38.城塞の守護者
朝食も済んでテッシンとキキョウは「折角だから」とミクラノミタマを空の散歩に誘った。
2人はドラゴンの姿に変わり、テッシンの背中にミクラノミタマを載せて南の方へと飛んでいってしまった。
そのうちララミーティアと一緒に連れて行って貰おうかなと思案するイツキだったが、アテーナイユから声をかけられ、早速「城塞の守護者」の練習を始めることになった。
「ではまずイツキに加護を授ける。では行くぞ。」
そう言うとアテーナイユの手元に光の粒子が集まり、やがて長さ2メートルはあろうかという立派なハルバードが現れた。
ハルバードは槍旗にもなっており、無地の白い旗のような物が風になびいている。
「このキャッスルフラッグをイツキ・モグサに授ける。」
そういうと槍旗をイツキに差し出す。
イツキは無言でそれを受け取ると、ベルヴィアの時と同じ様に暖かい光の粒子のような物が降り注いでくるような、どこか神聖な気分にさせるような感覚だった。
「よし、完了だ。」
「ありゃ、終わりですか?」
「ああ。」
イツキはそばで見ていたベルヴィアをちらっと見る。
ベルヴィアの後ろには心配そうなララミーティアと、ニコニコしている聖フィルデスがイツキを見守っていた。
「何かベルヴィアの時と違ってすんなり終わったような…。」
「う、うるさいわね!私は初めてだったからよ!長年経てばもっとスムーズに行くわよ!」
「はは、そうだな。数多くの子らに加護を与えているうちに慣れるだろう。私の加護の付与についてはこれで完了だ。まずは拠点の中心にしたいところにその槍旗を突き立ててくれ。そうすれば「城塞の守護者」が開始される。」
「分かりました。それであれば…。」
そう言うとイツキは迷わずララミーティアの小屋までスタスタと歩き出した。
正面から見てイツキの小屋がある小屋の右側に突き立てた。
槍旗を地面に突き立てた途端、まるで追体験のようにイツキの頭の中に膨大な記憶が流れ込んできた。
人族と魔人族との終わることのない戦争。
戦況は拮抗。
大河を挟んで睨み合う最前線の街。
ある時、古の神はそれぞれの種族のリーダーに圧倒的な力を与える槍を授ける。
人族、魔人族関係なしに襲ってくる魔物。
大河は魔物とそれぞれの種族の血と亡骸で汚れ、街を守るはずの城壁は長年の争いでボロボロに。
しかしそれを直す程のリソースもなく、女子供や老人までもが武装して街を防衛。
兵士の装備は使い古しを使い回すのみで、まともに機能しない装備品の数々。
人族も魔人族も疲弊しきっているにも関わらず、そんな状況の中でも果てしなく終わることのない戦争。
目的も忘れられた戦争。
最前線とは無関係なところでぶつかり合う見栄とプライドは、武器を置く事を許さない。
やがて神から人族、魔人族ともに新たな女神から賜った白い旗が靡く槍。
その槍が持つ「城塞の守護者」の加護により防衛力は圧倒的に向上。
徐々に暮らしは豊かになり、小競り合いは減り、魔物の脅威に脅えることもなくなる。
人族、魔人族の民の間で秘密裏に始まる交易。
そして種族関係無く結ばれる民たち。
やがて復興に当たっていた人族の令嬢と魔人族の王弟陛下が恋に落ち、終わることがないと思われた戦争の終結。
復興からの発展。
神の加護無くしても守られる大河を挟んだ巨大な城塞都市。
街の南北にはそれぞれ煌々と光を発する槍旗の姿。
イツキがその場にへなへなと座り込む。
目からは涙が溢れ、額には汗がびっしりと浮かんでいた。
「何か追体験をしました。これが加護の持つ記憶…?」
「そうだ。これまで私の加護が見てきた全てだ。これは加護を私利私欲の為に使わないようにする為の機能でもある。」
「確かに、相手を攻め滅ぼしたいとか、圧倒的な力で領土拡大したいとは微塵も思いませんでした。…悲しいです。震える女子供に武器を持たせる悔しさ、愛する民を守れない無念さ、未来があるはずの子供に満足に食事も与えられない無念さ、愛されることも知らずに死んでゆく赤子、いつ死ぬかも分からない最前線で死の恐怖に蝕まれる少年兵、目の前で死んでゆく仲間を為す術なく見守る無力感、敵陣のまだ幼い武装している子供に剣を突き立てる悲しみ、昨日まで武器を持ったことすらない令嬢が先陣を切って錆びた剣を手に敵陣に突撃してゆく恐怖心。多分加護が持つ最初期の記憶でしょうけれども、心の中に深く染み込むようでした…。」
イツキは涙を流しながら、踏みとどまるようにして淡々と感想を述べた。
ララミーティアはさっと駆け出しイツキの傍まで行く。
後ろからララミーティアが抱き締めると、イツキはララミーティアの両腕に手を乗せてじっと俯いていた。
「でもね、加護は平和になっていく様子もちゃんと見ていたんです。草花で溢れる綺麗な街、種族関係なく仲睦まじく暮らす人々、街中に鳴り響く鐘の音、代々受け継がれてゆく加護を何よりも大切に想う人々。これは確かに力に溺れる事はありませんね…。とてもじゃないけどそんな気になれないです。」
「よく耐えたぞ、普通は数日は塞ぎ込んでしまうものなのだがな。よく耐えたな、偉いぞイツキ。」
「ははは、確かに塞ぎ込みたくもなりますよ…。でも最後に平和になった姿が見れたし、ティアが支えてくれたからなんとかって感じです。」
アテーナイユがイツキの頭をグシャグシャと撫でて微笑みながら言う。
ララミーティアも後ろから抱きしめたまま愛おしそうな笑みを浮かべている。
「様々な加護がある中で私や聖フィルデスのようにごく少数に強力な加護を与える時は、この様に力が暴走しないような仕組みになっている。もちろんこの世界を管理しているデーメ・テーヌやテュケーナの加護はその類ではないがな。」
「そういえばあの二柱の加護について聞いたことがありませんでしたね…、どんな加護なんですか?」
「そういえば具体的に聞いたことはないわね。今回みたいな事象の役に立つ類いの加護じゃないって言ってた気がするけれど。」
アテーナイユが思い出すようにして考え込んだ。
「うーむ、…確かデーメ・テーヌは元々ミクラノミタマ様と同じ豊穣の神で、ミクラノミタマ様ほど強力ではないが、農村部などで大変有り難がられる豊穣の加護だった筈だ。テュケーナは…、財産や繁栄とか運命を司る神だから、商人なんかに有り難がられる加護だったか、確かそんな感じだ。」
「なるほど、そういう加護は今回みたいな強烈な追体験はないのですね。」
「ああ、ない。デーメ・テーヌならば、一帯の農村が少し収穫に恵まれやすくなるだとか、テュケーナならば、商売が比較的うまく行きやすくなるとか、その程度なのでな。与える子らも多いし強力ではないからさすがに暴走対策はされていないな。」
確かにちょっと運が良くなる程度で一々追体験するのはさすがにキリがなさそうだなと、頬をポリポリ掻きながら苦笑いするイツキ。
しかしある事に気がついて息をのむ。
「あの、ひょっとしてティアがこれから賜る加護の追体験は…。」
「うむ、…それなんだがな…。」
アテーナイユが後頭部をがしがしと掻きながら聖フィルデスの方を見た。
聖フィルデスはどこか寂しそうな表情を浮かべたままイツキたちの方へ寄ってくる。
「そうです。イツキくん以上に辛い体験をするかと思います。私の世界の場合は救われませんでしたから…。なので、しばらくはティアちゃんとイツキくんと2人きりで過ごされた方が宜しいかと思います。」
「…私、やるわ。加護を頂けますか?」
ララミーティアがスッと立ち上がり真っ直ぐに聖フィルデスを見る。
聖フィルデスもそんなララミーティアをじっと眺め、やがていつもの優しい微笑みになる。
「それでは行いましょう。イツキくん、ティアちゃんが倒れないようにしっかり抱きしめておいて下さい。」
「はい。」
そういうと聖フィルデスの手元に光の粒子が集まり、やがて白銀の手のひら大の十字架が現れた。
聖フィルデスはその十字架をしばらく愛おしそうに撫でた後に、そっとララミーティアへと差し出す。
「これを受け取れば私の加護、「聖女の力」の付与は完了します。その後にこの十字架に口づけをしてください。準備はいいですか?」
ララミーティアとイツキは顔を合わせて頷き合い、やがて決心したララミーティアが静かに頷く。
「この聖女の十字架をララミーティア・イル・リャムロシカに授ける。」
十字架を受け取ったララミーティアを暖かい光の粒子のような物が降り注いでいる。
ララミーティアがゆっくりと手にした十字架に口づけをする。
その瞬間、ララミーティアはカッと目を見開いて、両手で顔を覆い、やがて尋常ではない様子で嗚咽を漏らした。
覆った手の隙間からとめどなく涙が零れ落ち、地面に染みを作ってゆく。
崩れ落ちそうなララミーティアをイツキは横抱きにした。
「イツキくん。ずっと傍にいてあげて下さい。あなたにしか出来ない事です。」
「私達はベルヴィアと魔力消費について相談してくる。任せたぞ。」
聖フィルデスとアテーナイユがイツキに声をかける。
ベルヴィアも心配そうな表情でイツキとララミーティアを見ている。
「今日はご飯のこととか良いから、お願いね。」
「ああ。」
そう言ってイツキは三柱に頭を下げるとイツキはゆっくりとララミーティアの小屋へと消えていった。
三柱の女神たちはその姿をただじっと見守っていた。
「あの2人なら大丈夫です。きっと、乗り越えられます。」
ベルヴィアが自分に言い聞かせるようにポツリと呟いた。
聖フィルデスはいつまでもその場を動かず、ただひたすらララミーティアの小屋の方を向いて胸の辺りで手を組んでいた。
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