閑話.恐怖
人族の魔術師ジェイムソンの視点
今、身体中の震えが止まらずにいる。
アイツは化け物だった。
俺は魔術師として長年放浪、路銀稼ぎの為に冒険者稼業もしている。
今回もそんな路銀稼ぎ、未知の魔法への好奇心から、偶然立ち寄ったこの辺境ミールの町で冒険者仕事を請け負った。
この大陸の中でも魔境の森は独特な素材が多く、良い路銀稼ぎになる。
厄介な森の番人である破滅の魔女が遥か昔から住んでいると冒険者界隈では有名な話だが、俺のような素材狙いのヤツは割と見逃して貰えるというのもまた有名な話だ。
元々は昨晩魔境の森の方で異変が発生、その調査と言うことで半日かけてハイペースで魔境の森の中心部付近まで行った。
今回の臨時パーティーの他3人は元々組んでいた奴ららしく、『ダークエルフの首を取って大金を』なんて下らない事を言っていた。
しかし俺ははっきり言って破滅の魔女だのダークエルフだのはどうでも良かった。
ただ、偶然見かけた光の正体、浄化の真相が知りたくて、臨時パーティーとしてこのクズみたい奴らのパーティーに参加した。
何かあったときの為に魔術師が欲しかったようで、二つ返事で参加することが出来た。
別に討伐なんて出来なくとも素材採集で十分儲けられるので、運良くパーティーに潜り込める事が出来てホッとしていた。
良いペース魔境の森を進んでいたが、途中で見たことのないタイプの結界が行く手を阻んでいて、俺は結界に干渉しようと試行錯誤していた。
アイツは結界の向こう側から短剣を持っているだけで、まるで野良仕事の途中のようにこちらまでやってきた。
俺は初め、結界の向こう側に閉じ込められた町の住人かと思った。
斥候のスコットが初めに発見して呟く。
「おい、誰か来るぞ。町の住人か…?」
「大方そんなもんだろう。」
リーダーでタンクのマーヴィンが考えているのか考えていないのか、適当に頷く。
俺は結界への干渉で忙しくて会話を聞いていただけだったが、剣士のボーマンは意見が違ったようだった。
「アホ、考えみろ。町の住人があんな短剣一丁でふらふら魔境の森の中心部まで来れるかよ。あのダークエルフの関係者じゃないのか?」
「だとしてもよ、あの手に持っている短剣、あれミスリルナイフじゃないか?随分いいもん持ってるな…。金になりそうだぞ。」
「言われて見りゃ町の住人な訳ないか。よし、探りを入れるか…。ジェイムソン、お前は結界の干渉を進めてくれ。」
「…ああ。」
まぁこの3人に任せておけばいいかと思って俺は作業を続けた。
「…こんな誰もいないところで、証拠なんて残らねえよな?」
スコットが盗賊のような事を言い始める。
冒険者の地位を落とすような真似をして、本当にアホなのかこいつら。
「関係者だったらこっちに誘き出すか。あんな身なりだ。大したことねえだろう。頂ければ結構な酒代になりそうだな…よし、少しからかうか。」
マーヴィンが気味の悪い下卑た笑みを浮かべ、誰にともなくそう呟く。
冒険者というよりはまるで盗賊だ。
このシーンを見て盗賊だと思わない方がおかしいくらいにこの3人は下品だ。
そしてマーヴィンは大声でアイツに話しかけた。
「おい、俺達はミールの町の冒険者組合の調査依頼で来た冒険者だ。昨晩この辺りで光が観測されてな、その調査を請け負ってここまで来た。昨晩依頼を受けてすぐに町を発ってここまで来たんだが、結界に阻まれていてな。」
「ああ、冒険者の方達でしたか。」
「見た所同業者という訳ではなさそうだが、お前はどうしたんだ?結界の向こうに居て閉じ込められたのか?そっちは討伐対象の破滅の魔女や邪悪なダークエルフが居るって専らの噂だぞ。俺達は調査ついでに最近よく見かけられる邪悪なダークエルフの討伐でもと思っているんだ。」
「へえ、そのダークエルフはどんな被害を与えているんですか?」
アイツは肝心なことには触れずに質問をしてきた。
俺は何だか嫌な予感がし始めていたが、他の3人は下品でバカばかりだからさっぱり気がついていないようだった。
「森に入った冒険者に攻撃を仕掛けてくるんだ。露払いの奴隷を先頭に立ててもそいつを外して攻撃してくる厄介なヤローと聞く。」
「へぇ、奴隷や町の住人には何もしないのですか?」
「ああ、聞いたことはないが、恐らく住人とか奴隷相手じゃガキやひ弱な奴らばかりだ、殺し甲斐がねえとでも思っているんだろう。それに大した物も持っていねえから金にならねえとでも思って狙わないんだろうな。いかにも姑息な亜人共が考えそうな事だ。」
マーヴィンがゲラゲラ下品に笑いながらアイツを挑発する。
スコットもマーヴィンに同調して下品に笑い、ボーマンもニヤニヤ下卑た笑いを浮かべている。
こいつらは本当に下品なやつらだ。
「へぇ、不思議ですねぇ。」
「何が不思議だ?」
アイツはニコニコしていた。
しかし身体が勝手に震え出す。
なんだなんだ、俺は何故震えるんだ。
「いやぁ、だってあなたたち、そんなに弱そうなのに、どこからそんな自信が沸いてくるのかなぁと。はは、弱いからそこのところ判断出来ないんですかね?」
「…あぁ?」
アイツが結界から出てきた。
嫌な予感から魔力視をして、俺は何故震えているか理解した。
こいつ魔力量が異常だ。
いや、異常なんて言葉では陳腐に聞こえてしまう。
俺なんかより、いや、人族どころかどの種族でもこんなに大量の魔力を一個人が纏えるわけがない。
まるで天変地異だ。
強大過ぎる。
異常過ぎる。
禍々しくて今にも暴発しそうな魔力だ。
身体の震えが止まらない。
俺はここで殺される。
今すぐこの場から消え去りたい。
だか、身体が動かない。
「やーっぱりお前さん、あのダークエルフの関係者だな。お前に何かあればお守りのダークエルフがすっ飛んでくるってか。へへ、ツキが回ってきたなぁ。」
「いいモン持ってるしな。いくら業物を持ってたって、使う奴が弱かったら意味ねぇんだぜ。」
マーヴィンだけでなくスコットまで挑発を続ける。
こいつら本当にアホだ。
俺は今すぐにでもこいつらを止めたいが、緊張と恐怖で喉が張り付いてしまっているようで言葉が全く出てこない。
「関係者も何もそのダークエルフは俺の…、妻だよ。光については俺の妻が一帯の魔物を浄化する為にやったことだ。」
アイツは手に持っているミスリルナイフを上に放り投げて器用にキャッチした。
「この結界は俺が愛する妻を守るためにやっている事だよ。あんたたちみたいな冒険者が、何もしていないハズの俺の妻を討伐しに来るからさ、困ってしまって、結果こうして結界で守る事にしたんだよ。」
アイツは手元のミスリルナイフを石ころのように上に投げては器用にキャッチしている。
「あ?愛する妻だと?ガハハハハ、笑わせるな。一体どこの世界にあんな変な見た目の化け物を妻にするやつがいるんだよ!」
「化け物じゃねえか!お前そんなに女に餓えてるのかよ?確かに目撃証言ではかなり良い体してるらしいけどよ、顔を隠せば化け物相手でもギリギリいけるか?肌全部隠せば、いや、萎んじまうかな、ハハハハハ!」
「ふ、商売女ででも我慢していればいいものを…。安い商売女の方が遥かにましだろうに…。」
何が起きたか理解するのに時間がかかった。
アイツは無表情のまま、目にも止まらない速さでミスリルナイフを投げている。
ミスリルナイフはまるで意志がある生き物のように高速回転しながら飛んでいってはアイツの手元にピタッと戻っている。
それも、マーヴィン、スコット、ボーマンの身体を通過してだ。
猛烈なスピードでミスリルナイフが目の前を行き来する。
「安心しろ、妻が悲しむからお前たちは殺しはしない。ズタズタに切りながら回復させてやってるんだ。そこで結界に干渉しようと頑張っているジェイムソンさんならそこそこ魔力が高いようだし、回復魔法が発動してるのがわかりますよね?」
「あ、…あ、あぁ…。」
頷くことで精一杯だった。
なぜ俺の名前を知ってる?
他人を鑑定なんて出来るヤツがいるのか?
それともこの結界のなせる業か?
興味が湧くが今はそれどころではない。
3人の防具も武器もミスリルナイフ一本に切り裂かれてボロボロの鉄くずになってしまっていた。
どれだけ魔力を込めればあんな切れ味になるんだ。
「そう言うことだ。殺してしまうと妻にばれて悲しまれてしまうから、残念ながらこんな曲芸まがいな技しか披露出来ないんだ。すぐにさくっと殺さなくて悪いな。精々痛みだけでもたっぷり堪能してくれ。」
一本のナイフのはずが、何本ものナイフが無数に飛び交っているように見える。
その間も3人の身体を何度も何度もナイフはそこに始めから何もないかのように通り過ぎてゆく。
3人は声にならない絶叫を上げて、顔を涙と鼻水でグチャグチャししながらのたうち回っている。
「死ぬほど悔しい、こんな頭の悪そうな屑野郎共に俺の妻は傷つけられ虐げられ続けたかと思うと…。怒りでどうにかなってしまいそうだよ…。二度と妻を悲しませないよう、この場でお前等のようなゴミくずを処分出来ないのが残念でならない。残念だな?お前ら。いや、幸福か?まあいい。」
アイツは最後にパシッとナイフを受け止めると、そのままナイフは姿を消してしまった。
アイテムボックスに収納したのか?
3人はうずくまって四つん這いでガタガタ震えている。
「こんなくず共の汚い血で手を汚したくないな。よし、曲芸はおしまい!ご静聴出来なかったようで残念だが、次会ったときはもっと面白い物を見せてやるさ。」
アイツは狂気に満ちた恍惚の表情で拍手をしていた。
狂ってる、こいつは狂ってる。
「そんな訳でジェイムソンさん。町に戻ったら報告よろしく。森の中には強力な結界が出来ていた。小動物や鳥は素通りしていたのに、冒険者である俺達だけはどうしても通れなかった。まるで悪意がある者だけを拒んでいるようでしたってね。」
「…ああ、わかった…。このアホ共が失礼した。」
「それじゃあね、よろしく頼んだよ。」
アイツは人が変わったように、どこにでも居る優しそうな青年のようになった。
俺はとりあえず震える身体を抑えて一言詫びを入れ、その場でうずくまっている3人を起こしてゆっくりとその場を引き返した。
アイツはしばらくこちらをジッと見ていたが、やがて結界の中へと引き返していった。
こいつら3人は涙と鼻水で顔はぐしょぐしょ、失禁までしており、いつまでもガタガタ震えていた。
臭いので洗浄魔法で綺麗にしてやったが、着ている服はすでに服とは呼べず、それでもどうしようもないのでそのままで歩かせた。
この3人は恐らくもう冒険者稼業は不可能だろうなと思った。
帰り道は魔物が浄化されていた事に心から感謝した。
俺も町に帰って言われたとおりに報告したらさっさとこの国から出て行こう。
魔境の森は危険だ。
もう足を踏み入れる事はないだろう。
真っ当な冒険者をやってて良かった…。
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