28.抱擁
「ねえねえ、ご飯の前にちょっとだけその魔剣の威力を見せてちょうだいよ。私の持っていた物が一体どんな物に化けたのか気になるわ。」
ララミーティアがイツキの袖を引っ張って「見たい見たい」おねだりをしてくる。
その様が子供ようであどけなくて、イツキはしばらく忘れたい話題だったが、つい了承してしまった。
ベルヴィアは笑いすぎて疲れてしまったようで、「テラスで見てるわ」と言ってそそくさと毛皮の上に陣取って寝そべってしまった。
イツキとララミーティアは小屋の前に出てきて、森の中の一番手前にある木を標的にしてナイフを投げてみる事にしてみた。
「じゃあ投げるね。」
イツキがそう言って徐にナイフを本気で投げてみた。
プロペラのように高速回転しながら猛スピードでナイフが飛んで行く。
そのスピードは恐らくプロ野球選手が少年野球の子供に思えるほどに速い。
転生前では考えられないほどに異常な強肩になっていたことにイツキは驚いたが、ステータスがおかしくなっているから当然かとすぐに納得した。
ナイフは木にスコーンと小気味良く突き刺さると、そのまま吸い寄せられるように回転しながらイツキの手元に戻ってきた。
「わぁ!戻ってくるのも凄いけど、イツキの肩も尋常じゃないわね。ちなみに魔法はちゃんと発動させてみた?」
「発動?詠唱の事?いや、何も考えないで投げたよ?」
「魔法が付与されているんだから、ちゃんと発動させないと付与された魔法の本領はは発動しないわ。」
「あぁ、それもそっか…。」
言われてみればそうである。
イツキが投げている物は魔剣だ。
無限に出てくる杖なんかと一緒で、正しく使わないと真の力を発揮するわけがない。
「じゃあ次は詠唱してみるよ。魔法の名前でいいんだよね…。」
「…そう、ね。ふふ…、ごめんなさい。」
あまり詠唱したくない名前だが、こればかりはどうしようもない。
覚悟を決めてナイフを構える。
「《戻ってくる!》」
詠唱と同時に全力で振りかぶって目の前へ投げる。
先程の威力も総統だと思ったが、スピードが先程の比ではない程の速度でかっとんでいく。
先程の木に刺さったかと思ったが、ナイフはそのまま見えなくなってしまう。
「あれ?戻ってこないな…?」
イツキがぽかんとして呟く横で、先程までクスクス笑っていたララミーティアが神妙な面もちでぼそりと呟く。
「違う…貫通しているわ…。」
木が倒れるような音が次々と森の奥から聞こえてくる。
やがて森の中から猛スピードのナイフが出てきたと思ったらあっと言う間にイツキの手のひらに収まった。
呆然と森を眺めていると、一番手前の木がゆっくりと横にズレながら倒壊した。
「…魔法ってこんなもんなの?ちょっと強すぎない?」
「上級の魔法に匹敵するか、純粋な威力だけで言えばそれ以上かもしれないわね…。」
小屋の方からベルヴィアのケラケラ笑う声が聞こえてくる。
「《戻ってくる!》って毎回言うの?あはは!ごめんごめん、ははは。」
「イツキ、声に出さなくても心の中で念じれば発動出来るわ…。ふふ、意地悪してごめんなさい。ふふ。」
「…そうなのか。んんっ、まぁティアと狩りに行ったときにお荷物になることはなさそうだなー。立派な戦力なれそうだ。」
咳払いしながら話しを逸らそうとするイツキ。ララミーティアは嬉しそうに微笑む。
「あら、狩りは私に任せてくれていいのに。イツキを守るくらい造作もないわ。」
照れ隠しのようにえっへんとイツキに告げる。
「そんな訳にはいかねぇぜ、惚れた女くらい守れねぇと、男が廃るってもんよ!」
「ふふ、なにそれ。」
イツキが唐突にハッとした顔をしてララミーティアに尋ねる。
「…ふと思ったけど、この威力を魔物に向けたら、魔物四散しないか?」
「んー、対大型の魔物用って感じかしらね…。」
「そういや、このナイフどうしよう…。アイテムボックス入るかな…。」
そう言って試しに入れてみると難なく収納する事が出来てイツキはホッとする。
「ずっと手に持ったまま生活するかと思った?ふふ、良かったわね。」
「いやいや焦ったよ。こんな刃物を持ったままウロウロ生活してたら相当ヤバい奴だよ…。」
ヤバい奴に反応したベルヴィアが再び火がついたように笑い出す。
ララミーティアはベルヴィアの脇をくすぐって「そろそろ私のイツキを笑うのはおしまいよ!」とベルヴィアを一層笑わせていた。
ベルヴィアがぜーぜー言いながらも漸く落ち着いた頃、イツキとララミーティアは気を取り直し、倒壊した木をアイテムボックスに回収する事にした。
ララミーティアが後々自身の小屋を増改築したい時が来たら役に立つと言って提案したからだ。
しっかりしてるなぁと感心しながらララミーティアの後について回収に向かうイツキだった。
木を一本一本じっくり眺めたり太さを見たりしながら見て回っているララミーティアの後ろで、ベルヴィアが興味津々で覗いている。
やがて一通りチェックが終わる、ベルヴィアは感心したように唸る。
「ティアちゃんは本当しっかりしてるわね。まるでそういう職人みたいよ。この木はそのまま家を建てるのに使えるの?」
ベルヴィアの質問を聞いて、ララミーティアは足元に転がっている木に生えていた枝をバキッと勢い良く折ってベルヴィアに差し出す。
「いいえ、こういう枝とか葉っぱとか余計なものを取って、しばらく乾燥させないと使えないの。季節が一周り二周りした頃くらいには乾燥してるかしら。とりあえず乾燥が終わったらイツキのアイテムボックスにでも入れおいて貰おうかしらね。」
「へぇ、そんなに乾燥させないと駄目なの?随分面倒ね。」
ベルヴィアは転がっている木を渡された枝でコンコンと叩きながら「あんた面倒ねぇ」と木に対して苦々しい表情で苦情を入れて大袈裟に顔を歪ませる。
ララミーティアはクスクス笑いながら説明を続ける。
「乾燥させないと木が縮んだり、腐ったりするの。後、じっくり乾燥させれば木が強くなるわ。欲しくなったからってすぐに手には入る物ではないから、こういうタイミングでしっかり確保しておかないとね。水魔法でさっさと乾燥させちゃうって手もあるにはあるけれど、急激に乾燥させるとスカスカになってひびは入ったりするの。薪ならそれでいいんだけれどね。」
スラスラと説明するララミーティアにベルヴィアは感心しっぱなしで腕を組んだまま唸る。
「しっかりしてるし、本当何でも知ってるねー、ティアちゃんは。ほらぁイツキー、あなた幸せ者よ!立派で良い奥さんを貰って本当に良かったわねー。イツキにメロメロだし、こんなしっかりした優良物件どこにもいないわよ!ティアちゃんに捨てられないように、ちゃんと常日頃感謝の心を忘れちゃだめよ!」
「はは、本当だな!立派な奥さんを貰えて俺は幸せ者ですよ本っ当!初心忘れるべからず、棄てられないよう気をつけないとだな…。」
ベルヴィアの冷やかしを甘んじてデレデレしながらも受け入れるイツキ。
しかし今の会話のどこかに何かどことなく違和感を覚えて手が止まる。
(ん?なんの違和感だ?)
ふと顔を上げるとララミーティアが顔を茹で蛸のように真っ赤にして耳をピコピコさせていた。
これだ!とイツキは違和感の正体に気がつく。
「…おい!ベルヴィア、お前奥さんって!ほら、ティアが照れてるじゃんか!」
「あっ、そうかそうか…。失敬失敬!…さてと、私何かに忙しいんだった。小屋にもーどろっと…。」
「あっ、こら!」
ベルヴィアは「しまった」という表情をしたかと思うと、そそくさと小屋へ引き返してしまった。
「あー、ははは…。」
(おい…、こういう時なんて言えばいいんだよ…。誰か教えてくれ…!経験ゼロの俺にはどうフォローしたらいいか…)
イツキが心の中で葛藤していると、顔を赤くしたままのララミーティアが徐に近付いてきて、イツキにゆっくりと抱き付く。
良かった、悪い方向には行っていないと胸をなで下ろす気分のイツキ。
「…私、素敵な奥さんになれるのかしら。イツキの奥さん…。」
「なれるに決まってるでしょ?女神ベルヴィアクローネ様の御墨付きだよ?」
イツキが笑うとつられてララミーティアも照れ笑いを浮かべる。
「何だか頼りない御墨付きね。」
イツキをじっと見つめたまま、悩ましくなるほど柔らかい表情をしてゆっくりと口を開く。
「いつか…、結婚しようね、イツキ。私、イツキの奥さんになりたい。イツキだけの奥さん…。私はイツキのものよ。」
緩んで少し開いている唇に、うっとりと細めた紫色の瞳、上気したララミーティアの表情に、イツキは激しい興奮が心臓を鷲掴みしたような高ぶりを覚え、ララミーティアを力強く抱きしめる。
「あっ…。」
いつもとは少し違う荒々しく包み込むような抱擁に息が苦しくなるが、ララミーティアは自身のお腹のあたりに不思議な熱を感じていた。
しばらくひたすら抱き合っていた2人だったが、身体を少しだけ離して顔を見ると、イツキは怒っているような苦しいような表情をしていた。
驚いたララミーティアが目を見開くと、イツキは徐に口を開いた。
「ティアが欲しい。欲しくて欲しくて堪らない。」
イツキの真剣で真っ直ぐな視線に目が離せなくなるララミーティア。心臓は早鐘を打つようにドキドキとうるさく音を立てる。
「…うん。」
「先に謝っておく、ごめん。もっと、ゆっくり時間をかけるつもりだった。でもティアが、ティアの全てが欲しくて堪らないんだ。」
言い終わる前に再びきつく抱きしめてくるイツキ。
乱暴な抱擁にまるで目眩のような陶酔感を覚え、ララミーティアは背中に回した手にギュッと力を込める。
「ゆっくりでいい。ティアのペースでいいから、その時は…。」
「…うん。ありがとうイツキ。大好きよ、愛してる。」
2人は流れるように唇を重ね、しばらく抱き合ってお互いの温もりに酔いしれていた。
何だかんだ思わぬところで時間はかかったが、回収した木は全部で20本程になった。
ログハウスを建築するには少し心許ない気もするが、乾燥させておけばそのうち増改築で確かに役に立つかもしれない。
暇なときにでもコツコツ枝や葉を落とそうと言って、ララミーティアに言われるままにイツキは全ての木をアイテムボックスに収納した。
別に今頑張らなくても、数百年以上はこれから2人で生きるのだ。
こういう作業ものんびり計画出来るのは嬉しいと思うイツキだった。
「本当何でも出来るんだなぁ、ティアは本当いい奥さんになるね。」
「ありがとう。私の旦那様!ふふ。」
小屋の前でベルヴィアが暇そうに待っているので、流石にもう抱き合わなかった。
面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。





