167.ご対面
オボグ工房で指摘されてイツキとララミーティアはテオドーラの館を目指して歩く。
イツキとララミーティアは嫌でも目立つ上、ララアリスとララルージュを抱き抱えたまま歩いていたので、あっと言う間に人集りが出来てしまった。
一気に出来上がった人集りにララアリスとララルージュが驚いて泣き出してしまうかと思いきや、ご機嫌な様子で手を動かしながら声を出していた。
2人ともキョロキョロと周囲の人の顔を忙しそうに見ている。
祝福の声を一心に受けながら少しずつ進んでいるうちにやがて騒ぎを聞きつけたレオナールや教国軍の面々がやってきた。
「開けてください!一体何の騒ぎですか!」
「あ、レオナール!ちょうど良かったわ!私達ドーラのところへ行きたかったの。」
苦笑いのララミーティアがそう叫ぶと教国軍が住人達を手際良く誘導し始める。
住人達も兵士達の誘導に協力してサッと道をあけ、2人の赤ん坊を遠巻きに見つめ手を振っている。
ララアリスとララルージュはご機嫌だ。
「助かりました。ありがとうございます。」
「みんなもごめんなさい。先にドーラに挨拶にいかないとまた雷が落ちちゃうから、また今度ね。」
「それじゃあ向かいましょうか。」
レオナールを先頭に漸くイツキ達はテオドーラの館へと向かうことが出来た。
先頭を行くレオナールはどこか滑るような軽い足取りで歩いているように見て取れた。
表情も嬉しさを隠し切れていないような輝きある顔をしている。
「いやー本当助かりました。ラトリーナさんはあれから元気ですか?何だかウキウキしてようですけど?」
「ふふ、本当ね。生き生きしてるわ。」
「ええ。お陰様で教国軍の文官として生き生きと働いてますよ。実はそれとラトリーナのお腹の中にも赤ちゃんが居まして…。」
レオナールはそう言うと照れ臭そうに笑う。
「あら!おめでとう!おめでたい話は続くわね。」
「おめでとうございます!良かった良かった!」
「これほどに幸せでいいのでしょうかと思ってしまいますね。はは…。」
前を向きながらレオナールは言葉を続ける。
「ラトリーナも一切悪夢は見なくなりました。それどころか今では私に『肉ばかり食べちゃだめだ』とか『あまり深酒してはいけない』なんてよく眉間にしわを寄せていますよ。母になるという事はそういう事なのでしょうね。」
「ふふ、幸せそうね。」
レオナールとラトリーナの近況を聞いているうちに館に到着し、レオナールは剣握る手を左胸に当てて敬礼すると館を後にした。
イツキとララミーティアが館の扉をゆっくりと開けるとテオドーラとウーゴがホールで待ち構えていた。
テオドーラはパッと笑顔の華を咲かせて駆け寄る。
「もうっ、やっと来たー!こっちから易々と会いに行けないからウズウズしちゃって!はー、可愛い!アリー、ルー。私お姉ちゃんのテオドーラよー?ドーラって呼んでね!」
「話は聞いてたけど、こりゃなかなかの大物だな。」
ウーゴも珍しく優しい笑顔でじっと見つめているララアリスとララルージュを見つめ返す。
「遅くなったわね。ちょっと急用があってオボグ工房に行ってたの。」
「急用?とりあえず落ち着ける場所に行きましょう。」
テオドーラの執務室に案内された一同は勧められるままソファーに座る。
お仕着せを着た猫人族のメイドが紅茶を出してくれた紅茶を一口含んでから、懸念事項であるララアリスとララルージュの状況について説明を始めた。
「なるほどね…。それは確かに急用って訳だ。ミスリルで糸…か。」
「大抵冒険者組合とか商業組合から国に献上されて、国が宝物庫で管理してるんだけどよ、確かにあるぜ、その手のどうやって造ったのか訳が分からねえ古代の武器とか防具がな。しかし今でもミスリルの糸が紡げるヤツが居るなんてのは初耳だぜ。」
ウーゴが肩をすくめながら水のようにして紅茶を飲み干す。
イツキは手で涎掛けのジェスチャーをしてみせるとララミーティアもうんうんと頷く。
「いくつか試作品を作ってもらって咆哮を込めてみようかなーと。」
「だから暫く御披露目は難しいわ。そんな所で攻撃魔法や、それになりうる魔法を憶えられたら困っちゃう。」
「ミスリルの糸についてはエルフ系種族の募集や育成、ミスリルインゴット作成の為に鍛冶屋街への支援、紡績工場へも支援を進めます。ね?」
テオドーラがウインクしながらそう言うと、隣のウーゴも腕を組んで「そうそう」と言って頷いている。
流石に迅速過ぎる方策にイツキとララミーティアは恐縮してしまってオロオロする。
「いやいや、流石にそんなにあれこれ動いてもらうと気が引けるよ!」
「そうよ、もっとやらなきゃいけない事だっていっぱいあるでしょう?」
ウーゴはメイドから紅茶のおかわりを貰って再び口を付けてから口を開く。
「いんや、可愛い義理の妹たちの為に何とかしてやりてえって気持ちが半分と、後は打算だぜ打算。今の話を聞いてミスリルの糸は確実にこの国の一大産業になると踏んだ。大成功は火を見るより明らかだぜ。ミスリルの糸で作った涎掛けをアリーとルーがしてみろ?ミスリルの涎掛けなんて古代防具は間違いなく存在してねえ。古代の失われた技術で作られた物だとわかりゃ…、って訳だ。だから便乗できてラッキーとでも思っててくれ。な?」
「そうそう。その通り。」
テオドーラが得意気な表情で頷いていると、ウーゴがテオドーラに微笑みかける。
「ドーラもすっかり板に付いてきたな。聞いてすぐにあの案が浮かんだなら上等だぜ。関心したぞ。」
「えへへー、そうでしょ。」
テオドーラは甘えるようにしてウーゴの胸にグリグリ頭を擦り付けると、ウーゴは照れ臭そうに頬をポリポリと掻いて斜め上の天井に視線を反らしてしまう。
「兎に角そんな訳だから公に御披露目は暫くお預けよ。ごめんなさいね。」
「そうそう、それよりリュカリウスさんはどうしてるの?」
イツキがララルージュをあやしながら尋ねる。
「今ごろはエルデバルト帝国アーベントリア伯爵領のジーハーゼンっていう国境の町に行ってるぜ。俺達の同志が酒屋を隠れ蓑にして潜伏してんだよ。」
「へぇ、そういう所で情報を集めて回ってるから数日帰ってこないのね。」
ララミーティアはそう言うと「ほら」といってララアリスをテオドーラに渡す。
テオドーラは緊張の面もちでララアリスを受け取り、泣きそうもない事を確認すると顔を綻ばせる。
ララアリスもジッとテオドーラを見つめている。
「可愛い…、ほら見てウーゴ!私の指をギュッと握ってる!」
「はは、まるで作りモンみてえだな。ちっちゃなお手だこと!」
「赤ちゃんって不思議。町で抱かせてもらった時も感じたけど、独特な良い匂いがするの。」
テオドーラはララアリスに顔を近づけてすんすんと匂いをかぐ。
ララアリスは不思議そうにしながらテオドーラの顔へ手を伸ばす。
「ああ、なんっつーんだろうな。甘い匂いっつーか…いてててっ!ヒゲを引っ張るなよ!」
顔を近づけたウーゴのヒゲを何本か掴んで引っ張るララアリス。
ウーゴは笑いながら甘んじて引っ張られている。
一通り話を終えたイツキとララミーティアは教えられた通り天啓でベルヴィアを呼び出し、それ以上うろつく事もなく早々にテオドーラの館から本邸へと帰った。
本邸ではララハイディとサーラがソファーに座ってうつらうつらしていた。
「はー疲れた、ただいまー。久し振りに行って楽しかったー。」
ベルヴィアはそう言いながらララハイディとサーラの向かいのソファーにうつ伏せで倒れ込む。
「お帰り。ウトウトしてた。」
「お帰りなさい。どうでしたか?」
床に敷いてある布団の上にララアリスとララルージュをゆっくりと寝かせながらイツキが口を開く。
「オボグ工房で働いているシティエルフのダニエル君って子がミスリルの糸の紡ぎ方を知ってて、それで涎掛けでも作ってみようかって事になりまして…。」
「ミスリルの糸…!まだ紡げる人が残っていたんですね!てっきり千年前の大戦で紡げる森エルフが滅びたのかと思っていました。」
サーラは目を見開いて驚きの声を上げるとララハイディは首を傾げる。
「ミスリルの糸?金属で糸?うーん、聞いたことがない。」
「どうやらエルフ系種族だけ紡げるみたいよ。ダニエル君のひいひいおばあちゃんが森エルフだったみたいで、それで伝承されていたみたいね。リャムロシカの里ではそういう事はしてなかったのかしら…。」
赤ちゃん達に話しかけるようにしてお腹を優しくポンポンと叩きながらララミーティアがそう言った。
「リャムロシカの里では…確かに作ってなかったと記憶してますね。よく仲間内で『路銀の為に糸の紡ぎ方を覚えてきてくれ』とアリーに言っては困らせていたくらいなので、恐らくリャムロシカの里では紡いで無かったのでしょうね。」
「里が滅びても親から子へしっかりと伝えていって、ダニエル君がそれを受け継いだって訳か…。」
サーラの言葉にイツキはララルージュのお腹をポンポンとゆっくり叩きながら「ねえ?」とララルージュに尋ねるように答えた。
サーラは穏やかな表情を浮かべながら遠い目をする。
「古代精霊語で唄いながら詠唱し続けるんですよね。何という名前の里だったかは千年以上昔の事なので流石に記憶にないですが、一度だけその里に立ち寄った際に見たことがありますよ。森エルフとドワーフが共生していた里で、とても幻想的な光景だった事をよく憶えています。」
「へぇ、アレ古代精霊語って言うのね。イツキのスキルのお陰で歌の内容は分かったけれど、いつの時代の何という言葉なのかまでは分からなかったの。」
話を聞いていたララハイディは無表情のまま鼻息を荒くする。
「とても興味深い!私も紡いでみたい!」
「ふふ、そのうちご教示して貰うといいです。」
微笑みながらサーラは話を続ける。
「とても…、幻想的な光景でしたよ。森エルフ達があちこちでミスリルの糸を紡いで、トントンカンカンとミスリルが放つ綺麗な音でリズムを取り、みんなが唄っているんです。農作業をしている者、酒造りをしている者、駆け回る子ども、赤子をあやす母親。木々の隙間からあちこちに差し込む暖かい木漏れ日がキラキラと空気を輝かせて、まるで精霊女王が里を祝福しているようでした。きっと死ぬまでこの光景は忘れないんだろうなとその時思いましたけれど、実際千年前経った今でも忘れませんでしたね。」
「きっと素敵な里だったんでしょうね。」
「そうだね、御伽噺の一節みたいだねー。見てみたかったな。」
サーラの思い出話にララミーティアはうっとりとその光景に思いを馳せた。
イツキも目を閉じながら静かに思いを馳せる。
「大戦によって歴史の中に埋もれていった文化がいつくあるんだろう。」
ララハイディは少し切なそうな表情でそうぽつりと呟くとサーラは微笑みかけてみせる。
「伝統や文化はいつかは廃れて行きます。その分新しい伝統や文化が今も産声を上げ続けています。人の身体のように常に循環してゆく、そういうものですよ。」
ララミーティアは思い出すようにして微笑みながら呟く。
「とても素敵だったわ…。よく分からない言葉で歌を唄ってミスリルインゴットからスルスルーっと糸を作り出すの。」
「ドーラとウーゴが産業化するって言ってましたよ。色々な雇用が産まれるって。まぁ万年金欠な国だから丁度良かったのかも。」
イツキの言葉にサーラは頷く。
「消えかけていた文化が千年経って神聖ムーンリト教国で再び花開くんですね。産業化した暁には是非見てみたいものです。」
「一緒に見学しよう!私も是非学んでみたい!」
サーラの腕を掴んで目を輝かせるララハイディにサーラは優しく微笑みながらララハイディの頭を撫でるのだった。
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