6.遭遇
「……そこを動くな!貴様、ここで何をしている!?」
茂みの方から突如叫び声が聞こえてくる。
一樹は慌てて両手を挙げて振り返る。
しかし手を挙げた動作がこちらの世界では通用していないようで、無情にも矢が一樹目掛けて飛んでくる。
(うわ!ホールドアップが通用しない……!)
かわす余裕もなく、矢は一樹の脚に刺さろうと飛んできた。
しかし矢は一樹に刺さるどころか、小石がぶつかったかのようにぽろっと地面に落下してしまった。
(え、あれっ?刺さらない……?)
一樹は徐に矢を拾い上げて茂みの方に向かって声をかける。
「あっ、えーと。あのー、この辺の人ですか?あのー、痛っ!いてて!近所の……いてっ!近……痛い痛い!ちょっと落ち着いて下さい!」
一樹は次から次に小石を当てられているような感覚で受けた矢を一本一本拾いながら、茂みに向かってゆっくり歩みを進める。
矢が刺さるどころか、まるで石ころのように当たってはポロポロと落ちる様を見て焦ったのは一樹だけでなく、矢を打っている方も同様なようだ。
「く、来るな!人族がここに一体何の用だ!」
「人族?あ、えーと、俺、人間じゃなくて人族なんだっけ。あっ、そこの白くて丸い小屋?に今日……痛っ!引っ越して来ました、百草一樹と申します。いてっ!あの、ふ、不審者じゃないっす!痛いんで一旦やめて下さい!本当!いててっ!マジで!」
一樹が困り果てて両手を上げて降参のポーズをする。
やがて茂みの中からガサッと人影が出てきた。
「……ほぁぁ……。」
一樹は思わずみっともない声を出してしまった。
(み、耳が長いっ!肌が紺色!!ファンタジー物に出てくるダークエルフっぽい女の人きたー!)
と、緊張感もなく、思わず興奮してしまう一樹。
肌は濃い青で、銀色の長い髪を靡かせており、瞳は綺麗な紫色をしている。
耳はエルフらしく、まるで重力に逆らうようにピンと尖っている。
丈夫そうなレオタードのようなものを着ており、両手に革製のようなアームガード、両脚も革製のようなレッグガードをしている。
はっきり言ってとてつもなく色っぽい。
造形美とはこの事かと思わず見とれてしまう。
弓までエルフっぽい!と、必要以上にテンションが上がる一樹。
「貴様、……何者だ。」
「あ、えーと名前がイツキで、苗字、あーいや家名かな?家名がモグサです。種族は人間?いや人族で男、年齢は38歳、独身恋人なし、今日さっき引っ越してきました。あ、これ矢、返しますね。」
「どうぞ」と片手に矢の束を持ってダークエルフの方へ恐る恐る手を伸ばす。
一樹の的はずれな行動や自己紹介に、思わず噴き出してしまったダークエルフ。
しかしそれでも警戒心を解くことはなく、ある程度距離をとったままサッとそれを奪い取った。
「自己紹介をしろとは言っていない!それにこんな場所へ引っ越して来ただと……?」
じりじりと後ずさりをするダークエルフ。
疑いの目を向けていたが、やがてフッと険しい表情を漸く解いた。
一樹は困ってしまったと言わんばかりに苦笑いを浮かべている。
「……まぁ、私を討伐しに来た人族ではなさそうだな。」
物騒な言葉に思わずたじろぐ一樹。
「え!?そ、そんな……と、討伐って!動物や魔物じゃあるまいし、人も討伐するもんなんですか?」
「……こんな見た目だ。よく討伐に来る輩が森をウロウロしているから、いつも追い返している。」
意志の疎通も出来て、見た目も到底、魔物には見えない。
この世界の基準がよくわからなくなる一樹。
「見た目?ええぇ……?物騒なんですね……。怖いなぁ。」
「しかしその妙な格好は何のつもりだ。それに今朝までその妙な白い建物など無かった。一体何者だ……?」
「やっぱりこの格好変ですか?森と全く調和が取れてないから、自分でも薄々そんな気はしてました、はは……、ちょっと恥ずかしいな。あ、とりあえず俺のことはモグサとか?まぁイツキとでも呼んで下さい。立ち話もなんなんで、座って話をしませんか?敷くものとか何もないですけどね、はは。いやいや、本当に……。はは……」
美人に耐性がなくて、ついつい早口で言葉が多くなってしまう。
失礼だとは思いつつもバレないようにチラチラと盗み見をする。
(しかし本当に美人だな……!)
エルフは美形が多いというセオリーまで踏襲しているのかと感心してしまうの一樹。
(しかもダークエルフッ!やたら色っぽい!)
「……貴様、先程から何故ジロジロと見ているんだ。」
(見てたのバレてた……!)
暗い表情を浮かべてイツキを睨みつけるように見る。
イツキは思わず見とれてチラチラと盗み見してしまった事が不快感を与えてしまったと思い、しどろもどろで慌てて言い訳を始める。
こう言うときはあまり嘘をつかないことが最適だと思い、洗いざらい正直に話す事に。
「あ、何故って……、あの、本当にチラチラとすいません……。人間……人族か。人族以外の方を見るのって本当に初めてでして『いやぁ凄い綺麗な人だなぁ』……と思っただけなんです。えーと、本当にそんな邪な気持ちじゃないというか、あまりにも綺麗なものをみると声もでないみたいな?そういう事ってあるじゃないですか。無いかな?へへ……。と、とにかく!そんな下心とかじゃないんです、盗み見たつもりだったんですけど。いや十分に邪ですね。すいません!本当に……。」
後頭部をポリポリかきながらペコペコと上半身を下げるイツキの姿を見て困惑するダークエルフ。
「あ、いや……、そういう事ではなく……!」
ダークエルフは髪の毛を撫でつける仕草をする。
長い耳がピコピコ動いているが、あまりジロジロ見ると「貴様また盗み見したろ!」と言われかねず、これ以上この人に不快感を与えるわけにはいかないぞと思い、見たい気持ちをぐっと我慢する一樹。
「……私はダークエルフだぞ。貴様だって噂くらい知っているだろう?なぜ平気でいられるんだ。」
「え?あの、すいません。噂?えーと、あなたは有名な方なんですか?そういう世間の流行に疎くて、その、ちょっとよくわかんなくて……。役者さんとか、あの、偉い人とかなんですか?」
「……っ!そ、そういう事ではない!からかうな!な、なぜ私を平気で見ていられるんだ!?」
いまいち噛み合っていない会話に首を傾げたくなる一樹。
ダークエルフの方も相当困惑している。
「人間、いや人族?以外を見るのが初めてでして、知っては居ますが、ダークエルフは人族には見るのが難しい種族なんですか?まぁ平気ではないですよ!ドキドキするに決まってるじゃないですか……!あの、あなたが……その、本当に美しいなぁなんて……、いや本当にすいません!気持ち悪いですね俺。ちょっと舞い上がっちゃって……。はは、参ったな……。」
じっと見られているのが段々照れ臭くなってきて頬をポリポリとかくイツキ。
ダークエルフは一樹の的外れな回答に、キツネに摘ままれたような表情を浮かべた。
「驚いた……、その様子から察するに、貴様は本当に何も知らないようだ。普通、他のダークエルフが居るのかは知らないが、私を見ると怖がったり、嫌悪感を示したり、とにかくロクな扱いを受けない。討伐されそうにすらなる。まぁ……無理もない、こんな魔物のような見た目だ。」
そう言って切ない表情で軽く笑って見せたダークエルフ。
一樹はドキッとしてしまった自分を誤魔化すようにまくし立てる。
「魔物ってまだ見た事ないんですけど、なんかこう、ガオーって来る獣みたいなのとか、意志疎通出来ないスライム的なのとかゴブリンやオーク的なものなんじゃないんですか?あの……、失礼を承知で言いますが、俺はその、とてつもない美人が来たぞと思いましたよ?初対面で本当、とんでもなく失礼な事言ってると思いますが……。何言ってるんだろうな、気持ち悪くてすんません。」
自分で言ってて、段々と何言ってるんだ俺はとこっぱずかしくなる一樹。
(こういうときにコミュ障の自分を呪いたくなるな……)
しかし一樹がふとダークエルフの表情を盗み見ると、ダークエルフは嫌悪感というより、心なしか嬉しそうに見えた。
思い上がりかと自身を戒める一樹だったが、ダークエルフの表情がふっと緩んだ。
「私はこの辺りに住んでいる見ての通りダークエルフ族のララミーティア。ララミーティア・イル・リャムロシカだ。こんな所まで来る者なんて変わり者の行商人しかいないから、私を討伐でもしに来た人族かと思って弓を撃ってしまった、申し訳なかった。」
「いえいえ、良いんです!別になんともないですし!ほら、俺、なかなか変な格好してるから、思いっきり不審者ですし!怪我もほら、全然!」
一樹が両腕で力こぶを作っておどけてみせる。
「それにしてもイツキ、だったか?信じられないくらい強いのだな。矢がまるで刺さらなかった。それに……すごいな、魔力も私に匹敵するくらい、いや、もっとあるように見受けられる。」
「なんですかね、矢を受けたのは初めてでしたが、全然なんとも無くて、自分でも驚いてますよ。しかし、人族が魔力多いって珍しいことなんですか?」
イツキ自身はまだ他人の魔力はおろか、自分の魔力さえもなんとなくでしか感じ取ることが出来ない。
(今までにない感覚が身体中を巡っている感覚はわかる。でも、そんな魔力の多そうな人が弓矢で攻撃してきて何ともないって事は、ある意味手加減してくれたって事なのかな……)
と、思うイツキ。
「ああ。魔力が多い人族は稀にいるが、多分、イツキほど魔力を持っている人族は他には見た事がない。その妙な格好に、変な白い建物。それに魔物を見た事がない者なんて赤子くらいだ。そんな人族がこんなところに引っ越してきたなど到底信じられない。イツキは本当に何者だ?」
ララミーティアは今後もご近所つき合いをするかもしれない人だ。
下手に嘘を付くよりかは、信じる信じないは置いておいて、正直に話した方がいいかもしれないい。
イツキはそう思って覚悟を決めた。
「あー……信じて貰えない滑稽な話だと思いますが、俺この世界の人間、いや人族?だっけ、とにかくこの世界の人族じゃないんですよ。」
「……?」
「いや、ほら、あの……もともと魔法が無くて人族しかいない世界に居たのですが、過労死、あ、死んじゃって、神様に拾ってもらって、この世界に転生って形でやってきた――みたいな感じです。ここから歩いてしばらくした場所に落とされて、とりあえずここまで歩いてきたって感じです。滑稽すぎて信じられないですよね……。困ったな……。」
イツキは頬をポリポリとかき、俯きながら話す。
「……いや、そっちの方がまだ信じられる。」
「へ?あ、そ、そうですか?」
「ああ。今朝空き地だったところに見たこともない建物が急に建っているんだ。それに見たこともない妙な格好。ダークエルフを見ても何ともなく普通に接する姿。……まるで別の世界からやってきたと聞いた方が納得出来る。それに、イツキが嘘を付いてない事くらい分かる。」
そう言うとララミーティアの右目から青い光が溢れてきた。
明日からは朝7時投稿のみで様子を見ようと思います。





