46.嗚咽
慌てふためくアレクソンと隊長を何とか宥め、一旦建物の外へと出る。
ララミーティアは元々浄化についてはこっそりやるつもりで居たが、場の雰囲気を何とかしたかったのと、何より自分が大勢の前で聖女の力を示せば、この頭にくる人族のイェルクと言う男を黙らせることが出来るのではと考えていた。
(私が力を見せれば…)
ララミーティアはスッと両手を前に出して「じゃあ始めるわね」といってさっさと始めてしまう。
魔力の流れが変わり、魔力を持っている者であれば誰でも分かる程にララミーティアへと周囲の魔力が集まってゆくのがわかった。
次第に周囲に光の粒子が現れてはララミーティアへと吸い込まれていき、やがて静かな池に石を投じたように広範囲に渡って光が広がっていった。
ララミーティアはその場にしゃがみこみ、地面に両手を当てて今度は地中の魔力の流れの正常化を行った。目には見えないが、町の空気がどこか爽やかになった気がする。
「あと多分みんなが最後に目撃したのはこれね。」
そういうとララミーティアの手に再び光の粒子が集まり、やがて光は十字架の形をして聖女の十字架としてララミーティアの手に収まる。
十字架を空に向かって掲げ、白い光の矢を放ってみせる。
白い光はやがて四方八方へとまるで花火のように散っていった。
真昼の空でも分かるほどに眩しい光が優しく街へと降り注ぐ。
「最後のこれはみんなが最後に見たものよ。あまり大した意味はないんだけれどね。加護を受けた光だから、その辺の瘴気なんかは一掃出来ると思うわ。」
ララミーティアが一息ついて振り返ってみると、アレクソンと隊長は空を見上げたままポカンとしていた。
イェルクは腕を組みながら仏頂面でその様子を眺めている。
辺りを見ると町の住人達や警備兵ですら、まるで神様に祈るように手を胸の前で組んでおり、中には神の御業だと感涙している者すらいる。
さてこの後はどうしたものかとララミーティアが思案していると、イツキが急に声を張り上げて周囲に聞こえるように大声で喋り出した。
「聞いてくださいっ!皆さんが噂している『月夜の聖女』は私の妻で、その名をララミーティアと言います。彼女は私と魔境の森で静かに暮らしています。」
周囲も何かが始まったぞとシンと静まり返る。
突然のことにララミーティアも黙ってイツキの様子を伺う。
「彼女はその見た目により謂われのない誹謗中傷をずっと受け、迫害され続けてきました。謎の狩人として冒険者組合で討伐依頼すら出ているようです。討伐しようと冒険者が私達の家の近くまで来ます。このように彼女は決して皆さんに害を与えるような者ではありません。彼女は穏やかでとても心優しい、人を思いやる事の出来る私の大切な妻なんです。でも、心無い冒険者が討伐しようとやってきては私達の平穏を踏みにじります。」
イツキはまだ声を張り上げる。
仏頂面で立っていたイェルクが一歩前に出る。
「住人たちよ!騙されるな!そのダークエルフはエルデバルト帝国で奴隷として町に潜り込んで、恐怖で町を支配しようと企んでいた悪魔だ!よく見てみろ!まるで森エルフと魔物のハーフではないか!なぜこんな化け物のような魔物まがいの者に感謝をするのだ!今回の騒動もハッタリかまやかしに決まっている!」
イェルクが負けじと大声を張り上げた。
イツキはいつの間にか目尻に涙を溜めていた。
「そういう…!そういう心無い輩がくる度に…、妻は悲しそうな顔をするんです。私が追い払うと、追い払っているうちに私もやがて討伐対象になると自分の心配より先に私の心配をする優しい子なんです。悲しそうな顔をするんです。この笑顔が曇るんです。追い払うだけではダメなんです!でも、冒険者組合は討伐依頼を取り下げてくれないんです。だからどうか、どうか、もう調査という名目で愛する妻を討伐しに来るのはやめて下さい。お願いします。」
イツキが地面にガバッと這いつくばってイェルクに向かって土下座の姿勢を取り始めた。
イェルクは地面に唾を吐き捨てて「ふんっ」と言ってそっぽを向く。
ララミーティアは慌ててイツキを止めにかかる。
「もう大丈夫よ!私はそういう扱いには慣れているから平気よ!だからお願い、顔をあげてちょうだい!」
イツキは土下座の体勢のまま、今度は住人たちへ向かって土下座を続ける。
「お願いします!皆さんの力を貸して下さい!お願いします!早く取り下げるように皆さんも冒険者組合に掛け合って下さい!お願いします!お願いします!妻が、悲しむんです…!だって、何もしてないのに、ティアは悪意を…!何故!何故ティアはそんな扱いに慣れなきゃいけないんだ…!ティアは大好きだったアリーとの思い出を胸に静かに生きていたんだぞ?なのに命を狙われ慣れるって何なんだ、おかしいだろ!ティアは人族にとって何者なんだよ!なぜ何もしてないのに狙われる!?種族や肌の色で、ティアの何が分かるんだ!肌の色が人族と違うからか!?だとしたらそんな理不尽な話ってあるかよ…。どうか…!どうか頼むよ…!これ以上ティアの心をズタズタに傷つけるのはやめてくれ…。」
やがてイツキは嗚咽が止まらなくなり、ララミーティアも泣きながらイツキに覆い被さった。
「もういいの…。ありがとう、もういいの…。もう…。」
「はんっ!冒険者組合を悪者扱いか!こっちは魔境の森に調査に行く度に矢で撃たれたり罠にはめられて追い返されているんだ!廃人みたいになって帰ってきた奴もいる!ある程度実力のある冒険者だから死なずに済んだものを、こんな危険な奴らが悪意に晒されるだと!?ふざけるもの大概にしろ!破滅の魔女もダークエルフも姑息な手を使うもんだ!」
「そうやって追い返されているのはチンピラのような冒険者だけじゃないか!魔女様や聖女様は俺達住人には親切にしてくれるんだぞ!お前らは食うに困った子どもに薬草とか食材をタダで恵んでくれるのかよ!」
「そうだぞ!ひっこめ!」
「なんだと!今のは誰だ!出てこい!」
イェルクとヤジを飛ばす住人とで段々と騒々しくなっていく。
「…あの2人の姿を見てまだ冒険者組合は悪魔だなんだと言うのか…?」
「柄の悪い冒険者連中の方がよっぽど悪魔だろう…、この間子供の奴隷に紐をつけて森まで行ってたぞ…」
「月夜の聖女様の御業を目の当たりにして何を言ってるんだ…?」
「…あのガリガリの男、頭おかしいんじゃない?確か冒険者組合のやつじゃなかった?」
「真面目な冒険者も居るのに、あの手合いが地位を貶めているのか…」
「…あんなに愛し合っている2人が悪人に見えるわけないわ…」
「聖女様も旦那様もどうして虐められてるの?」
「…この町を拠点にするのは止めようか…他の町行こうぜ…」
「あのガリガリの男の方がよっぽど討伐対象じゃないのか?」
「はは、言えてる言えてる!」
徐々に群集の中からひそひそと冒険者という存在自体を疑うような声が聞こえてくる。
中にはイェルクの姿勢を疑っている様子の冒険者すら居る。
「やっぱり帰りましょう。イツキ、私達の家に帰りましょう。私、あなただけ居ればそれでいいわ。…イツキも冒険者連中を追い払っているうちに心が傷ついていたのね。ごめんね、本当にごめんね…私、気がつかなかった。私あなたを守りたい…。もう町はいいのよ、2人だけで静かに暮らしましょう。私、うぅ…。あなただけ、居れば…、うぅ…。大好きよイツキ…。」
やがてララミーティアも嗚咽が止まらなくなり、警備隊本部前はイツキとララミーティアを中心に空間が空いて、あたりは水を打ったように静まりかえっていた。
ただただ、イツキとララミーティアの嗚咽だけが辺りに聞こえていた。
「ふんっ、とんだ茶番だ!こんな茶番を見せて付け入る隙でも作ったつもりか!おい、我々の町も毒牙にかけるつもりだぞ!冒険者組合の評判を落として戦力を削ぐつもりか!強い強いと豪語する割には随分と姑息な真似をするもんだ!差し詰め破滅の魔女の差し金か?住人たちよ、騙されるな!我々冒険者組合が必ずやこの悪魔の首をとって見せよう!」
興奮したイェルクは熱弁が止まらない。
イェルクがシンとした空気を打ち破る。
しかし場の雰囲気から遠巻きに見ていた冒険者も同調せずに冷めた目でイェルクを見ている。
「おい!ガリガリになった子供の奴隷に首輪をつけて露払いとして魔境の森に連れて行く冒険者は悪魔じゃねーってのかよ!」
「そうよそうよ!バカも休み休み言いなさい!」
「恥をしれ!月夜の聖女様は森で捨てられた奴隷の子供に食料を与えて身なりを綺麗にして町に帰したんだぞ!一体どっちが悪魔なんだよ!」
住人達の野次が止まらない。
「う、うるさい!冒険者組合に守られている分際で有ること無いことキャンキャン騒ぐな!」
イェルクはつばを飛ばしながら怒鳴り散らした。
しかし住人達は一切引かない。
「町を守っているのは警備隊だろうが!」
「聖女様と旦那様を虐める悪魔!虐めるな!!」
「そうだそうだ!ボウズの言うとおりだ!」
「黙れ住人どもっ!」
唾を飛ばしながら叫ぶイェルクに石を投げる住人たち。
「悔しかったら冒険者組合がこの辺一帯を聖女の奇跡で浄化しろよ!」
「遙か昔の魔女様の時代からこの町は一度も魔女様を脅威だなんて感じた事はないぞ!こっちは代々親から子へと有り難い存在だって言い伝えられてるんだよ!魔女様も聖女様も後から来た冒険者組合が勝手に危ねえ危ねえと煽りだしたんだろ!」
住人たちの野次に青筋を浮かべて怒鳴り散らすイェルク。
「うるさいぞ!あの魔物まがいのインチキ聖女に騙されるな!エルデバルト帝国で既に被害が出掛かってるんだ!亜人な上に魔物の血が流れているから本能で我らに害を与えたいんだ!」
しかし住人たちも全く怯まない。
「これだけ浄化して魔物を根絶やしにする事が町に対する害ってか!?だったら俺達は冒険者組合がいう害とやらを与え続けて欲しいよ!」
「害を与えてるのはお前ら冒険者組合だろ!柄の悪いやつらばかり次から次へやってきてはたむろしやがって、ひっこめよ!」
もはや収拾が着かないほどにイェルクと住人との間で罵倒合戦が加熱してゆく。
怒気があたりに充満している。
「すいません!私達は町を出て行きます。ドラゴンに変身しますので、もう少々空間を開けて貰えますか?」
テッシンが周囲へ声をかけると、辺りにいた人達はさっと後ろへ下がる。
「キキョウ。帰ろう。」
「ええ。」
「皆様、お騒がせしたことをお詫びいたします。申し訳ありませんでした。それでは失礼いたします。皆様にデーメ・テーヌ様とテュケーナ様のご加護がありますように。」
ベルヴィアが鈴を鳴らしたような綺麗な声で謝罪を述べ、そして優雅に美しく一礼をする。
その神々しさに住人や警備兵だけでなく、イェルクすらも言葉を失う。
2人はその場でドラゴンへと姿を変え、イツキとララミーティア、ベルヴィアを背中に乗せるとさっさと壁の向こうへと羽ばたいて、魔境の森へと帰ってしまった。
その場に残された人々は飛び立っていく二匹のドラゴンを、ただただ眺めているしかなかった。
自分達は聖女様に見捨てられた。
町に突如もたらされた希望は一日も経たずに掻き消えた。
冒険者組合によって。
二匹のドラゴンが羽ばたく度に巻き起こす風があたりに吹き渡る。
この事件がキッカケとなり、住人たちの間に燻っていた冒険者組合への不信感が、一気に恨みとして町中へ広がっていくのだった。
テッシンの背中に乗っている2人はずっと向かい合って座ったまま抱き合って静かに泣いていた。
「いくら強くたって、これじゃあ意味がないじゃないか…、ティア…。俺はティアが安心して暮らせるようにしたかったんだ…。なのに命を狙われるのすら止められない…。ごめん、ティア…。俺はダメなやつだ…。」
「私、イツキさえ居れば他に何も要らない…。このままじゃ、イツキの心が壊れてしまう。私、イツキの心を守りたいの…、2人で静かに暮らしましょう…。」
キキョウの背中の上でベルヴィアは膝を抱えて座り、悲しい表情をして2人の様子を見ていた。
「私が余計な提案をしたから…、2人を深く傷つけてしまったわ。私、馬鹿ね…。」
キキョウは悲しそうにぽつりと「がう…」と呟いていた。
テッシンも同意するように「がう…」と呟くのだった。
暗い雰囲気のまま2人の家に向かって2体は羽ばたいてゆく。





