましょう?」
2人の提案を聞いてルーチェの表情がぱあっと明るくなる。
「うん!ありがとう!」
それからルーチェはララミーティアと一緒に行動する事が増えた。
ガレスが近くに居ないときにはララミーティアがイントネーションを何度も復唱させた。
「そろそろご飯の時間よ。早くテーブルにいらっしゃい。」
「そろそろごはん、のじかんよ。はやくテーブル、にいらっしゃい。」
「今日は肉じゃがを作ってみたわ。ちゃんと出来ているかしら。」
「きょう、はニクジャガをつくってみたわ。ちゃんと出来てる、かしら。」
ララミーティアがしゃがんでルーチェを抱き締める。
「上手よルーチェ。本当に可愛いわ。あっと言う間に上手になったわね!」
「えへへ、ルーチェほめられた!ティア、だいすき!」
ルーチェはララミーティアの胸に顔をグリグリ押し付けて喜びを爆発させる。
ララミーティアはそんなルーチェの頭を優しく撫でる。
「ふふ、ルーチェはいい子ね。お利口さんよ。」
「いい子、お利口さん…。」
ルーチェがララミーティアの言葉を復唱したままぼんやりと考え込む。
「あら、どうしたの?今のもとても上手よ?」
ララミーティアがルーチェの顔を見つめて首を傾げる。
ルーチェのつぶらな瞳からポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。
ララミーティアは慌ててルーチェを抱き締める。
「あらら、ルーチェの可愛い目からポロポロ涙がこぼれているわ。どうしたの?」
「ルーチェね、おかあさん、とガレスのいたまち、にきたの。おかあさんね『いい子だから、ここで待ってて。お利口さんだから出来るかな?』ってルーチェ、にいったよ。でもおかあさん、こなかったの。」
ルーチェは母親に捨てられた日のことを鮮明に覚えているらしい。
ララミーティアが偶然口にしたキーワードがトリガーとなり、母親に捨てられた日のことがフラッシュバックしてしまったようだ。
「ルーチェ、お利口さん、で待ってたよ。でもね、おかあさんね…。でもね…!お利口さん、できなかったの?ルーチェ、がんばったよ…?」
「そうだったのね…。でももう大丈夫よ。私もイツキもルーチェの事が大好きよ、勿論ガレスもね。私は絶対にルーチェを離さないわ。私の可愛いルーチェ。」
ララミーティアがルーチェの頬にキスをしてきつく抱きしめる。
ルーチェは何度もしゃくりあげてララミーティアにギュッとしがみつく。
「ティア、だいすきよ。ルーチェ、おいていかないで。ティア、ティア…。おいていかないで…。ルーチェ、お利口さん、にするよ?おいていかないで…。」
「よしよし、もう大丈夫。大丈夫よ。私の可愛いルーチェ。安心して、私もイツキもルーチェを置いていかない。愛してるわ、可愛いルーチェ。」
「うう…。ううう…。」
ルーチェはおいおいと大泣きしながらララミーティアに必死にしがみついていた。
その間もララミーティアはルーチェの背中を優しくさすっていた。
やがてルーチェは泣き疲れてララミーティアの温もりに包まれたまま眠ってしまった。
「…おかあさん…。おかあさん…。」
「よしよし、もう大丈夫よ。よしよし…。」
ララミーティアはルーチェを抱き抱えたままソファーに移動し、ルーチェを横抱きにしてソファーにゆっくりと腰を下ろした。
涙の後を手で優しく拭い、眠っているルーチェの髪をそっと撫でつける。
「私…、ルーチェのお母さんになれるかしら…。ルーチェ…。大好きよ。私の可愛いルーチェ…。」
ルーチェはララミーティアの腕の中ですうすうと寝息をたてていた。
やがてガレスとイツキが帰ってきて本邸の中に入ってきた。
「ただいまー腹減ったー。」
「ただいま!」
「しーっ!」
イツキとガレスに静かにするようララミーティアが窘める。
ルーチェがすうすう寝ているのを確認したイツキとガレスが息を殺してゆっくりとソファーへ寄ってくる。
「ルーチェ寝ちゃったのか。」
「話をしているうちにね、どうもお母さんに置いて行かれた事を思い出したようなの。それで泣き疲れて寝てしまったわ。」
ララミーティアが目に涙を溜めながら慈愛に満ちた表情でルーチェを見つめる。
ガレスが辛そうな表情を浮かべる。
「詳しい事は分からないけど、ルーチェの母親はルーチェを捨てたんだ。エルデバルト帝国では人族が何の後ろ盾もなしに亜人で、それにゴブリンの血を引く子どもを育てるのは難しいよ。仕方がなかったんだろうね。そんな事はわかってる。わかってるけどさ…。残酷過ぎるよ…。」
「俺達は絶対に2人を捨てたりしない。例えこの腕が千切れそうになっても、だ。世界中を敵に回しても俺達は2人を捨てたりしない。」
「そうね。私達は2人が大好きよ。あなたたちをずっと想っているわ。」
イツキはガレスの頭に手を乗せて真剣な表情で告げる。
ガレスは何かを我慢するような顔をしつつ微笑む。
「イツキもティアもありがとう。俺たち本当に幸せだよ。」
ガレスはそう言うとルーチェの頭を優しく撫でる。
ルーチェがパチッと目を覚ます。
「ガレス、みんな!ルーチェ、寝ちゃった!えへへ。」
「ふふ、スッキリしたかしら。」
ララミーティアがルーチェの頬にキスをして微笑む。
ルーチェは顔中に笑顔の華を咲かせてララミーティアの頬にキスを返す。
「うん!ティア、イツキ、ガレス、だいすきよ!」
笑顔のルーチェにつられ、本邸は笑顔に包まれた。ルーチェはいつだって太陽のようだ。
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