閑話.遺品
テッシンとキキョウがやってくる数日前の話です。
イツキとララミーティアが出会ってからひと月程経ったある日の昼下がりの事。
この所ベルヴィアは妙に真面目に手元のウィンドウ画面と睨めっこしている事が多くなり、割とイツキとララミーティアは2人で行動する事が増えていた。
今朝はまた森に入り込んでいた冒険者連中を追い払ってきたイツキが、何やら青くて細長いクリスタルのような物を持って帰ってきた。
イツキの小屋の前で手に持ったナイフで木を削り、家具を作る為の材料を作っていたララミーティアが顔を上げてイツキに声をかける。
「おかえりなさい。大丈夫だった?怪我はない?」
「ただいまー。冒険者連中は大人しく帰って行ったけどさ、帰ってくる途中で古い人骨みたいなものがあったよ。余所見してて躓いちゃって本当に怖かったんだけど…まぁそれは置いといてさ、その人骨の中からこれが出てきたよ。なんか鑑定すると『中級アイテムボックス』としか出てこないんだけど、アイテムボックスってあのアイテムボックス?アイテムボックスってそもそも物なの?」
イツキが不思議そうに首を傾げながら手元の細長いクリスタルをじっと見ては首を傾げている。
ララミーティアはイツキのその様子をあどけなく感じ、無性に可愛らしく思えてきて思わずクスクス笑ってしまう。
「あっ、ちょっと!何で笑ったの?」
「ふふふ、ごめんなさい。何だか不思議そうに首を傾げるイツキが可愛らしくてついね。ふふふ。」
ララミーティアがクスクス笑いながらイツキの腕を軽くパシッと叩き、説明を続ける。
「それは読んで字の如くアイテムボックスよ。」
「ふーん…。何かよくわかんないけど、とりあえず鑑定結果が可笑しくなっていたわけじゃないんだ。」
ララミーティアが手を差し出したので、イツキは大人しくララミーティアにクリスタルの様な物を渡す。
「アイテムボックスが使える人が死んだとき、その人のアイテムボックスは一体どうなると思う?」
ララミーティアの問い掛けにハッとした表情になったイツキがすぐさま答える。
「その宝石みたいなのになるのか!へぇ、なるほど、良く出来てるなぁ。しかし死んだ後の事なんて考えたことなかったよ。不慮の事故とかで死んだら二度と取り出せなくなるもんなぁ…。いやぁ、本当に全然考えたことなかった…。」
「ふふ、無理もないわ。身の回りで死ぬ人なんて居ないもの。」
ララミーティアが日の光にアイテムボックスの結晶を翳してみる。
結晶はキラキラと光を放つ。
「誰の物だったか分からないの。不思議よね。誰のアイテムボックスだったくらい分かってもいいものだと思うけどね。」
ララミーティアが切なそうな笑顔をイツキに向ける。
イツキも結晶を見つめたまま切ない表情を浮かべる。
「どこかで前触れ無く死ぬと家族とか恋人には届かないのか。何だか悲しい仕様なんだね。」
「もっともこれはアイテムボックスを使えないと中身はどうにも出来ないんだけどね。人族の街では確か教会とかでお布施を納めれば中級ウィンドウ魔法を使える人くらいは居るから、取り出してくれたりするはずよ。でも上級アイテムボックスは上級のウィンドウ魔法が使えないと取り出せないから大変よ。」
「開けて欲しかったら長命種で魔法に長けた人を捕まえないと無理なんだ。なるほどなぁ。」
イツキが腕を組んだまま納得したのかふんふん良いながら頷く。
「だからね、この手の物を拾っても冒険者や盗賊をやっているような短命種は中身が入っていても取り出せないの。多分持ってても仕方がないからそのまま売りさばくんじゃないかしら。中級くらいなら町で開けられるだろうけど、禄な物が入ってなかったらお布施で損するし、何よりアイテムボックス狙いで殺人でも犯したのかって疑われるわ。」
「それでどうやって中身を取り出すもんなの?指でつついても何も起きないけど…。」
イツキの質問にララミーティアは頷いてから答える。
「魔力を込めて胸の辺りに押しつけるの。そうすると自分のアイテムボックスに中身が移るわ。結晶は砕け散っちゃうけどね。やってみる?」
ララミーティアがイツキに差し出すが、イツキは首を横に振る。
「失敗したら怖いからちょっとティアやってみてよ。」
「いいけど、取り込んだら中身を出しましょうか。」
「うん、ちょっと見てみたいかも。」
イツキからゴーサインが出てララミーティアは早速中級アイテムボックスの結晶を両手で持ち、胸に押し当てて魔力を流す。
暫くすると結晶は音を立てて儚く散っていった。
「終わったわ。」
「なんか呆気ないというか、最後まで切ないね…。」
イツキが切なそうにするので、ララミーティアはイツキの頬に軽く唇を落とし、ウインクを送る。
「慣れよ慣れ。私もアリーに拾われるまではたまに拾っては取り込んでいたの。魔物あふれの噂を耳にすると現場を徘徊してね。」
「へぇ、これの使い方を何で知ってたの?初見だと取り込むのなんてまず不可能じゃない?」
イツキの質問にララミーティアは遠い目をして独り言のように語り出した。
イツキは終始黙って話を聞いていた。
「物心ついた頃には人族の町で奴隷だったでしょ?何を育てていたのか知らなかったけど、大きな奴隷農園で働かされてたの。ある日命の危険を感じて必死で森の中に逃げたわ。暫く徘徊してたときに、森の中で魔物にやられていたパーティーを見つけたわ。その中に人族の魔法使いが居たの。彼は虫の息だったわ。」
ララミーティアはその場にゆっくりと腰を下ろす。
イツキも何も言わずに隣に腰を下ろした。
「せっかく誰か来たと思ったらよく分からない種族の奴隷の子供よ。彼きっとさぞガッカリしたでしょうね。でも私の魔力の多さを見抜いて、死ぬ間際に魔法の使い方を知らない私にウィンドウ魔法の使い方、無詠唱魔法の考え方、そして自分が死んだ後に残る結晶の使い方を教えてくれたわ。今思えば一番最初の師匠かもしれないわね。」
ララミーティアが切ない表情でふふっと笑う。
「お前はすげえ魔法使いになれるから這い蹲ってでも生きろって最後に言って笑いながら死んでいったわ。早速結晶を取り込んでみたら直ぐにでも冒険出来そうな道具から装備から本当にあらゆる物が入っていたわ。私は死んでいた彼の仲間の分の装備も全て貰って、初めての無詠唱魔法で地面に穴をあけて彼らを一生懸命穴に落として、最後に無詠唱魔法で火をつけたわ。」
ララミーティアがイツキに微笑みかける。
「イツキにあげたミスリルナイフ、あれはその時アイテムボックスに入っていた物よ。名前も知らない私の師匠の遺品ね。」
「遺品か…。じゃあアリーのアイテムボックスもティアが?」
イツキが聞くとララミーティアは切ない笑みを浮かべてからコクッと頷く。
「本当に沢山の物を託してくれたわ。そうやって私は生き延びて来たの。私は死んだ人のアイテムボックスを取り込むのは、天寿を全うしたにしても道半ばで倒れたにしても、亡くなった人の意志を継ぐ行為だと思っているわ。」
「意志を継ぐ、か。人のアイテムボックスを取り込むって聞くと、何となく後ろめたさを感じたけど、そうやって考えるとイケないことをしている気はしないね。」
イツキは頬をポリポリしながら苦笑いを浮かべてララミーティアを見る。
ララミーティアはクスクス笑いながら横に座っているイツキの頬に軽く口付けをした。
「さ!しんみりした話はおしまい!さっさと中身を見てみましょう。私は日頃からアイテムボックスの中身を整理整頓しているから、新しい物が入ってきたらすぐ分かるわ。」
そう言ってララミーティアが腰を上げたタイミングでイツキの小屋から伸びをしながらベルヴィアが出てきた。
「ふぁぁー…。疲れた…。お、何してるの?」
「これからイツキが拾ってきたアイテムボックスの結晶の中身を出してみるのよ。」
ララミーティアの言葉に目を輝かせるベルヴィア。
ベルヴィアは興奮した様子でララミーティアに駆け寄りすがりつく。
「お宝ね!お宝!早く見ましょう!ひょっとすると凄い財宝が入ってるかもしれないわよ!」
現金なベルヴィアに思わず声を上げて笑ってしまうイツキとララミーティア。
ベルヴィアは頬を膨らませながらも早く早くと子供のようにせがむ。
ララミーティアが目の前に順番に出していくと、野営の道具や予備と想われる装備品の数々に着替えが数セットと、後は平凡なものが次々と出てきた。
所謂ガラクタばかりだ。
「えー…、地味ねぇ…。」
ベルヴィアはつまらなそうにしながら、並べられていた杖を持ち、置いてある盾をつつく。
「ふふ、冒険者の遺品なんてこんなものよ。だからアイテムボックス狙いの殺人とかはあんまり無いの。上級のアイテムボックス持ちなら良い物を持っているかもしれないけど、それが使えるって事はそれだけ強いって事だし、奪っても取り込める人は簡単に居ないから。中級アイテムボックスだとせいぜいこんなものね。中級だと強さもピンキリだし。」
「本当に貧乏ね…、お金も宝石も全く出てこないじゃないの…。」
「そんなもん持ち歩いていたらこんな危ない森で死なないだろー。金がないからわざわざ森の中に居たんじゃないの?素材集めとかさ。」
イツキのもっともな発言に、納得したようにハッとした直後にうなだれるベルヴィア。
「それもそうね…、金持ちが森の中で死ぬわけ無いわ。ってそれ何?宝箱?やほーい!お宝キター!?」
「あら?木箱ね…。何かしら…。」
ララミーティアがアイテムボックスから一般的なダンボールの箱くらいの大きさの木箱を慎重に取り出す。
「ちょっと!私に開けさせてよ!!お宝よお宝!」
目をギラギラとさせたベルヴィアがララミーティアの手元から木箱をさっとぶんどる。
「ちょっと!絶対キタコレでしょ!最後に来たんじゃないのー?みたいなー?オープンっよ!どれどれー?」
「あっ…!箱は慎重に開けなきゃダメよ!そんなに顔を近付けたらあぶ…臭い!!」
「ぶほっ!!くさっ!うーーー、くさーーーっ!!!」
ベルヴィアがぶんどった木箱に顔を近づけた途端、慌てて木箱を放り投げる。
すると木箱は劣化していたのか粉々になって砕け散ってしまった。
「うわぁ…くさっ!なんだこれ…?くさっ!!超くさっ!!!!」
イツキが鼻をつまみながら恐る恐る木箱の破片に近づくと、破片に紛れてモザイクがかかっても可笑しくないようなグロテスクな何かが見えた。
「うわ!中級のアイテムボックスに食い物入れたままだったのか!なんだこれ、ドロドロしてるこれは、…肉か?あとなんだろ…このすげー色したやつ、チーズじゃないかひょっとして…?ちょっと鑑定…。」
「ちょっとイツキ!あんた実況はやめなさいよ!鑑定なんてしなくていいから!…なんか気持ち悪くなってきた…。あぁ…。」
「さっさと燃やしましょう!燃やして洗浄魔法よ!」
思いっきり顔を近付けていたベルヴィアはこの世の物と思えぬ腐臭がモロに直撃し、やがてその場で吐いてしまう。
ララミーティアは顔をしかめながらちゃっかり野営の道具や装備品などすべてを仕舞ってから、悪臭の元をさっさと燃やし尽くしてしまった。
その後イツキとララミーティアが二人がかりで洗浄魔法を地面とベルヴィアにひたすらかけ、ようやく広場は元の様相を取り戻した。
「まぁ、中級アイテムボックスによくある事よ…。私も初めてではないわ。箱なんて絶対に警戒しなきゃだめなの…。」
「時間経過するもんなぁ。食べ物だけアイテムボックスに入れないなんてしないだろうしなぁ。」
ベルヴィアは膝を抱えて座り込んだまま放心状態だ。
「まぁベルヴィアもさ、なんか美味しいものでも食べて元気出せよ。何か出してやるからさ。なっ?」
「イツキ馬鹿じゃないの…?今…、何か食べれるほど私は図太くは無いわ…。暫く何も食べたくない…。思い出したら胃がムカムカしてきた…。イツキの小屋に治してもらお…。」
真っ青な顔をしたベルヴィアがふらふらとイツキの小屋へと戻ってしまった。
「ふふ、欲張ったバチが当たったのかしらね。」
「はは!確かに!絵に描いた天罰だったなぁ!」
イツキとララミーティアは顔を見合わせて笑いあった。
もしまた中級アイテムボックスの結晶を取り込む機会があったら気をつけようと心に誓うイツキだった。
その後一眠りしたベルヴィアは、胃が空っぽにせいで無性に腹が減ったと騒ぎ出し、結局みんなで仲良くハンバーグセットを食べるのだった。
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