45.証明
しばらく隊長の後をついて行き、やがて警備隊本部へ到着した。
建物はさすが警備兵の事務所というだけあって石造りで非常な無骨な作りになっている。
入ってすぐの会議室のようなところへ案内され、一行は勧められるままに円卓に座る。
やがて大柄な警備兵がトレイに紅茶を載せて一人一人へ配っていく。
無骨な建物で無骨な男が紅茶を渡してくる絵もなかなか滑稽だが、イツキはこの世界に来て初めてこちらの世界の紅茶を口にした。
出てきた紅茶が案外美味しくて、イツキとララミーティアは思わず顔を見合わせる。
「…この紅茶、旨いな…。」
「美味しいわね。帰りに買って帰りましょう。」
そして部屋の中に隊長と中年の筋骨隆々な、まるで冒険者のような厳つい男が入ってきた。
後からガリガリで不健康そうな男も入ってきた。
隊長が口を開く。
「紹介します。こちらがこのミールの町長のアレクソン・ターナー氏です。」
「初めまして、この町の町長をしているアレクソン・ターナーと申します。既に報告は聞いております。ララミーティア・モグサ・リャムロシカ様、いや月夜の聖女様、この度はありがとうございました。」
厳つい男から頭を下げられて慌てるララミーティア。
「そんな、頭をあげてちょうだい。私は自分に出来ることをしただけよ。あと、名前が長いからララミーティアと呼んで構わないわ。」
「寛大なお言葉感謝します。ララミーティア様。」
隊長が続いて不健康そうな男を紹介する。
「続いてこちらがミールの町の冒険者組合の副支店長のイェルク・クラウゼ氏です。」
「初めまして。私がこの町の冒険者組合の副支店長をやっているイェルク・クラウゼと言います。よろしくお願いします。」
不健康そうな男は明らかに好意的ではない印象を隠さず、ぶっきらぼうに挨拶をする。
このイェルクという男がララミーティアを害する元凶の親玉かと思うと腸の煮えくり返るイツキだったが、場をぶちこわしてはいけないとグッと我慢する。
しかしイツキは我慢できずにイェルクに質問をぶつけてしまう。
「先日もお宅から派遣されてきた冒険者たちが私の愛する妻を討伐しようと魔境の森の近所まで来ました。すいませんが魔境の森の調査までとは言いませんが、妻の討伐だけは取り下げて頂けませんか?」
「それはここミール支店だけの判断では難しいです。常設依頼の取り下げも支店判断では出来ませんし、故意に特定の依頼を受けるなと促すことも規則違反になります。」
「でも、私の妻は町の住人に害を与える存在ではないんです。今朝も冒険者たちが家のすぐ近くまで来て、ここでは言えないような聞たくないような言葉で侮辱されました。妻は決して悪い事なんてしてません。」
「身内の方にそう言われましてもねぇ。そのうち支店長の方から組合本部の方に報告書を送ると思いますので、運が良ければ取り下げられるかもしれないですね。」
イツキはぐっと我慢する。
しかし心の中のダムに徐々にヒビが入っていくのが自分自身でわかる。
「彼女が安全な存在である事は私達からも証言します。私達は商人組合所属で夫婦で行商人をしているテッシンとキキョウと言うものです。」
横からテッシンが丁寧な口調で口を挟む。
しかしイェルクは顔をしかめてぶっきらぼうに口を開く。
「あなたたち、その瞳の色。見たところ亜人でしょ?亜人なんかにそう言われましてもねぇ。」
亜人かどうかについてはイツキには全く判別出来なかったが、どうやらこの世界の人達は一目でわかる何か特長があるようだ。
「その金色の目、差し詰め龍人族ですか?まぁ運が良ければ取り下げられるかもしれませんね。期待できませんが。」
テッシンとキキョウは困ったというような表示で肩をすくめた。
いつかテッシンが言っていたように、この世界は本当にこんな差別で成り立っているようだ。
(大切なティアを、俺はティアを守れないのか?また、大切なものが手からこぼれていくのか?母さんが急に奪われたみたいに)
イツキの心のダムは音を立てて崩壊してゆく。
もう自分では制御出来なかった。
「運が良い?運で済まされては困ります。だって、何もしてないのに命を狙われているんですよ。実際に目に見える形で町や人に実害があってそんな依頼が出ているんですか?」
「亜人で、それも訳の分からない魔物のような見た目をしていて、無害な訳ないでしょう。ダークエルフとは何ですか。明らかに魔族でしょう。居るだけで人々を怖がらせるなんてどう考えても実害でしょう。」
イェルクはヤレヤレと言わんばかりに肩をすくめて呆れ顔で言ってのけた。
(なんでこいつはティアを奪おうとするんだ?何の得があるんだ?)
理性がどこかへ飛んでいきそうになる。
「いやいや、町での歓迎ムードを見ていないんですか?怖がられるどころか寧ろ喜ばれていたのですが。以前は呪いの影響でそういう事もありましたが、私の方で治しましたので、もう恐怖心を与えることはありません。町の人たちが証明になりませんでしょうか。」
「ですから身内の方から言われましても困りますよ。それにいくら亜人や身内が意見した所で、どうにもなりません。もっとちゃんとした人族の意見でないといけませんよ。当たり前でしょう…。」
(今ここでこの不安材料を取り除くか?)
イツキはテーブルをガンと叩きたくなる気持ちをグッと堪えて静かに拳をテーブルに置く。
すると拳を静かに置いたにも関わらずテーブルにはヒビがはいってしまった。
イツキの心の中のダムはいつの間にか完全に決壊していた。
「面白い。立派。立派ですね人族様は。ご立派だよ!じゃあよ、一体どうすりゃ撤回して貰えるんですかね?ええ?」
イェルクはイツキの言葉を聞いてニヤニヤとしながら両手をテーブルの上で組んでいる。
「簡単です。その穢らわしい亜人の首を下さい。そうすれば討伐完了として処理します。もう魔境の森なんてろくでもない森に採取目的以外の冒険者が行く用事もなくなります。」
「おい、ふざけないで真面目に答えろコラ。どうすれば撤回して貰えるんだと聞いているんだよ。」
会議室の中の空気は完全に冷え切ってしまっていた。
「至って真面目ですよ。一番簡単です。後はこのランブルク王国の王都にある冒険者組合にでも行って直談判ですかね。まぁ、そんなとんでもない見た目の亜人が行ったらタダでは済まないと思いますが。」
「俺の妻に手を出して見ろ。タダでは済まないのはそのナントカ王国だぞ。」
ララミーティアは今まで見たことのない程に怒り狂っているイツキにすがりついては「落ち着いて、もういいのよ」と繰り返しているが、イツキの耳には届かなかった。
ベルヴィアも小声で「ちょっと、ここではマズいわ」とイツキにすがりつくが、イツキにはまるで聞こえていないようだった。
(奪われる前に何とか…)
イツキは肩で息を始める。
「あなた一人で王国に対して何が出来るって言うんですか?あなたそもそも人族なのにそんなに庇い立てて、その魔族紛いは淫魔ですか?如何にも男好きのする身体をしているのが証拠でしょう?サキュバス混じりですか?穢らわしい。」
イェルクが欲望に満ちた視線でララミーティアを舐めるように見つめる。
ララミーティアはイツキにすがりついたまま黙って俯いてしまう。
イツキの中で猛烈な怒りが暴発した。
「人の妻を捕まえて淫魔だと…?ふざけるな。これまでティアを討伐しようとやってきた冒険者の連中もみんな同じだ…。いつもそうやって口汚く人の妻をやたら蔑むんだ…。肌の色や見た目で一体何が分かる?ティアを俺から奪おうとする奴らは皆殺しだ。絶対に許さん…。平気な顔をしてティアを傷つけて、平気な顔をして俺から大切な物を、平気で奪うやつら…。」
イツキがアイテムボックスから魔剣モド・テクルを取り出す。
魔力があるものなら誰でも理解出来るほどに禍々しい強大な魔力がイツキへと集まっていくのがわかる程にイツキは怒り狂っていた。
「交渉は決裂だ。まずはお前からだ…。お前から…。」
「へぇ、こんな町長や警備隊の隊長がいるところで?あなた討伐対象になりますよ?そこの魔物まがいのインチキ聖女さまと一緒に。そもそも最近調査に行った冒険者が廃人みたいになって帰ってきた原因はあなたですか?だとしたら然るべき所へ報告しないといけませんね。」
あまりの異常事態に隊長とアレクソンは微動だにできないでいた。
得体の知れない恐怖で身体が動かない。
しかしイェルクは残念なことに魔力を殆ど持っていなかったので、イツキの異常事態に気がつくことが出来ずにいた。
相変わらずイツキをからかうように肩をすくめてヤレヤレと言っている。
「別に構わねえよ。国ごと潰せば丸く収まるだろ。こっちは別にナントカ王国なんて無くても困らないしな。この町を先ずは平地にしてやろうか。」
真顔になったテッシンとキキョウが全力でイツキの手を掴む。
「イツキ様、それ以上はダメです!」
「イツキちゃん。戻ってきて!ミーちゃんが悲しんでいるわ!」
イツキはハッとして周囲を見る。
空気はとんでもない程に冷たくなってしまっており、自分にすがりついているララミーティアとベルヴィアが今にも泣き出しそうな悲しい表現を浮かべていた。
「すいません。どうかしてました…。」
イツキはそう言ってそのまま俯いてしまった。
「ふん、化け物に発情するような野蛮人には参りますね…。それに亜人がそもそも何故人族様と対等に喋ろうとするんだ?不愉快だ。まぁどおりでその魔物と夫婦になるわけだ。口だけの雑魚が、止めて貰えて良かったですねぇ?んーっ?」
イェルクが空気を読まずに吐き捨てる。
イツキは俯いたまたじっとしていた。
場の空気をなんとかしようとアレクソンが恐る恐るララミーティアへ質問する。
「イェルク殿、口がすぎるぞ、いい加減にしろ。冒険者組合に辺境伯名義の抗議文章を送りつけるぞ。失礼しました。既に隊長からも聞いていると思いますが、この度この町で聖女の力ではと話題になっております。この町の住人を代表して御礼を言わせて下さい。ちなみに今回の御業は、ララミーティア様がすんで居られる魔境の森からと言うことと、ララミーティア様が多数目撃され、森の中で住人たちを助けて下さった事、様々な噂からララミーティア様のお力ではないかと町中の噂になっております。ララミーティア殿のお力で間違いないのでしょうか?」
ララミーティアもどうにか空気を変えようと努めて明るく振る舞う。
「多分そうだと思うけれど、何なら今試してみましょう。この町の魔境の森とは反対側の方は浄化が届いてないと思うの。折角町に来たのだし、ここで証明がてらやってみていいかしら。」
あっけらかんと提案してくるララミーティアに一瞬ポカンとするアレクソンと隊長だったが、慌てて取り繕う。
「すいません!疑った訳ではないのです!」
「本当に大丈夫よ。町に来たら折角だしちょっとやって行こうと思っていたの。さあ、外に出てみましょう。」
立ち上がるララミーティアにイェルクがボソッと吐き捨てる。
「ふんっ、何が証明だ…。」





