39.聖女の力
2023年7月3日(月)
初期の文章を整えています。
この回は何度も何度も書き直したなーと思い出しました。
大量の没を生み出した思い出深い回です。
拙いなーと思いつつも好きな話です。
ララミーティアの小屋に戻り、イツキは横抱きのままでベッドに腰を下ろした。
相変わらずララミーティアは嗚咽を漏らしながら号泣している。
イツキはララミーティアを向かい合うようにイツキの膝に座らせて、身体を丸めたララミーティアの顔を自身の胸に押し当てる。
背中をさすりながら何度も「もう大丈夫だ。」と繰り返した。
しばらくすると嗚咽混じりでララミーティアが喋り出した。
『うっ…うっ…、守れなかった…。騎士団のみんな、どんどん殺されて、…ううっ、フレデリックが、…目の前で、目の前でっ、魔物に食い殺されているのに、…背中にいる人達を、守らなきゃいけなくて、何も出来ないの…!私、恋人を、見捨てたのっ…!』
ララミーティアが涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらイツキに訴えかける。
『後ろにいる人達が…、一人、…また一人って、…武器にもならない物を持ってね…、私に『ありがとう聖女様』って、笑いながら、…魔物の群れにね、…飛び込んで行くのっ!浄化も結界も、魔力が全然足りないのっ…魔力が滞留して、もう追い付かないのっ…!!身体がもうボロボロで、全然いうことを聞いてくれないの…!…力が出ないの…。うっ、ううっ…。』
イツキにキツく抱きつく。
ララミーティアは身体中が震えるほど号泣している。
『優しくしてくれた…、国王様や王妃様、…王子様、宰相様、隣国の皇帝陛下や教皇様、みんな、…私に『子ども達は頼んだよ』って、…優しい顔して、…みんな、武器を持って、…うぅ。でも私、子ども達を、守れなかった…。動けなく、なって…、食い殺されて、みんな『助けて聖女様』って…。私、何も、出来なかった…っ!私、私…!』
ララミーティアが泣きながら不意に天を仰ぐ。
『…魂を、…私、魂を削らなきゃ…。大好きなこの世界を終わらせたくないよ…。魂を…。あぁ凄い、力が溢れ出してくるわ…。この、この力があれば…。』
ララミーティアの身体に目に見える形で光の粒子として魔力が集まってゆく。
さすがのイツキでもこれまでと全く違う様子から異常事態が起きているという事に気がつく。
「ティア!戻ってこい!ティア!!」
『はは…、凄い…!凄い…!!』
イツキがララミーティアをそのまま抱き抱えると慌てて外に飛び出す。
外ではアテーナイユとベルヴィアが話し込んでおり、散歩から帰ってきたミクラノミタマ達がくつろいでいた。
聖フィルデスだけはララミーティアの小屋の近くでずっと祈りを捧げていたようで、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「大変だっ!様子がおかしい!!追体験し過ぎてる!魂を削るとか言い出して、さっきから光の粒が凄い集まってるんだっ!!」
イツキの怒号と、放心状態でブツブツ呟いているララミーティアの様子に広場の空気は一遍。
既にララミーティアは目を開いたまま痙攣し、その視線はどこも見ていなかった。
聖フィルデスが慌ててララミーティアに駆け寄る。
「最後の聖女の魂が加護に囚われてるんです…。」
『…この力があれば、みんな守れる…!凄い集まってくる…、もっと魂を、…もっと魂を削らなきゃ…。天にまします我らが聖フィルデス様、私にお力を…。』
「もういいのですよ、ベランルージュ。偉大な大聖女ベランルージュの凱旋をみんなが待っているわ。だから、もうあなたもみんなの所に早くいってらっしゃい。」
聖フィルデスが涙で顔をゆがませたまま、ララミーティアの額に唇を落とす。
涙を流しながらどこにも焦点を合わせずに高揚していたララミーティアはふと聖フィルデスの事を見つめる。
『……聖フィルデス、さま…?』
「ベランルージュ。あなたはずっと今まで一人で戦っていたのね。遅くなってしまってごめんなさい。ごめんなさいね…。辛かったわね。悲しかったわね。苦しかったわね。でももう戦いは終わったわ。あなたの恋人のフレデリックも首を長くして偉大な恋人の凱旋を待っているわ。だから胸を張ってみんなのところへいってらっしゃい。」
聖フィルデスがララミーティアの虚ろに開かれた瞳を手でゆっくりと閉じる。
「おやすみなさい。私の愛し子、ベランルージュ。」
『………。』
ララミーティアはイツキの腕の中でそのまま静かに眠りに落ちてしまった。
時々しゃくりあげながら規則的な寝息をたてていた。
ーーーーーーーーー
「…もうダメっ!魔物が多過ぎてっ…!結界が維持しきれない…!」
私は必死で結界の維持に務めていたけれど、魔物の数があまりにも多過ぎて結界はどんどん圧されている。
そうこうしているうちに今度は周囲の魔力の滞留が酷くなっているのが感覚で理解できた。
王宮の手前まで押し寄せている魔物の群れが数だけでなく、力まで増していっている事がひしひしと感じて取れた。
結界は油断すると今にも崩れ落ちそうで、まるで結界が悲鳴を上げているように私の頭の中には雑音がビリビリと鳴り響いていた。
魔力の滞留を正常化すれば結界が弱まり、結界を強化すれば滞留はあっと言う間に魔物を強くする。
浄化をしてどうこうなる魔物の量ではなく、治癒の力にリソースを回す事もとっくに出来なくなっている。
立っていることも辛い。
座り込みたい。
でも、ここで私が膝をついたらこの人類の最後の砦が…。
魔力が足りない。
周囲にはこんなに魔力が渦巻いているのに、どうして私には全然魔力が集まらないの…?
「ファーレンハイト連合国の残っていた中隊も食糧の調達に出たまま帰ってこない。アリーニン帝国の第三中隊も、聖フィルデス皇国や我がヴァルキュール王国の各小隊も…、残されたのは我々ヴァルキュール王国近衛騎士団第一小隊だけだ。食糧も底をつきかけている。魔物が王宮まで入ってるのは時間の問題だ。人類に残された生活圏はもはやこの王宮だけだ。」
「はい!!」
「このまま篭城していても全員飢えて死んでしまう。もはや時間の問題だ。我々で人類の生活圏内を少しでも広げ、食糧を確保する以外に道は残されていない。しかし外は見ての通り魔物の巣窟だ。恐ろしいと思う。私だって恐ろしいと思う。だがしかし、真の英雄とは恐れながらも果敢に闘うことが出来る者の事をいう。お前ら、覚悟は出来ているか!」
「はいっ!!!」
「手を止めるな!歩を止めるな!膝をつくな!最後まで剣を手放すな!我々は前進し!前進し!力強く前進をして人類が再び歩く事が出来る道を切り開くのだ!私はお前らのような素晴らしく勇敢な者達を率いて戦えることを誇りに思う。」
「はい!!!」
フレデリックの問いかけに近衛騎士団第一小隊の面々が大きな声で返事をする。
「よし、…行くぞ!」
フレデリックが率いる近衛騎士団第一小隊が剣を構えて、一人また一人と私に声をかけて結界の外へと出て行く。
「ルージュちゃん、隊長だけは絶対生きて返すからさ!」
「今までありがとう、後は頼んだよ。」
「心配しないで、隊長が負けるわけないよ!」
「終わったらまたルージュちゃんにおめかしをしてあげるわ。」
でもみんな震えていた。
震えながら必死に笑顔を取り繕って私を、みんなを悲しませないようにしていた。
「お願い、みんな死なないで…!」
「死なないさ、行ってくるよ。ベランルージュ。どうか私を笑顔で送り出してくれないか。」
フレデリックが微笑みながら私の頬に手を当てる。
私は精一杯の笑顔を作ってみせる。
「私の愛しいフレデリック、いってらっしゃい。どうかご無事で。」
「いってきます。愛しのベランルージュ。」
フレデリックが愛おしそうな表情で私にキスをしてくれた。
「必ず戻る。」
「うんっ!待ってる…。」
私は目尻に涙を浮かべたまま笑顔を作って見せた。
泣いちゃだめ。
泣いちゃだめ。
王宮のすぐ外は魔物で溢れかえっている。
どうか、どうか死なないで。
凄まじい怒号と共にみんな自分よりも遥かに大きな魔物の群れへ果敢にも切りかかってゆく。
聖フィルデス様、どうかみんなを助けて。
どうか…。
アルマンが鋭い爪で切り裂かれて倒れる。
いつもニコニコしながら私に遠い異国の話をしてくれた。
アルベールが鈍重な腕により城壁まで吹き飛ばされる。
可愛い女の子が産まれたんだと涙を浮かべて喜んでいた。
もうやめて。
ルイとラウルが食いちぎられている。
アカデミー上がりで幼い頃から互いに支え合って生きてきたと胸を張っていた。
ガストンが鎧を突き破ってきた角で串刺しになっている。
非番の日もひたすら鍛えていて、少しでも私の力になりたいと不器用な笑みを浮かべていた。
もうやめて。
ポールが燃え盛る火炎に焼かれている。
いつも私とフレデリックがうまく行くように助言をしてくれていた。
もうやめて。
リンダが牙で咬みちぎられている。
私に化粧をしてくれて、着飾ってくれて、ダンスを教えてくれた。
マリーが。
ドミニクが。
ジョンが。
マルセルが。
もうやめて。
エミリアが。
アセクレイが。
私の後ろではこのヴァルキュール王国の国王様や王妃様、宰相様やアリーニン帝国の皇帝陛下、聖フィルデス皇国の教皇様、連合国の各国の代表の人達、残った人たちが剣や槍を手に第一小隊が戦っている外へと向かってゆく。
「子供たちの事は頼んだよ、ベランルージュ。」
「国王様!それに皆さんも!」
「後のことは任せた。聖女様、今まで本当にありがとう。」
「もうやめて…、みんな死んでしまいます…。」
もうやめて。
私に微笑みながら外へ飛び出していった人達は果敢に魔物に切りかかってゆくが、健闘虚しくその身を散らしてゆく。
「怯むなっ!!最期の瞬間まで牙をむけっ!!」
フレデリックの怒号が響き渡る。
「聖女様…、私達死んじゃうの…?」
「怖いよぉ…。」
近くにいた子供たちが恐怖で涙を流しながら私にすがりついてくる。
やがて堰を切ったように私の後ろに子供たちが集まってきた。
「大丈夫よ。みんな私の側にいらっしゃい。今必死で……フレデリック…?」
フレデリックが。
フレデリックが魔物の突き上げに耐えきれずに宙を舞う。
やめて。
私と目があった。
私に愛を囁いてくれる時と同じ、愛おしそうな表情をしていた。
口が、『ごめん』と動いた気がした。
やめて。
嘘でしょ?
嘘だよ。
こんなの、ウソに決まって…。
お願い、誰か嘘だって言って。
「…やめて、だめ…!…もうやめてぇぇぇ!!!」
その時、目が開けていられない程の凄まじい明かりが弾け飛ぶように辺りを照らした。
天を見上げると、見たこともない明るい月夜のような肌、ピンと尖った長い耳、銀色の美しい髪を優雅に風に靡かせ、一人の女の人がゆっくりと目の前まで降りてきた。
まるで明るい月夜からやってきた女神のようだ。
私にはなぜかわかった。
この人、私と同じだ。
この人はきっと月夜からやってきた私と同じ聖女だ。
聖フィルデス様の加護のお陰…?
「待たせたわね。後は私に任せて。」
私の頭を優しく撫でる。
手をスッと前に差し出すと眩い光が波紋のよう辺り一帯に溢れていた魔物を飲み込んでいき、やがてすべての魔物は消え去った。
月夜の聖女様が王宮の外へと足を進め、両手を大地にあてると、魔力の滞留が全て無くなり、大地が浄化され、遥か遠くまで緑あふれる大地へと様変わりした。
私と同じ事をしているはずなのに、威力が桁違いに違う。
私は結界の維持も忘れてフラフラと後をついていき、その姿にぼうっと魅入ってしまった。
凄い…、凄い、凄い!
「あのトカゲたちも邪魔ね。」
月夜の聖女様が呟いて聖女の十字架を取り出す。
まるで弓を引くような仕草をすると、聖女の十字架には膨大な魔力が集まってきた。
十字架にこんな使い方があるの?
私、こんな事出来ない…。
「イツキ、あなたの魔力が流れてくるわ…。」
聖女の十字架から無数の白い光が遠くのドラゴンの群れを目掛けて飛んでゆく。
暫くしたら見えていたドラゴンは全て浄化されて消え去っていた。
「ほら、偉大なる大聖女ベランルージュの凱旋よ。」
そういうと荒廃していた町は元の形を取り戻し、人々が活気に溢れて行き交っていた。
先程全滅したはずの近衛騎士団の面々が私に向かってきちんと並んでいる。
「…一体何が…?月夜の聖女様、あなたは?」
「ふふ、月夜の聖女?いい名前ね。気に入ったわ。私はあなたとは違う世界から来た数千年後の聖女、あなたの後輩のララミーティアよ。」
そういうとララミーティアと名乗った月夜の聖女様が私を抱きしめてくれた。
「ずっと大変だったわね。でも大丈夫。みんな迎えに来てくれたわ。さあ、胸を張ってみんなのところにいってらっしゃい。偉大なる大聖女ベランルージュ。」
月夜の聖女様、いやララミーティア様は優しい微笑みを浮かべながら泣いていた。
違う。
そうだ。
私、死んだんだった。
みんなを守れなくて…。
数千年後?…私、数千年もずっと戦い続けていたの?
ララミーティア様が私の背中をトンと押してくれる。
「みんなね、あなたの凱旋を今か今かと首を長くして待っていたのよ。特にあなたを心から愛していたフレデリックはね。ほら。」
「おかえり、愛しのベランルージュ。ずっと待っていたよ。さあ、一緒に行こうか。」
さっき死んだはずのフレデリックが両手を広げていつもの愛おしそうな表情を浮かべている。
「…フレデリック!フレデリック!」
「もう戦いは終わったんだ。愛しているよ、ベランルージュ。」
「私っ、私っ!うぅ…。」
身体中に重くのしかかっていた重責が全てなくなった気がした。
私は弾けるようにしてフレデリックに駆け寄り、その暖かい胸にしがみついて声の限りに泣いた。
「ベランルージュ、おかえり。ずっと君一人に重い責任を背負わせてしまってすまなかった。」
「おかえりなさい。さあ、みんなで行きましょう。偉大なる我らが大聖女ベランルージュの凱旋よ!!」
国王様、王妃様。みんな。みんな。
みんな、ずっと待っていてくれたんだね。
みんなの歓声が聞こえる。
ありがとう。
月夜の聖女、ララミーティア様。
「さようなら、ベランルージュ。あなたの事、いつまでも忘れないわ。」
「ありがとう。私を解き放ってくれてありがとう。ララミーティア様。」
「ララミーティア様、ベランルージュの魂を、長年にわたる呪縛から解放してくれて、本当にありがとうございます。」
フレデリックが、みんなが、みんなララミーティア様にお礼を言ってるわ。
「ララミーティア様。聖女の力、どうかよろしくお願いします。」
みんな、長い間待たせてごめん。
「任せてちょうだい。私が次の聖女として受け継ぐわ。」
「うん…、ありがとう…。」
みんな、ただいま。
ーーーーーーーーーー
ララミーティアが目を開けると、小屋の中はすっかり暗くなっていた。
窓の木製扉は少し開けられており、月明かりが部屋に差し込んでいる。
「おっ?やっと起きたか、俺の愛しの眠り姫は。」
「…イツキッ!」
月明かりに照らされたイツキはララミーティアの手を握りながらいつもの愛おしそうな表情を浮かべていた。
その表情を見て、その声を聞いて、その手の温もりを感じて、ララミーティアは堰が切れたようにわっと泣き出してイツキにしがみついた。
「ただいま、イツキ、イツキ、私イツキを愛してるわ!イツキ…!」
「愛しているよティア。よしよし。聖フィルデス様から聞いたけど、最後の聖女ベランルージュの魂を見送りに行ってきたんでしょ?」
ララミーティアは首を縦に振って「うん」と何度も繰り返す。
「…うん、そうなの。ベランルージュは最期の瞬間を何千年も繰り返していたの…。最後は幸せそうにしていたわ。」
「しかし俺の愛しの眠り姫様は、随分とまた俺から魔力を吸い取ってくれたな~。」
イツキがララミーティアのおでこをツンとつつく。
ララミーティアは目を赤くしながらも、いたずらっ子のように小さく舌を出してクスクスと笑う。
「ふふ、大変だったのよ。でもイツキを近くに感じていたから怖くなかったわ。そうそう、私ね、ベランルージュから『月夜の聖女』って呼ばれて、なかなか気に入ったわ。」
「へぇ!月夜の聖女ララミーティア。すごくいいじゃん!月夜にミーティア、『流星』、とてもよく出来た二つ名だよ。月夜の聖女ララミーティア!いいな!俺も気に入ったよ!」
イツキが感心したようにふんふんと鼻を鳴らして興奮している。
ララミーティアは横になった姿勢のままクスクスと笑ってイツキを抱き寄せる。
「ただいま。愛しのイツキ。」
「ああ、おかえり。愛しのティア。お疲れ様。」
やがて二人は吸い寄せられるように顔と顔を寄せ合い、何度も確かめるように唇を重ねるのだった。
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