3.異世界
「……あ、頭いてぇぇぇ……」
真夜中、就寝中に唐突に襲ってくる偏頭痛のように、もんどりを打ちたくなるような激しい頭痛がガンガンと頭の中で大暴れし、一樹の意識が急速に覚醒する。
しばらく両手で目元をぐっと抑え、じっと頭の中の嵐が過ぎるのを待つ。
やがて頭痛が徐々に治まってくると、今度は身体中が燃えるように熱くなり、寄りかかっていた大木にそのまま身を任せて息を整える。
意味がないとは思いつつも、テレビか何かで見たラマーズ法で「ひっ、ひっ、ふーっ」と繰り返している。
端から見たらなかなかの不審者だ。
(なんだコレ、転生の副作用か?こんな副作用があるなんて聞いてないぞ、ベルヴィア……)
一樹は身体に次から次にやってくる謎の苦痛になす統べなく、ひたすら我慢を重ねることで、どうにかやり過ごす。
やがて、身体の中の嵐がきれいさっぱりと去って、どうにか心が落ち着いた頃、漸く一樹は徐に立ち上がった。
深く深呼吸をすると、凛とした早朝の匂いがする気がした。
新鮮で、そしてヒンヤリとした空気で肺が満たされると、まるでサウナから出て水風呂に入った時のような爽快感を覚える。
一樹が周囲を観察してみると、どうやらこの薄暗く鬱蒼とした禍々しい森の大木の元で横になっていたようだ。
森の香りや木々の隙間から差し込む光の美しさを感じる余裕が生まれた。
しかしこんな禍々しい森で横になっていたのかと思うとぞっとする一樹。
狼や熊なんかに食べられなくて良かったと胸をなで下ろすのだった。
郊外で人が居ないところとベルヴィアが言っていたが、それにしては郊外過ぎないかと疑いたくなるほど思いっきり大自然の森の中。
しかし、ベルヴィアが『一番平和』『豊かではない』と言っていた事から、一樹の頭の中では、エルフの隠れ里みたいなものなのかもなと自己完結してしまっていた。
(そういえば、向こうになじむ服装にしておくとか言ってたな……)
自身を見下ろすと、服装はカジュアルな焦げ茶色のジャケットに黒のスラックスを履いていた。
首元にはワインレッド色のスカーフをマフラーのように巻いている。
「ここまではいい……、そんな感じの世界なんだなと言い聞かせれば、気恥ずかしさもない。でも、あとはなんだこれ……?」
両肩にはよく分からない金属で出来ているくすんだ金色の肩アーマー。
両腕にも同じ様な金属のくすんだ金色のアームガード。
そして肩アーマーとアームガードを繋ぐPF管のような蛇腹。
肩アーマーは皮のベストに繋がっており、案外動きの邪魔にならない。
腰には、これまたくすんだ金色の鋲が不必要なほど打ち込まれた革製ガンベルト。
両方のホルダーには昔の海賊が使っていたような大袈裟な装飾が施されたフリントロック式っぽい小銃が入っている。
銃には全く興味のない一樹だが、地球のものと全く違うものであることは明白。
今腰にぶら下がっている小銃には撃鉄がないうえ、装飾の隙間の至る所がケミカルな緑色をして光っている。
『そういうオモチャだ』と言われた方がすんなり納得できそうな見た目だ。
ブーツに関しては期待を裏切るかの如く普通の革製ブーツだった。
とはいえ何の意味があるのか考えてしまうほどにバックルだらけ。
それでも、このスチームパンクのような妙な格好の中では比較的大人しい部類だった。
背中に何か背負っていることに気がつく。
右手を伸ばしてそれを掴むと、マスケット銃らしき木の棒が出てきた。
ぱっと見これもマスケット銃のようだが、先ほどのフリントロック式と同じく、明らかに撃鉄がない。
その上、装飾の隙間が赤く輝いている。
「な、なんかコスプレみたいで恥ずかしいな……。本当にこれで町に行って大丈夫なのか?これ……俺、笑われないか?本当にこれが普通の目立たない格好なのか?」
改めて周囲を見てみると、夜ではないのは木々の隙間から射す光で分かるのだが、日本ではお目にかかれない絵本に出てくる魔女の森のように禍々しく鬱蒼としていた。
当然周囲に自分以外に人間などおらず、この格好が変なのか普通なのか判断できない。
少なくとも自然と調和のとれた格好ではないことは確かだ。
「ベルヴィアの話を聞いて、最初はもっと砂漠の機械都市!みたいなのをイメージしてたけど、随分緑豊かでエルフの隠れ里みたいなんだな……。木なんてうにょうにょしてて、魔力めっちゃ溢れ出てそうじゃんね……。」
両手を腰に当てて深呼吸をひとつする。
折角異世界に降り立ったのだ。
一樹はやってみたい事があった。
「コール・ウインドウ。」
ベルヴィアから聞いていたウインドウ魔法を試してみると、まるでゲーム画面のようなウインドウが目の前にいくつか出てくる。
良い歳をして魔法を唱えるのは少し恥ずかしいなと顔が赤くなる思いになる。
しかし、自分自身の手によって発動した『魔法っぽいもの』の存在が、そんな気恥ずかしさを吹き飛ばしてしまった。
(おぉ、なんか色々ウインドウが出てきた!ん、これはマップか?このマーカーは『用意しとく』って言ってた小屋だよな?マップで見ると案外近いのかな……、いや……縮尺が全然わからん)
マップ画面を見ると、今向いている方とは逆に赤いマーキングがある。
どうやら今向いている方向とは逆に位置するらしい。
しかし地図の表示は一昔前のアナログ放送のテレビの砂嵐のようになっている。
小屋かあるとおぼしき方向を向き、大木に手を当てて軽く撫でる。
(こりゃ……。うーむ……歩けば砂嵐がちゃんとした地図になるのか?まんまゲームじゃんか。……まぁ、これから小屋に行くとして、そもそも俺ってちゃんと魔物と戦えるのか?)
顎を撫でながら一樹が眺めているウインドウ画面には、自分の名前が書いている。
項目としては上から名前、種族、年齢、性別、HP、MP、筋力、防御力、魔力、敏捷性、技量となっている。
性別までは普通に入っているし、特に異議はない。
しかしそこから先の値については全て値が文字化けしていて読めない。
様々な言語が理解できるスキルをくれると言われていたが、それでも読めない辺り、明らかに文字化けだ。
これでは自分が強いのか弱いのかも分からない。
(知ってる情報だけしっかり読める……。なんの冗談だよ、これじゃあ強いのか弱いのかさっぱり分からないな。た、たしか魔力が普通より多いって言ってたし、魔法でなんとか戦えるのか?)
ベルヴィアは魔法はイメージだと言っていた。
オーソドックスにファイアボールを思い浮かべる。
ソフトボール大の火の玉で、手の平から射出されるイメージ。
(とりあえず岩に撃ってみるか……)
右手を岩に向けて伸ばす。
「えーと、ウィンドウ魔法以外の魔法の使い方聞いてなかったな…、とりあえずファイアボール!」
すると手のひらに魔法陣のようなものが浮かび上がり、目標の岩へソフトボール大の火の玉が襲いかかっていく。
岩は大きな音を立てて崩れ去る。
岩がバラバラになっている様子を見るに、この程度の魔法でこれなら、他に色々イメージさえすれば色々と魔法が打てるわけだ。
これは中二病心を擽られるぞと一人、ニヤニヤする一樹。
その後は『基本は抑えよう』と言うことで、ウォーターボール、ウィンドカッター、アースグレイブと、よく色々なゲームで見かけるような魔法を確認してみた。
どれも問題なく展開でき、疲労感などもほとんど感じない事から、一樹はこれで『ある程度は問題ないだろう』という結論に至る。
そして魔法を発動する際に浮かぶ魔法陣はあくまで一樹のイメージ通りに忠実に再現されているだけのようで、うっかり魔法陣をイメージせずに魔法を発動すると、魔法陣は出てこず、恥ずかしくなった一樹は魔法陣をイメージする事を辞めてしまった。
(やってみたい魔法はいっぱいあるぞ!これはニヤニヤが止まらん。とは言え練習で魔力がなくなったら身も蓋もないからこの辺で止めとくか)
魔法が使えることはわかったが、大型の強そうな魔物など出て来たときに咄嗟に倒せるものなのかと不安しか覚えない。
そう考えるとにやけていた顔もキッと引き締まる。
しかしすぐに口がへの字に曲がり、再び考え込む一樹。
(デカい魔物なんてものが出たらどうするんだ、魔法の練習は止めるとして、この銃みたいなので戦えるのか?)
ベルヴィアが魔物について言及していたことを思い出す。
魔力があれば魔物は生まれる。
魔物はおろか人間とも戦ったことすらない一樹は、試したばかりの魔法だけでは不安で仕方がない。
とりあえず腰に差してある銃みたいものを抜き出してじっと眺めてみる。
(そういや鑑定とか出来るのかな……、どうやるんだろう?)
すると目の前にウインドウが現れた。
「おっ、鑑定結果か……?」
早速現れたウィンドウ画面を眺める。
(あれ、詠唱とかはいらないのか?とにかく便利だな……ってなんだ、これもかよ……)
目の前に出てきたウインドウの中を見てみて一樹はがっくりと肩を落とす。
ウインドウには期待していたような情報はなく、全部文字化けしていた。
この先、無事に生きていけるのか、ますます不安になる一樹だった。





