26.余韻
「私の?何かしら。」
ララミーティアが白い布の正体を掴めないままじっとイツキの手元のワンピースを首を傾げながら凝視している。
ベルヴィアが遠足にいく前の子供のように胸を小躍りさせながらイツキに近付く。
「私手伝う!手伝いたいっ!ほらほら、ティアちゃん!ぼさっとしてないで小屋の中に入りましょう。イツキはそうね、しばらくあっちの茂みでも見てなさいね!いい?」
「わかったよー。よろしく頼むよ、ベルヴィア。」
そうしてイツキからワンピースを受け取ったベルヴィアが困惑しているララミーティアの背中を押して、小屋の中へ慌ただしく入っていった。
しばらくぼうっと森の方を眺めているうちに、小屋の扉がバンと豪快な音を立てて開く。
中からはニコニコと笑顔を張り付けたご機嫌なベルヴィアが一人で小屋からズンズンと出て来た。
「もういいわよ!ほらほらっ!ボケたお爺ちゃんみたいにぼやっとしてないでちゃんと誉めるのよー?さぁ!心の準備はいい?」
鼻息荒くイツキにまくし立てる。
さあさあと迫ってくるベルヴィアにタジタジになるイツキ。
「大丈夫だよ、大丈夫。ほら、心の準備は出来てるから!」
「ふふふ、刮目しなさい!ティアちゃん!ティアちゃーん!出てきて!」
自分の目を指でがーっと広げて見せるベルヴィア。
その時、扉が静かにキィと開いて中から白いノースリーブのワンピースを着たララミーティアが耳をピコピコさせながら出てきた。
普段は俗に言うお姫様カットの髪をそのまま流しているララミーティアだが、口元辺りで段になっている髪をそのまま残し、細い三つ編みでハーフアップにされていた。
ララミーティアは不安そうな表情を浮かべながらもじもじとゆっくりと小屋の中から出てきた。
「…変じゃない?」
心配そうな表情のままのララミーティアがボソッと呟く。
イツキは一瞬目を奪われて惚けたような表情を浮かべたが、やがて顔を綻ばせながらララミーティア目の前で仰々しく片膝をついて手を取った。
「とてもよく似合っているよ、ティア。」
そのままララミーティアの手の甲に唇を落とし、愛おしくて仕方がないという切なげな表情を浮かべるイツキ。
ララミーティアは花開くように微笑み、溢れんばかりの喜びが体中を一気に駆け巡った。
ベルヴィアは満足げな表情を浮かべながら腕を組みうんうんと頷く。
「腕が鳴ったわ本当に。ティアちゃんのポテンシャルは凄いでしょ、体のラインが綺麗だから最高に似合うの!髪型もエルフ系の種族らしくしてみたわ。神聖な感じするでしょ!」
「ありがとう、イツキ。こんな素敵な服を着るの初はめてよ。ベルヴィアも本当にありがとうね。髪をこんなにおしゃれにしたのも初めて。」
ララミーティアは先程までの不安げな表情はどこ吹く風で笑顔を振りまきながら自分の身体をあちこち見ている。
「ベルヴィア、ついでに鏡も出して良いかな?姿見鏡なんて買ったことないけど…。」
「いいよー。検証ついでにやってみて!」
ベルヴィアが任せろと言わんばかりに自慢気な表情でグッドサインを出す。
イツキはニコッと笑い、すぐさま召喚に入る。
「召喚、姿見鏡!」
するとイツキの目の前に自律式の姿見鏡が出現した。
よく街中で見かけるような木製フレームの平凡な姿見鏡で、足元にキャスターが付いているタイプだ。
ベルヴィアがうまいことイツキの記憶を拾い上げて再現してくれたようだ。
「ほら、ティア!おいで。」
「…うん。」
そう言ってララミーティアを呼んで姿見鏡の前に立たせる。
ララミーティアは自身の姿を鏡に映し、目を白黒させた後、沸き上がる喜びに身に任せるようにして鏡の前であちこち見ていた。
「どう?俺の可愛いお姫様の出来は。」
「ふふ、私じゃないみたい。本当にありがとう。」
今にも感泣しそうになるのを誤魔化すように、苦笑いを含んだ微笑みを浮かべるララミーティア。
「ティアちゃん、恋する乙女は恋に燃えれば燃えるほど綺麗に美しくなるの。だからもっともっと燃えなさい。沢山泣いて沢山笑って、後から振り返った時にね、恥ずかしくて穴があったら思わず入りたくなるような、寝ても覚めても恋い焦がれるような、大声で叫びたくなるような恋をするの。ティアちゃんはもっともっと綺麗になれるわ。」
ベルヴィアが鏡越しにララミーティアの目をじっと見て珍しく女神様らしい優しい口元で告げる。
それを聞いたララミーティアはイツキのことを鏡越しでチラッと見て、頭の中にイツキの事を思い浮かべ、息苦しくなるような甘美な気分を味わうのだった。
「…うん……。うん。」
「燃えれば燃えるほど、か。ベルヴィアも良いこと言うね。」
「でしょ?聞いた話だけどね!でも確かになぁって。」
「なんだ、実体験じゃないのかそれ!」
3人はそれぞれに目配せをしながら笑いあうのだった。
「ほらほら、折角だからついでに気の利いたサンダルでも出しなさいよ。ほら、何かヒールがあるような、いかにもエルフが履いてそうなやつ!あとはそうね、薄手のニット地のカーディガンとか!色はそうねぇ、薄いベージュとかかしらね。」
「待って待って、やってみるから落ち着いて!ドードー…。」
イツキが両手で落ち着かせるジェスチャーをして益々鼻息の荒いベルヴィアを宥めようとする。
街角やメディアで見た事があるような朧気な記憶を頭の中で手繰り寄せてから、ぼんやりしたイメージのまま召喚を行う。
出てきた物は5センチ程のヒールがある茶色い皮のちゃんと踵のあるベルトのサンダルと、淡いベージュのサマーカーディガンだった。
ついでに女の人がよくさしているような白いレースを基調とした日傘も出しておいた。
「あのあやふやなイメージから、よくここまでの作品が出来たものね…。さすが私ね!イツキ!中々いいセンスをしているわ!日傘まで出すなんてポイント高いっ!そうと決まったらティアちゃん、早速!ほら!」
ベルヴィアは楽しそうに小躍りをしながらイツキが召喚したアイテムを手にとってはしゃぎ回る。
イツキも無事まともそうな物が召喚出来てほっと胸を撫で下ろした。
ベルヴィアにされるがままの人形のように成すがままにされているララミーティアだったが、その表情はまるで子供のように期待に満ちていた。
そんな表情を見て「女の子なんだなぁ」とイツキはしみじみ思うのだった。
「きゃー!可愛い可愛い!あぁ可愛い子を変身させるのって本当に楽しいわね…。何でかしら…!イツキイツキ、ほら!どう?」
「初めてとは思えないほどよく着こなしているよね。関心しちゃうなぁ、美人のポテンシャルってすげーな。」
「ね!すげーでしょ?美人はお得ねー本当。美人薄命なんて言うけど、ティアちゃんの場合は長命だから完璧ねー。これは街になんて連れてっちゃダメよ?悪い虫がホイホイついてしまうわ…。」
「そうなんだよな、街に行く用事はないけどさ。しかし、この世界の美的感覚的にも美人なんだよね?」
ベルヴィアが右手の人差し指を顎に当てて首を傾げながら呟く。
「んー、その辺は管理しているデーメ・テーヌ様とかテュケーナ様に聞かないとわかんないなぁ。私個人としてはかなりの逸材だと思うけど…。」
「そうだね、俺もかなりの逸材だと思う。」
2人がさも当然のように本人の前で真面目な口調で褒め称えるので、照れくさくて頬を上気させながら苦笑いを浮かべているララミーティア。
居たたまれなくなり鏡の前に立って改めて全身を見てみる。
つい先日までは到底考えられないような格好をした自分自身が明るい表情で鏡の中に立っている。
これまでは自分の顔なんて見ようとも思わなかったララミーティアだが、恐らく無表情か険しく表情で、灰色の世界の中でただただ息を潜めるように生きていただけの存在であったろうと思案する。
「幸せそう…。」
(ベルヴィアが言ってた『恋に燃えるほど綺麗になる』ってこういう事なのね。イツキにもっとよく見られたい。もっと誉められたい。もっと夢中になって貰いたい…。醜い欲望のように聞こえる言葉も、本人にとっては切なる願いなのね。私の中の欲望が、私を綺麗にさせる、か)
ララミーティアの独り言のようにぽつりと呟きいた言葉を聞いたイツキが、ララミーティアの後ろまで来て両肩に手を乗せる。
イツキはこちらの心を見透かし、優しい表情で全て理解しているような目をして鏡の中のララミーティアを見ていた。
そのまま鏡を見つつイツキに寄りかかってみると、背中からじんわりと暖かさが伝わってくるのがわかった。
沸き上がり続ける喜びを噛みしめるようにそっと瞳を閉じた。
「恋する乙女、かぁ。綺麗ねぇ、ティアちゃん…。いいなぁ…」
ベルヴィアはその場に座り、慈しむような優しい眼差しで鏡に向かって寄り添う2人の姿をしずかに見守っていた。





