44.街へ
辺境の町ミールは所謂城郭都市になっており、高さ3メートルはありそうな壁にぐるりと町が囲まれていた。
城郭都市の壁の外には畑が広がっている。
魔物の脅威から住人たちを守る壁は切り出された石を隙間無く組み上げており、ところどころに矢を射ると思われる狭間窓が規則的に設けられていた。
まるで中に城があっても不思議ではない程に立派な壁はところどころに焼け焦げた後や傷がある事から、魔物の脅威が日常的にあったであろう事が容易に想像出来た。
正面から向かって左側の方の壁の外側にさらに壁を作っており、壁を建造してから内側の壁を破壊して区画を拡張するようだ。
どおりで空から見たときによくアニメやマンガでみるまん丸の都市ではなく、随分歪な形をしているなとイツキは思ったが、恐らく手狭になった町を少しずつこうして拡張しているのだろう。
建設現場では所謂土方の兄ちゃんのような者は少なく、逆にローブを着ている者が多数おり、どうやら魔法で切り出された石を作り出しているようだった。
この辺は地球とは違う点だなとイツキは感心した。
道の向こう側に大きな門があり、鉄製で出来た頑丈そうな落とし格子がチラッとその顔をのぞかせている。
門の前には詰め所のような小屋があり、門の左右には槍を持った警備兵が2名立っている。
門の中にも2名帯剣した警備兵がおり、見た所通る人はみな何かを見せてから通行料を払ったり、何も見せずに通行料を払ったりしているようだった。
恐らくこの手の町は税金や通行料で町の運営を賄っているのであろうが、立派な佇まいから察するに、恐らくいずれも決して安くないだろうなと感じた。
「通行料については私たちが商業組合所属なので、1人ずつ同行者として申し出れば割安で通行できます。恐らくイツキ様もミーちゃんもベルヴィア様もこちらのお金は持っていらっしゃらないと思いますので、私たちの方で払っておきます。」
「申し訳ないです。その辺は遠慮できないです…。」
「ごめんなさいね…。私もお金は持っていないわ。」
「うっ…、そういえば私達無一文なのね…。」
「うふふ、いいのよお。散々美味しいものも頂いているし、安いものよお。」
浮き世離れした生活をしている3人は全くの無一文だったので、さすがに居たたまれなくなるが、大人しくテッシンとキキョウの好意に甘えることにした。
「ちなみにお金の単位はなんと呼ぶんですか?」
「ランブルク王国の通貨はリンガといいます。銅貨が一枚100リンガ、所謂小銭です。この小さい方の銀貨が500リンガ、大きい方の銀貨は1000リンガ、この辺が普通に使う物です。あとは小さい小金貨は50000リンガ、大金貨が100000リンガですが、これは身近なところで言えば兵士などの給料に相当しますが、如何せんそこら変では使いにくいものなので、大銀貨で貰う人の方が多いですね。」
「わぁ、手作り感がある硬貨ねえ…。」
テッシンがアイテムボックスから一通り出してイツキに説明してくれる。
何だかファンタジーっぽいなぁと目を輝かせてワクワクしてしまうイツキとベルヴィアを見てララミーティアはくすくすと笑っていた。
「ちなみに住人ではない人が街にはいるときは一人当たり1000リンガ取られるの。私たちは商業組合に入っているから500リンガで済むわあ。」
「私達も今後のために少しくらいはお金を持っておいた方がいいかもしれないわね。何か手離れが良さそうな物はないかしら。」
「2人ともなんか金目の物を召喚してパパッと売っちゃえばいいじゃないの。」
ベルヴィアが女神らしからぬ無責任なことをいう。
イツキは呆れ顔でベルヴィアを窘める。
「当初あれだけ金儲け出来すぎるからどうかって話したのにもう忘れたのかぁ?思いっきり私利私欲じゃないか。」
「ちょっとくらい良いわよ。こっちの世界にもある宝石だとか貴金属だとか、ちょっとくらい増えたって別に経済のバランス崩壊しないでしょ?ちょちょっとほら、金の指輪でも出したらいいじゃないの。」
「付与したベルヴィアがそう言うのならちょっとだけ頼りましょう。ま、後で何か言われても『ベルヴィアが良いって言ってた』って言えるじゃない。」
ララミーティアが意地悪く微笑むとベルヴィアがムキになって「大丈夫よ!」と地団駄を踏み始めた。
イツキはララミーティアの手を取って「まあまあ」と言って窘める。
その後イツキはポケットに手を突っ込んだままで指輪をいくつか召喚する。
ベルヴィアは一瞬ニヤリとしたが、イツキはそっぽを向いて誤魔化す。
そんな様子を不思議そうに眺めるララミーティア。
「町中で換金すると足元を見られて相場より下になるかもしれないので、よろしければ私達の方で買い取りますよ?貴金属は捌きやすいので変に気を使わなくても大丈夫です。」
「そうよお。イツキくん私達で買い取るわあ。」
身内のような彼らに売るのは何となく気が引けていたイツキだか、お言葉に甘えて金の指輪三点をテッシンに手渡し、革の袋に入った大銀貨75枚を貰った。
この世界で初めてのお金である。
イツキは異世界っぽい革の袋に入った袋をしばらく眺めていたが、そのままアイテムボックスに一旦仕舞っておいた。
イツキは不意にララミーティアの左手を取り、薬指に銀の指輪をはめた。
「…?くれるの?ありがとう。」
「俺の居た世界では、夫婦になったら左手の薬指に結婚指輪といってこういう指輪をお互いにするんだよ。左手の薬指にすることで「私はこの人を一生愛します」って永遠の誓いを立てるんだ。いいタイミングだったからね…。ほら。」
そう言ってイツキが左手をララミーティアへ見せると、同じく銀の指輪がはまっていた。
「わぁ、嬉しいわ!本当にありがとう。大好きよ!」
「気に入って貰えて良かったよ。ベルヴィアもありがとね。」
「こ、これくらい朝飯前よ!なんだか飯とか言ったらお腹が減ってきたわね。早く中に入って何か食べたいわ!」
ベルヴィアは少し照れくさいのか「ほら、行くわよ!」と言ってズカズカ前へと歩いていってしまった。
テッシンとキキョウはその様子を後ろから見ていて、感心したように感想を漏らす。
「夫婦の証に左手の薬指に質素な指輪。なんだか素敵な話ねえ。遠い異国の文化だって広めていけば浸透しそうねえ。ねえあなた。」
「ふむふむ、そうだなキキョウ。」
「ねえねえイツキちゃん。なんで左手の薬指なのお?」
キキョウの質問にしばらく考え込むイツキ。
うろ覚えな情報を頭の中で整理する。
「確か、大昔には左手の薬指の中にある血管が心臓と繋がっているとされていて、心臓は感情を司っていると考えられていたとか、確かそんな感じです。まぁ心に直結している特別な場所だって思っていたんでしょうね。」
「なる程、背景もしっかりしているし、確かに流行らせようと思えば流行りそうですね。まぁ、私達は貴金属を専門としているわけじゃないので、儲かるかというとそれはまた別の話ですが。」
「ふふ、そうねえ。ダメな商人ねえ私達。ふふ。」
相変わらず呑気にニコニコしている2人。
そうこうしているうちに門まで到着した。
自分達の番になり前へ進むと、警備兵たちはこちらを見て固まってしまう。
槍を持って立っていた警備兵もポロッと槍を落としてしまう。
カランカランと槍がたてる音だけが辺りに響く。
ララミーティアに対するネガティブな感情かと思い身構えるイツキだったが、次の瞬間思わぬ言葉が飛んできた。
「つ、月夜の聖女様…。聖女様ですかっ!?」
「おぉぉ、…間違い無い。月夜の聖女だ…!」
「わざわざミールの街までいらして頂いて…、本当に感謝してますっ!」
これは大事になりそうだと思ったが後の祭りで、町の門にはすごい数の人だかりがあっという間に出来てしまった。
みんな口々に感謝の言葉や賞賛、ララミーティアを中心に熱狂の渦が出来上がってしまった。
「どうした?ほらみんな落ち着け!」
「隊長!昨晩の例の!例の!ほら!あれです!」
「落ち着け落ち着け!昨晩の光か?」
「聖女様が!月夜の聖女様が!いらっしゃいました!」
「…なんと!ほら、聖女様がお困りだ!感謝なら陰からこっそりするんだ!ほら散った散った!」
隊長と呼ばれていた警備兵が辺りに声をかけると、ようやく人集りから解放された。
しかし周囲はザワザワとしながら遠巻きにララミーティアを見ていた。
「いやぁ、助かりました。何かお騒がせしてしまってすいません。私はイツキ・モグサと申します。月夜の聖女と呼ばれていたのは私の妻のララミーティア・モグサ・リャムロシカです。」
「本当にごめんなさい。この町が大騒ぎになっているって聞いて様子を見に来たの。」
「とんでもない!月夜の聖女様の話で町中は持ちきりです!ここでは何ですから移動しませんか?お連れのみなさんも通行料はいりませんので。」
「ねえねえイツキ、そうしようよ。流石にこのままじゃ何も食べれないよ。」
ベルヴィアがイツキの袖を引っ張りながら隊長に同調する。
「そうですね、一旦移動しましょう。」
テッシンも勧めてくるので、一行は隊長の後について行く事にした。
歩きながら隊長は後ろを歩いている一行に話しかける。
「ここ一月ほどで急に魔物が強くなっていたので、外の畑もしばらく冒険者を雇わないと収穫もままならない状況でした。町の住人も警備兵も戦々恐々としていたのです。それが昨晩の光の後から魔物を一切見かけていないのです。夜魔境の森の浅い部分で野営していた冒険者も魔物が現れないと。この街は見ての通り、日夜魔物との戦いを繰り返している町なので、住人一同狂喜乱舞しているのです。だから多少大目に見て頂けると助かります。冒険者達は飯の種がなくなって困るかもしれませんが、大事なのはいつ違う町に行くか分からない冒険者の生活よりも住人の生活です。」
どうやら警備兵たちも概ね住人よりの意見を持っているらしい。
イツキは何となく大丈夫そうだなと胸をなで下ろすのだった。





