562.魔導エンジンと赤ちゃん達
教国歴四十二年春の期 1日
本邸周辺が子育てで大忙しな中、本邸のリビングではニコをリーダーとした教国関係者、そしてデーメ・テーヌとウーラガンがテーブルを囲んでいる。
昨年の夏前から始まったネジやバネの製造が首都ミーティアの鍛冶屋の中でもドワーフ以外の者が取り仕切っている工房で本格的に始まり、試行錯誤を繰り返しながらも徐々に流通し始めた。
ゴムについても初めから樹液が採取可能な成長した木も天界から沢山貰っていて、ゴムの製造自体も既に可能になっている。
期が熟したという事でついにとある計画が始まろうとしていた。
「これが魔導エンジン…ですか…」
大型のウィンドウ画面に映し出されている煙を吐き出さない蒸気機関車のような乗り物がレールの上を力強く走っている。
ニコ達教国関係者は興奮を隠しきれないといった様子でウィンドウ画面を食い入るように見つめている。
「そうだ。これ自体は魔導機関車。この巨体を動かしている動力源こそが魔導エンジン。ちなみに魔導エンジン自体はこれだ。次を頼む。」
「はい。」
ウーラガンの言葉を受けて画面を切り替えるデーメ・テーヌ。
すると画面には何故かどこかを小走りで走っているテュケーナの後ろ姿が映し出された。
『テーヌちゃぁん!こっちこっちぃー!』
『ふふっ!ちょっと待ちなさいよ!ああっ、惜しいっ!』
時々画面の下の方にデーメ・テーヌの声とともに手が見切れて映る。
『えへへ、私を早く捕まえてぇ!』
『テュケーナ待ってよ!ふふっ、ねえ!私達今、世界で一番輝いているわね!テュケーナ!!』
『テーヌちゃぁん!愛してる!!』
『私もーっ!!私もテュケーナをーっ!!愛してるわぁーっ!!』
デーメ・テーヌのセリフに画面の中で無邪気に微笑むテュケーナ。
「ギャーーーッ!!ま、間違ったぁーーーっ!!あわわわ…」
想定してなかった映像を映し出してしまったようで、デーメ・テーヌは完全にパニックに陥っている。
「す、凄い…そんなバカな…!?テュケーナ様はその「魔導エンジン」とやらで動いているのか…!?」
「こんな精巧な人型の機械?まで作れるって事ですか!?凄い凄い!!革命どころの騒ぎではないですよっ!?」
「新たな生命すら作れるという事は…これはとんでもない事になりますよ!!」
ニコ達教国関係者は超大興奮だ。
ソファーに座って見ていたイツキ達夫婦やペロとエステルは、明らかにデーメ・テーヌの操作ミスである事が分かり、それを真に受けて驚愕している教国関係者達にクスクス笑いが止まらなくなる。
ウーラガンは深いため息をついてデーメ・テーヌの手元の小さなウィンドウ画面を横から操作して映像を止める。
「違う違う、デーメ・テーヌは間違えて個人的なものを投影したようだ。ほれ、ちゃんとした物を映せ。」
ウーラガンは呆れ顔でデーメ・テーヌの頭頂部にチョップをお見舞いする。
デーメ・テーヌは耳まで顔を赤くして俯いたまま操作を続けた。
魔導エンジンについては暫くの間、定期的に天界から技術者を派遣して指導するとの事。
とりあえずこの広場に魔導エンジン製造工場をダグの工房の要領で天界経由で設置する事になり、この日は一旦話しは終わった。
集まっていた面々が散っていったあと、テーブルでは耳まで顔を赤くしたままのデーメ・テーヌが俯いたまま座っていた。
「もう私消えてしまいたい。このままひっそりと消えてしまいたい。恥ずかしい。恥ずかしくて愧死しそう。」
一つからかって笑い話にでもして、デーメ・テーヌを励まそうくらいに思っていたイツキ達は、そんなこの世の終わりのようなデーメ・テーヌを見て視線を合わせては肩を竦めていた。
やがてイツキに視線が集まりだし、イツキは「ふーっ」と息を吐いてからデーメ・テーヌの隣に座り、デーメ・テーヌの背中に手を置く。
「ま、まぁ…魔導エンジンに首っ丈な人達だから…ほら、あんな些細な微笑ましいものはすぐ忘れますって。ねぇ?」
そう言ってベルヴィアに視線を送るイツキ。
急に水を向けられたベルヴィアはギクッと身を震わせながらも口を開く。
「そうそう!本当本当!ほら、あれって言うじゃないですか、ねえ?あれ。あーと、何だっけ?サ、サーラ?」
ベルヴィアは隣に立ったまま露骨に視線を外してたサーラの脇腹を肘で突っつく。
サーラは困惑気味に辛うじて口を開いた。
「そ、そうですね。「後悔先に立たず」って言いますしね。あれ?「後悔後に立つ」でしたっけ?ん?先だったか後だったか…」
そんなサーラの適当な励ましを横目にマーウーはララミーティアにマイラを預け、デーメ・テーヌの側まで来て、そして立ったままデーメ・テーヌの頭をそっと抱きしめた。
「失敗は恥ずかしいかもだけどさ、でも創造神様とテュケーナ様が本気で愛し合ってる事までは恥ずかしい事じゃないじゃん。私はこの世界を見守っている神様二人が愛し合ってるなんて、スッゴく素敵な事だと思うよ?」
「ふふ、そうね。何よりデーメ・テーヌ様とテュケーナ様が愛し合ってるなんて周知の事実じゃないの。それにデーメ・テーヌ様は首都ミーティアに住んでいる訳じゃないんだし、近所を歩けなくなる訳じゃないんだからウジウジ考えたって仕方ないじゃないの。」
ララミーティアはそう言って、マーウーから託されたマイラを眺めつつ同意を求めるように「ねえ?」と言った。
マイラはミスリルの涎掛けの手触りが気に入ってるようで、終始ペタペタと涎掛けを触っている。
「そ、そうね…そうよね。」
漸く顔を上げるデーメ・テーヌ。
イツキ達は漸くホッと安堵のため息をつく。
そしてその日の昼下がり、リビングの一角に敷かれた二組の敷き布団の上ではキョウシロウとマイラ、カルニウスとシンシア、更に添い寝役のイツキにピッタリ張り付いているタイキというまだ幼い子供達が仲良く昼寝している。
それぞれの母親達も子供達が見える位置に座って仲良くお喋りに興じていた。
この所、タイキはイツキの身体に溶け込む事が減っていた。
その代わり、同じ精霊族であるマーウーから母乳を貰うのが好きなようで、マーウーがマイラとタイキに母乳を与えている姿はよく見る光景だった。
「キョウちゃん、歯が生えてきたと思ったらもう掴まり立ちでしょ?早いねぇ。」
カルミラがそう言うと、ルキアは眉を八の字にして肩を竦めた。
キョウシロウもそろそろ一歳。
段々と言葉も単語を発するようになって成長著しいキョウシロウ。
そのやんちゃぶりもなかなかの物で、ルキアが手を焼いている姿はお馴染みの光景になっていた。
「もうホント目が離せなくて。お父さんがトウシロウさんよりもずっと見てくれるから安心っちゃ安心だけどね。」
「はは、赤子の世話なんて赤子の手を捻るもんだ。」
イツキは腹の上でスウスウと眠っているタイキの背中を優しくポンポンと叩きながらおどけた様子でそう言ってみせた。
それを聞いたルキア達は呆れ顔でクスクスと笑う。
「はは、でもイツキったらキョウシロウが転びそうになると全力ですっ飛んでくよね。あれ凄いなぁって感心するよ。」
マーウーが腕を組んだままそう言うと、カルミラも大きく頷く。
ジーニャはそんな得意気な表情をしているイツキの横顔を見ながら口を開く。
「お父さん、昔からそうだもんね?」
「イツキさんは別の世界から来たからなのか分かんないけれど、本当に子煩悩よね?クラウスなんて暇だとすぐ教国軍の演習場に行っちゃって、赤ちゃんの面倒なんて言わないと見てくれないのに。」
カルミラはそう言って困ったような顔をして笑った。
それにはルキアもコクコクと頷く。
「はは、うちのトウシロウさんも同じ。でも普通のお父さんって大概そんなもんだよ?」
「うちは牧場が忙しいからなー、エステルはペロとベッタリだし、ゲオ君には牧場に集中して欲しいかな。」
少し頬を染めるジーニャにルキアはクスクス笑いながら肘で突っついた。
「働いてるゲオ君大好きだもんねー?」
「し、仕方ないじゃん!格好良いんだもん!」
ジーニャは目をぎゅっと瞑ってルキアの肩をポコポコと殴る。
「それより、お父さんは元々子供好きだったの?」
話題を変えるようにジーニャがそういうと、イツキはタイキの背中に乗せていた手の動きを止め、徐に口を開いた。
「正直子供とか赤ちゃんと触れ合う機会が皆無だったから分かんない。んー…まぁ苦手意識も無かったけど、じゃあ好きかって言われるとそんな訳でもなかったかなー?」
「へぇ、今のイツキさんを見ているととてもそうだったとは思えないなー。」
カルミラのそんな言葉にイツキは小さく微笑みながら、穏やかに昼寝している赤ちゃん達を眺め、言葉を続けた。
「元居た世界はね、この世界より圧倒的に娯楽が多かった。そうなると必然的に趣味が多彩になる。」
「うんうん、それで?」
マーウーはワクワクした顔でイツキに続きをせがむ。
「でも自然溢れるこの世界にやってきてさ、元居た世界で成り立っていた趣味みたいなのは道具や媒体、環境が全部無くなるから軒並み出来なくなる。そうなるとね、一気に無趣味な人になっちゃうな。」
「絵が一切描けない世界に行ったら私も無趣味な人になるかも。」
ジーニャがそう言って難しい顔をしながら腕を組んだ。
「だろ?そうなるとさ、戦った経験も刃物を振り回して魔物を倒した事もないヤツが行き着くとこってさ、ちょっとした手作業とか人と関わる事くらいなんだよ。人と関わる機会が多くなる。お喋りしたり。そんな風に長年人と関わっているうちに、子供とか赤ちゃんの世話って案外面白いなって思って、いつの間にか生きがいのようになった…そんな感じかな。ほら、お陰様で人より凄い身体能力じゃん?」
「あはは、その凄い力を赤ちゃんや子供を守ることに使う訳だ?」
マーウーが笑いながらそう言うと、イツキは目を閉じて大きく頷く。
「その通り。元中年のオジサン的にはさ?全力で子供の遊び相手をしても息切れ一つしないってのは本当に楽しいよ。」
「趣味が一気になくなって、たどり着いた趣味が子供の相手…なるほどなるほど。」
カルミラは納得といった様子でコクコクと頷きながら回転すし屋のロゴが入った筒に入っている粉末の緑茶をお代わりしている。
「稼ぐ必要もないし、そもそも荒事とか好きじゃないし、何より子供も赤ちゃんも可愛いからね。おっ?お目覚めかな?」
イツキの腹の上でスヤスヤ眠っていたタイキがパチリと目を覚ました。
「マーマ、マーマ。」
タイキはそう言ってイツキの胸をペチペチと叩く。
イツキはタイキを抱きかかえながら立ち上がり、マーウーにタイキを渡す。
「マーウー、お腹空いたってさ。ほれ、ママだよ。ちゃんとマイラの分も残しといてくれよー?」
「はいはーい、ママの所においで。ふふ、赤ちゃんはそんなお乳の量なんて気にしなくていいからね?」
マーウーはイツキに向かって笑顔をくしゃっとさせてペロッと舌を出した。
イツキは微笑みながら肩を竦めて赤ちゃん達が眠る方へ戻る。
平和な昼下がりはゆっくりと過ぎてゆく。





